2022-11-30

残務

処理が終わり切らず、残った事務。
これをどう捉えるか?
~未完なTODO
~作業遅延
~次の作業への引継ぎ
といろいろな切り口があっていいと思うが
どうも日本は、マイナスかつ相手を貶める扱いをしたがる。
残務=未達
としている。

僕みたいな、統御の天才からすれば
未達にならないようにいろいろなアクションをするものだ。
残務状況から早々に把握して
~納期契約交渉
~アサイメント調整
をする。
残務を起こしたものを責めたところで
結果がかわることはないだろう。
そうなった事象からアサイメントを検討して
役に立たないことがわかれば、その人の残務で無くすしかない。
いや、その人がそもそもいなかったことするべきかな?!

2022-11-29

財貨

金銭と品物。財物。経済学で、人間の欲望を満たす金銭や物資。財。
財への思いは個々人それぞれ。
あるものは、ためることで権威を
あるものは、使いつくすことこそ人間の本性
あるものは、まわすことが社会貢献
などいろいろ、、

それに対して、他人の行為に下して
ためるだけなら、経済がまわらない
使いつくすことで、いざとなったらどうするの
まわすことといっても、将来が不安で
と批判する。

財貨に対する思いはある意味、
それぞれの人生観そのものかもしれない。

2022-11-28

惜敗

少しの差で負けること。おしい負け。
負けは負け、惜しい負けなどないはずなのに。
世界各国、負け惜しみばかりの報道におかしさを感じる。
これではあたかも、大日本帝国の戦時報告のようだ。
事実をゆがめて報道して民意操作を繰り返して挙句のはてに。
どうも事実認識をゆがめるのは人間の性、本能か!

2022-11-25

商圏

店舗ビジネスにおいてその店に来店を見込める顧客が住んでいる範囲。
過去はリアル、人間の行動範囲が商圏であり、
いかに周辺の人々を集客できるかの販売戦略を考えていた。
しかし、通販という言葉が登場したときはまだまだリアルには勝てなかったが
インターネットの普及そして、スマートフォンの高性能、安全化が
進んだ今、商圏という今までの概念が破綻した。

今後の商圏、、いやもう商圏と言う概念ではなく
いかに興味のある世界中の人々に遡及できるか?
商圏が地球規模になっているのは、人類の進化なんだろうな。

2022-11-24

現物

現にある物品。現在ある品物。実際の品物。
取引市場で、すでに実在している株式・債券・米・綿糸・生糸など。
ビジネスにおいてはデリバティブ取引を著したいが、
あえて実物について述べたい。

一昔前、
子供に向かって
「カタチに残るものにお金を使いなさい」
と大人は言ってきた。
そのため、飲食や旅行へのコト消費に懐疑的というか
それを悪い物とみなしていた。
しかし、今は、、
無駄なモノにあふれている
デジタル化による虚物化
経験をすることこそ、人間の財産という認識
により、、モノ消費を大きく否定している。

ここまで価値観が変わるものをみると
子供のこと教わったことが真逆に否定されるのであれば
大人の意見など、、どうでもいいという発想になり
ますます統制の効かない社会なりそうだ。
これは昔から?それとも最近の価値観の傾向なのか?

2022-11-22

残湯

湯舟のお湯。
その残湯を洗濯に使うことについて、
同じ時間の裏番組同士で

残り湯で洗濯することがエコである。
そうではない人は地球に失礼だ。

残り湯には雑菌がいるので
汚い水で洗濯をすることは衣類を痛めるどころか
その衣類を着ることで感染するリスクがある。
絶対に使うべきではない。

それぞれに意見があるが、それを無責任に流し続けるからTVはダメなんだ。
そこでいろいろな切り口で検証するのが今の双方向配信だったりする。
一方的な意見ばかりのTVは本当に正しさの基準が自分すぎて
情報を整理できていない情報弱者の代表だなあ。

2022-11-21

精悍

荒々しく鋭いさま。
精悍な面構え などに使う。
しかし、音声で セイカン って聞くと
静観、をイメージしてしまう人のほうが多いと思う。
まして、精悍の字を書ける人が実に減っている。
常用漢字、IMEなどが当たり前になっているため
自ら漢字を書ける、使える字が減っていることも事実だ。
英語、横文字の台頭でどれだけの日本語が失われるだろうか?
それなのに、正しい日本語というのは何をもって言い続けるのか?

2022-11-18

連理

一本の木の枝が他の木の枝とくっついて、
木目(もくめ)が同じになってしまっていること
転じて、夫婦・男女の間の深い契りをたとえてに使う。
連理を美徳と捉えることは
ある意味、個人尊重、博愛を否定するともいえる。
~そんな極端な
~そういう発想だから
という批判をしたがるが、すべてが主観だ。

第三者がその人たちをどう思うか!
その視点で見ていない。
仲のいい夫婦をみて、愛されてないという子供
もとも好きだったにパートナーしか見ない横恋慕
などの視点も数多ある。

どうも現代人は一面の美徳の裏にある負の部分を認めがらないのは
理解のキャパオーバー、偏見でしかない愚かさからか?

2022-11-17

練習

学問・技芸などを、くり返して習うこと。
転じて、本式にする前に、それがうまく行くようにためしにすること。
昭和期は
何度も何度も体が覚えるまでその行為を繰り返し覚えさせられた。
その行為を辞めることに折檻までされた。
しかし今では
効率的、自主性、ということで
その行為を繰り返し行うことを強制しないどころか
出来なくてもいいとなっている。

思うに、繰り返し行うことで強制させた共通認識があるからこそ
価値観、秩序、そして、道徳観が統制されて
集団的生産性が維持できていた。
しかし、今の発想だと生産性どころか
コミュニケーションすらままならないことなる、、すでになっている。
効率化、個人尊重の自主性で
共通の反復演習である練習をあきらめることで
得たモノより失ったモノをよーくこの国は検証すべきではないだろうか?


2022-11-16

返礼

他から受けた礼に対して礼を返すこと。
その礼。また、他から贈られた品物の礼に贈る品物。
今では、返礼といえばふるさと納税の対価になってしまっている。

ふるさと納税は寄付のはず。
寄付とは公のことや事業のため、金銭や品物を贈ることであり、
事業が行われることが目的ではないのか?
返礼ありきの寄付って、、等価交換、、売買ではないのか?
そうじゃないと納税、税収が集まらないとか言っているが
制度そのものと個々人の自我の高さがちょっと異常な日本に感じる。

ふるさとでもない関係のないところに寄付と言う形式で
今住んでいて行政サービスを受けている地区への納税を減らして
金を回して返礼品をもらう。

なら、住んでいる地区に満額、納税している人への返礼は?
逆に納税していない人への地域サービス低下は?

受益者負担としてそれこそ不公平では?

2022-11-15

解禁

禁止の命令を解き自由にすること。
今では禁止というより解除条件をクリアすることになっている。
だから、解禁ではなく、解放だと思うが、
日本語の妙で、強調させるためにより厳かな表現を使って
その価値を高めようとしている。
だから日本には強調が誇張インフレになっている表現ばかり。
この先、解禁がまた強調した表現になっていくのかなあ?
解獄とか解天とかいろいろと出てきそう。
たかが、利用開始日になっただけなのに、、、

2022-11-14

名所

古跡や景色のよさなどで有名な土地。
文字から起こせば、名の所
地元のみんなから伝承からなどからその名所に親しみ
その反響から観光客からもその名で場所を聞かれ流れるように説明され
観光後に周りの人たちにその所の名称を土産話に挙げる。
だから、よくあるのは
正式名称と名所の呼称が違うことが実に多い。
それは口頭伝承ゆえの結果。
正式名称の定義が名付け親から一般知れ渡っている呼称になりつつあるから
名所の呼称こそとなったり、それでまた地元が正式名称に躍起になったり
それもまた名所の逸話になるなど、、、
人間は名所にストーリーを求めるモノか、、、


2022-11-11

地消

その土地で消費すること。
最近できた言葉、、地産地消からである。
言葉が新しく発生することは日常茶飯事だろうと思う。
でも、言葉として成り立つためには
その発信者の意図と聞き手の理解、合意
そして、その伝播がないと成り立たない。
思い付きを他人に言い放って理解されない人は
発信者ではなく、、ただの偏屈な人でしかない。

この地消も、一般化されつつあるが
このまま言葉として定着するのか?
定着するということは、、ある意味
地消という概念、、つまり、その逆である輸送消費が主流であり続けることを
意味するのだが、それがあるべきことなのか?

言葉って残り続けることが、ある意味社会として
良くないことであり続けることもである一面もまた持っているなあ。

2022-11-10

得利

利益、儲けのこと。
徳利ではなく、得利ということを再確認してね。

日本だと企業収益が高いと批判される。
そんなに儲かっているなら、還元しろ!
って得意先、、とりわけ一般消費者の意見が強い。
されど、、海外を見たら
利益は株主還元であって、そうでないなら経営者解任
それだけ儲かっているのだから、従業員応募が殺到
となり、、どんどん利益をあげることが求められる。

どうも、、日本の発想はおかしいなあ。
そもそも、そのものが高い、よくないなら買わなければいいし
そうなると、値下げ、品質改良せざる負えなくなるはずなのに。

値上げ反対、利益還元にある日本人根性は
自分は何も行動せず、相手の行動をどうにかしようという
性悪なところに僕は気づいたがね。

2022-11-09

入札

売買・請負契約などにおいて最も有利な条件を示す者と契約を締結するために
複数の契約希望者に内容や入札金額を書いた文書を提出させて、
内容や金額から契約者を決める方法
需要と供給を理解した制度だと思う。
しかし日本人のなんたるものか、、

入札制度があるのに、
条件の合った入札に対して
「そんな金額でできるわけない」
「前例がないところに任せることはリスクだ」
と言い出し、入札否定。
入札をせず、随意契約ばかりしていると
「癒着だ」
「既得権益、不正の温床だ」
と言い出す始末。

自由に意見を言えることって本当に重要?
発言に対する責任を持たない言葉は発することすら
罪にすべきでは?
真面目にこんな社会の自由って混沌とどう違うのか?!

2022-11-08

出自

でどころ。生まれ。
能力主義とか個人評価と言いながら
~生まれの土地
~出身校
~家族構成
~親、先祖の職
の情報を知りたがる日本。

理由を確認すると、それも込みで能力だからとか。
でもさ、、他人にこれを求めるが自分が求められると怒り出すのも
また日本人の特徴。

自分の出自を隠して、他人の情報をオープンにさせて
それを批評することが面接になっているが
経営者の僕としては、これから手伝ってもらうべきこの組織、会社側が
そちらに情報をオープンしたほうがいいのでは????!!!
だから、無駄に情報が多い大手企業に多くに人は募るのか。
その出自情報が真否は関係なく、、、、、
そこの判断もできないのも、、また日本人か、、、

2022-11-07

公認

国家・政党・団体などが正式に認めること。
これまでの公の最高位が行政である前提だった発想である。
しかし、今の社会、公認の意味は変わっていないか?
多くの人に支持されたもの
もしくは、営利団体に金銭で認められたもの
になりつつある。

個人主義が認められている以上
公認されているか、否かなど、
もうどうでもいいかもしれない。
だって、公認だからの免責がなく、
一部の人たちから認めないという意見も尊重されるとか言っているのだから。

重要なのは公認ではなく
その存在の優位性、脅威性だということを
どう訴えるか?そして、それをどう成立させて相手の対抗心を削ぐのか
そこを考えることが公認の求めるべき意義だろうな。

2022-11-04

代価

品物のねだん。比喩的に、ある事をするために避けられない犠牲・損害。
その犠牲、損害を数値化、社会化させたのが、代金というもの。
何かをするためには、代価は必須。
その代価が価値と等価かどうかはまた別。

どうも最近の現代人は代価の理解がない。
なんでも無償、、無償でないと怒りだすことが正当まで言い出す。
でもこの発想って、、童話、寓話における悪魔に食われる存在の典型例では?
あっ、最近の子供は童話、寓話をろくに読み聞かせ、理解せずに経年しているので
わからないのか?
それなら、、未来の子供のために、
童話、寓話の話をリアルに残酷に示すのは
ある意味、これからの人間が真の自然の摂理を理解するためには必要では。
見せかけのSDGs、自然志向ではなく、
真の意味での生存価値、社会性の必要性を理解する代価として。

2022-11-02

鼻摘

臭いものは鼻をつまんで避けるところから転じて
ひどく人に嫌がられること。また、その人

あれ?この語源だったけ?
一昔前の辞典では、
変なことをしているから鼻をつまんで戒める
→迷惑な人
だったような、、
ネットのタトゥー性と違い
過去の紙媒体は見つけられないから確証を得られないけど。

どうも、、今の使われ方の経緯については
諸説あるなかで、現代通念に抵触しないものを採用するくせを感じてしまう。
過去に暴力、非道など当たり前だったことを
無かったことにする現代は、、、、、!!!!
そうか!
古事記、吾妻鏡も同じく
勝ったものが歴史を都合よく正当化改竄するんだから、仕方ないか。


2022-11-01

見下

あなどり見る。 ばかにして見る。 見さげる。
基本自分が優位、上位と思っている立場。
こういう関係になってしまっているときに
建前として、見返そう、距離を取ろうと言い出す社会。
しかし、あるべき構え、行動は、、、
見返すのではなく、潰そう
距離を取るより、追い出そう
だろうな。

見下す人間関係になった以上
その位置づけを直すことは現代社会では無理
互いのプライドとそれに保たれる社会性
この関係を変えるためには人間関係ではなく
経済、地位の可視化できる変動がなくては理解できないだろう。
そのうえ、中途半端だと、、見下した人間は
~たまたまだとか、
~わかっていない輩が多くなった
とか言うだけなので、
圧倒的、、もしくは見下した人間が逆に見下されることになれば
その行動、および自分の立ち位置を再認識せざる負えない。

<深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ>
見下している人間もまた見下されるようになるので、
まー、僕自身、どっちも経験しているからこそわかるがね。