2016-12-29

転落

人が悪い状態に落ちぶれること。
僕は人間の本性を見抜けるから言うのだが、
人間は転落させることに快楽を覚える。
勧善懲悪の作品が人気なのは
正義が勝つから人気というが、そうではない。
今までうまく行っている人間が
正義の名のモノとに悪人として転落させられるから見ていて快楽を覚えるのである。
政治家や有名人、大金持ちがスキャンダルで
地位を失うニュースに人は惹かれ、高い視聴率を示す。
それは、相手が転落するからである。

今年も多くの人間が転落した。
それにより、ざまあみろとか、当然とか思っている庶民に言いたい。
明日は我が身だということを。
自分が落ちるわけがない、落ちてもたかが知れているとか思っているだろうが
社会の転落はそう簡単なものではない。
それを身を持って知っているからこそ、
自分を戒められるから、転落の危機回避を意識して僕は生きる。
来年どれだけの人間が転落し、他人に快楽を与えるのか、、
本当に人間社会は悲しい社会だ。

2016-12-28

徴収

法規・規約に基づいて、
国家・団体などが、税金・手数料・会費などを取り立てること。

最近、NHKの動きがおかしく感じる。
発想がやくざでしかない。
「ちょっとでも観れる環境なら、金を払え!」
っておかしいだろう。
そんなことが法律で見つめていること自体おかしい。

考え方が2つであるべきだ。
ひとつは、税金からまかなうようにして、強制的に国民から徴収する。
そのかわり、コストは公務員として徹底的に削減させる。
もうひとつは、見せなくする。こんなの有料放送がそうしているのだから
簡単にできるはずだ。

公共放送としてあるべき姿、真実を伝える報道という。
だから、徴収してもいいというが、僕が思うに
国家、自局の都合の悪いことを一切放送しない典型的な放送局
強いては、誰でも配信しやすくなったこの通信網において
料金を徴収する発想が社会悪という認識を持たないとならない。



2016-12-27

戦意

戦おうとする気持。
おかしくない?
日本は戦争否定を言いながら、
ビジネスで戦っている
戦意喪失するな
とか、やたら、戦うことを推奨したがる。

基本、人間は戦闘生物だと認めて、
戦うこと、互いに殺意を向けることを肯定しようよ。
殺意があるからこそ、いかに殺されないようにするか
そのための平和的交渉、戦意をどうするかであって、
平和ボケな感覚でいるから、交渉ごとに日本人は弱いんだよ。
言葉一つで命を失うからこそ、戦意をいかに捌くかの真の交渉術が身につくんだから。
甘えて話し合いとかいうなって言いたくてならない。

2016-12-26

名声

名望。名誉ある評判。
本当に最近、この概念が崩れつつある。
積み上げた結果による名声ではなく、
一瞬で時の人になり、
そして、ちょっとした事件で数百年の伝統の組織が崩壊する。
ネット、SNSの台頭がこれを導いているのだが、
人間が積み上げてきた信頼という概念が名声だったといえたことが過去になった。
気づかないうちに人間は総合評価ではなく、一瞬の、たった一度の過ちで変わる。
人間としてのちょっとした気のゆるみも許されない今の状況では
自分の欠点をさらす前に、他人を貶めることが正しい生存戦略になっていることは
なんか社会性の破たんに感じてならないがね。

2016-12-22

名産

その土地特有の有名なもの。
この発想が新規、創造を抑圧していると思っている。
名産品がないから、地域が活性化しない。
では、過去の人が悪いとなり、今生きている人は将来の過去の人になるのに
何もしない責任転嫁をしているだけである。

名産は育てるもの。
ないなら生み出す。
あるなら、それをより良いモノにしていくことが
今生きている人間の命題ではないか!

2016-12-21

当番

順送りに仕事の番に当たること。
昭和の時代に比べて、当番という言葉を使わなくなった。
家族、地域コミュニティーにおいての貢献を意識しなくなったからといえる。
それって、社会生活を維持する気がないのでは?
人間は社会性を失いつつあることをこういうところからも感じられる。

2016-12-20

士業

日本における「-士」という名称の専門資格職業の俗称。
世間では、先生と呼ばれる職種で、
社会的ステータスが高いとされた、、、もう過去形にしたい。

昔はその能力に見合う、心技体であったが
個人主義、能力主義の台頭で、
ただの知識バカばかりなっているし、
その知識、、ネットで調べればボロが出るくせに
偉そうに金をとろうとしていることが社会悪になりつつある。

専門的資格、知識があるということは
知っているでは意味がなく、知識がない方へどれだけわかりやすく
そして有意義に示せるかが腕の見せ所である。

知らない人間をバカにして、上納金のように金をせしめるバカな発想では
ビジネスがうまく進まない。その結果、士業職種の失業、労働難が
社会問題になっているが、そもそも、ビジネスとはないかを理解していないのだから
儲かるわけがなく、その人間たちに民間から仕事を出そうとさせようとさせる
社会的発想が腐っているとしか言いようがない。

2016-12-19

声援

声をかけて励ますこと。言葉によって応援すること。 
声援で元気づけられる。
みんなの声援がパワーになった。
、、、、全く意味がわからない。
人に強制させられることで無理するのって
強制労働ではないのか?

真剣に活動しているときって
他人の声が耳に入ることはないと言われる。
なら、、、声援って全く意味がないのでは?

応援する側の思い込みに対して
受けた側の気を使った発言、、もうバカらしいから止めないか?

2016-12-16

倹約

むだを省き、費用を切り詰めること。節約。
ケチと倹約との違いは?
同じと思う人は物事の捉え方と弱いと思う。
ケチと他人が揶揄するときを考えれば簡単なこと。
揶揄する側は自分の損得に関わるときに
思い通りに相手が支払わないことをケチとなる。
対して、倹約とは当人が自己犠牲を伴い、自分だけの支出を抑えているときに言われる。
つまり、ケチという言葉は主観的で、倹約とは客観的といえる。
実はこういう対人の捉え方が欧米的言語思考って気づいている人いるかな??

2016-12-15

安売

相対的に価格を下げて売ること。
日本において安売りを評価する傾向が高いが
高いものをあえて買うという文化を理解しない以上
経済が回らない。

安いものを買っていいと思うの価値観を批判しないとなかなか
経済活性化しないと思う。悲しいかな、バブル時代は高くても売れたから
経済活性化がされていたといえるではないか、、ってね。

2016-12-14

暴論

道理にはずれた乱暴な議論。
ビジネスとして、成り立っていない議論といわざる負えないが、
僕からすれば、庶民の打合せの大半がそれだ。
あたかも道理的、論理的というが
多くは自分の都合のいいことを言っているだけである。
それに合わせる力関係になっているだけで、、、、

実際問題、現代人が思っている道理と外れたものこそ未来の道理だと僕は感じる。
それを胸を張って語れないような打合せに、、みらいはないと思ってならない。

2016-12-13

近代

世界の歴史における時代区分の一つで、
近世よりも後で、
現代よりも前の時代を指す。
という言葉の意味に対して、
近代化という言葉は産業化を中心として、
それに関連した政治的・社会的・心理的その他、さまざまな変化の総体をさす。

いつをもって近代か?
そして近代という言葉は本当に近い、身近なものなのか?
発言している人の思いによりいくらでも解釈され、
そして、争点になりやすい言葉に感じられる。

「君の発想は近代とは言えない」

なんて言われたら、、殴りたくなるし、
お前だってと言い返したら殴られる。
そういう言葉に思う。

2016-12-12

殺意

人を殺したいと思う気持ちのことである。
どうしようもなく相手に対して苛立ちなどを覚えた際に芽生える感情。
僕から言わせてもらえれば、
殺意は生命体として、必要不可欠な気持ちであり
それが競争心の根源であり、そして進化させる原動力だといえる。
現代社会、殺意を否定することが続いている。
それにより、、、社会が停滞していると感じることが多い。
他人を殺そうとする気持ちが否定することって本当に正しいのだろうか?
人間歴史において、殺人を否定している時代など
実はほんの一瞬の錯覚的時間でしかないことは歴史が物語っているのに、

2016-12-09

投了

ゲームにおいて、不利な方が負けを認め、
本来の対戦終了となる条件が成立するよりも前にゲームを終えること。

最近、無駄に粘ることを良しとする機運がある。
しかし、潔く散る美学が日本にはある。
自分の引際を見据えて行動する。
自分が身を引くことで、相手を立てる譲歩の姿勢。

投了を素直にできる人間、、
まじめに本当に減ってきている。
散る美学をもう少しまじめに教育できないものか?
現代社会。

2016-12-08

単語

意味の一まとまりを表し、構文上の働きをもつものとしての、極小とされる単位。
日本の試験問題の多くは単語を知っているかで合格してしまう。
しかし、その単語を覚えることが社会で役に立つといえるだろうか?
単語を知っていることは手段であり、その手段は必ずしも有益とは限らず、
むしろ、、ってこともある。

例えば、自分が知っている単語を前提に相手に話しかけると
何をいっているのかわからないって言われてしまう。
言うほうも不快だし、言われる側も
「そんなことも知らないで、よく生きて入れたものだ」
とバカにした発言をして互いに不快になる。

その単語を言わなけばよかったのに、、ということがある。
現代社会は自分の知識をひけらかすことは能力ではない
コミュニケーション障害者と見なされることが多い。
キーワードが実はNGワード。その理解を忘れずにいよう。

2016-12-07

等価

物の値段、価値が同一であること。
市場経済ゆえに、価格は需要と供給で決まり、等価になる。
全くもって嘘といえる。
基本的に供給側に価格決定権があり、
需要側はそれを認め支払だけである。
だから、供給側が頑なであれば、結果、供給側、需要側がともに破綻、
それが不況といえる。現代はその真っただ中にいる。
供給側が妥協すれば、それで需要側が買うというが
その分、家計に入ってくる収入も下がるということを忘れてはならない。

基本、等価というものはなく、
民衆に支配的な価格を強制できるものが
それを等価と言い出すだけといえる。
平等、需給、なんて概念、理想でしかないことを
なぜか経済学の勉強で真理を伝えないのは、、、ある意味、歪んでいると思う。

2016-12-06

世直

世の悪い状態を改造すること。
この発想が、どんどん社会が悪くなるということを僕は悟っている。
世の中の悪いことって、その人にとって都合の悪いこと
つまり主観的な発想であり、他人からすればそれを悪いことということ自体
悪いことって言われるのが、現代社会。

正義のヒーローと思って
一人で世直しをしている人って
他人からすれば、ただのテロリストだということ
社会の人たちわかっているのかなあ。
テロリストの多くがこの発想ということをちゃんとわからせる
教育ができていない日本って平和ボケなんだろうなあ。

2016-12-05

余談

本筋からはずれた、ほかの話。
持論だが、余談を制するもの、ビジネスを制す。
確かにビジネスにおいて本筋ではない話はビジネスを成り立たせない。
しかし、ビジネスって一つではないし、一つを終わらせた後、
次々と付加価値を生み出していかないとならない。
そのヒントや次の種って本来のビジネスの本筋ではないところから見出すものといえる。
確かに、本筋を見誤って現在のビジネスをマイナスにすることは変だが
ちょっと脱線しても次のビジネスを見つけることができないようでは
一流のビジネスマンとはいえない。
え?、、そんな営業的なことをする必要がない。
そういう人間が社畜負債になっていくことがよくわかるポイントいえる。

2016-12-02

思惑

意図。
辞書的にはそうだが、
概ねの意味は、、肚づもり。
秘めた自我と考えるべきだろう。

思惑なく、相手と対峙する交渉は交渉ではなくただのおしゃべりだ。
「腹を割って話せば通じる」
とか真顔で言いバカが多すぎる。
対面して話すときは、バカみたいに手の内を話すことに
何の意味があるのか、、まじめに人間関係を理解していないのは
現代人の情報公開が当然と思う勘違いではないだろうか?
人の思惑なんてわからせてはならない情報のはずだからだ。

2016-12-01

寸借

わずかな金を借りること。
また、少しの間だけ借りること。
これこそ、人とのもめごとの温床と思ってならない。

借りた側は借りたの範疇と思っていないが
貸した側は貸したという事実を回数レベルでカウントしている。
だから、寸借レベルはどうでもいいと言い出す借りた側の発言が
貸した側からすれば、とんでもない発言に感じる。
そして、
「アイツは器が小さい」VS「ひとのものを泥棒する認識」
で言い争い、そして大きな確執になる。

貸すくらいなら、あげてしまえ。
そして、些細なものでも相手から受けたらその恩などを忘れないようにする。
簡単なようで、多くの庶民がなんとできないものかって
つくづく庶民の対人認識の甘さを嘆きたくなる。

2016-11-30

信念

それが正しいと堅く信じ込んでいる心。
日本古来の価値観で好感を持たれているが
この妄信のためにどれだけ科学的立証、全体最適が覆されて来たか。
信じることは個人レベルにしてほしい。
それを組織運営にまで持ち込まれると全体が玉砕につながる。
何事もフラットに考えるべきことを意識しないと変動の激しい現代では
迅速な判断ができない落ちこぼれになるだけである。

2016-11-29

機微

容易には察せられない微妙な事情。
表面からは知りにくい微妙な心の動きや物事であり、
実はこの機微が洞察力の基礎。
些細な違いに気づけて初めて、気が利いたり、他人を出し抜ける。
大きな違いなんて、誰の目に映ることで取り立てて、騒ぐものではない。
機微を見逃さないことが大きなビジネスチャンスの種だと思う。

2016-11-28

趣味

好んで習慣的に繰り返しおこなう行為、事柄やその対象のこと。
他人の趣味に対して、世間は本当に身勝手だ。
趣味がないという人間に対して、
「味気ない人生で、生きていてどうなの?」
とか言いながら
趣味にのめりこんでいると
「オタクっぽい」
とか言い放つ。

はっきり言えば、他人の好き嫌い、とりわけ行動にガタガタいうなって。
他人の行動にクレームをつけるほど、
その人の地位、経済力に関わっていないのに
何をもって言い出すか??本当に現代人の発言はおろかに感じてしまう。

2016-11-25

土手

水・風などを防ぐために土を小高く積み上げた長い堤。
字でわかるように、土と手が入っているように、
人工的に作成したものである。
人間は自然から身を守るためにいろいろと人工物を作成してきた。
始めは一人で作っていたものを仲間、集落、地域、そして組織的に作ったものが
人工物から建造物になったといえる。

思うに、土手を作ったときの集団意識はどうしたんだろう。
今では誰も手を貸さず、政治のせい、自分ではないって平気いえるようになっている。
だから、土手といただの土を盛ることすらできない状態。
現在の社会って社会として退化したのではないかって感じてしまう。

2016-11-24

手桶

取っ手のついている桶。
下手すると、現代住宅の浴室にないものかもしれない。
シャワーの登場により。
また、手桶は物にもよるがプラスティック製であれば
100円ショップで手に入ったりする。
しかし、今から60年前、つまり戦後において貴重だったと祖母が言っていた。
・傷みやすい木製
・取っ手をつける難しさ
・水を漏らさなずに、かつ適量の水を掬える
それを買うとなるとそれなりの金額がかかったそうだ。

ここから考えてみよう。
・日常生活スタイルの変更で必要性がなくなり
・作成する材質の変更で製造コストが激減
と、それまで貴重品だったものが人間の一生くらいの時間で
無価値にもなりかねない。

人生の半分は仕事をしている経済社会。
今行っている仕事がいつまでも付加価値があるわけがないし
それに基づいてビジネスを日々変えていかないならないと
手桶からも感じてしまう。

2016-11-22

成功

計画などがうまくいき目標が達成できたこと。
良く聞くのだが
学生時代、文化祭を成功させてきたというが、
失敗することはあるのか?
逆に文化祭を失敗させた経験をした学生がいかに反省したのほうが
ある意味、人生の成功者のタネを持っているのでは?
何をもって成功と言い張るか、、それがその時代の価値観であり、
未来人から鼻で笑われることなのかもしれない。

2016-11-21

秘匿

こっそりとかくすこと。
秘匿することは正しいのか、悪いことなのか?
個人情報を守るべきだが、
社会は知る権利をもとに情報開示を当然の如くいう。
自分の情報は見られたくない、秘匿して当然だが
他人の情報は開示すべきだと強く言い出す。
民意という暴徒的な超法規的、、いやアナーキズム的な発想より
徹底した民族統制のほうが、人間が人間らしいと思ってならない。
社会は進化しているが、最終的には原点回帰するのであれば
いっそ、法律より戦闘力が正しい社会に認め、
力あるものが、情報を自由にするほうが
プライバシー、秘匿権、知る権利で苛まれなくなるのでは?
って感じてならない

2016-11-18

不快

快くないこと。不愉快。
人間の感覚は千差万別。
何をもって不快かはわからない。
ある女性から
「あなたはこれが行われていないので、早くやりなさい」
って指摘を受けた場合
「お前ごときが何様のつもりだ」って不快に思う人
「ご指摘ありがとうございます」ってゾクゾクする人
SMではないが、人の性癖っていろいろあるから、
どれが好まれるか全くわからない。

2016-11-17

高額

値段が高いこと。
では、高いとはどういうことか?
リーズナブル、、reasonable つまり納得性のある価格と高額の違いは?
デフレマインドというが、、日本人、そもそもの貧乏根性には嫌気がさしている。
いいものを安くは正しさではない。
安かろう、悪かろうが本来の市場主義と感じる。
値段を高くすることにより、より製造責任を追及する社会の仕組みにして
できるだけ、高い金額の支払いに見合う保証やブランド力を与えるべきと感じる。
「金持ちほど優遇されていいのか!」
っていう人がいる。、、、、バカとしかいようがない。
金持ちになることが市場経済であり、その社会で生きているのだから
貧乏でいることはかわいそうではなく、むしろ罪と思うべきだし、
それ相当の対価を払えることを称賛する社会にしないと
一向に経済は活性化されないと思ってならない。

2016-11-16

購読

書籍・新聞・雑誌などを買って読むこと。
一回きりの場合は購読とは言わない。
何度も買っている場合に購読という表現を使うのが現代語といえる。

定期購買する読み物が購読というので、
小説を購読しているという表現はなんか違和感を感じる。

日本語は変わるといういうが、実際問題変わっている実感は
後になって気づくということがこの購読という言葉で感じてならない。

2016-11-15

伝票

銀行・会社・商店などで、
金銭・物品の出納(すいとう)や取引の内容などを簡単に記し、
関係者の間の連絡や責任を明らかにする紙片。

日本は紙文化ではあるが、文章主義ではないといえる。
日本語が論理的論証に向かない言語であり、その感覚に日本人の文章は
なかなか立証するには適さないといえる。
が、日本には豊かな水と植物の繊維が豊富ゆえ、
紙が手軽に手に入った。それゆえ、何から何まで、紙に残すことができ
証跡、そして証拠として、紙、、伝票でいろいろなところで
表現を助けるものとして存在し、それに頼ってきた日本人が伺える。
日本語だと
受注伝票
発注伝票
出荷伝票
請求伝票
入庫伝票
仕訳伝票
何から何まで伝票と呼んでいる。
伝票とまとめてしまうが本来は
指示書
許可書
申請書
であり、伝票とは言い切れないものが多いのだが、
伝票という言葉でビジネスの本質を見抜けなくなっているのではって思うことが多い。
なんでも、伝票と呼ぶのは、、ビジネスの理解が浅いって
僕は判断してしまうがね。

2016-11-14

広告

広く世間に知らせること。
特に、商品や興行物などを広く知らせ、人の関心を引きつけること。
また、それを記したものやコマーシャル。

最近思うのは、本質のサービスが無料化されるが
それに関わるアフィリエイト、つまり広告が収入源になっている。
なんか、ビジネスの本質が主では稼げず、副が収入源になっている。
これって本業ってなんだろうか?って思うし、
受益者負担が狂いだすと、社会秩序さえもおかしくなる温床に感じてならない。

2016-11-11

転機

人生の変わり目。
でも思う、人生の転機って振り返ってその時だったと思うことばかり。
実際問題、イベントつまり暦上の記念日のようなものが人生の転機にはならない。
些細な出来事、ちょっとした発言が転機になるといえる。
そう考えると、何が誰が自分の転機になるかわからないので
一合一会、一瞬一瞬、意識していればかなり転機へのヒントがあるかも?

2016-11-10

手腕

物事を行う腕前・実力。
最近ではこの言葉を使うのは専ら、管理、企画系で
技術職には手腕という表現を使わなくなった。

だから、僕の場合はいつもこの手腕を試されることが多い。
そして思う。
自分の部下、後輩でもない人々の中に入れられ手腕を試されて
結果を出し続けることって、はっきり言えば異才だと思う。
それゆえ、僕の後任者に同じ水準を求めて失敗するのは
失敗ではなく、一般人なのだから、無理なのに、、

磨ける才能と天賦の才の違いを感じてほしい。
手腕を発揮するには、チームワークより洞察力なのだが、、
それは今後ここに記載することになるかもしないけどね。

2016-11-09

文弱

文事にふけって弱々しいこと。
っていうけど、力強い文章って結構って文筆に携わっていないとなかなか書けない。
ある意味、文事にふけるくらいでないと勢いのある文章なんて書けない。

そもそも、日本語自体が言葉として相手に伝わりづらい言語というしかない。
その中で、いかに相手を制する言葉をつかえるか
日本人はそれ相当の文章力を身につけないとならないと思う。
外国語、技術と同じくらい日本の文章を書けないと
日本ではろくな立場にならないと思う。
逆に、外国語から日本語の弱さを補うポイントを見つけられる人が
出世するのではないかって感じてしまう。

2016-11-08

淡水

塩分を含まない水。
海の水ではない、、たぶん、雨水が川に流れている水といえるかな?
子供ではないけど、なぜ淡水が流れ込むだけなのに、
海の水はしょっぱいのか?
どこで塩分を補給しているのか?
そんなことをいい年して思っているが
こういうことで創造や仮説を練ることは案外頭の体操になるかも?

2016-11-07

批准

条約に対する国家の最終的な確認、確定的な同意。
今、環境問題の協定に日本の批准が遅れていると話題になっている。
遅れれば、日本の提案が通らないかもしれないというが、、

ちょっと冷静になれよ。
なら、批准しなければいい。それだけ日本が軽視されている協定に参加する必要があるのか?
そのひとつ前の日本が発起した議定書、
日本国内ではちやほやされているが、国際的には全く効力がなかった。
中、米が批准しなかったのだから。
今回は中、米が批准するから、日本もっていうが、
逆に考えれば、日本の意見を聞かない前提だから
新たな協定になるのではないか??

みんなが参加するから自分もっていう発想が国際競争力、、
いや国際覇権がとれない根本である。
「日本は批准しないぞ」
っていう表明で、世界を震撼させるくらいでないとならない。

もう豊かなGNP2位という地位はないし、
いつまでもアメリカの庇護にいられない
世相になってきているのだから、
国際的な発言権、、それは協調ではなく、覇権であり
批准はするものではなく、提案を他国に受け入れさせるものって
考え方を変えることをしないとますます国益が、国力がみじめになるとしか言いようがない。




2016-11-04

大安

六曜星のひとつで
安泰、、泰安が大安になり、何事も安しという意味でいい日とされる。
無神論の多い日本人なのに、、いや神を信じないからこそ
都合のいい時に縁起をかつぐのではないかと思う。

ちょっと、僕は思う。
世の中なんてゼロサム。
誰かにとっていい日であれば、
対する人のとっては悪い日ではないか?
必ずにみんな縁起がいいという発想がおかしくないか?!

2016-11-02

転覆

船・車両などがひっくり返ること。ひっくり返すこと。
転じて、政府その他の組織体を倒すこと。倒れること。

ただ、たおれるだけでなく、全く逆になることを指す。
そう簡単に倒れないものが全く逆になるのが転覆。
しかしだ、
現代社会なんて、どんなものでも情報と噂で
価値が一転してしまうことばかりで、
転覆に値するものなんかないのでは?って思ってしまう。

2016-11-01

狙撃

狙って撃つ。
現在では、狙撃手などによる遠距離からの精密射撃を指して
狙撃と呼ぶことが一般的である。

どこから遠距離なのか?
射撃と狙撃の違いは?
結構曖昧だが、、、慣行的に考えれば、
・相手の生命を奪うことを目的
・対象に気づかれない
・一撃必殺
の要素といえる。

上記のような言葉の定義を要素分解して理解すること、、、
本当に現代人の思考から減っているなあって感じてしまう。

2016-10-31

昔話

日本古来の民話であり、、ある意味、日本の道徳を慣習的に伝える教材といえる。
、、とすれば、現代社会の矛盾を感じずにはいられない。
日本の昔話の特徴の多くは
~無口
~無欲
~神の力により報われる
が基本と言い切れる。
対して、現代社会は
~自己主張
~個人営利主義
~化学的立証できないものは認めない
となっている。

日本的道徳心を高めれば、
現代社会では認められないではないか!

道徳観を言い出すのなら、社会変化を考え
昔話などの価値観の撤廃をしたりしないとならない。
しかし、バカのような改訂で今の桃太郎のように
~家来と平等
~悪事を行った鬼に制裁なし
としてしまい、道徳どころか秩序も失われるのだから
道徳も秩序もある意味、過去のモノになったのではないかって思ってならない。

2016-10-28

昵懇

読めますか?
答えは、じっこん。
昵懇の間柄。
仲がいいという意味だったりするが、
漢字にするとなんかそうは感じないのは、面白い。
そして、昵懇の間柄っていうとなんか違法性の匂いを感じてしまうのは
職業病なのかなあ。
でも、得てしてそういう結末になることが多く、
これまたイメージで損する表現と言わざるおえない。

2016-10-27

詰腹

他から強いられて切腹すること。
転じて強制的に責任をとらされたり辞職させられたりすること。
でもこれって、主観的な被害妄想でしかないといえる。
この時代、能力主義ということは責任回避することも能力。
詰腹を切らされることは、ある意味能力がないこと。
逆に、自分の責任を他人に押し付けて、詰腹を切らせるべきだ。
そんな恥ずかしい、ひどいことっていうが
詰腹を切った側など、残った人間にいいように悪玉にさせられるいい材料でしかない。
みよ、明智光秀、石田三成がいかにひどい扱いを受けているか!
どう考えても詰腹を切らされた有能な人たちの典型例ではないか!
彼らを悪役に思うより
彼らにならないようにすることがある意味、彼らへの供養かもね。

2016-10-26

心太

「しんた」?
いえ、「ところてん」と読む。
この字だけでも変なもの。
そして、この食べ物、、どうやって食べる?

甘い
すっぱくさっぱり
旨味を利かせて

地方により
黒蜜
三杯酢
だし醤油
といろいろとあるそうだ。

つるっとしたそのゼリー状の食べ物。
日本のいろいろなところが見えてくるものかもしれない。

2016-10-25

効用

ききめ。効能。
経済学で、財貨が消費者の欲望を満たし得る能力の度合
僕が思うに、経済活動、、人間が一番求めるものってこの気持ちではないだろうか?
効用が満たされることが、自分の欲求だけでなく、その効用を企画したものの思いも
満たされるといえる。
効用がすべての結果といえるような気がする。
だったら、何事も効用があると思えばいいのではと思うが、
人間はそう簡単ではなく、欲求と同じくらい不満を持っている。
が、その不満こそ効用を満たすための要素でもあるから
人間の本能って面白い。。。
おや?ちょっと待てよ。
多くの宗教って無欲を最上に考えるのは、、、
人間の持つ本質に目を背けていないか?
また無欲になった聖人は聖人ではなく、人と呼べる存在ではないではないか?
僕はこういう疑問を感じてしまう。
効用こそ人間が求め、与えるものと思うだけに。

2016-10-24

論功

功績の有無・程度を論じて決めること。
論功交渉などいうが、なんか過去の、、戦国時代のって思っている人がいないか?
これって身近な査定、プロモーションそのものである。
考え方を変えれば、
大した実力でなくても、論功で大きな成果にしてしまえばいいといえる。
ある意味、戦火の中では安全な功績を得る方法である。
多くの人間は、そんなの実力ではないっていうが、
あえて言えば、これこそ実力であり、いろいろと行動することなど
実力ではなくただの肉体労働、、労奴でしかないといえる。
欧米のいうホワイトカラーとは何か?
計画系と実行系で評価、高給取りが多いのはどちらか?
そこを見失ってはいけない。
旧来の価値では、仕事をしっかりしていれば、評価されるというが
それは作業員として、労奴としてであり、決して権力を握れると思うべきではない。
現代の能力主義を真に理解することはこの事実を念頭に考えないのは
生きていることが無駄とも言い切れるのだから。

2016-10-21

短観

全国企業短期経済観測調査 のことで、日本銀行が作り出した熟語。
日銀の一面、調査機能が導いた結果で国際的に信頼されて
TANKAN という言葉で広わたっている。

台風がtyphoonになったように、
改善がkaizenになったように、
熟語が英語でも使われるようになると日本のビジネスも
まだまだ捨てたものじゃないって思えてくる。

2016-10-20

太鼓

動物の皮などで作った薄い膜を枠(胴)に張り、それをたたいて音を出す楽器。
象徴的な打楽器。
で、日本の民衆に古くから慕われている楽器ともいえる。

叩くだけで音ができること、その音が楽しいから音楽ともいえる。
太鼓囃しで古来日本人は祭りを感じたりしたらしい。
太鼓の音が娯楽だった時代は、、古き良き時代だったのか?
それともつまらない時代だったのか、
人の価値観かもしれないが、太鼓というものが
それだけ日本人のノスタルジーに訴えるものって感じてしまう。

2016-10-19

幻想

非現実的な事柄を思い浮かべる事。想像のこと。
しかし、この幻想を幻想のままにしないことが進化といえないか?
飛行機
高層マンション
ITを駆使した携帯電話
など、100年前からすれば幻想の世界の話であったが、
今では当たり前のこと。

でも現代社会に思うことは
幻想といえども、想像できた事柄が存在し、それを実現させている。
しかし、現代社会において、幻想たる想像の兆しが全く見られない。
幻想なくして、進化なし。
この先の未来に期待できるとは言えない。

幻想を夢みる社会のほうが健全だったと思ってしまう。

2016-10-18

耐久

長く持ちこたえること。
日本人は耐久性が高いものをいいものという。
長く使えるものがいいものという。
しかしだ。
現代社会において、長く使っているものに信頼感がない。
いくらいいものでも、10年ものなどは倦厭されるし、
長く使っているものが少しでも支障をきたすと
「そんな古いものを」
って声が上がる。

本当に民意ってひどいなあ。
自分がいいと思っているほど、
他人は批判し始めるし、それが他人である自分たちに迷惑をかけていると
いうロジックを生み出すのだから。
どんないいものを使い込んでもろくなことがない。
考え方によっては
自分がいいと思うために、他人を不幸にすることに問題あるか!
って言い切れるようにならないと価値は存在しないと言えないか??

2016-10-17

漁読

もしかしたら、僕の造語になってしまうかもしれない。
しかし、現代社会の熟語の多くは
明治時代の翻訳や活字により生み出された言葉が多く、
逆に今、新しい熟語が生まれないほうがおかしいとおもうこともある。

本題に戻そう。
僕は本、書籍を数多く読み、ただ読み漁っているだけである。
人によっては、どんな書籍からも得るものがあるとか、
ひとつの書を暗唱できるまで読み込むとか言い出す人も言える。
僕からすれば、その書の中に、
少しでも自分の人生に役立つ文が存在するかどうか
それだけのために読み漁る。
はっきり言えば、現代の作家、執筆家の著作物など
大したことないと見下してしまうことがある。
それは物であり、そのモノから何を得るかだけである。
道具、食材、と書籍は同価値しか僕は感じてない。

ある意味、製造物、生産財に過ぎないとみなしている。
その中で好き嫌いをもって、ものにあたることは現代人として当然であり、
その中で自分にとって都合にいいものがあれば、それでいい。
そのために、そのいくつかをみつけるために、読み漁っている。
漁っているのは、自分の金で買っていて、その対価において、
使えないと判断できるのだから、別に問題ないと思っている。

本を多く読んでいるから偉いではなく、
多くの本などの情報から、気の利いた発言、行動ができるか
それが偉いかどうかであり、読書は手段にすぎず、
その手段の在り様として、僕は漁読をしていると感じている。

2016-10-14

勤務

職務をもってつとめること。またそのつとめ。
知的産業界において、
考えている時間は勤務時間ではないだろうか?
逆に出勤していても考えていない時間は勤務時間ではないといえないか?
弊社はできるだけ勤務行為を優先させるで
出勤稼働時間にこだわらないことにしている。
ただし、社会秩序の範囲は守るように考えてはいるが、、、

考えるときって、職場より自宅や歩いているときのほうがいいアイデアに行きつく。
そう考えると、勤務時間ってなんだろう。
一つの場所に監禁して、何も思いつかなくされるのは
なんかばかばかしく感じる。
社是として、こういう考え方から脱却したビジネスにしたいものだ。

2016-10-13

律儀

義理がたいこと。実直なこと。
考え方によっては、頑固、柔軟性がないといいきれる。
日本的な美学では一本気を褒めるが、
経営、采配においてそれは批判されることばかりだ。

確かに一度受けた恩や筋通すほうが潔く、、そして楽だ。
そう、楽なのだ。
しかし、現代社会、楽では成り立たない。
なぜ、方向転換するのか?
これまでを否定していいのか?
に答えることができないとビジネスでは前に進まない。

律儀であることは、もはやただの偏屈と言われても仕方ない。

2016-10-12

演目

上演される演劇・演芸などの題目。
サービス、イベントを一言で言ったものでなくてはならない。
これって惹句の世界であり、いかにインパクトがあるものにしないとならないが
時代は繰り返すのか、またやたら長い演目名が出てきたりしている。
その長さに
「自分たちの作品を一言で表せないからこうなってしまった」
バカか、、、
自分たちの作品を演目名で説明しなくてはならないということは
その作品を見る意味、そしてメッセージがぼやけるではないか!
自分たちの投げかけるサービスに自信をもって演目をつけ行動することなくして
何がプロか、、って思ってならない。

2016-10-11

怪盗

フィクションに登場する盗賊。
一般に手口が鮮やかであったり、神出鬼没な者を指し、「泥棒」とは区別される。
盗みは良くないとされる社会、
しかし、それゆえこの怪盗には称賛や憧れが注がれる。
社会秩序ゆえの搾取されたものを取り戻す行為は
盗みであっても正当化されるという願いを込めて。。

思うに、怪盗は、快盗 としたほうがいいのかなあって思ってしまう。

2016-10-07

祝儀

時節や時期や機会や出会いなど、
人生や日常においての節目節目に金品を贈る行為。

僕の持論だが、ご祝儀を金銭で処理しないで、ビジネスとつなげるのは愚行だ。
祝儀は金で解決すべきだ。
「結婚するんだって、ご祝儀で仕事をやる」
「アイツは子供が産まれるので、昇進させた」
日本の悪しき文化であり、そして全く能力主義ではない。
能力主義でない年功序列社会そして鎖国ビジネスであれば
これは効果的なやる気促進行為だが、現代社会では癒着、不法行為の温床と見なされる。
日本人は金で解決することを悪いという発想だが
金で後腐れなく処理することができないほうが悪いとなぜ理解できないんだろう。
現代の日本人は、、、

2016-10-06

素行

平素の行い。ふだんの品行。
僕からすれば、現代人の多くは素行が悪い。
その悪さを指摘すれば、より悪い行動の抗弁をし始める。
いくら言ってもダメなもの、
つまり素行が治しようがないものは、、、
古来日本では、躾、罰を与えていたし、場合によっては
神隠しを行い、いなかったことにした。
今の日本ではそれができないから、より素行が悪化すると思ってならない。
みんなが嫌な思いをしないために、素行で人の存在を決めることは
決して悪いことではないはずのに、、なぜか、人を間引くことを良しとしないのは
古来日本の文化への冒涜に思うがね。

2016-10-05

粗品

他人に贈呈する品物の謙遜した呼び方である。 粗末な品物という意味。
粗品といいながら、粗品であってはならない。
これが日本の文化。
手柄を誇張しないこと、これが日本の美学。
だから、自分の成果を誇張する能力主義は美的ではない。
この文化と評価の矛盾がおかしい能力主義を導いている。

どうなんだろう、日本の美学ってどうしていきたいんだろうこの国は、、
まー、何も考えていないんだろうけどね。庶民は。

2016-10-04

役職

役目や職務のこと。特に管理職をさす。
いやはや、日本の管理職という概念の曖昧さゆえの
不満が多くて面白い。

管理職という言葉に多くを期待しているが
期待している人間ほど、自分が何もできていないことを無自覚に
発言していることが多い。

日本の管理職に求められていることは
進捗管理  management
作業指揮  leading
企画計画  planning
説明責任  presentation
苦悩相談  counseling
を何から何まで管理職の仕事にしている。

しかし、すまないが、現代日本人にこのうち、
3つ以上できる人は存在しないと言い切れる。
僕とて、状況にはよるが、2つ以上、3つ目は無理といえる。
その足りないところを補助するのも部下の仕事なのだが、
その部下たちは自分ができないのに役職上司に
すべてを求めるからうまく行かない。行くわけない。

僕からすれば己のできることは、まず上記のうち何かを明確にして
それ以外を部下、外部組織に助けてもらうことを言える、聞ける組織にすることが
現代日本には急務だと思う、、が、無理だろうな、理解がなさすぎなんだよね。

2016-10-03

管理

外資系の日本企業で学び、それを絶対したくないと思っていることがある。

「管理とは、部下の手柄をいかに自分のものにするかの評価である」

これは綺麗ごと抜きで最も使えない発想である。
僕が人間をこき使うことに長けているとしてもこの発想ではない。

上記のような発想だと、そもそも手柄が発生しないし、
逆に足を救われるトラップを仕掛けられる。
実際問題、僕は多くの上司をトラップで失脚させた。
なんせ、僕は手柄立てることは簡単にできてしまうからだ。
その点をひけらかすのはどうでもよく、
問題は手柄を狙う管理をいかに否定したうえで
あるべき、、よりベターな管理とはだ。

あまり深くは考えないでほしい。
自分が管理される立場であれば、簡単だ。
~その結果、次に自分の利になる何かが用意されている
~その人が一番、自分の利に合っている次を提供してくれる
のであれば、手柄をその人のためにでも頑張ってくれるものだ。
大きな理想や
自己英達は
結局、一人のエゴにすぎない。

そして、エゴ、個人の思いを理解することが重要。
相手を管理するということは
相手を興味や次の可能性を示すことであり
それが結果的に自分の次につながるように調整することこそ
管理の本質ではないだろうか?

2016-09-30

芝生

一面に芝が植えてある所。

もし自分が芝生だったらって思ったことはあるか?
なぜ、均等に切りそろえられた上に踏みつけられるのか?
人間という動物に育てられた性なのか?
でも、人間には生類憐の発想があるのに、、
人間が生きていくために、自分の犠牲は必要か?

そういうことを考え出すと、
なんか、人間の存在意義ってなんだろうって思ってならない。

2016-09-29

復活

死んだものが生き返ること。よみがえること。蘇生(そせい)。
医学が発達したために、死について誤診がなされなくなったので
復活の意味はこう使わない。
今はいったん廃止したものなどを再びもとの状態に戻すことといえる。

とはいえ、復活とはそんな重い意味ではなく、簡単につかるようになっている。
それだけ、言葉の意味が軽くなったと言わざる負えない。
本来の奇跡、尊い意味は時代とともに失われて、いつでも復活できるというのは
言葉の重み、、、正しい日本語のという概念そのものも意味低下に思えてならない。

2016-09-28

一秒

一般人が把握できる時間の最小単位といえる。
しかし、時代は変わり、その秒単位すら長く遅く感じるようになってきている。
早いことに越したことはないが、あまりにも早くなっていて
制御不能になっていることが多い昨今。
一秒より短い時間感覚をこれからも求めることに
少し懐疑な思いを持つべきではないかと思うことが多い。
早いことは重要だが、その速さに伴う判断力やリカバリバッファを
計算できないで無責任に権利の主張をする人間にはその速さ相当にペナルティーを
考えないのは不平等と思うのはいけないことなのかなあ?

2016-09-26

絶妙

この上なく巧みなこと。
ってどういうこと?
あまりにも主観的、直感すぎて理解できない。

定性的な表現と言われれば、そうかもしれないが
これを認めることは、表現力、適正評価できない表れに感じてしまう。

それだけ、人間の感覚など評価に値しないと斜に構えてしまうのは
考えが曲がっているから?
というより、現代があまりにも愚かすぎるのでは?

平和

戦争や内戦で社会が乱れていない状態であり、
異化して、安寧な状態とされる。

広義の意味で平和に言及をあえて避けるが、
仕事場という公の場は平和であるべきだろうか?
暴力によるダメージはないが、
誹謗や罵声、責任転嫁で多くの人が精神を病んでしまうことは
平和といえるか?
逆に殴り合って、相手の言分や押しどころ、引きどころに気づくほうが
よっぽど建設的で、、、平和になっていると僕は思う。

太平洋戦争敗戦後70年過ぎている。
70年って大政奉還から第二次世界大戦までというとてもない長い期間に等しい。
生活、価値観が変わるには十分な時間あったといえる。
平和の概念も変えるべきだと思うがね。

人を追い詰めるのは、殺人させる凶器ではなく
身近な言葉と地位になっている事実とその罪悪感を意識させることが
結構大きな問題と僕は悟っているだけにね。

2016-09-23

冷血

人間らしい温情に欠けていること。
、、、、それって、負け犬の遠吠えに感じない??

つまり、自分が相手にされていないことに対して
吐き捨てるように言い出す言葉といえる。

相手からすれば、その人間を相手にすることに
利や情を感じられないから、そう接してしまうといえる。
つまり、自分が人間としての価値を持っていないという事実がある。

冷血とはある意味、逆で
当人が、人間らしい、他人に評価、興味を示してもらう’血’がないからだといえる。

こういう事実を考えないで発言する輩を、
愚かな庶民に感じてならない。

2016-09-21

誤報

誤った情報や報告、および報道。
多くの人が勘違いしているのが、誤報などないということだ。
「間違っているのだから、誤報だ」
と言い張るが、それがなぜ誤報といえるのか?
その情報を正しいと思って配信することはある意味、表現の自由であり、
当人が正しいと思っていれば、それは誤報とはいえない。
そして、それを誤報と強制するのは
個人の表現の自由への抑圧でしかない。

確かに主観的にそれは誤報かもしれない。
それでその情報ソースを責めるのは、、、
それより、その情報ソースをもう信じないとするほうが正しいといえる。

関西の人がいう、
「まずいなら、まずいとおしえてあげなきゃ。」
そんな他人への関与、、うっとおしいとしか僕には感じられないだけにね。

2016-09-20

大衆

多くの人。民衆。特に、労働者・農民など、一般の勤労階級。
民主主義は、大衆を意識した政治体制ともいえる。
、、、、だから腐敗していると思わないか?
~指示待ち
~被害妄想
~局面的自己利益主義
と、全体最適、未来志向が大きく欠けている人間の発想でしかない。
そして、ちょっとでも逸脱、新たな価値観を持ってくるものなら
理由をつけてその人間をつぶす、出る杭は打たれる論理で。

僕は民主主義を否定している。
その発想が今まで僕にとって何か利益を生む出したか?
それは決してない、仮にあったとしても、
その後に無責任な人間からの責任のなすりつけがついてきた。

民主主義なんかより、人間の本能を刺激することが今求められている。
快楽
自尊
などを満足させることが必要であり、
そして、人、、、とりわけ大衆を従わせるものは、、、本能で一番効果的なのは
恐怖さ。
この事実をうまく使いこなすことがこれからの時代のあるべき覇者と僕は悟り
その活用方法をいつも考えているのが、最近の思いである。

みんな幸せを目指す大衆は
そういいながら、あいつ死ねばいいと隠している今の社会なんかより
表立って、死にますよっていう社会のほうが断然あるべき姿と思うのでね。

2016-09-16

公示

一定の事柄を周知させるため、公衆が知ることのできる状態に置くこと。
公共機関、、国家機関の公示方法って公示ではないって思う。
公共機関としては、上記定義に基づいて、知ることができるようにしているのだから
公示しているというが、現代社会そんな発想だと
「聞いていない」
「自分らにわかりやすくしていないほうが問題だ」
っていう意見が民意となっているのだから、そこを無視してはならないといえる。

公共機関は権力を持っている。その権力を使って
~民意に応えるように動くか
~民意を弾圧して、強制させる
をしないとならないと思うのだが
現在、権力的に無視しているように感じてしまう。

権力を使いこなしていないことは怠慢だと思うがそこは期待しすぎなのかなあ??



2016-09-15

御髪

高貴な人の髪の毛、、
読みを おぐし という。
髪を くし とは読まない。

僕は日本言語学に問いたい。
御髪
御門
は、高貴な存在を指すときに間接表現することが
日本語の特徴ではないかと。

つまりは
髪を梳く櫛を指して、高貴な人の髪を表し
大きな豪邸、それゆえ、立派な門をもつ人、、なので、御門、、帝をさしている。

この間接示唆、隠喩表現を徹底することが
真の敬語、日本語のすばらしさって学校の授業でやらないのは、、
日本の教育指針をだす、文部科学省がバカだとしか思えないがね。

2016-09-14

心拍

一定の時間内に心臓が拍動すること。
有名な話で、像もネズミも一生の心拍数は15億回位と同じとされている。
そのドッキンがどのくらいの感覚かが、寿命だといえる。
とすると、驚いたり、緊張することは、、本当に寿命が縮まるということか!
昔の人って科学的立証前に正しいことを言っていることが多く、
なぜ知りえたか、そここそ不思議でならない。

2016-09-13

棲息

生息のことで、正式にはこっちが正しく、
現在の生息はある意味、常用漢字の当て字にすぎない。
そのため、生きていることを主に考えてしまうが
正しい棲息の意味からは、同棲の棲の時から、住んでいることが本来の意味。
正しい意味なんてものはどんどん変わるというしかないだけに
今後、日本語をどう理解して、どう伝えていくかが
あまり考えていないくせに、国語の試験がある社会って
おかしく、、バカらしく思ってしまう。

2016-09-12

発狂

精神に異常を来すこと。気が狂うこと。
言葉の定義はそうだが、実際の用法は怒るに近い。

精神の異常
気が狂う
というが、どの状態がそうなのか?
あまりにも定義が曖昧すぎる。

逆に考えると、一昔前は精神が安定していたから
少しでも精神がぶれるとこんな表現が使われたのではないか?

現代はあまりにも人の精神、気持ちの変動が大きい。
それがストレスや社会問題の起因なのかも。
昔のように精神が穏やかだが、娯楽も生活が豊かでないのと
今のように、精神がおかしくなるリスクのも、娯楽や生活が豊かなのと
どっとが幸せなんだろうか??

2016-09-09

本分

人が本来尽くすべきつとめ。
、、、、というがこの言葉は限定的なステレオタイプ

学生の本分は勉学

でしか使わない。

現代社会は、限定した用途を好まない。
なんでもできる可能性を持つことが尊ばれる。

、、、となると、、学生は可能性の象徴なのに、本分が勉学といいきるのは
現代社会においておかしくないか?

これもまた、現代人の愚かしさで
自分の思い込みの定義でないと不安になる。
自分には可能性
他人には確定した定義の固執
これゆえ、人間社会のストレスが消えないといえる。
まー、こういう業に抗うのが、人間の本分なのかもね。

2016-09-08

混然

すべてがとけ合って区別がないさま。
英語で言えば、chaosといえよう。
chaosは、混沌の意味があり、
善悪の判別がない状態といえる。

善悪がないというのは無秩序とされるが、
現代社会もそう、、混然のようなものだ。

自分の正義は必ずしも他人の正義ではないどころか
相手からすれば、悪だったりする。
何が正しく、何が悪いか、
混然一体の社会といえよう。

もっとも、善悪がしっかりした社会は
洗脳された社会で個性や新規アイデアなんて生まれないのもまたなのだがね。

2016-09-07

投機

短期的な価格変動の目論見から、利ざやを得ようとする行為。
もともとは禅の仏教用語であり、師弟の心機が投合することを言う。

投機は投げるという言葉から1wayつまり、一通であり、
結果的に大きなもの化けてくるか、もしくはそのままなくなってしまうかもしれない。
投機と反対は貯蓄ともいえる。

最近の現代人は投機行為と貯蓄行為の判断ができない。
投機なのに、元本保証がないだの言い出す始末。
言えば通じるという思いがあるのだが、僕からすれば自分の間違いの正当化で
はっきり言えば、生きる価値がないくらい見苦しい。
投機の失敗からいろいろと学ぶことが人間性の向上だと思うが
その概念がなくなっている現代市場経済らしき社会って本当にあるべき社会なんだろうか?
って思ってならない。

2016-09-06

会談

面会して話しあうこと。その話しあい。
庶民同士での会話を会談とは言わないので
大物、権力者同士のときに使う。

会談で決まるとかいうが、本当か?
基本話し合いで決まっているのではなく、
その前後に金銭、生命のやり取りの結果が会談ではないだろうか?

なぜ人間は話し合いで決まると思い込むのか?
その祈り、その勘違いが今の社会の不公正、戦争がなくならないでは?
話し合いでかみ合わないのだから、不満が戦争になる。
話し合わず、殺せば不満も戦争もないという極論が真実だったりするのに、、

2016-09-05

忸怩

深く恥じ入るさま。
なんか現代人は、悔しがる憤るといった使い方をしているようだが、
実の意味では、恥ずかしい様である。

派生して、
喧喧諤諤(けんけんがくかく)な議論とかいうが
「喧喧囂囂(けんけんごうごう)」=大勢の人がやかましく騒ぎたてるさま
「侃侃諤諤(かんかんがくがく)」=正しいと思うことを堂々と主張するさま
を混ざって言っていて、使っている人は忸怩たる思いをしてほしい表現。

言葉は進化するとか、変わっていくというが、
間違って使うことに忸怩たる思いをしない愚者によって
正解が歪まれる、、ある意味悪しきことではないかって人間を見下してしまう。


2016-09-02

改革

制度などを改め変えること。
改革
改善
改良
などの改という文字が多く使われている。

多くの人は良くなると思って使うが
現実問題、必ずしも良くなるとは限らない。
しかし、面白いもので建前としては良くなったと言わざる負えない。

改革なんてものはいわば、
新しい権力者が自分の権力を濫用するためのものということなのだがね。

2016-09-01

斥候

敵軍の動静・地形などをひそかに探り監視するために、部隊から差し向ける(少数の)兵。
近代戦術において、斥候の地位は高いはずなのだが、
軽視されやすいのが、現代人の認識の甘さ。

孫子いわく
「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。」
相手と自分の状況を知ることが
最適化された対応ができる。

そのために、斥候としての調査コストが重要である。

しかし、何も物理的な成果物が伴わないから評価しないという発想も根強く、
それゆえの経営停滞がよく見受けられる。

いいものを作れれば売れるという発想ではなく
何が売れるかを調べてから売れるものを作るという発想に
固執する人たちを見ると溜息しかでないよ。

2016-08-31

原本

もとの書物・文書
一定の内容を示す確定的なものとして、最初に作った文書。

ある意味、権利、事象の根源ともいえる。
原本なくして、権利なし。
そのくらい、現代社会では原本重視主義といえる。

しかし、世の電子化、電脳化、
何をもって原本になるかわかりづらい。
原本と思ったものが実はあるもののコピー、加工品になりつつある。
それゆえ、自分の権利、正当性をどう立証するか
たぶん、この先の社会において
大きな抗争の火種になると僕は思うなあ。

原本、オリジナルをいかに主張し、それを他人に押し付けることが
嫌らしくもそして正しい社会になると悲しさが予見できてしまう。

2016-08-30

集会

多くの人が共同の目的で一時的に一定の場所に集まること。
狭義の意味では、集会活動とされるが、
広義では、打ち合わせ全般といえる。

集会を行うことは多くの意見をぶつけて
より良いもの、、アウフヘーベンを期待していることが旨だが、
現在は、自分以外の誰かがやってくれることを確認する場になりつつある。
会議が参加することに意味があると思っている現状ならば
集会を起こす必要はないと僕は考える。

考えてほしいが、個人能力主義というならば
集会、会議は無意味だと感じないか?
それでも会議をする事実に
僕は本当に日本のビジネスの将来が危ないなあって思っている。

日本よりもっと個人能力主義の欧米でも会議しているではないと突っ込む輩がいるが、
基本、自分の意見を相手にぶつけてその反応を確認する場であり、
日本のように参加するだけ人は参加していると思われていない事実を
外資系で体感したが、それを知らずに自分の思いを正当化させるのも
また日本人のビジネス破綻の兆しとまで感じてしまう。

2016-08-29

馬穴

バケツ。
バケツと言えばバケツ。
水を入れて運ぶことがしやすい取っ手ついているもの。
なんでバケツというか?
basket(バスケット)の英国訛りから
バケツと、、夏目漱石がそう呼んだからそうだ。

外国語だけど、日本人にしか通じず
それは明治の文豪の造語に近いのは
日本の加工文化の象徴のようなことと思ってしまう。

2016-08-26

今生

この世。この世に生きている間。
今生の別れとか言われる。

人間の一生とはなんだろうか?
心臓が動いている?
脳が働いている?
いろいろと生に対しての認識があるが、
自己認識できるのであれば、
肉体の存在が必要かも問われるかもしれない。

人間という存在、効率化を考えたら
意識だけでも問題ではないかもそれない。

今生が今生でなくなる概念がそろそろ出てくるような気がする。

2016-08-25

制裁

法律・道徳、また一般が認めた習慣や、
仲間のとりきめなどにそむいた者に、こらしめのため加える刑罰。

現代社会は制裁することがパワハラとか言い出している。
愚かしい。
組織運営、規律があってこその集団行動であり
それができない、正すために制裁を必須である。
やってはいけないではない、必須である。
人間はいくら口で言ってもわかるわけがない。
体で教え込まないとならない。
現代人はこれがないから、結局、集団行動、団体行動、
チームワーク、その根底である、コミュニケーション能力といわれるものが
ないとなぜわからないのだろうか?

もっと、体に教え込むようにしないと
本当にバカになってしまうよ、、、いやもう、、飛んで火にいる、、レベルか。

2016-08-24

愛玩

大切にしてかわいがること。
また、おもちゃにして慰みとすること。
ペットのことを愛玩動物という。

ひとつ問いたいのは、
あなたが愛玩と思っているものは
決して他人も愛玩と思っているいないということだ。

うちの家族はみんなペットの〇〇ちゃんをかわいがっているというが、
人それぞれの愛し方であり、その愛し方は自分以外の人間には理解できない癖もある。
それについて、自分の愛し方でないと納得いかない、他人の愛し方を
否定したり、他人が愛さないことに不快を言い出す人が当然のように存在する。

愛は尊いというが、愛玩など、人間の愛情はある意味偏っているので
他人からすれば愛ほど、扱いづらく面倒なものはないかもしれない。

2016-08-23

従順

ある意味、いい意味で使われる、隷属を強いる言葉。
日本的であり、多くの場合、好意的な表現に使われる。
ただ、これをよくないと感じる意見も多く台頭してきている。
個性、自己主張がないのはよくない。
うーーん、
そういう輩がシナジーを乱していると僕は強く感じる。
個性、自己主張とかは自己責任で行うものであり
その権能、能力を有しないものがむやみに使うものではない。

人間、組織に属する以上は従順でなくてはならない。
そして、その従順を辞めるということは
組織を手に入れて、自分の責任で多くの人間を従順にさせていく力を有するか
組織から離れるか
その二択しかないのである。

調子に乗って、組織内で改革とか言い出し
責任は自分ではないという輩を社会から排除することが
ある意味、今日本の経済発展には不可欠なことと悟っている。
それができないから、多くの大手、大型企業は衰退しているとその帰結を感じてならない。

2016-08-22

人工

人が作ること、人手が加わったこと。
天然と対義語とされる。
天然と比較されると、悪いイメージがあるが、
その考え方、早々に見直すべきと強く言いたい。

天然もののほうがいいという考えが人間をダメにしている。
何もしないからいいものという発想が
何も考えずに、そして責任を取らずにいる人間の悪習だといえる。
人工である以上、製造責任やその効能についていろいろと考える。
その結果が人間の進化、発展である。
人工であることは、人間の文化そのものであり、
それを否定するような論調は、人間社会に存在してはならないとまで言いたい。

どうも、社会に保護されているのに、それを安易に否定して
調子に乗っている人間どもが多くて腹が立つ。
人工という人の努力を何もしないで思い付きで発言させることは
罪とどうして気づけない?!

2016-08-19

妙齢

女のうら若い年ごろ。
ではいったい何歳前後のこと?
ここで間違えると、セクハラとか言い出す、愚かな社会。
逆に男性の年齢を女性が間違えるのはセクハラではないというのはどうだろうか?

どうも、現代日本社会の性差、年齢感覚に歪みを感じる。

年功序列があるから定年制度が成り立つのに、
能力主義といいながら定年制度は維持。

女性の社会進出って
男性側の稼ぎが少ないから女性も働かなくてはならないという
根本的な財の適正化ができていないことに気づかない。

今までの日本の常識を中途半端に残しながらも
へんなことをしているので、体制、風習、価値観が破綻していると思ってならないよ。

古来の価値観であれば
”妙齢で馨しい色香を漂わせている艶のある人”
という誉め言葉であるが、現代人は語彙力もなくただセクハラと感じるようだから
ほとほと、才がない庶民があふれていると思ってならない。

2016-08-18

功罪

てがらとあやまち
一般的な考え方だと、両極端なものと思っているだろうが、
それは実は同じものである。
他人からの評価だといえる。

例を挙げよう。
戦争で大きな武勲を挙げた。
自分の陣営では、大きな手柄とみなされるが、
相手側の陣営からすれば、最大の犯罪者とみなされる。

身の回りでいえば、営業成績をあげた。
会社という組織でいえば功績。
しかし、
同僚からすれば、出し抜きの活動
ライバル企業からすれば、邪魔な存在
そして、顧客からすれば、だました張本人
と、まったくもって評価が異なる。

ここまでくると、
自分以外の人の評価を気にする、
もっといえば、人間界の社会ルールでは何もできないという
結論にまで至ってしまう。

僕は本来の動物のあるべき姿って
自分さえよければどうでもいいではないかって考えるだけに
功罪という概念そのものが人間が犯した考え方の罪なのではって
哲学的に考えてしまう。

2016-08-17

大切

もっとも必要であり、重んじられるさま。
ただ、現代社会において、大切という言葉は大切にされない。
もっと大切
一番

などの表現がそれを凌駕するし、
そもそも、大切というものが絶対的ではなく、相対的な価値でしかないからだ。

大切なこととは何だろうか?
自分の思う大切は他人にとってどれくらいの価値か?

そう考えると、バカらしさを感じてしまうのは、僕だけか?

2016-08-16

金貸

日本の道徳観点では金貸はあまりいいこととみなさない。
困っている人に金を貸して、その困っている人から利息まで取り上げる。
そういう汚い商法とみなされてきた。

うーーん、、、バカな価値観だ。
そして、そのバカな価値観のくせに
上記行為を公的認められた存在には畏敬、あこがれをもつ。
銀行業や公的融資機関が挙げられる。
やっていることは、高利貸しなのに、、

僕自身
金を貸すことは権利かつ社会貢献だと思っている。
逆に、金を借りることこそ、
他人の金銭を懐にいれる負い目、責任、その代償を払わなくてはならない
罪の意識を持つべきだと言える。

その罪の意識が利息に繋がるし、その利息を払うために
しっかりしなくてはならないという責任感に繋がるのではと思っている。

どうも、日本の道徳観は
バカを守りすぎて、知恵や権利者を疎んじる
狂った感覚が根深くて困る。

日本独特のこの価値観を貫くなら
国際化など考えるべきではないのに
そこを曖昧にするから、ろくなことが起きていないと結論的に理解してしまう。

2016-08-15

瀟洒

すっきりとしゃれている様子。俗っぽさがなく、あかぬけしていること。
瀟洒な建物とかがいい使われようだが、、
はっきり言うが、この表現ってあまりにも主観すぎて
表現になっていないと言わざる負えない。
自分の思い込みを言葉にする必要があるのか?
逆にこの表現を使うことで、反感、いやな思いをする可能性があるのであれば、、
現代社会で廃れた言葉もあるが、あえて使うべきではない言葉もあるんだなあって思った。

2016-08-12

総合

本来の意味は、別々のものを一つにまとめる事。
そこから、様々な要素を含むという意味でも使われる。
かっこいい表現だと、almighty。

しかし、現代において総合の意味は、、掃きだめでしかない。
能力主義のバカ評価だと、専門性を重視する。純粋にそうであればいいが
人間の気持ち歪んでいる。
一つのことしかできない人はその技能にこだわるので
他人で、他のこともできるうえに、ひとつのことしかできない人より上手だった場合
ひとつしかできない人はいろいろな策や行為で自分のほうが優位と騒ぎ出す。
その結果、他でも活躍できるという理由で、別のことをするようにされる。
なんでもできるから、なんでもやらされる。
総合的な力は現代においてリスクでしかない。
なんか、おかしいこの歪みはそろそろ大きな変動を起こすと僕は読んでいるがね。

2016-08-10

係累

面倒を見なければならない家族たち。
扶養家族のことを係累という、、らしい。
小説とか見て初めて知った言葉。
文字数が少ないから
扶養家族手当なんて言わずに
係累手当のほうがいいのではと思ったが、
もう死語なんだろうな、、、って思うよ。

係累を含めて、死語っていつまで使えるのかなあ。。

2016-08-09

臨床

医療現場のこと。。
でも英語だと、、clinic そうクリニックのこと。
病人の近くで医療にあたることで、
研究、学術とは違うとされる。
とかく、現場重視主義が声高に言われ、臨床と騒ぐが
一歩引いて、一人の病より根本的な病魔に挑む研究のほうが
どれだけ効果的かと思うこともある。
現場とそのうしろの研究は両輪と思うべきなのだが、
庶民は時流で発言するのは困ったものだ。

2016-08-08

前捌

主要な事柄を順調に進めるため、あらかじめ行う処理。
ちょっと考えてほしい。
現代社会において、
実行、作業の多くは機械、低コストの第三国に委託するようになっている。
ある意味、主要な事柄は主要なメンバで行わないといえる。
そして、その主要な事柄への前捌は計画系、企画系とされて
ビジネスのコアメンバで執り行われる。
としたら、前捌とされることが、前ではなく、主務といえるのでは?
なんか、時代、技術の進化で付加価値の生産工程が変わっていることが
言葉の意味を傀儡にしていると思ってしまう。

2016-08-05

体系

個々別々の認識を一定の原理に従って論理的に組織した知識の全体。
この表現自身がある意味、体系だてていないといわざる負えない。
簡単にいけば、
相手が理解できるカタチにした伝達イメージである。

情報量の多さ
新しい概念が日々登場する技術革新
それゆえ、体系だてたものが必要なのだが、
自分の理解が正しいという思うことが弊害して
体系だてた考え方が一般化されないの実情。

自分の理解を捨てて
相手の理解に合わせていく。
それは、場合によってはレベル低下のような世界だが
相手が理解できないレベルにいることって意味があるのか?って
自問できない今が疑わしい社会に感じないのだろうか?

2016-08-04

探訪

社会の出来事や実態をその現場に行ってさぐり歩くこと。
実際に行ってみないとわからないという論理。
他方、現場にでしゃばるな、専門家に任せろ、
素人が現場を荒らすなってという意見もある。
どちらかというと僕は後者なのだが、、現代人のスキルが低すぎるので
わざわざ僕が現場に出向かなくてはならないと思うことばかりだ。

なぜ現場を探訪しなくてはならないのか?
現場とは何か、全く意識でないのでれば、
その仕事を生業にすべきではないと思ってならない。

2016-08-02

信者

その宗教を信仰する人。信徒。
日本はある意味、無神教に近い珍しい国なので
逆に信仰を持つ人間を毛嫌い、変な視線を送る。
これってある意味、最低な行為だと日本人は理解しているのか?
当人ではなく、その人間がすがる神への冒涜は
人として許されるべきではないといえるくらいのレベルである。

グローバルとか、国際交流を考えるとき
この信仰心への配慮がないのは、極めて致命的と思うべきと僕は考えるがね。

辣腕

てきぱき処理する能力があること。
僕は辣腕であって、敏腕ではなく剛腕でもない。
この腕の違いがわかることがある意味、腕の世界に行けると思う。

いろいろと考えて、もしくは的確に行うことが一番だが
そんなことを待っていてら、全然進まない。
僕は辣腕なのは、いいからやってしまおう、
やってみないと始まらないとして、失敗などを恐れずに
躊躇なく実行できる強みがある。
それが失敗だったときに、責任問題を言い出す輩がいるが
では、僕以上に躊躇なく実行できる人間などそう簡単にいないし
失敗したからといって、それを挽回できる可能性もまたこの辣腕でしかない。
僕はこの辣腕を市場に合わせて活用している。
こういう考えこそ、ビジネスなのだが、庶民にはなかなか理解できないだよなあ。

2016-08-01

快適

あいがよくて、非常に気持のよいこと。
快適は絶対というか、万人共通の感覚ではない。
人によって異なるどころか、全く逆に感じることになる。
温度で言えば
暑がり
寒がり
場の様子であれば
賑わい
静寂
と人によってどちらかが好きで、どちらかが嫌いが起こりうる。

それゆえ、人の集まりで、快適なものを見出そうとすると
結局、快適は得られない。
その人の集まりで発言権や多数決を得た意見が採用されやすい。
それが民意とかいうが、それに納得しない人が個人主義、能力主義と
言い出し始めているのが現代。

快適を得るために、他人に不快を与えることが当たり前で
それこそ、混沌で無秩序になっているような気がしている。

2016-07-29

無糖

砂糖がない状態。
甘くない、
すっきりしている、
と言われる。

確かに、必ずしも甘い必要がないが、
糖、炭水化物を否定するのはどうだろうか?
人間の脳、、つまり人間らしさの根本は糖でないと活動できない。
だからこそ、、4大文明は炭水化物がいっぱい取れたので発展できたといえる。

糖に対して、いろいろと批判している意見が多いが、
そう言っている人間って結構、おつむが弱く、妄信的そういうことを言っているよね。
どうも、現代人の発想、破滅的なことばかりいっているように感じるのは
糖不足からじゃないのかって思ってしまう。

2016-07-28

育児

子供を育てること。
人間、、というより日本の育児感覚がレアである自覚を
本当に日本人はわかろうとしない。
そもそも、育児をするという概念をもつ生物が少ないという事実。
そして、我が子に執着することがそう多くないという事実。
つまり、自己犠牲をしてまで、子供を守る動物は本当にレアである。
この事実だけでなく、
発展途上国や欧州などでは、そこまで子育てを重視しない。
生き残った子供が大人になるという概念があり、
死んでしまうのは仕方がないという、生物本来の生存能力に忠実といえる。
それが自然淘汰というカタチだといえる。
だから、自力で生きていこうとしない子供を養護することが
異常という認識こそ、グローバル、、そして地球の生物として正しいのである。

地球に生きる生物としての責任とかいうが
そう考えて愚かな持論で劣勢種を残そうとしての育児は
地球への罪といえないか??

2016-07-27

薬物

人間の身体能力を飛躍させるものは諸刃の刃である。
機材を使ったトレーニングは必要以上の負荷をかけるからこそ
筋組織が強化される。その分、肉体寿命は短くなっていることをなぜか立証しないのは?
対して、薬系の身体強化については、異常に毛嫌いを起こす社会になっている。
僕からすれば、薬をそこまで憎む人間のほうを憎む。
薬で強化できるのであれば、それでいいではないか!
そこまで自分の寿命を短くしてまで、ほしい名誉があるのだから、
その人の人生は十分だと思う。
夢に命をかける。
士道とは死ぬことにみたり
薬を使うことはある意味、
命をかけた潔さを感じてならない。
死ぬ覚悟をしてまで行うことに競技だからこそ、面白い。
ローマのコロッセオでは毎日、人間が死んでいて、それに熱狂した。
現代人の甘い馴れ合いの発想は
人間らしさを失わせていると感じてならない。
死を感じるからこそ、価値が高まることをなぜ否定する??

2016-07-26

専横

好き勝手に振る舞うこと。また、そのさま。わがまま。
この人たちの根本的な人格的欠陥は、自分自身を分かっていないことが多い。
専横な人ほど
「自分ほど気を使っている人間はいない」
って自信をもって言う。
もし、本当に気を使っている人間なら
「自分ほど気が利かない人間はいない」
と発言することから、その人間の欠陥性は容易にわかる。

悲しいかな、本当に多いなあ。
自称、気を使っていると発言する人間が、、、
自分がわがままって思って自重できないのかなねえ。

2016-07-25

請託

特別の計らいを頼み込む、情実的な依頼。
日本では、このようなことを政治家を受けて、
その見返りをもらうと賄賂になる。
これがなんか正しいとされている。
それ自体がおかしくないか?

日本人の大好きなアメリカ。
そのトップである大統領の住まい、ホワイトハウス。
政権が変わると、そのメンテ、サービス会社も変わる、、
というより、選挙時点で献金や投票で決まっているそうだ。
つまり、賄賂そのものというべきだろうか?

利害関係が一致しているのだから請託は問題ないと思うが、
日本のおかしな価値観は、政権の在り様からそうなっているのでは?
なんか、正しいと考える価値観そのものがグローバルどころか
凝り固まっているとしかいいようがない。
もっとも、アメリカの在り様も正しいとは言えないゆえ、
正しさなど求めてはいけないのではって思うばかりだがね。

2016-07-21

一隅

かたすみ、隅っこ。
人間って面白いもので
自分が活躍するときには真ん中ででしゃばるくせに
そうではないときは隅っこに身を寄せる。
これは人間だけではなく、動物の防衛本能だからといいだすが、
ペンギンのコロニーのように真ん中のほうが安全ということもあり
隅が安全とは到底言い切れない。
しかしだ、
ペンギン同士は争わないからこそ、ペンギンしかいない真ん中は安全。
対して、人間の一番の敵は、、人間ということであれば、
四方八方を人間に囲まれたら、、
そう、人間が一番人間を嫌うのはこのことからもわかってきた。

職域

各職業の範囲。
昔はそれが権限でもあり、責任、名誉でもあった。
ある意味、社会的ステータスだったともいえる。
対して、現代のそれは、個々人が自己判断で職域を定義出来てしまっている。
そして、それにより誰も行わない活動、業務の谷間が発生し、
業務的、社会的な欠陥が発生してきている。
そこに対して、自分ではないということをその職域の観点で
責任転嫁を始めていることに、すごくリスクとビジネスの発展性が
感じられないのは、僕だけなのか?ってつくづく思ってしまう。

2016-07-20

賢慮

賢明な考え。
賢いってなんだろう。
先を見据えた考え、
先を見据えてあえて失敗させてリカバリのほうがいいと判断したとしても
他人からすれば、失敗させるとは何て愚かなって評価する人もいる。
賢い考えなんて、他人にはわからないし、
賢いって自分の判断軸でしか評価するから
絶対的な賢さなんてありえないって思っている。

2016-07-19

生食

素材を加熱しないで食すること。
面白いもので、技術が進化したから生食から脱却したが
それ以上の技術進化が行われたから、生食がまた復活した。

生食は、衛生的、味覚的、触感的に食を素材する食べ方だった。
そこに、火が登場し、焼く、煮る、蒸す、など加熱調理をすることで
劇的に食することが安全かつ快楽になった。
そして、その美食がより進み、そして原点回帰して
生で食することがある意味本質と悟ったりする。
しかし、衛生、味覚、触感的に問題ゆえに加熱だったが、
滅菌、保冷、運搬という調理ではない技術により、
生のまま食することが可能になっている現代。

人間はいろいろなところで原点回帰するということが
この生食でわかる気がするとともに、やはり人間がまた同じようなことを、、
うーーん、楽しみかな。。

2016-07-15

仕様

作るものに関し要求する、
特定の形状・構造・寸法・成分・精度・性能・製造法・試験方法などの規定。
そのものの定量的な存在意義といえる。

仕様にあっている、仕様どおりとか製造現場でいわれる。
仕様はある意味、絶対といえる。

しかしだ、その仕様って何のため?
その目的を見失っている仕様が本当に仕様なのか?
僕からすれば、仕様など一時的な達成点でしかないように思う。
あまり仕様にこだわって、結果価値のないものばかりになっていないか??

2016-07-14

汁粉

小豆などを砂糖で甘く煮た小豆汁の中に、
餅や白玉団子、栗の甘露煮などを入れた食べ物。
和菓子と洋菓子を比較して、
脂分が少ないから和菓子のほうがいいといわれる。
どうかな?
脂分は3大栄養素であるから、ないわけにはいかない。
逆に、3大栄養素をすべて兼ね備えている洋菓子のほうが栄養的ではないか?
そもそも、洋菓子はどの国でも口にできるが
和菓子、お汁粉と簡単なものでもなかなか口にすることは難しい。
そういうレベルで、和菓子と洋菓子を比較すること自体おかしいのでは?
って思ってしまう。

まーーー、母の遺伝でお汁粉を欲してしまう自分の嗜好には抗えないけどね。

2016-07-13

封建

君主が公領(=君主の直轄領)以外の土地を諸侯に分け与えて、
それぞれにその領地を治めさせること。
古今東西、人間はこの発想で支配という概念をもっていた。
ということは、人間は土地支配を望むのが本能といえる。
まー、だから戦争の多くは土地を手に入れることに起因しているし、
自分の成果を土地で示したがる。
マイホームという発想も基本は土地を手に入れることだといえる。

現代社会、封建制度も土地重視主義は薄れている。
でも本能論から考えると、また土地をめぐる戦争がおきるのでは?
と思う、、というか、、中国の今の行動ってその通りではないか、、てね。

2016-07-12

無益

利益のないこと。
でも、本当に利益がないとはなんだろうか?
金銭的
経験的
社会的
いろいろな観点から利益にならないことはないのではないか?

無益とは、そう思い込む人の思いでしかないのでは?

2016-07-11

気分

一般には心身についての微弱で持続的な感情のこと。
って定義は間違いだと思う。
気分とは、、社会関与への積極、消極的な意思表示である。
気分がいい、悪いを他者に伝える意思は
自分が共同体において前向き、後ろ向きかを暗示している。
それに感情と言いながらも結局は自己中心的な意思そのものだから。
あまり、教科書的な表現を鵜呑みにするのもどうかな。
実質的には人間の好き勝手でしかないようだ。

2016-07-08

強引

むりも構わず、強気でするさま。
これって、結構受け手の思いだけで、当人は全然そう感じていない。
強引と言われることほど、案外当然だったりするものを
かたくなに捻じ曲げている人ほど、正しさに向かうことに抵抗する。
強引に物事を進めることが、本当に強引なのか
そもそも事実を捻じ曲げてたことを正されることにへの厭味、反抗が
そういう負け惜しみとして言われているに過ぎないのでは??

2016-07-07

保管

物を預かって、傷めたりなくしたりしないように保っておくこと。
この言葉から、自分のモノは保管対象ではないということがわかるが
その理解がない人が多い。
日本語は主体の認識が弱い言語だけでなく、
意味も自他の区別がつかない言葉が多い。

もともと共有、公共性が強い民族だったのに
それを能力やら個性とか言い出したバカな結果だと思う。

自分のものであったとしても
みんなのために保管しているという意味が成り立っていたのに
個人所有、排他的な発想が起きたために
なんかおかしい日本語が成り立つようになってしまった。
いろいろな意味で、日本は強引に過去の価値に戻るか、もう日本価値観を捨てるか
としか言いようがない。

2016-07-06

土偶

人間(特に女性)を模して、あるいは精霊を表現して作られたと考えられる土製品。
これは祭事、もしくは祈祷用とか言われている。
、、、どうだろうか?
できの悪いぬいぐるみ
精工なロボットフィギュア
がそのまま、2000年も地中に埋まっていて
2000年後の世界に出土された場合、、、その時代の人間は、、
これは祭事用の道具だって言い出すかもしれない。

土偶ってその時代のおもちゃじゃないのか?
作られて目的も、子供をあやすため、もしくは大人の趣味とは
あまり深い意味はないのでは?って僕は感じる。
人間という動物は、まだに意味を考えすぎではないかって思う。
結局、人間はどの時代も同じようなことをしているのではないか
歴史は繰り返すと強く感じる。

2016-07-05

鬱積

不平・不満が晴らされずに次々と、心に一杯たまること。
ストレスといえるだろう。
そうストレスというが、その言葉の日本語は鬱積である。
横文字を使うなとは言わないが
こういう変な横文字で日本語にある表現が失われていくことはなんかねえ。

2016-07-04

銅鑼

青銅、真鍮、鉄などでできた金属製円盤を枠(ドラスタンド)に吊るして、
桴で打ち鳴らす楽器。

でも、もう銅鑼は楽器ではなく、概念になっているといえないか?

~どら息子
~どら焼き
~ドラえもん
~イベントの開始音

すべて、銅鑼がもとであるが、
必ずしも皆の頭には金属円盤が思い出されることはない。
ただ、それぞれのものが頭によぎるだけといえる。

学術的に言えば、銅鑼はすでに形而下から形而上の世界に昇華した存在と
仰ぎ見ることが存在といえる。

2016-07-01

雲母

これなんて読むか?
うんもかもしれないが、訓読みだと、きら、きららと読む。
英語だとmica,輝くものという意味。

ケイ酸塩鉱物のグループ名で
薄くはがれやすい輝く鉱物。
綺羅びく雲になる元だから、雲母とも言われるが
宝石でもないこの鉱石、
染料
燃料
素体
といろいろと役に立つようで、なかなか興味深い。

こういう素体を活用できるのが、人間だと深く関心してしまう。

2016-06-30

酒屋

お酒を売っている店。
現代、酒屋自体は激減、、ほとんどなくなった。
免許制の廃止によるコンビニやスーパーの台頭。
そして、酒屋といえば、居座れる酒屋、居酒屋がメインになってきている。
お酒を飲むという行為は人類にとって切っても切れない。
その酒を商品として扱う酒屋
その酒をサービスとして扱う居酒屋、
今のでなくても人間は商品からサービスにシフトしてきたんだなあって思う。

2016-06-29

烏賊

あの10本足の白いイカである。
タコもそうだが、このイカを食べようとした人には頭が下がる。
何も知らなければ、食べられるものだろうか?
確かに食べてみればとてもうまいものだが、そのうまいを知るために
どれだけの勇気があったのだろうか?

人間初めてを行う人はすごい。
それをまねる人は本当に楽な行為だ。
コロンブスの卵というのだが、
初めての行為をもっと評価するようにしないと
コピーするだけの無価値な人間がどんどん増えるだけで
社会として、面白くないよ。

2016-06-28

出願

願い出ること。願書を出すこと。
願いということから、必ずしも成就するとは限らないといえる。
現代社会は出願について忘れていることが多い。
自分の願いが通って当然という風潮が強い。
高度成長期の日本までは願いが叶うかどうかわからない、思い通りにならなかった。
だからこそ、願ったときに嬉しさ、それをまた味わいたくて努力、我慢を心得ていた。
それがなくなったから、、
なんでも叶うが、喜びを知らないのと
なかなか叶わない願いが叶ううれしさ、
どっちが人間として充実した人生だろうか?
今の社会は本当に幸せか??

2016-06-27

離脱

UKのEU離脱が決まった。
その事実に対して日本で思うのは
日本のマスコミおよび経済界がいかに一方的な視点で報道していたかということだ。
エコノミストは、自分周りの意見ばかりだから、ほぼ全員が残留と表明していた。
そして、マスコミ報道は離脱派の意見を奇異な意見のように扱ってきた。
しかし、それは全くの逆になった。
確かに離脱をすれば、経済的、社会的にデメリットがあるかもしれない。
しかしだ、今の生活、感情的にもう許せない、
耐えられない状況になっている庶民が実に多いことがわかる。
民主主義は一人一票であり、経済単位、金銭ではカウントではないことを
証明する結果に感じてきた。
でも、、この結果、、歴史的に見て帝国主義、ファシズムの始まりに感じる。
同時期に同じような選挙で過激な発言をしている人が
国家主席になろうとしている大国があるだけに、、

2016-06-24

臨界

原子炉で,核分裂が持続的に進行しはじめる境目。
ということは、原子力という概念がないときにはこの言葉はなかったか
今までとは違った使い方をしていたといえる。
日本語はある意味、開国後、福沢諭吉や西周によって翻訳されるという意味で
作られた言葉が多い。
正しい日本語って本当はありえないと思ってしまう。
だって、どんどん作られているのだから。

2016-06-23

荒波

激しく強い勢いで立つ、または打ちかかる波。
今は、そのさまを人生に見立てて使うことが多い。
人生の苦行を立ちふさがる大波に見立てて使うのだが、
そもそも、人生の大波ってなんだろうね。
多くの場合、波のようでそれは自分以外の他人なんだよね。
人間にストレス与えるものは、波ではなく人間、人間が生み出したものでしかない。
人生の荒波とは、、、、他人との抗争そのものではないかって言えるなあ。

2016-06-22

芝居

演劇、演技のこと。
もともとは、猿楽等の芸能を寺社の境内で行った際、
観客は芝生に座って鑑賞していたことから、
見物席や観客を指して「芝居」と呼んでいた。
それが観客から演目そのものに、転化したどころか、
演ずるこという行為から、虚偽、、嘘の行為まで芝居というようになっている。

お芝居という表現はもはや、本来の意味から離れ
嘘をつくという言葉になっているのは、、、全く持って
外国人には理解できないだろうな。
いやはや、これもまた日本語の難しさ、、いや愚かしさと感じてしまう。

2016-06-21

鉄道

等間隔に設置された2本の鉄製の軌条(レール)またはそれに代わる物を案内路として
車輪を有する車両が走行する交通機関。

日本人ほど、鉄道が好きな国民はいないと思う。
それは鉄道マニアという狭義の意味ではなく
鉄道網
鉄道搭乗率
駅の間隔
定時発着
どれをとっても、身近なものになっている。
地方によっては、自動車というが基本的には鉄道の駅を中心に
繁華街が出来ていることが多い。
日本人は鉄道を前提に生活、、文化を形成していると言い切れるだろう。
ある意味、日本人は鉄道が具現化した存在ではないかって思ってしまう。

2016-06-20

注釈

既述の文章や専門用語についての補足・説明・解説のこと。
原本ありきで、それを注釈でまとめた書籍を起こすと
ある意味、同人誌に近いというべきだろうか?
同人誌レベルでは、名著になることはなく、その時代の人々に
名著をわかりやすく伝えるものになってくることが多い。
そして、注釈は意味を限定させ、そして注釈者の見解を織り込むことになるので
わかりやすいというより、原本を利用した自己主張になっていたりする。
そう考えると原本と注釈書は別の書籍になりかねないのだが、
なかなかそうはみなされず、、注釈が原本の意味とされて間違った見解が広がる。
だから思う、注釈書ではわからない、原本の真意をちゃんと把握しないとならない。
そう、真実は常に一つ、でもそれをどうとらえるかは個々人に委ねられている。
真実を知らずに注釈で議論したがる世間が実に怖いといえるようなこの時代に
強く原本回帰を求めたいものだ。

2016-06-17

熱唱

熱をこめて歌うこと。また、その歌い方。
実はこれって近代語で、歌謡曲が流行るまで使われることはなかった。
人間の人生視点でみれば、昔からあるような言葉でも
実際問題、その時の技術、風土、文化により
生まれた言葉が当たり前のようになっている。

そもそも、歌は吟じるものだったのだが、、
今では茶化すネタとして吟じるといわれているのは、、、悲しい。

2016-06-16

改訂

主に文章について述べ方、また、述べてある内容を、直し改めること。
改訂と改定、、現代人は区別せず使っているどころか
間違っていても押し切ってしまい、それが正しくなる日本語。
~正しい言葉を使おう
~言葉は常に変わっていく
どっちが正しいのかなあ、、
僕からすれば、正解がないこの社会って社会なの?しかもう思わないけどね。

2016-06-15

破竹

竹が最初の一節を割るとあとは一気に割れるさま。
破竹の勢いとは、一気に押し寄せることをいう。
竹は直線的にイメージをもつ。
伸びる方向、
繊維
そして、使い方。

それゆえ、竹は人間の生活に良く活用されてきた植物といえる。
しかし、現代では、、ほぼプラスチックに置き換わっている。
直線的で活用しやすいものから、、
なんか人間もその竹の性質から離れてしまったような。
プラスチックの攻勢の勢いはまさに破竹の勢いで、、皮肉なものだなあ。

2016-06-14

納期

商品等を納入する期限。
日本のビジネスを見て感じるのは、、、
納期より品質を重視する傾向といえる。
日本の価値観では、
品質の悪いものを納期に渡したら、自社の価値が下がるという。
それっておかしくないか?

納期は契約書に書いている。
しかし、品質については、、定性評価なところもある。
契約書に書いているほうが重要であるのは、、いわずものがな。
その納期に間に合わないで品質って言い張るのはおかしい。
引き渡していないのではないか!
そして、日本人は抗弁が下手だから品質に逃げている、そう
品質で逃げているだけだ。

欧米企業を学んだのは、
納期重視それ引き渡したものが不良品でも受け取らせればいい。
そして、その不良品に文句をつけてきたら、
相手がこちらの営業妨害をしているとして訴えることが
あるべき抗弁とされていた。
契約書を守る、そして、お金をもらうために、自分を守る。
それがあるべき姿で、品質はその副次、、いやスコープにも上がらないこともある。
それだけ、納期というものが重要だと強く感じた。

日本のビジネス、、なぜグローバルに合わないか、、
それは思い込みとバカ見たいな自己満足、、
それに価値があると思うおかしな国民性といえる。

2016-06-13

畑違

人材抜擢のときに、畑違いと評価することがあるが、
抜擢である以上、畑違いになるべきである。
畑違いだと、経験がない、その部門に慣れていないとか言い出す。
それが不安というが、、、その発想が腐っている。
畑違いを受け入れざる負えないということは
今までの経験
その部門の馴れ合い
が問題視されているからであり、
それが不安という発想からして、すでに終わっているといえる。
だいたい、畑違いを受け入れざる負えないところまでになっている組織の自覚がないことが根本的に、、不安の対象であり、問題点への意識がおかしいといえる。

そもそも、畑違いなど考えることが社会をおかしくしていると思う。

2016-06-10

綺麗

よごれ・余計なものがない様子。
その状態を求めたがることはわかるが、
そんな無垢な状態はありえない。
何かしら汚れている。
とりわけ、正しさなんてものは、
汚れの上に成り立っているので
綺麗ごとを胸を張って主張する人間はどれだけ世間知らずなんだろうって思う。
こういう人間が事実を目の当たりにしたときに
堕ちる、つまり暴走することが社会の大きな歪みといえるが
それをなかなか社会は認めないのはバカとしか言いようがない。

2016-06-09

裁決

行政庁の法律上の争訟に対する裁断行為。
国際法的に国家間の訴訟を結論を出しても、
そもそも、自分の国を裁く権利などどこにもないと言い出す国が多い。
そして、その発想が個々人も口にするようになってきた。
死刑廃止、囚人の人権などを許すような強制力のないこの世の中、
裁決を効率よく、そして秩序を回復するのは、、
悪いが、人の命の生贄が必要に感じてならない。
人のために死ぬことは名誉である価値観がまかり通るのなら、
尚更、死刑、殺戮に価値があると感じてしまう。

2016-06-08

眩暈

目が回るようなくらくらとした感覚。
実際にそうなったときは、眩暈とは言わずに救急車だと思う、
多くの場合は、相手の発言から、どうしようもないときにこういう発言をする。
言われるほうに責めを感じる昨今だが
実際問題、言っているほうの狭い考えに固執していることが多い。
眩暈がするという発言をする前に
自分自身の視野、思考の狭さを目の当たりにした
眩暈を感じるべきと思うことなあ。

2016-06-07

目抜

目貫の事。目釘のことで柄そのものでは無く、
刀が柄から抜けないように留めている釘の様なパーツ。
これが折れると刃が柄から抜けますので、
大事なことと、柄の真中にあり目立つところから、
中心となる通りを目抜き通りと言うようになった。

そんなこと、誰がわかって使っているだろうか?
目抜き通りって漢字すら変わっているのに、、
もはや語源のかけらもない。
いやはや、日本語は本当にわかりづらい。

2016-06-06

洋装

 西洋風の服装をすること。
というが、現代社会で洋装ではない衣装を着ていることのほうが少ない。
日本なのに、正装の前提が洋装であることに
なんかおかしさを感じる。
和装がすでに和装ではなくなって久しいが
そこは、現政権は、取り戻さないのか?

2016-06-03

雨上

雨が止んでからの少しの間のこと。
この状況ですごいのは、大気にごみがない状態。
空気が澄んでいる状態。
そう考えると、雨って、大規模な空気清浄器なのかもなんて思う。
考えようによっては自然界の機能を家電化しているだけなのかなあ?

2016-06-02

応答

問いや話しかけに答えること。
一見すると、普通に感じるが、
現代社会では、応答が実に難しい。
聞いていることとその答えが違うことが多い。
そのことに関して
「何を答えているんだ!」
とかいうが、
「質問内容が意味不明」
ってことが多いことに多く人は気づいていても口にできない状況になっている。

これこそ、僕はパワハラの真骨頂ではないかと思う。
問題、答えられない側ではなく
問いかける側の質問能力が極めて問題なのだが、
それを指摘すると、問いかけられている以上の問題になってしまうからね。。

2016-06-01

除菌

病原性や有害性を有する糸状菌、細菌、ウイルスなどの微生物を寄せ付けなくさせる。
衛生面でいえば、あるべきカタチで
清潔であることは、精神、社会的にも快適といえる。

しかし、菌は自然界では普通に存在し
それへの個人の耐菌が免疫力となり、
予防接種などはその発想で行われていた。
しかし、除菌から殺菌、滅菌になるようになったと同時
免疫力が弱い人間を守るために、予防接種を中止し始めた。

これって正しい方向だろうか、、
養殖より天然が高いということは
免疫力のない人間は自然児より価値が低くあるべきなのだが、、
現社会の価値観は本当にいい加減すぎると思えてならない。

2016-05-31

論文

学問の研究成果などのあるテーマについて論理的な手法で書き記した文章。
僕からすると、この発想自身が日本がダメな理由だと思う。
文章?
論理的?
そんなの価値があるのか?

文章よりエビデンス
他人の研究成果を活用してその上を導くのは論理?

論より証拠という諺がある。
まさに、論文より立証、、
論文という言葉や形式にこだわっているには本当にバカらしい。

2016-05-30

流通

もとは仏教で経典や教えを広めていくことだったが、
今では、経済用語のバリューチェーンになっているといえる。
市場経済において、流通は前提である。
商品流通
価値流通
貨幣流通
どこからどこへ流すこと、、つまりはそれが現在社会の仕事といえないか?

自分の仕事がどんな流通なのかを意識することが
社会貢献について考えることと僕は悟っているが
多くの人たちは自分のことがいっぱいいっぱいで
そこまで考えが至っていないことはもったいないって思ってしまう。

2016-05-27

波紋

水に石などを投げた時に広がる、
波の輪のような模様。転じて、動揺を与えるような影響。
転じて、同心円状に広がる影響度。

環境によるが、ここまできれいな円はなかなか作れない。
水というものがもたらす効果は大きいと感じた。
波紋を作ることよりも、その波紋がきれいにできる環境を作ることが
ある意味、明鏡止水の境地なのかな?

2016-05-26

原資

事業に必要な、もととなる資金。
先立つものがなければ新しいことは始められない。
僕からすれば当たり前なのだが、
現代人は自分は損をしないで、儲けたいと平気で言い出す。
自分にはそれだけの価値があると言い出して、、、
うーーん、
だって、そういう人間ほど他人には価値がないと言い出す。
他人を評価できない輩に投資するバカはいないと思う。
まじめに、、どこまでバカなんだろうって思うことが実に多い。
それでよく日本経済は回っているなあって思ってしまう。

2016-05-25

水産

産業としての水産業、、漁業のことといえる。
日本語で難しいのは、それを水商売と言わない。そういうと意味が全く異なるからだ。
本当に難しい、水産業と水商売、漢字的な意味では同じようにみえるのに、、
全く違うなんて、外国人には通じないんだろうな。。

2016-05-24

洋酒

日本を含む東洋以外の地域、
主にヨーロッパ・北米に由来するアルコール飲料、
又はその地域に由来する製法によって製造されたアルコール飲料のこと。

洋とは、太平洋を越えてきたという意味であり、
日本海など西の海から渡ってきたものには洋の字をつけないとのこと。
、、だからシルクロードから渡ってきたものは洋物ではなく、
ペルシャ絨毯は洋物ではないそうだ。

本当に日本的な表現だこと。

2016-05-23

放心

精神状態が確かでなく、または他の事に気を取られて、
魂が抜けたようにぼんやりしていること。

これって客観的にそう評価するものであり、
当の本人はそうは思ってないし、そう思われていることに不満を感じているだろう。
真の意味での能力主義であれば、評価はされるもので
思われたら終わりなのだが、日本は本当に能力主義と思い込んでいるから、
そこを徹底的にできないんだろうな。
それが今後、吉と出るか凶と出るかは、、、僕としてはもう結論づいて
日本人をどれだけ生贄すれば、今後の停滞、リスクから脱却できるか
の検討にはいっているが、多くの人たちはまず考えてもいないかなあ、、

2016-05-20

営利

財産上の利益をはかること。かねもうけ。
日本では金儲けに対して、悪いイメージを持っている。
これは、、儒教や士農工商の名残であり、極めて前近代的な発想である。
その癖、欧米に感化されているから、、、
利益を出さない企業は株主や経済通の人からバカにされて
利益を上げると暴利とか言われる。

何やっても文句を言われるビジネスへの評価って
日本はバカなんだろうなって思ってしまう。

2016-05-19

口論

口で言い争うこと。言い合い。
僕の中では、現代社会って本当にバカだなあって思う。
口論は正しいのか悪いのか、全く分からない。
暴力はダメで口で戦えとか言うくせに
名誉棄損とか言い出す始末。
議論を薦めるくせに、議論=口論ということを全く理解できない現代社会に
愚かしさを感じてしまう。
口ではなく、手で行動起こしたほうが正しいってもう認めようよ。
それで安全ではなくなるという思い込みを捨てて。

2016-05-18

旋律

音の高低・長短の変化の連続した流れ。
音楽の最も中心的な要素。メロディー。ふし。

旋律があるから、音が音楽にみなされる。
ただ耳に入ってくる空気の振動を感情を揺さぶる事象ととらえることになる。
自分以外の他人の感情を振るわせることはなかなか難しく、
旋律を生み出せる人はそれなりの才能である。
しかしだ、、この旋律感覚こそコミュニケーション力そのものって
現代人はわかっているのかなあって思ってならない。
何を言っているかわからない歌詞、耳障りな旋律で興奮しているようだから
現代人は他人とコミュニケーションがとれないのでは?
童謡、民謡未だに伝わっている、、それは、、これ以上言わなくても
わかる人間が本当に減って情けない社会だよ、今は。

2016-05-17

罹患

りかん と読み
病気にかかることをいう。
日常生活ではあまり使わないが、この表現が使われる病はずばり、、癌である。
親族の葬儀が続き、それ相当の年齢であったが、みな癌に罹患していた。
悲しいのは、みんな定期がん検診を欠かさず検診していた。
そう、、、結局、罹患することは検診と関係ないといえる。
いろいろと健康検診を進めるが、罹患したらアウトって思うと
すべての予防行動がなんな政策的、そして利権の関わる悪意を感じてしまう。

2016-05-16

名誉

人の才能や努力の結果などに関する輝かしい評価。
この名誉、、現代社会では受け入れられない。
価値の多様化で、それぞれのスキルが乱立して共感できない
能力主義で、他人の能力を評価せず、自己主張
自由表現から、妬み嫉みでマイナス見解に上書き
という状況で、全うな評価は皆無といえる。

名誉があるから、尊敬や従順が成り立つ。
これはマックスウェーバーの支配の三類型の起源でもある。
人に崇められるカリスマ支配
そんな人のやり方が理に適っている合法的支配
そのやり方を踏襲している伝統的支配
といえる。

それゆえ、今は支配が成り立たない、混沌ともいえる。
名誉を重んじず、結果この有様の現代社会に秩序、方向性って見いだせるのか?
って考えずにはいられない。

2016-05-13

模写

他者の作品を忠実に再現し、あるいはその作風を写し取ることで
その作者の意図を体感・理解する為の手段。
これを贋作とするか、手習いとみなすか、、
それは人の取り方だと思う。

そもそもオリジナリティーという考え方の前提に
人間は模写から始まり、事故を確立していくのであり、
オリジナリティーはある意味、模写の延長ではないかと思う。

模写を贋作だのいろいろ言う人間に、、
お前らそれすらできないから、足を引っ張り合うのか
って蔑みたくなるよ。

2016-05-12

夜明

夜が明けること。
夜明け前が一番暗いなんて言葉もある、深淵な闇の状態。
しかし、考えようによっては何もない、これからなんでもできると思うこともあり。
夜明けをこれからなんでもできるという前向きにとらえられる人が
実に少なくなった社会に感じてならない。

2016-05-11

懇願

ひたすらお願いすること。
考えようによっては頑固であるともいえる。
自分の能力に関係なく、他の力を使って自分を欲望を実現させることともいえる。
でも、懇願するくらいのほうが現代人として正しいといえる。
懇願どころか、自分が欲望が当然でそれが満たされないことがおかしいという
バカな人間が増えていることを考えると、懇願する行為、自分の立ち位置がわからない
人間は存在を否定してあげないと社会として成り立たなくなるとまで考えてしまう。

2016-05-10

戦慄

恐ろしくて、ふるえること。
平和、安全が蔓延している日本においてこの感覚は禁忌になっているが、
これが研ぎ澄まされることが、危機回避能力の向上だとなぜ人間は気づかないのか?
平和であることが、正しいという思いが僕からすれば異常だ。

地球いやすべての事象に起きて、安定ということはない。
人間の思う精神の安定が平和といえるが、それが当たり前になっていることは
万物のルールに反する。
~諸行無常
~万物は流転する
古今東西、言われていることであり、平和もそのひとつの事象に過ぎない。

戦慄を覚えることが悪いことか?
戦後日本が再興できたのは、戦時中の戦慄の走る思いの体験から
それに比べれば、あの時のようになりたくないという危機回避精神の賜物といえる。
自分も含めて、その感覚を知らない世代になっているから
戦後復興のような成長が見られないともいえる。

戦慄を反面教師にする必要性は、
停滞や不満から導かれ、そしてそれが成長の起爆剤になるといえる。
そろそろ、日本も近いうちにそれを体験するときがくると僕は予見してここに記しておく。

2016-05-09

論拠

 議論のよりどころ。議論・論証の根拠。
僕からすれば、論拠というものは、机上の空論であり、
説得力にはならない。
百聞は一見に如かず、それ相当のアウトプット、エビデンスがあれば
論拠などいらない。

形而上で話したがる現代社会、
しかし、なんだかんだで物理的な裏付けがないとならないのが世の常。
理論、論理武装もいいが、目に見えるカタチで示せるようにすることが
本当に大事なことって思わないと現代ビジネスでは全うに先に進めないね。

2016-05-06

公表

一般に対し、おもてむきに発表すること。
今までは、それなりの手続き、金を掛けないと多くの人の自分の見解を公表できなかった。
しかし、このブログも含めて、SNSやインターネット配信は容易に公表できるようになった。
というか、私的なことも公表扱いされてしまう。
公表だから反論するという論理もまた発生してしまう。
逆に、そうでないものは反論されることがないというのはどうだろうか??

~老人は早く死ね
~子供は黙らせろ
とか表現をインターネット上で書くとそれは公表となり、反論で炎上が起きたりする。
それに対して、反論している人たちが私生活で
~年寄はどいていろ
~電車の中に子供を連れてくるな
とか平気で言い出している。その発言にクレームをつけると
口論になり、クレームをつけたほうが名誉棄損とか言い出す始末。

僕は思う。
現代社会の表現の自由は、、、もはやあるべき姿ではない。
つまり、表現という公表性の公民的でない以上、すでに意味がない。
秩序のない自由はただの混沌であり、混沌とは無秩序で自由などない前社会的な状態。
結果的に社会性を失った現代社会に公表の意味はあるだろうか?
むしろ、発言の責任性を全面的に命をかけるくらいの統制力が今後必要になってくることが
これからのあるべき姿に感じてきている。

2016-05-02

英知

真実在や真理を捉(とら)えることのできる最高の認識能力。
知恵より高位の表現。

僕としては、知恵とは何だろうっていつも思う。
パソコンのスペックを人に当てはめて
・CPU
・主記憶
・補助記憶
それとも
・インストールされているソフト
・格納されているデータ量
・高度処理ロジック
どれのことを指しているのか?
全く体系化されてない表現だと思う。

、、結論からすれば
知恵、頭がいいとかいう表現を使っている時点で
その人は、無知で頭が悪いんだろうなってことがわかった。

僕の英知が導いた、無知の知はこれだろうな。

2016-04-28

宿舎

泊まる所。やど。また、職員等の住居用に建てた家屋。
ある意味、大きな組織の補助、援助を受けて自己負担が少ない宿泊施設。
僕からすれば、、能力主義ではあってはならないし、
根本的に資本主義的というより、社会主義的な発想だといえる。

非正規雇用などで、宿舎などを使えない人間が増えている以上、
儲かっている人間が自己負担が少ないこの施設利用は
すでに既得特権になっていることは多くの人間は理解できていないことが
大きな問題だと僕は感じている。

2016-04-27

稚児

稚児とは幼児のことである。
稚児と表現されるときは、だいたい裏に衆道、男色の潜んでいるが、、
人間を俯瞰すると面白い。

現代人の価値観では、
~幼児好き
~男色
とかは蔑まれるようになってきたが、
有名どころは
悪左府:藤原頼長があげられそれから、
江戸時代では当然というか、それがたしなみだったりしていたようで、
徳川左府家光はそれゆえ子孫が残せないのでは危惧され
大奥が作られたのだから、、
最高権力者:左大臣(左府)の多くは稚児を愛でていたといえる。

江戸時代までとそれ以降の現代のまで長い期間を考えれば
そして、日本人の好きな、古き良き日本を懐かしめば
今の価値観ってどうなんだろう。

なんか強引に変えられてしまったのでは?と思うところがある。

僕としては、稚児という概念より
性差を超えて、人間というものが肯定、否定を繰り返すのはなぜだろう、
なんで本能レベルで学習できないのかを調べてみたくなる。
結局、人間は高知能ゆえに、本能と社会性の間をぐるぐる回しているだけではないかって
思ってしまう。

2016-04-26

不滅

ほろびないこと。永久になくならないこと。
僕は思う。
人間が作り出したものは、すべからく不滅にはならないといえる。
それゆえ、永久機関というものは無理だと思う。

科学的、理論的に不滅のものを生み出すことはできると思う。
しかし、その不滅のものは一瞬で価値を失い、
不滅である意味をなさない。
例えば、人工ダイヤモンドがそのいい例だと思う。

現代社会では人工ダイヤモンドは
不滅の宝石という概念より、それを加工、、不滅性を損なって工業的に利用されている。

人の生み出す不滅は、、あるようでないといえる。

2016-04-25

厚遇

てあつくもてなすこと。
他のお客より特別に扱うことなのだが、
現代の商取引において、
それは先行実践に過ぎない。
つまり、その厚遇扱いは後に皆同じような扱いを受けるのだが
それがいち早く行われているという認識だ。

サービスのコモディティー化で
カスタマイズそれたサービスを求めるのが今の世の常。
それゆえ、自分だけという思いが、一番のサービス要素。
そして、自分だけされていないということも逆のネガティブ要素。

誰だけという言葉は後に全員対象にしないと
現代のビジネスでは通じない、そこが結構難しくもあり
そして付加価値を経営していくビジネスの醍醐味かもしれない。

2016-04-22

劣勢

勢いや形勢が劣位にあること。
優勢と劣勢、絶対ではないと僕は思う。
優勢であるということはその勢力が分裂してしまう可能性があるのに対して
劣勢である自覚は窮鼠猫を噛むというくらい強いこともある。
自己視点でものとを見ると結構、失敗しかねないことを最近強く感じる。
劣勢であるほうが、潜在的な力があるという事実を目の当たりするとね。

2016-04-21

風化

岩石が長いあいだ空気にさらされてくずれ、土になる現象。
転じて、流行りが廃れることにも使われる。

モノは必ず風化すると思える。
逆に風化しないモノはものというより、概念化されたものと言いたい。
それゆえ、風化しないモノはいろいろな意味で貴重な存在である。
しかし、風化するからこそ、刹那の魅力があるともいえる。
モノの風化を劣化、老化ととらえる価値観もまた風化されていくのではないかなあ?

2016-04-20

羨望

うらやましく思うこと。
うらやましいとは自分にないものを欲しがる気持ち。
それは人間を向上させる原動力か
それとも宗教上の悪徳なのか?
経済活動の礎は案外、不浄な心持ちではないか?

逆説的にいえば、
宗教とは、経済活動に耐えられない人間の負け惜しみと
うがった見方をしてしまうなあ。

2016-04-19

困窮

困りきってしまうこと。特に、貧乏で苦しむこと。
社会は過去から考えると、十分幸せになっていると思うのだが
相対的に困窮を訴えいる人が増えているのは
心が満たされないからなのか?
一昔前では高嶺の花のようなものが簡単に手に入る時代なのに
社会全体が困窮を訴えることこそ、ある意味幸せである証拠なのか?
本当に困窮していれば、訴えることなどできないのだから。。

2016-04-18

浅学

学問・知識を十分には身につけていないこと。そういう人。
、、、というが、浅学なんて表現を使っている人はすでにマスター領域だといえる。
浅学という言葉は謙遜の意味で、精通、通暁しているといえるだろう。

浅学といいながら、良く知っている人
プロといいながら、使えない輩
日本の人の評価は、なかなか難しいね。

2016-04-15

色彩

いろどりや色合いから転じて
物事にあらわれている、あるようすや傾向

色とは、特徴をさすことが多い。
色物なんて言葉、その最たるもので
色をcolorではなく、unique としてとらえている。

日本には4色しか把握でない国民性があったので、
色といいものに対して奇異をもっているからこういう表現がうまれたのかも。

あー、自分自身が色物である自覚があるだけに、
色のない庶民が同じモノトーンに見てしまうのは、、必然かなあ。

2016-04-14

唐揚

食材に何も付けずにまたは小麦粉、片栗粉、プレミックス(調整粉)のから揚げ粉をまぶして
油で揚げた料理・調理。
基本、鶏肉のことをさすと言い切れる。

唐だから、中国の料理とおもうかもしれないが、
必ずしもそうではない。必ずしもというのは、諸説が多すぎる。
~カラッと揚げる
~揚げているときの音がカラカラ
などいろいろと語源がある。

漢字も
空揚げ
虚揚げ
唐揚げ
といろいろとある。

いろいろな意味があるが、、真実は一つ。
唐揚げはみんな大好きな料理で誰でも知っている。
知っているのに、なぜそういわれているかわからない、、
何とも日本語らしい。

2016-04-13

配送

配達して届けること。
現代社会の買い物の最終形態は、配送になってきている。
ネット、コールセンター、そして、店舗でモノを買ったとしても
自宅に届けてもらうことが当たり前になりつつある。
今、手モノに欲しいものだけを自分で持ち歩き
欲しいものは注文して自宅に配送してもらうことが当たり前になってきている。

買い物と物流が一緒になっている今
店舗の存在意義が本当になんのためにあるのか
今までの陳列ビジネスはなんのためという
既存ビジネスモデルを思い知らされることことが
ただ届けるという概念に打ち破られつつある。

2016-04-12

灰燼

灰と燃えさし。
灰燼に帰す という言葉、すべてを失うという意味に使われる。
最近はあまり使わない言葉になったのは
火事がそう多くのものを焼き尽くす事象が減ったことにも由来する。

現代社会はあまり燃え広がらない。
それは難燃焼性の素材、構造を熟知してきたからだといえる。
しかし、それはある意味、人のマインドも燃えなくなっている。
ある意味、情熱を燃やして灰燼に帰すこともなくなっている。
燃えるようなことはないが、萌えるような価値観になっているのは正常なのか?!

2016-04-11

常世

永久に変わらない神域。
死後の世界でもあり、黄泉もそこにあるとされる。

現世と対になる言葉だと思うが、
現世が永遠ではないということではないような気がする。
つまり、人の命は短いが、現世はずっと続いているといえる。

哲学的だが、死という一瞬を永遠と考える仏教的思想の常世という概念。
現代社会ではそういう考え方、思考はなかなか受け付けられなくなったが
それが、心の余裕をなくした、乾いた社会に感じてならない。

2016-04-08

錯視

視覚に関する錯覚のことである。
視覚といいながら、脳内補完でそう見えてしまうものであり、
目のせいというより、脳の生理的な、社会生活のための変換である。
そう見えないと社会的にきついから、そう見えてしまう。
錯覚を起こしているのは、、脳や目なのか?社会そのものか?
なんか人間の性を感じるね。

2016-04-07

難解

わかりにくいこと。
これは読み手、受け手ではなく、
書き手、送り手の問題である。

難解ということは相手のことを考えていない証拠。
相手を意識ないで表現することになんの意味があるのだろう?

でも、結構現代社会ってこの傾向が高いよね。
自分を分からないほうが悪い論理、、社会全体として難解ですねえ。

2016-04-06

湯浴

湯にはいって、体を暖め、また洗うこと。
シャワーが一般的になってきた、現代日本の入浴習慣。
しかし、湯浴みに対しては恒久的に評価されている。
湯治や半身浴など、いつの時代も湯浴みを求めている。

温泉や銭湯で成り立っている日本文化。
湯浴み、それ自身がある意味、日本文化そのものかもしれない。

2016-04-05

老化

生物学的には時間の経過とともに生物の個体に起こる変化。
成長と老化は違うというが、どこの起点で老化というのだろうか?
退化が進化の一部であると同様に
老化も成長の一部と僕は考える。

成長を望むが、老化を嫌う。
ではどれをもって老化と思うのか?
それはある意味、主観と思い込み
それを老化と見なすかどうかは個人の判断だといえる。

老化というものを意識しすぎることがある意味、
老化そのものではないかと考えてしまう。

2016-04-04

点描

線を使わず、点の集まりで絵を描く技法。
点描画といえば、スーラなどの新印象派があげられるが、、
実際問題、現代人が目にしている画はすべて点描といいきれる。

デジタルの画像は画素による点描であり、
ドットプリンターで印刷されているものもまた点描である。
点描の点が裸眼では認識できないくらい細かくなっているからこそ
意識しないが、目に映るものはすべて点描といえる。

もしかしたらだが、網膜に映っている映像情報も情報というレベルで
点描で認識しているかもしれない。

物事は点の塊で形成されている?
まーー、だからといって、点と思い込んでいる汚れの塊に固執する輩が
平然と生きているのはどうかなあって思うなあ。

2016-04-01

妖刀

妖気を帯びた刀。
科学的には、ただの刀だが、その過程でそう言われる。
ちょっと待てよ。

そもそも、刀って基本、人を斬るもの。
それだけで妖気を帯びていないか?
聖剣
破邪の剣
とは中二病的に神聖化して武器をとらえるが、、
殺人凶器には変わりない。

刀に憧れ、そして忌み嫌う。
人間の殺人衝動とその反省の具象化って思うのは
哲学的なのかなあ。

2016-03-31

他決

自社ではない他社に決まった、失注のこと。
他決になったことでわかることは
~なぜ他社が選ばれたか
~次の買い替えタイミング
と次へのアクション要素を見出すことである。

一見さまビジネスが多い昨今。
他決になったからこそ、自分の仕事が始まるっていう感覚。
もしかしたら、新しいビジネスの切り口かもしれない。
そんなの昔からやっているという人もいるが
温故知新や見る視点がかわることで全く新しいビジネスモデルが産まれるかも?

2016-03-30

亜父

父に次いで尊敬する人。
項羽が軍師、范増をそう慕った。

創業以来、僕の亜父としていろいろと世話をしてくれた翁が身罷った。
社会人になって親のように面倒見てくれる存在は
現代社会では稀というか、そういう関係が構築できない社会構造になっている。
翁は僕と意見をぶつけながらもいろいろと行動した。
僕は項羽ほど、、江東の小覇王、孫策でもないが
特定のスキルで成り上がっているだけに、翁あってのところがあった。
父亡き後、この翁を亜父として慕っていただけに、、
2回目の父を他界はなんとも、、言えない。亜父よ、、安らかに、、

2016-03-29

挑発

相手を刺激して、事件や欲情などを起こすようにしむけること。
日本内の道徳感では、挑発は悪意にみなされるが
日本内の法理では、挑発をして相手が行動した場合、被害者扱いされる。

挑発をうまく使いこなすことは現代人、いや人間という劣等動物の知恵の真骨頂だといえる。
相手を意のままに操る行為の一つが挑発であり
その行為は基本裁かれない。
日本人は被害妄想から、挑発を悪意にしている貴重な民族感であることを自覚しないと
他国からうまく利用されるだけなので、ちゃんと挑発を使いこなそう。
騙すより騙されるほうがいいという負け犬発想と同じく
挑発するより、されて耐えるほうがいいという発想が地位を国益を失うことは
今までの国際情勢から早々に気づくべきだ。

2016-03-27

通暁

 ある物事についてたいへん詳しく知っていること。
精通しているという言葉はまだ現代でも使えるが
通暁しているとは今では全く使わなくなった。

語源は暁(あかつきまで)まで夜通しで、、
つまり、その事実に明るくない時から今に至るまでという意味である。

意味も語源もわかっても、だからと言われてしまえば言葉なんてものは意味をなさない。
どんどん言葉は失われていくんだろうな。

2016-03-25

対面

互いに向き合うこと。
やたら、コミュニケーションという概念で重宝されるが、、
あほの論理である。

対面で交渉するから、証拠が残らない
対面で交渉するから、論理的、熟考した判断ができない
対面で交渉するから、相手をより嫌いになる

リスクがあることを忘れて、対面交渉を求める。

何が目的で、
あなたは相手より有利なのか、
リスクをどこまで回避できるのか
を真剣に考えれば、無駄に人と対面で会う必要はないと
心から言いたい。

はっきり言えば、いろいろと無駄なことが多い事実を
効率化という人であれば容易にわかるのに、なぜ気づかないんだって思ってしまう。

2016-03-24

付帯

主となる物事に付け加えること。
基本、副となるものなんだが、現代社会、この副のほうがメインになってしまうことが多い。
副産物しかり
2番手のほうが人気になったりと。

物の価値は変わりやすい。
絶対価値と思っているものほど、価値が薄れやすく、
ノリシロ、可能性が見いだせるものほど応用ができて価値が出る。

自分の強みを考えるのはいいが、その付帯的で、取るに足りないスキルほど
案外評価されるのでは?

2016-03-23

舶来

外国から(船で運ばれて)渡来すること。そうしたもの。
なんだかんだで、日本人は舶来、、とりわけ欧米製品を尊ぶ。
ブランドからIT技術など。
その傾向がある以上、日本は一番、グローバルになれないと思う。
なら、2位ならいいのでは?
と思っているが、家電やいろいろな産業の世界の2位は
大陸系の国家に奪われている。

舶来を尊び、それでいて2位だったという思いは
日本の悪い過去の栄光への思いこみで
そろそろ脱却しなくてはならないと感じている。

2016-03-22

配役

出演者の役のわりふり。
役柄にあった俳優
それともあの俳優があの役を、、
ということが話題になる。

メディアに長く関わっている僕からすると
平成あたりから、明確に変わってきている。
昭和は著名な俳優を作り出し、
その俳優で作品を引っ張る感が強かった。
その俳優あっての配役だった。

対して、平成というか最近は
作品のある役を抜擢された人材がこなして
それが評価されていくことが多い。

これはメディアの双方向が進んでいるから
多くの人間の価値観が多様化したとか言い出しているが
実際問題、無理に個人にフォーカスしてきた社会が破綻しているといえる。
必ずしも、その絶対価値が評価されるわけではなく
多様なる相対価値とそれを認めても
多数派にガタガタ言われなくなったからだといえる。

思うに旧来の多数派とされてる価値観が
未だに力を持っている今の社会が
そろそろ配役的に変わってくる時期ではないかと
感じてならない。

2016-03-18

戦乱

戦いが起こって国が乱れること。
日本にとって、過去の事実のと思いがちだが
戦いって何だろう?
国が乱れているってなんだろう?

現代社会は新たな価値観に考えたところで
個々人が他人の価値観を否定することが戦いであり
それで国家的な統制がとれないのは、戦乱ではないだろうか?

人間の思い込みの価値観は
基本、今が正しいとみなすだけに
未来から振り返ればそれはよくなかった、戦乱だったとなるのでは?

2016-03-17

免責

普通なら負うべき責任を問わずに許すこと。
はっきり言えば、免責という概念は存在してはならない。
負わなかった責任は、代わりの誰かに押し付けているだけで
そんなばからしい不平等を認めるから、社会の秩序が乱れるといえる。

能力主義である以上、
自己責任が必須といえる。
しかし、それも能力で責任を擦り付けることもまたあり、、、
擦り付けられないように、自分を守ることをしないとならない。
免責という言葉に甘い言葉の裏には
人間としての闇がものすごく感じられる。

2016-03-16

頭脳

脳であり、知力でもある。
頭がいいという言葉の意味はなんだろうか?
学歴
知識量
計算力
など、いろいろあるが
僕の判断基準は、、洞察力と予測力。
周りに何が起きているかを把握して
言われる前、気づかれる前に行動できる人間が
僕の中で頭にいい人であり、それが僕の行動理念だ。

だから、頭がいいという表現をされる人で使えない
言われないと動かない人間がどうして?バカじゃないの?
って思ってしまう。

2016-03-15

必定

そうなるにきまっていること。
人間の思い込みの典型例とそれによる見下しのポイント。

人間は自分の考え、結論が必定と思うことが自信だったりする。
その自信が揺らぐこと、必定が必定でなくなることに嫌悪、怒りを示す。

この不確かなそして価値が変わる社会なのに
必定を前面に出してくる人間が実に多く、、気持ち悪いんだが、
その自覚がない庶民に本当に空しくなるねえ。

2016-03-14

渡航

航空機や船舶で海外へ行くこと。
陸続きの国境を持たない日本ならでは、出国表現。
漢字だが、中国人に全く通じない言葉、概念である。
ところが、似たような表現で英語がある。

Off shore
言葉だけの意味は、対岸という意味なのだが、
現在では、自国と離れた物価の安いところに仕事を依頼すること。
国外ということを海を越えた先としている。

日本人だけの発想と思いきや
万国で人間は同じような見解していることが分かる。
だって人間だもの??

2016-03-11

兵隊

兵士。
最近では、作業員という意味で使われることが多い。

作業を実践して理解してこそと僕はわかっているが
作業を知らずに指示、管理をしたがるクズが人をバカにして集めようとするから
全然人が集まらないということが起きている。

人手不足ねーー
基本的に現代人のほとんどの多くが
身分不相応な価値観になっているだけで
自分がただの兵隊にも満たない存在なのに
兵隊を見下していることが根本問題だと人間を俯瞰すればすぐ気づくことなのに、、

2016-03-10

金星

”きんせい”と読むと
太陽系で太陽に近い方から2番目の惑星。
”きんぼし”と読むと
大相撲で、平幕の力士が横綱と取組をして勝利すること。

日本語の難しさを感じる。
これを文脈で読み取れっていうのだが
それって簡単なことだろうか?
それを読解力というのは、なんか違うと思うし
それって言う側の独りよがりだと思う。

言葉はしつこいほどちゃんと説明しないとならない。
あるバカがしつこい説明って人に言い出すが
彼の説明ほど、何を言っているかわからないと言い返すと
ひどく暴れていた。こういうバカが多い現代社会がよくなるとはとても思えないよ。

2016-03-09

文庫

文書、図書を収蔵する書庫が本来の意味。
でも今はコンパクトサイズになった書籍、文庫本をさす。
文庫本は多数の読者が見込まれる書籍を収めた小型の叢書のことである。

市場経済から考えて、文庫本になると作家への版権印税が減るのが現代社会。
作家としては作品の価値を下げずに至高でいるか
それとも多くの人に自分の作品を知ってほしいかの価値観が現れる。

もっとも、本に対する価値が変わりつつある現代社会では作家の思いはそう届かないかも?

2016-03-08

狂乱

心が狂い乱れて、異常な言動をすること。
僕らすれば、他人の多くの発言、行動が狂乱に見えてならない。
そう感じている僕も他人からすれば狂乱に映るのだろう。

人間、他人の行動を基本的に狂乱に感じることが僕は正常だと思う。
もし思い通りであれば、それはドッペルゲンガー現象のようで
あたかもあなたの存在、個性が見えなくなっているのだから、
自分が正常、他人が狂乱という前提であれば
かえって、相手のことを理解どころか、許容できるのではないかと思う。
分かり合えないのだから、最低限の理解でいいのだから。

2016-03-07

望楼

遠くを見るための高い構築物。
周りより、相対的に高い構築物であれば広く見渡せる。
その分、周りからもその構築物は目安、目標にされる。

現代社会では高さが相対的に価値が減っている。
それだけ構築物の高層化が進んでいるから。
高さで得られたものは、情報として別のカタチに
目安、目標は構築物の形而上、形而下の価値で評価されるようになっている。

望楼という価値基準が画一的だった時代の言葉は
すでに今の日本では通じなくなっているといえるなあ。

2016-03-04

才媛

学問・才能がすぐれた女性。才女。
この媛という文字は、、愛媛以外ではあまり使わない。
単独では、ヒメと呼び、姫とどう違うかわからない。
相対的に社会的ステータスの高い女性にあてる言葉なのだが、
現代人、、というか日本人が母国語である日本語を理解できていない象徴の一つだ。
まーー、考えようによってはこういう訳の分からない言葉でもうまく受け入れてしまう国民性
もこれでわかるといえる。

2016-03-03

潜伏

見つからないように、ひそかに隠れること。
意図的な潜伏はある意味、人にスリルという興奮を与える。
スパイという言葉魅力的な言葉と思われるものだが、、
しかし、実際問題、潜伏するということは社会的にやばい立場で
ストレスしかない状況で決して自ら進んで受け入れるべきではない。

人間は日常を逸脱したものに憧れる。
しかし、憧れるということ自体、その人の人生は安定した幸福という事実を
見失っている平和ボケでしかないといえる。

2016-03-02

目配

目つきで知らせる、または指図すること。
今までの関係から言わずもがなという不文的意思疎通。

この言葉があるように言わなくてもわかる社会だった日本。
「言わなかればわからない」
「わかるように説明してほしい」
という発言できることなど、ありえない社会だったのに、、

説明責任とかはどうでもよく、
その雰囲気、流れから行動できるからこそ
ものづくり日本だったのでは?
なんか、、バカな方向に日本は進んでいる一例ではないかと思う。

2016-03-01

史実

歴史上の事実。
つまり、、、嘘、思い込みだといえる。
今まで、どれだけ武田信玄、足利尊氏を肖像に騙されていただろうか?
そして、歴史の新発見って論理矛盾しているのに、
当たり前のように受け入れることはどうだろうか?

だいたい、人間の伝言ゲームを考えれば、うまく伝わらないことはわかるだろう。
そして、去年の今日、何を食べた忘れてしまう人間に過去を正しく思い出されるものだろうか?

くだらない歴史の事実にすがるより、何をおきて、自分では何ができるのかを考える力を
もっと重視してほしいのに、、どうしてバカな歴史の暗記をさせるんだ、バカ日本教育は!!

2016-02-29

好調

調子・ぐあいがよいこと。
まー主観的な表現で、自他と認識が違うことが多い。
何を持って調子がいい、好調であるかはあえて定義しないほうがいいかもしれない。
人間の心の持ち方で評価を変わってしまう。

上昇志向タイプは、まだまだと評し
マイナス思考の場合は、現状維持を進める。

好調なんてものは、相対的結果につながりそうな状態であればいいわけで
絶対的、定量的な表現を求めてはいけないといえる。

2016-02-26

破損

物がこわれて、いたむこと。物をこわして、いためること。
案外、概念的に理解しづらい。
自分は破損と思っていても、経年劣化と見なされたり
はたまた価値がなくなった、全損となったり。

破損を絶対的な定義と思っているが
これは、人によって異なる評価、相対的な状態ということを理解すべきだ。
つまり、物の価値は他人とは共有できないといえる。

2016-02-25

切札

カードゲームで最も強い札のことである。
転じて、物事の帰趨を決する局面などで、その行方を左右する人物や物に対して使われるようになった。

最近のゲームでは切り札を出すを、
その切り札より強力な切り札が登場する呼び水になる
強さのインフレを感じてならない。
つまり、強さが絶対から相対になってきている。

恒久的な強さが通じない世の中になっているんだろうな。

だから、切り札扱いをされる人ほど、、今だけの強さなのかなあ?

2016-02-24

穏健

おだやかで、行き過ぎや誤りのないこと。
ある意味、意思がなく、その場を流れるように過ごす能力。
僕からすれば、能力である。
それをアピールがないとか、意思がないとか言い出すが、
そういう出す輩は僕からすれば害でしかない。

意思なんか求めていない。
言われるがままに行動して
体で覚えてから、その改善を口にしろよ。
穏健な人は案外、柔軟に仕事をこなすではないか。

結果を出してから、主張しろよ。
本当に理論が正しいという愚かな発想が蔓延しすぎて
評価される結果を軽視、結果の略奪が実に多いなあ。

2016-02-23

痣瘤

たんこぶ、、の漢字。
そもそも、痣瘤って頭にできた内出血、打撲の意味で、
こぶは瘤、、では、たんとは、、

おたんこなすという言葉があるのだが、そのたんがこれと同じ意味
頭がなすという意味で、たんとは頭のことである。

すでに、現代日本語では、たんを頭と読むことはなくなっているが
日本語の節々にこういう旧日本語が見え隠れしている。
これが日本のいいところでもあり、効率化、そして論理的ではない象徴といえるだろう。
一義的、正当性が曖昧であることは、論理的とは全くありえないといえるのだから。
まー、これが日本人が国際化、、いや欧米化できない目の上の瘤でもあるのかな??

2016-02-22

稲妻

雷の発光現象(雷光)、ひいて雷の放電現象一般を表し、また以下のような意味。
、、考えてみれば、稲の妻でなぜ、ライトニング??

古来、雷の落ちる田んぼは豊作になるといわれていた。
田んぼに稲に子供(実)を授けるから、稲の夫(つま)だったものが
伴侶の意味のつまが、女性のみの妻に語源変化したために、
稲妻になったわけである。

語源もそして変わった沿革も知らないで、、
というより、こういうことを知ることがある意味教養だと思う。
無駄な知識は教養であり、それで話のネタになり、仕事につながるといえる。
使えない詰め込み教育、、、、本当にバカと気づかないのかなあ?
稲妻は雷って一義的に教えることに何の意味がある??!!!

2016-02-19

不遜

思い上がった態度。
現代人の多く、、というか欧米人的バカな発想、自己主張そのものが不遜だといい切れる。
自己主張しないと評価されないって
僕から言えば、虚偽申告であり、思い上がりだといえる。
男は黙って、、
そう、言わずに結果を出すことが、真の価値ではないだろうか?
無駄に自己主張するこの時代。
不遜である自覚、、というか恥をに感じるくらいにならない、
真のスキルアップなど、無理だといえる。

しゃべるとしても相手から評されるような説明力が必要であり
自己主張をする表現力はまさに不遜だとなぜ気づかない???

2016-02-18

燃費

燃料(ガソリン、軽油など)の単位容量あたりの走行距離、
もしくは一定の距離をどれだけの燃料で走れるかを示す指標。

とはいえ、必ずしも自動車だけではなく、
暖房器具、農具など、発動機でも燃費の表現を用いていた。

燃費という言葉、これから概念のものに変わっていくだろうな。
多くの駆動機器が電化されていくので、これからは燃費より”電費”となるべきだろう。
しかし、電気でも、自動車の消費コストは燃費と言われ続けると思う。
なぜなら、、未だに、馬力を用いて、車の力強さを表している。
1馬力って、、そもそも馬と比較するなんて、、と思うけど、
その概念が未だに続いているのだから、、
燃費も同じように概念的に残ると言い切れるねえ。

2016-02-17

戦雲

戦争が始まりそうな緊張した気配。
雲という言葉は、その形状から何とも言えないがそういうものが奥に見える状態といえる。
だから、クラウドコンピューティング、クラウドファイナンスなんて、
その機能はみえるが、実際にそれが存在するのかは別問題にしている言葉に表れているだろう。
ある意味、戦争状態ではないが、戦争が見え隠れする雰囲気。
そういう状態って後世から、すでに戦争状態だった言われるだけで、
当人はその雲の中で気づかないだけである。

今の日本ってある意味、戦雲の中にいると僕は悟っているがね。
何も戦争が国家VS国家ではないといえるからね。

2016-02-16

隕石

惑星間空間に存在する固体物質が地球などの惑星の表面に落下してきたもの。
人間は地球外のものに夢を託し、隕石には隕鉄など地球内では考えられないいいものがあると思う。
しかし、そんないいものはなく、だいたいがゴミだったりする。
場合によっては、それが健康被害、環境破壊の要因になったりと絶望を呼ぶものだったりする。
自分の知らないものが必ずしもいいものではない。
むしろ、理解できないものだからこそ、知らないと思うべきである。
隕石が貴重と思うことは、、、今ある現状から逃避しているに過ぎないと、、

2016-02-15

崇敬

あがめ、うやまうこと。
用例から見ると、権力、有力者が神仏に参拝することが多い。
信心深い人はわざわざ崇敬なんて表現を使うことはないだろう。
他人から敬われる存在だからこそ、それ以上の存在に敬意を示す意味ともいえる。
権力者は案外、神仏を敬う。それは今の地位が恒久的ではないことを
本能的に知っているからこそ、今の地位における課題や不安を誰にも聞けないことなどを
神を通じて自問自答をすることになるからそうだ。
孤高な人ほど、人外の存在に縋りたくなるものなんだろうな。

2016-02-12

木漏

森などで生い茂る木々の葉のスキマ。
その隙間から日光がさすのが、木漏れ日。
抒情的な光景だが、なかなか都会では、、、結構ある。
最近は都市の緑化が進み、案外木漏れ日が見れるようになってきたと思う。

人工的な木々かもしれないが、その樹木が生きていることには変わりない。
それに、、人間そのものもいろいろな意味で人工的そのものであるのだから
その樹木とあまり変わりない、むしろ、こんな人間の環境でも生きている樹木はすごいのかも
とも感じる。

都市の中の木漏れ日は
多く人間はあるべき姿でないと思うかもしれない。
でもそれって、
自分たちの先代たちが破壊した自然を棚に上げてどんな理想をいっているんだ?
ってバカな意見にしか聞こえないのだが、、
むしろ、都市の中で木漏れ日を出せることこそ
樹木の生命力と人間の人工力のすごさを賛美すべきではないか?!

2016-02-10

書味

ペンなど筆記用具の使用感、書くときの調子。
個々人で違い、これにより生産性が大きく左右されるが
数値化できないし、正解を個々人でしか把握できない。

僕は筆記具にそれをこだわる。
下手すると、その筆記具に巡り合うために、その100倍の金額を使ったこともある。
それが高価でも希少品でもないことも多い。
そんな無駄遣いって言われるかもしれないが、
それで1000倍の生産性と報酬が得られる源泉と考えれば安いものだと思っている。

こういうこだわりって結構、
現代の経済を回している要因だと思うがね。

2016-02-09

破風

はふと呼ぶ。
切妻造、入母屋造の屋根の妻側部分を広く示す名称である。
屋根で反り返っているあそこである。
最近の家に破風がないものが多くなってきた。
それゆえ、、というか、破風という言葉すら今の日本では通じない。
言葉は概念の変化で変わっていくのはわかる。
しかし、それいぇ、古語をちゃんと理解することも教養になるが、
現代の古文の勉強は受験ツールとなっている以上
教養のかけらも感じられない。

逆に破風というものを知っている人ほど、マニアックと言われるのだから
この日本の価値観が狂気に感じてならない。

2016-02-08

僧侶

出家して仏門にはいった人。
僕は一つの確信を得ている。
それは、

日本人がサービスというビジネスモデルに支払感覚が弱いのは僧侶がいたためである。と

日本は士業、などのサービス業のほとんどは僧侶に集約していた。
~教師
~医師
~経営相談
~技術相談
何から何まで、相談とされるような無形事案は
すべて僧侶に相談していた。
そして、学と教養のある僧侶はそれに対応していた。
その上、神の使徒であるから、基本無償で行ってきた。

人間は今まで、そして無償だったものをいきなり有償になること抵抗が未だにある。
それゆえ、未だに日本ではサービス業への支払いを渋る経営者も多い。
それは、諺にある
「困ったときの神頼み」
もその起因である・

古き良き日本とかいうが、それゆえ、ビジネスが進まない古き悪しき日本の価値観をどうするか
直視しないといけない時代にあるといえるだろう。

2016-02-05

暗愚

道理に暗くおろかなこと。また、おろか者。
暗愚は結果的にそう言われることが多い。
当人はそうは思っていないが結果的にそうなる。
そう、暗愚は過程ではなく結果であり、
途中はそうでもない、、というか、過程においてひどい、評価できないものでも
結果が出てしまうことが実に多い世の中。
だから、結果を出したものを見習う、現代のマーケティングって
バカを習う秀才というそれこそ暗愚な社会になっている。

何が愚かなのか、、全く評価できないとまで僕は確信している。

2016-02-04

話題

話の主題となる事柄。
~巷で話題の
~ネットで話題の
なんて言われるが、騙されてはならない。

誰も言っていない、、いやそう発言している人が流布している危ない言葉だ。
そんなに話題になっているなら、わざわざ言う必要があるだろうか?
あえて、そう言い、あたかも知らないほうがおかしいという作戦である。
しかし、人間がわかっているようで、そうではない。
阻害感を恐れて、その流布されたおかしなことにのり、
嘘から出た真を成立させてしまう。

嘘を結果的に事実にさせようとする行為は詐欺ではないこの社会。
一体何が正しいか、もう少し人間は精神を鍛えるべきと思う。

2016-02-03

観測

自然現象の推移や変化を観察したり測定すること。
重要なことといいながら、現代社会では観測より憶測を重宝したがる。
観測した結果を待てないのが現代社会といえるからだ。
先物、先見ということが市場を席捲しているのだが、
実際問題、観測を疎かにしているから大きな暴落をまねていると思う。
観測あっての予測ということ、それを理論ではなく体験させるような教育が必要と僕は感じている。

2016-02-02

不満

満足できないこと。あきたりないこと。
ある管理者が
「何か不満があるのか!」
って声を荒げて部下に迫る。

バカげている。社会に不満は必須条件である。
不満こそ、要求であり社会改善、発展の根拠である。
不満のない社会、人間関係など発展性がなく、秩序を保つ必要がないと言い切れる。
不満といかに向かい合い、それを改善して新たな不満と向き合うかが社会、、
いや、それこそ人間の行うべき行動、ビジネスそのものといえる。

2016-02-01

洞察

物事を観察して、その本質や、奥底にあるものを見抜くこと。
たぶん、僕は洞察力が高いということは自他とも認識できることだが、
それを頭がいいといわれるのは、自分としてはあまり好ましく思っていない。
洞察力は別に頭を使っているという認識より、人間がそうなるもの、そういうものという
決めつけにちかい感覚で理解しているから、頭を使っているとは言えない。
それに、みんなが理解できるような言葉で、洞察結果を口にしているが
実際問題、結構えげつないこともわかっているので、あえて言っていないことは
頭がいいというより、汚いに近いという思いである。

自分と人間をあえて分けて考えられるからこそ、
洞察力を持っているのかなあ、それって社会的に受け入れがたいことなんだろうな。

2016-01-29

道連

いっしょに連れだって道を行くこと。
最近は悪い意味での使い方が多い。

でも本来は同じ道を歩む、同志、強いては婚姻の意味でもあった。

正しい日本語というが、なんか日本語がどんどんむなしくなっていることを
この言葉から感じることがある。

2016-01-28

日照

日照りによる飢饉が日本にあった。
それは歴史の教科書にも書いてあるように、
日本人の誰もが知っていることだといえる。
でもそれは歴史上の事件として認識しているが、、
それって今でもってなぜ気づかない?
異常気象、観測史上ありえない、、
なんて言うが、そういう気候が過去にあり、
それが飢饉を起こしていたと言えるではないないか!
つまり、温暖化とか言っていながら
実際問題、過去からずっと起きてきた事実である。
それを別問題として、全く勘違いな対処、
CO2抑制って、あまりにも金を動かしたい意図を感じてならない。

2016-01-27

塵紙

ティッシュペーパー。
日本人は当たり前、そしてとても低コストで利用している紙だが、
世界的に言えば、塵紙というものはそう簡単に使えるものではない。
極限まで薄くできる技術
そして、紙というものを気軽に捨てられる価値ではない
その点において、日本は裕福と言える。
しかし考えようによれば
エコではなく、そして衛生という言葉に騙された無駄遣いかもしれない。
なんせ、塵紙はリサイクルできないのだから。

ここを改善させようとすると変な抵抗勢力が現れるのは
日本の潜在悪ではないかと思ってしまう。

2016-01-26

勲章

主に国家或はその元首などが個人に対し、
その功績や業績を表彰するために与える栄典のうち章飾の授与を伴うもの。
みなさんの周りに勲章を叙勲された人はいますか?
多くの人はなかなかいないかもしれないと思うが
毎年、春秋に相当数の叙勲が行われている。
しかし、その人を見ないのは、、あまり勲章の価値がないのか?
それとも、自分たちの知らない人にばかり贈っているのか?
何か政治的意図を感じるのも不思議ではないし、
そもそも勲章って名誉ではなく、政治的なツールでしかないことは
日本という国の特徴なのかな?

2016-01-25

一代

生涯。生まれてから死ぬまで。
当人ともいえる。
僕からすれば、当人、つまり一代でスキルは終わるべきだが
一流の職人になると
やれ世襲
やれ後進育成
を言われ、それを十分ではないと批判される。

一流の職人が必ずしも、一流の教育者、指導者でないどころか
そうではないから、一流になったともいえる。
そんな人に多くの者を求めるなよ。
まーそういうことを書いているマスコミも一流の、、、、!!
一流のクズをちゃんと育ててることはすごい。
なんて社会だ、、

2016-01-22

脆弱

もろくて弱いこと。
簡単なようで、どういうものが脆弱か、言えるだろうか?
結構、主観的に思い込みで脆弱とみなすが
実際問題、そうではないどころか、言っている輩のほうが何をもって脆弱と言っているのか
わからないし、それを指摘すると逆切れする。
お前らこそ、、人生において脆弱ではないのかって思ってならない。

2016-01-21

元気

体の調子がよいこと。
いかんせん、定性的なものであり、自他の評価で異なる。
そして、この元気があれば、パフォーマンスそのものに関わる。
僕は思う。
他人の仕事を助けるという行為で一番重要なのは
元気、つまりモチベーション、やる気を高めることだといえる。
仕事を分担したり、免除するのはある意味、助けていることにはならないし、
元気にはならないと思ってしまう。
人間の根本的な生きがいそのものだといえる。

2016-01-20

信憑

信頼してよりどころにすること。
だからこそ、信用できないといえる。
信頼されるということは期待され、期待はコミットメントのようになり
裏切ることがありえないとなる。
それが不正の苗床ということはもう誰でも気づいている思うが、
なぜか社会は認めない。
まー認めてしまえば、何も信じられなくなるといえるからね。
でもね。
誰も信じないことこそ、その人が存在しているという意味だということも
そろそろ庶民は気づくべきだなあ。

2016-01-19

高架

高い所にかけわたすこと。
線路などを高くして、踏切などでの道路交通を塞がないもの。
狭い日本だからこそ、地下にしたり、上に挙げたり
土地を平面から立体に扱うのはお手の物。

そう考えると、人間はある意味不便なほうが進化すると思ってならない。
っと考えると、今の日本人では進化できないのではないかって思ってしまうね。

2016-01-18

勇敢

勇気があり、危険や困難を恐れないこと。
蛮勇つまり
理非を考えず、むやみやたらに発揮する勇気。向こう見ずの勇気 とは違うという。。
バカな発想だ。
そもそも、勇気という概念が現代社会は薄れている。
効率化、批判体質なこの現代で
あえてリスクを取ることに対して何とも愚かなことをしているか。

そのリスクに対して、
失敗すれば、それは予見できたと言い出し
成功すれば、そもそも成功するものだったと後付立証を始める。
勇敢とは程遠い発想で、古来日本なら卑怯そのものである。

こんな日本での勇敢な行為を蛮勇って批判するバカを罰するようにしないと
どんどん国家的、民族的価値が薄れてしまうだろうな。

2016-01-15

称賛

褒めたたえること。
ビジネスマンにおいて、称賛をするということは
ある意味、価値の譲渡であり、
譲渡できるだけの地位がなくてはならない。

組織的に地位のない人間が称賛を与えているということは
その人間は組織的、存在価値がないということなのだが、
読んで理解できない人ほど、その存在であるという悲しい現代社会に憂いまで感じるよ。

2016-01-14

啓示

さとし示すこと。
人知ではわからないような事を、神が現し示すこと。

現代社会では論理的ではないと否定しかねないことだが、
現在に至る多くの社会的決断は啓示であったことは否定できない。
逆に考えると、論理的に判断したことなど、大きな決断ではないともいえる。
いくら考えてもわからないからこそ、啓示というものが人に福音をもたらすんだろうね。

2016-01-13

悪事

悪い行い。
一言で言えば、こうだが、実際問題。
悪事とは何か?
結論から言えば、、他人の行いといえる。

ある婆が
「何よ、なんか私が悪いことしているみたいじゃない」

これが人間の本質であり、
自分の行動は基本的に、善事であり、悪事とは他人の行いという認識だ。
そして、他人の行いを悪事というからこそ、その行いが自分に当てはめれば
自分も悪事と認めるのだが、基本的に自分は正しいと思い込むのが、人間の本能といえる。

現代社会、上記の婆を責めると責めているほうが悪事ととらえかねない。
あたかも悪事を行っている婆が活かされることなる。
こういう社会をどう正すべきか、言葉言ってもわからないのだから、、そうだよね。

2016-01-12

暴食

度を過ごして飲食すること。
では、この度とはなんだろうか?
過去から見れば、今の日本の食生活はあたかも暴食ではないか?
~過剰な刺激味覚
~大量な廃棄
~食への感謝があまりにも薄い態度
これを暴食とは言わずして、、

過去から見れば進化しているようで、実は全くもって
悪化している典型例ではないかなあ?

真の意味で、旨みを意識できる日本人がどれだけいようか?甚だ情けない。

2016-01-08

基金

特定の目的のために準備された元手となる資金。
だけど、基金って本当にそうだろうか?
その目的のために本当に使われるのだろうか?
悪意だけでなく、時代の流れで目的達成が出来なくなったとき
その基金は,,そういう基金が多いし、それが多くの犯罪の温床になっていないか?
基金という概念、もう辞めたら、、っと思ってしまう。

2016-01-07

双肩

両方のかた。
物をになう場所であることから、責任・任務を負う所にもたとえる。

最近のビジネスの仕方だと、個人に責任を負わせるようなことはせず
専門性を求めて、分担を強いる。
僕はこれがダメだと思う。
すべての責任を自ら背負うからこそ、
真剣さ、
全体把握、
最適化感覚、
が養われるのではないか?

責任を明確にするといいながら、
部分部分に切り分けして責任が逆に見えなくなっている。

「君の双肩にかかっている」
と言われるだけでなく、言えるように部下、若者を育成しなくてはならないと強く思う。
それが、成功のチャンスと確信までしているからね。

2016-01-06

総意

すべてのものの意向。全員の考え。
みんな思っているという幻想。
そう、思い込みであり、みんなそう思っていると言い出している自己主張。
これだけ、個々人の意見がバラバラなこの時代に総意ってなんだろうね。
そう考えると、、、選挙ってなんて馬鹿な仕組みなんだろうって思ってならない。

2016-01-05

民泊

自分の住居を他人に貸して泊まらせること。
忘れてはいけないのは、これは日本では違法である。
旅館業法というものがある。
その定義に従った届け出をしていないこともある。

それにもっと忘れてはいけないのは
日本には、民宿という概念もある。
旅館業法に基づき簡易宿所営業の許可を得た
ある意味、昔からの民泊の元祖である。

バカみたいに外国人が多く来たからとか
国際的にはという言葉で踊らされて
違法を適法みたいに扱っているが、
それって、日本国家とは統制や治安を維持できるのか?!

これまで治安がいいとされてきた日本、
それは、くだらない国際化ではなく、日本古来のやり方を
従順に行ってきたからであり、今では治安がいいとはとても言えないというか
それを国際化と思うつまらない国になり下がったものである。

2016-01-04

来迎

仏や神がこの世におりて来ること。
なんか最近の庶民は、ご来光で初日の出をありがたがるが
本来は、ご来迎というものを信仰するものであったのだが、、

日本の場合、信仰が儀礼、そして流行りになってしまう傾向があり、
これは一神教、もしくは信仰心の強い国からすれば
なんとも罰当たりな国に感じられてしまう。

ご来迎の意味、有難さを深く理解していない国において
信仰の自由という権利は意味があるのだろうか?

進化や流行りで踊らされている日本に
道徳、信仰というものを見なすことができないことは
グローバルなんてことを口にすべきではないって強く言いたい。