2018-10-15

協会

ある目的のため、会員が協力して維持する会。
言うまでもなく、現在で協会と言われるものについて悪評しかない。
それを踏まえて現代人に言いたいのは
協会という概念そのものを認めている社会認識が間違っているだけであり、
その協会の責任者の問題よりその協会をそのままにしていた社会のほうが
おかしい事実を見失っていないか?

ある目的のため、その達成が永続的なものではない時代になっている
プロジェクト
クラウドファンディング
多角的業績評価分析
などから、同じ目的のままであること自体が問題なのだ。
目的達成のための役割アサインがいつしか
権威になっていること、なっていくことが問題である。
ジョン・アクトン曰く
「権力は腐敗する」
今の尚この意味が生きていることを忘れすぎなのである、現代社会は。

2018-10-12

好感

このましいと思う気持。このましい感じ。よい感情。
どうも世間の人たちは自分の感情を理解していないと言い切れる。
相手に好感をもつということは
それ以外の誰かに嫌気がさしたということである。
好感度UPというが、その背景にはその他の人への興味がなくなったり、
嫌いになったのである。
人間の心って、100%の円グラフ。
何かの比率が高まればその他が減る。
僕からすれば、当たり前のことだと思っていたが
全く理解していない人が多く、
「あの人いい人だよね」と同時に
「そういえば、あっちの人なんかさーーー」
って言っていることばかりの自覚があまりになさすぎだと言える。

人の好感を得たい、、それは他人を追い落とすということが理解されないから
コミュニケーションが大きな問題になっているといえないか?!

2018-10-11

情操

(道徳的・芸術的・宗教的など)社会的価値をもった感情で、複雑なもの。
??
別の定義では
美しいもの、すぐれたものに接して感動する、情感豊かな心。
道徳的・芸術的・宗教的など、社会的価値をもった複雑な感情
??
なんだろうね。
情操って、そして情操教育ってどんな教育?
わかりづらい、わかっていないものを教育するって、
日本人の曖昧さの象徴的な活動って思ってしまう。

2018-10-10

寄稿

原稿を新聞や雑誌にのせるように送ること。
文章を書いて一般展開させることはこのブログのように簡単だ。
しかし、それでお金をもらうとなるとちょっと難しい、、と思っていた。
が、実際に寄稿している人たちに触れるのだが
大した文章ではないのにお金をもらえるし
文章で述べていることを実践していないどころか
真逆のことをしているなって感じることばかり。
僕の性格上、気になると聞きたくなるのでタイミングをみて聞いてみた。
「うるさいなあ、だったら寄稿して稼いでみろ、読んで金を払うほうの自由もあれば、文章をどう書くか、その通りに生きるか別だってわからないのか!」
だそうだ。
正論かもしれないが、だからこそのその自由で金を払った以上、徹底的に酷評し、広めるのも僕の自由だから、、、、これ以上は言わずもがな。

2018-10-09

執拗

ねばり強くしつこいこと。
自分の主張・態度をまげず、容易に相手に従わないこと。
現代人が勘違いしていることは
意思が強い=集団行動ができない
という事実だ。これが両立しできるという思い込みが社会全体を虻蜂取らずにしている。
考えほしい。「意思が強い」と言われ始まる起点は話者が相手に自分の意見を拒絶されることからはじまる。従順であれば聞き分けがいいとされて集団行動の模範になる。しかし意思が強いと言われるということは相手に従わないといえる。そして、数回のやり取りの結果、執拗という表現にかわるわけである。
日本では古来より、個々の意見を押し通すのはタブーとされているし、今でもその発想は変わっていない。なのに、表向き、やれ個人主義、やれ自己主張を強要しておかしくなっていることに気づいていない。
個々の意見を直接押し通すのはなく、謀を使って相手の口から自分の意見を共感させるように言われることに長けていた民族である。それは自己主張を騒ぎ立てる愚かな発想より、意見を伝播、実現させる高等な手段である。そのための活動を英語ではnegotiationとまでいえるのだが、そのスキルをおざなりにして、愚かな欧米発想をグローバルと勘違いして迎合することに呆れることしかでいないよ。

2018-10-05

呑気

性格や気分がのんびりとしていること。こせこせしないこと。
これをプラス思考で捉えるか、それとも、、
呑気をプラス思考で捉えることができる環境は物事に納期がない、、
つまり生産性を考えない状況が続いているといえる。
この現代社会、生産性を意識しない環境は効率化から否定、除外される対象になる。
ビジネスしかり、ボランティアしかり
呑気でいるということは周りの環境に対応できないという意味に捉えられる。
危機感を持てないものは存在価値がないとみなされる現代社会といえるので。

2018-10-04

処分

取り扱いを決めて物事の決まりをつけること、
その決まりにもとづいて規則・規約などを破った者に罰を加えること
となっているが、現代ではその意味から派生して、モノなどを捨てることにも使う。
決めるということは取捨選択、価値観に優劣をつける。
それは逆の意味で、価値のないものをこれから使わなくするものを指定するということ。
決める=捨てるという意味が世の真理ということが感じられる。

2018-10-03

感謝

ありがたく思って礼をいうこと。心にありがたく感ずること。
感謝の辞を述べることを恥ずかしい、もしくは言われても困る
という態度はどうだろうか?
シャイとか、素直になれないことを寛容的に許すというが、
お礼も言わない、言えない人間を同等に扱うことに道義を感じない。
自分の思いを相手にわかりやすく伝えるもっとも簡単な自己主張が
感謝だと思うが、そこを重視しないで、相手の嫌がることをするのを
自己主張というのいかがなものか?

2018-10-02

承認

その事柄が正当だと認めること。もっともだと認めること。
自己責任な社会なのに承認が必要。
自分の裁量権を超えるものに対して行うとされるが
それって言葉の意味で考えると、承認ではなく
責任転嫁でしかないのでは?
まー問題は承認に至るまでの過程であり、
〜承認するということから、自己責任の仕事を他人にさせていることにおける
 個々人の役割定義がおかしい
〜承認するときに、その作業の内容、品質を理解せずに承認することがまかり通ってこと
 を承認しているのはどうなんだろうか

承認というあたかも自分の役割を周りに認めさせようという考え方そのものが思い上がりの社会構成に感じ、この事実に危機意識をもっているのは
僕だけとしたら、この社会は終わりに近いんだろうね。
最後は承認の意味を理解したAIが人間の存在を承認しなくなることも
十分ありえるので。

2018-10-01

参加

なかまに加わること。
人として、他人と一緒に行動をし始めることを示す。
参加することで社会、組織が形成されてひとりではできない大きなことができると
されてとい思われてきた。
僕からすれば、参加することに意味はない。
むしろ、既存メンバーへの負荷と不協和を生み出す要因になりかねない。

人手不足や組織の輪を広げることで参加を求めていることが多いが、
それがどんどん他人を責めたり、批判、そして加害と被害の逆転という
異常な環境を発生させている。
むしろ他人に頼らない、いや人とできるだけ接しないことが
これからの人間という存在、いや意識レベルにおける経済の有様とまで考えてきた。
人が人と接することが最大の悪行かもしれない。
そう考えることが新たな価値観だと思ってならない。