2019-08-15

休暇

本来は出勤日だが、本人が申請することで取ることができる休みのこと。
対して休日とは、労働者が労働義務を負わない日のこと。
ゆえに、休日に出勤する休日出勤という表現は正しいが
休暇中に出勤するという表現はない。
いろいろと人手不足で休暇中なのに出勤を迫られたなんて声を聴く。
それは休暇中に仕事を受けた当人の問題か
それとも、休暇申請が形骸化しているその組織構造の問題か
どっちにしても、その組織運営はおかしいと指摘すべきことなんだがね。
そういう組織に限って、自分たちは正しいと思い込んでいることが多く、
なかなか気づかないんだよね。

2019-08-14

折角

努力・好意等による効果がうせるのを残念がる意で使う語。
角を折るという漢字をあてるこの表現。
努力など方向性を示すことを角と表しているようだ、、、
方向性、、そういえば、「出る杭は打たれる」という表現では努力を釘と表す。
日本という国家は努力しろと言いながら、
それを踏みにじる表現が古来からあるのでは、
個人の努力を認めない風習があるのでは?って思う。
現代の個人能力主義、、それで経済停滞、、日本には当然の結果かな?!

2019-08-13

関心

心にかけること。気がかり。特に、興味をもって、注意すること。
関心のあるなしを意識しないとハラスメントになるといえる。
関心のないタスクをあてがうと、パワーハラスメント
関心のない人からの好意は、セクシャルハラスメント
となる。
主観である関心の動向に社会が振り回されていることってどうなんだろう??

2019-08-09

一抹

《絵筆のひとなすり・ひとはけの意から》ほんのわずかのこと。
多くの用例は、一抹の不安という言葉があげられる。
ほんのわずかでも気になるものである、、いやほんのわずかだからこそ気になる。
人間、ちょっとした違いほどこだわるものだ。
他人からすれば些細なところほど一抹の不安になるようだ。

2019-08-08

生態

生活しているありさま。
人間視点で他の動植物の生きざまを観測して把握しようとする。
それにより、その動植物の定義に結び付けるのだが、
それを人間にやろうとすると、差別と定義に批判が起きる。
人間の生態って、、、神瞰する僕からすれば、、、
かなり外来種というか、繁殖力のある危険種にしか見えないのだがね。

2019-08-07

発破

岩石にあなをあけ、火薬を仕掛けて爆破すること。それに用いる火薬のこと。
物騒なって思うが、「はっぱをかける」というはっぱは発破であり、
爆発力を促しているのである。
日常で使われる言葉多くの真意は物騒な語源が多いような気がする。

2019-08-06

夏季

夏のこと。
日本には四季がある。
けど、いつからいつまでがどの季節といえるのか?
春と夏、秋と冬の切れ目がわかりづらい。
なぜなら、冬から春、夏から秋は気温が上下でそれを感じられるが
春と夏、秋と冬は気温の上下がないからだ。
とりわけ最近はいつの間にか、夏になっていた、冬になっていた
という表現もされる昨今。その変わり目が定義できない。
しかしだ、個々人の個人差レベルではある程度認識できる。
空調、、エアコンを冷房、暖房を意識して使い始めるときが
ある種に季節の変わり目っているのでは?
なら、冷房ボタン、暖房ボタンはこれから季語にならないか?って思ってしまう。

2019-08-05

投入

なげ入れること。つぎこむこと。
物体を入れる表現はあまたある。
導入
搬入
加入
移入
など。

気になるのだが、人材を入れることを投入という表現であること。
人間を投げ入れる。。対して、メンバーとして受け入れる場合は加入という。
、、、本人に意思が反映されている要素が薄いとその人材は物体として
投げ入れると同じ扱いということになる。
この表現にうるさい現代社会、投入されたといわれたらガタガタ騒ぐのかなあ。
まー、、あまり考えてない輩ばかりで気づかせなければいいだけだがね。

2019-08-02

量子

物理量の最小単位である。
近年で言えば、量子コンピュータが挙げられる。
っで、最小単位なのに、最高の計算量、、、うーーん、わからない。
でもコンピュータということでこれをわかりやすく説明できる人間が
これから稼げるのかなあ。計算がコンピュータにアウトソーシングされた以上
人間の存在価値って定量的なところから定性的なところになるのかな?

2019-08-01

巧妙

きわめてたくみなこと。
日本人は「技術がある」って言いながら
その技術で世界を席巻できる新しいことを産む出すこともない。
すでに外国で産まれた技術を超絶技巧で改善して今に至る。
そして現代はその超絶技巧を個人スキルで行うことすらできない。
それに対して、技術力がないのに、あるように言う、みせる技術が進んだような。
実ではなく、虚の世界で高い収益を上げることに意味があるのか?
モノづくり、技術力を言い出すことに恥じらいはないのか?この国は。

2019-07-31

余裕

ゆとり、
では
ゆとりとは
「窮屈でない状態や物事」のこと。
余裕をもつ、ゆとりがあるということは
当人がそう思っていても、他者から余剰だ過剰だ、最適化していないって言われる。
こつこつと貯蓄して十分な蓄え、ゆとりを得たら
それを分配しろという無能者の訴えがまかり通るこの時代。
ある意味、退廃した社会主義の末路に成り下がっていないかって思ってしまう。

2019-07-30

成長

育って成熟すること。
ちょっと振り返ってみると、経済と成長への価値観がリンクしていることが伺える。
高度成長であれば、経済は右肩上がりだ。
だから成長していくことが前提で育ていること、
どんなものでも育てることがサクセスストーリーになっている。
映画、テレビもそういう話が受けていた。
そして、平成期になると
経済成長が無くはないが、特性分野や特定一部にのみになり、
育ているという概念が抽象的から数値的になってきた。
得点、偏差値重視になるし
ゲームにおけるレベルアップ、パラメータアップが育てると言う概念になり、
数字が上がらないものは育っていない、成長させる価値がないと始まった。
そして、平成終期から今に至っては
経済成長も頭打ち、そして成長できるモノも特定の条件になっている社会なので
経済活動もあきらめ、固定評価になるし
メディア作品の多くは始めから最強、もしくは特定の血族だから強い
という成長を否定すると展開のほうが多いことが読み取れる。

成長できると言うことはすでに過去のことになるのだろうか?
それとも、みんな楽しめる成長への復権はあるのか?
僕にはなんとも言えないなあ。

2019-07-29

与信

信用を供与すること。
債権が焦げ付くことを抑止する上から目線の経営判断。
スタートアップ、ベンチャーの台頭
そして、大手、老舗の凋落
において与信って必要だろうか?
ビジネスで関わってきた企業で
与信審査を行っている企業はこの5年で
審査を行っていた会社から逆にそちらの債務をちゃんと支払えよって督促を受けていた。
また勢いのある新興企業に対して、
与信枠を設けて、取引ブロックを行ってリスク回避をした老舗は
その新興企業から取引を中止させられことを契機に業績不振になってもいる。

どうも、大手企業の自分を守るための基準は
現在のビジネススキーム、パラダイムシフトへ弊害になっているのだが
それに気づかずずっと同じことを繰り返しているような。
令和の今、平成元年にあった大手企業がそのまま合従連衡せずにそのまま残っている会社ってどれだけあるのか?気づいているのかなあ。


2019-07-26

輪転

輪が回ること。また、輪を描いて回ること。
輪転機、、新聞などの紙印刷物を大量に印刷する機械だ。
この機械と宅配網があったから、日本人の情報は紙媒体で伝播していた。
しかし、もうと言っても構わないと思う。
すでに、紙ではなく画面出力情報が媒体になっている。
輪転機はいつまで現役でいられるのかなあ?

2019-07-25

音感

音に対する人間の感覚。
巷で言われる、絶対音感があると言う話。
それって、ある意味、職人の耳であり、
耳に入った音を小学校で習うドレミに当てはめられている。
ドレミは日本の義務教育で習うので、共通認識となっているから
すごく感じられる、、だけである。
でも、天ぷら職人が油で揚げるときに音の違いがわかることも
ある意味、絶対音感のひとつなのだが、ドレミのように義務教育では
油の音を習わないから共感されないだけなのではって思ってしまう。

2019-07-24

導入

外部から導き入れること。引き入れること。
新規機器を導入する。
しかし、現場としてはその導入に懐疑的なことが多い。
現場が使いたくないという理由は、
そのものの性能とか使い勝手ではなく、
その導入効果、効用が必要となっていない
もしくは効率的なのかがわからないからだ。
わざわざ今までのルーティンを変えてまで使いたいという思いがないのだから
使う必要がないと感じている。
それもわからず、
もっと高性能、
もっと使い勝手のいい提案を求める導入担当や影響担当の頭の悪さは何だろうか?
そのうえ、その頭の悪さを指摘したら叱責を受ける
現代ビジネスって本当にバカなのでは?

2019-07-23

現存

現在実際に存在すること。
当たり前のようで、そうではなくなってきている。
モノとして、ヒトとして、そこに存在、在籍することがなくなりつつある。
仮想、法人格、想定、などの言葉はあたかも存在しているように見せかけて
現存していないのだから。
東京都の作り出した、非実在という言葉がある。
あたかも存在しているとみなしている想定人格であり、
実際にその人がいるかどうかではなく、そういう人のための対処である。
運転マナーのかもしれない運転のように、、

うーーん、現存ではなくなった今、
人間という存在である必要があるのか、また対象人物も勝手に思い込んで
すべての行動根拠にしていいのでは?って思う。
~こういう人がいるかもしれないので、自衛のために銃を持とう!
~あそこは悪い国なので、自分たちの正義のためなら何をしても構わない!
もはや、人道、倫理は通じない。

2019-07-22

曰付

日付ではなく、曰付。
読めますか?よく使う言葉なのだが、、
答えは、いわくつき。
こみいった特別の事情や由来が付随していること
特に、よくない前歴などのあること
曰く、、、要は前口上として説明をつけないとならない事例ということ。
しかしだ。現代社会なんでも説明責任が求められるので
すべてが曰付案件に感じてしまうなあ。
すべての事柄に前科がある、、、まーー、現代社会、
当人の思い込みと違い、他人のものはすべて曰付とみなす傾向だけに。

2019-07-19

簡単

ものごとが単純なさま。
簡単かどうかは主観かつ相対的なものであるから
他人から絶対的な指標軸で意見することはありえない。
しかし、現代社会、いとも簡単に他人に向って簡単って言葉を使う。
それを言われた側がどれだけ苦痛なのか、、理解できるはずなのにできない庶民が多い。
簡単と思われていることができない。
勝手に簡単とみなして自分の存在価値を貶めている。
ある意味、簡単と言い切る発言自体がパワーハラスメントであるといえるのに。
なぜか理解できないのは、庶民の理解力が低いからなのか?
自分の立場に置き換え、そうされたときにことをイメージできない?
簡単なことなのに、、、あっ!ってことかな??

2019-07-18

謝罪

罪やあやまちをわびること。
「日本人はむやみに謝りすぎだ」
と指摘を受けることがある。
その指摘に対する日本人の対応もバカらしい。

外国人がそれを言う根拠は
誰に向って謝っているか?
謝って次に進むのか?
という意味である。
記者会見で無駄に謝るより
関係各所にそれぞれに対応した行動を行うから
謝る必要がないのである。

対して日本人は今までの風習で
態度はどうであれ、まず謝っておけ。
謝ったのだから、いいだろうっていう
上から目線の対態度になり、
外国人の指摘に対して、
じゃあ、謝らない、、と一方的に何もしない態度になり
余計おかしくなる。

謝罪するという意味というか
謝ることより次に進めることに頭の使い方を変えないと。

2019-07-17

猖獗

悪い事がはびこること。
ちなみにこれ、読めますかな?
読めない人間がはびこること、、それも悪いことっていえるのでは?
何をもって悪いかの定義が曖昧なこの社会、
正常なのか、猖獗(しょうけつ)なのか。

2019-07-16

雇用

労働に従事させるため、賃金をはらって人をやとうこと。
現在日本、雇用という行為が問題になっている。
正規、非正規雇用という言葉による雇用内容より雇用形式で支払いに差が出たり、
巷で問題になっている、闇営業って発言はなんだろうか?
雇用関係を曖昧にして賃金支払いを渋っているくせに
自社のブランド力が下がることを理由に
自分たちがブラック企業の雇用契約者なのに
その契約形態では生活が苦しいから行った短期契約活動を
闇営業ってバッシングすることに、経営に携わる者として
あの会社の経営方針に不可解さを感じる。
相手が犯罪組織っていうが、
企業活動の多くは後付けでその活動を違法とされることも多い今
まだ摘発される前の新興企業が違法か、その時点で判断できるものだろうか?

抜本的に雇用という考え方を直さないとならない時期と思う。
雇用ではなく、仕事ごとの短期契約でそれに見合う支払いを行う。
今のプロフェッショナルと同じようにしないとならない。
それは働く被雇用者にも経営側にメリットがある。

被雇用者はその仕事に見合った支払いを受けるので
自分自身の市場価値とその仕事による入金で自分の収支管理ができるので
ライフワークバランスができやすい。

経営側も、非生産的なアイドリング期間での支払いを免除されるので
余計なコストがかからずに済む。

集団就職、そして大手企業による庇護下という
旧時代的な雇用関係を終わらせないと
その社員を維持するために、非正規社員を酷使する
社会の労奴的関係は一向に治らない。

2019-07-12

膂力

筋肉の力のこと。
この漢字、IME、携帯機能の文字変換では提案されない。
そもそも、読めますか?
膂力、、きょりょくと読む。
筋力、腕力とどう使い分けるのか?を考えると
この膂力は基本、戦闘、武装に使うことが多かったので、
平和を重んじる現代日本では使わなくなったので
IMEなどで変換しなくなっているのか?!

2019-07-11

見聞

実際に見たり聞いたりすること。また、それによって得た経験・知識。
人間して五感で経験するものは無形資産といえる。
やったことがある、ないとではその目測、心情を理解できない。
、、、ではあるが、経験したからと言ってそれが他者貢献になるとは別問題。
その見聞が自己満足でかつ他人を不愉快にさせる言動になっている昨今。
それを良しとするものかねえ。
無駄なり体験に対して、無駄以上にやらせるべきではないと思うことが僕の判断基準だ。

2019-07-10

汎化

様々な異なる対象に共通する性質や、共通して適用できる法則などを見出すこと。
共通化、標準化を進めるときに
最大公約数 で考えないと進まないのだが
得てして、庶民は最小公倍数で考え出す。

「これは本来使っているべき機能なのでいれるべきだ」
「誰かが使うかもしれないから対応すべきだ」

では、標準化、共通化ではなく
ただの個別最適、、いや誰も使えない複雑な機能になる兆しがみえる。

出来上がったものに対して上がるクレームは
「あの機能があるなら、自分の求める機能があるべきだ、あればきっと他の人も使うべきだ」
「機能が多すぎてわからない、自分専用の機能に作り替えてほしい」
って言われるだけで
誰でも使える機能なんていいだすと、誰も使わないゴミになるリスクしかないんだけど
企業の稟議というものはそういうドラえもんの秘密道具みたいなものにしか
予算を出さないから、結果、金をドブに捨ててしまうことばかりだ。

2019-07-09

推敲

文章を何度も練り直すこと。
この文章とて、推敲していないわけではないが
なるべく生の随筆的に書きたいと思っている。
推敲するということは時間的推移を判断に入ってくる。
書き出しの時間と推敲時間の推移で
・社会情勢
・人間関係
・筆者の喜怒哀楽
が変わり、その時点の面白みを失いかねない。
読み返して、面白くないを覚悟しないで書くものはそれ相当の真理と普遍性を持ったものであり、それは文章として報告、、無味無臭なもので味気ない。
できるだけ、味のある記述をその時点で表すことが僕の主是と思うから書き続けている。
今となっては面白くない記事になったとしてもね。

2019-07-08

上玉

上等の宝石
価値が転じて 上等の品物
存在が転じて 美人をいう俗語。

いいものであえることの例え。
そして、いいものは玉、、タマとは
真球であり、そして完璧の璧にあるように傷一つない状態。
だからなかなか見いだせないから価値があるという意味。
いろいろと意味が深いなあ。

2019-07-05

帯同

いっしょに連れて行くこと。
同行と違い、主体側から使役的に伴うことを命じられることになる。
ただ、それは屈辱的な使役というより、選抜制、任命的な意味合いで使われる。
こういう表現ってやはり、漢字ならではなのかなあ?

2019-07-04

滞留

旅先で長くとどまっていること、、転じて、物事がとどこおること。
本来、進むべきものが進まない状態といえる。
滞留はするもの、されるものか?
自発的に他動的に、、
滞留している状態は通常ではないという認識は共通といえるので、
その状態が続くことはいろいろな意味で変えるべきんなのだが、
その滞留を常用状態にしてしまうことが多くて、なんか納得感がないねえ。

2019-07-03

洗浄

よごれを洗い去ること。
ちょっと思う。
何処までがよごれでどこまでが追加加工なのか?
その行為に及んだのは使用者、生産者かもしれないが
洗浄者、、洗浄する機械にはその意図は伝わっていない。
しかし、技術の進化はすごい。
それがよごれって判断できる化学洗剤や機械の動きが多々ある。
この技術は本当にすごいなあ。
でも、この個別仕様が多くなっている昨今。
そろそろ、個別仕様がよごれって判断されて洗浄され始めるのかな?
それは衣類だけでではなく、行為自体とか、、、マイノリティリポートのように。

2019-07-02

山積

山のようにうずたかく積もること。また、たくさんたまること。
やることが多くて回らない。という仕事場に呼ばれるが、、
根本的にその対応者の問題ではない。
~山になるネタを出し続ける人の自覚のなさ
~山にしてしまうその采配者の無能
~アサインされた仕事をこなせない人をずっと使い続ける判断力のなさ
山積の問題はそこであり、
作業ができない人が悩むこと自体問題である。
そもそも、作業をしていることが問題であることも当人が気づいていないのだから。
こういうと人手不足とか、いくら言ってもというが
そもそも、存在し続ける価値がないところが何を騒いでいるのか?
そこを立て直しという仕事を請けるときは
立て直す名目で、新しい体制にするのか、そもそも辞めるのかを決めることと
覚悟して挑む者だ。それにより、自らの存在もそこから消える前提にたって。
現代サラリーマンの覚悟って本当に甘いというか、、覚悟という身がわかっていないなあ。

2019-07-01

助成

研究や事業が発展し完成するよう援助すること。
多くは公的機関から援助金が最たる行いである。
公的機関、、つまり政府の源泉は税金である。
その税金は国民や大手事業組織から納税に賄われている。

いろいろと考える。
個々の利益につながらないが社会貢献が高いものへの助成金はあるべきだが、
個々の利益のため、そしてその納税者が市場的に不利益を被ることになる助成金は
意味がないのでは?かえって納税意識を下げるのでは?
その線引きが難しいというが、、、僕からすれば助成金を受けたくても受けられなかった経験やその助成金が違う目的に使っている組織をしっているだけに、助成金制度や公的機関の有様にそもそも疑問しか感じないなあ。

2019-06-28

現金

現金、通貨という概念そのものが仮想、、
つまり互いの信頼でそのものに価値を置いている。
その信頼保証を国家が行うのが、通貨であり、
仮想通貨という言葉自体僕には違和感がある。

現金といいながら
その硬貨という金属塊そのものの原価価値はその金額とは違う。
その紙幣という紙もより顕著で国家信頼がなければ本の一ページよりも価値がない。
現金そのものが仮想そのものといえる。
現金主義というがそもそも、その現金そのものの流通をとめて
ただのデータに変えてしまったほうが、偽札、硬貨、紙幣の老朽などの弊害から解放されるのでは?

2019-06-27

変数

一定範囲内にはあるが、どの特定値とは限らずに考えた時の、その数、
コンピュータなどではパラメータと言われたりする。
特定値ではないので、いろいろと調整できるようになっているから、汎用性があるとされる。しかし、特定値ではないからこそ、その周辺はその変数の値に右往左往することなることが多い。
変数を持たせることは、当人にとってはいいことでも、まわりにはいい迷惑かもしれないという認識をもつべきだ。

2019-06-26

残高

収支または貸借の差引き勘定をして残った金額。
つまり、余った金額である。
でも家庭レベルの会話だと
「通帳残高が低いので、もっとお金を貯めなさい」
など、増やす指標の言葉として使われる。
あれ、、これってうちの親の発想なのかなあ?
まーーその認識だから、あまり個人資産レベルでは苦しんだことはないんだよね。
通帳残高を見て
「まだこれだけの残っている」という感覚ではなく
「ちょっと少なくなっているなあ」という思いで節約をイメージしてきたから。

2019-06-25

踵返

踵を返す。後戻りの意味。
日本語は読み方が複数ある体の部位が多い過ぎる。
踵、かかと、きびす
掌、てのひら、たなどころ
眼、め、まなこ
など、同じ漢字でも読み方があまりにも離れすぎている。

ある意味、抒情詩的に使い勝手がいいが
意思疎通、伝達の効率化を考えるようになった現代ではあまり望まれないことになってしまった。
言葉の発展ってなかなかうまくいかないものだなあ。

2019-06-24

懲戒

不正・不当な行為に対して、戒めの制裁を加えること。
今、民法の懲戒権が見直しになっている。
親の虐待とか言っている。。
本当に、現代人なんて愚かな視点なんだろうか?
ちょっとして逸脱した事件をまくし立てて、
身の回りに頻繁に起こる不利益に気づかない。

親の懲戒権を見直したら、
今以上に、礼儀知らずバカな子供が蔓延し、その子供がまた親になり、
礼儀、作法、を知らない、、いわば餓鬼界に成り下がるだろう。
自分の種で出来た子供を親が責任を取って戒めずに何を理解できるだろうか?
子供の責任を取らない親が増え、ますます無責任になるだけだろうが、、、
どうも現代人の刹那的なバカ判断力に嘆きしか感じられない。
長期的な社会システムをなぜ見れないのか??

2019-06-21

憑物

人間その他の事物に憑依(ひようい)する〈もの〉,つまり霊のことである。
科学が発達した現代からすれば、その見解に否定的になる。
霊の存在を立証できないからという存在しないという帰納法的見解であるが。

ちょっと視点をかえると、憑物という言葉から
対象の生体に外部から憑依されると認識。
英語でも take over という意味で同じく外部からとなっている。
見た目は当人の行動変化なのに、
外部からと漢字、英語でも表現していることから
外部、霊の存在って一概に否定できないのでは?


2019-06-20

端末

電話やコンピュータなどで、情報の入出力を受けもつ部分。
昔からコンピュータを使っている人はコンピュータを端末と呼ぶ。
昔はキーボードとディスプレイの組み合わせの多くが一つの大型コンピュータにつながっていて、入力された内容を大型コンピュータが順序良く処理していく。だからキーボードとディスプレイは大型コンピュータからすれば、端っこ、、端末となっていた。
今はコンピュータが小型化されて、キーボード、ディスプレイとコンピュータが一つの塊になっている。昔の人からすれば一人一台のコンピュータだからパーソナルコンピュータ、パソコンになった。

って昔と言ったが、温故知新、そして歴史は繰り返す。
クラウド処理って、やっていることは昔と同じ。PCやスマートフォンは端末として
クラウド先のサーバに処理を行わせている。
技術は流転また元に戻る。と考えると昔の技術をちゃんと把握していくことこそ最先端技術かもね。

2019-06-19

明暗

明るいことと暗いこと。
転じて、物事の明るい面と暗い面。成功と失敗、幸と不幸などをさす。
人の気持ちは山あり谷あり。
いい時もあれば、そうでないときもある。
そして、個人の思いは個人に帰属するので
自分がマイナスな気分でも周りはプラスであることもある。
それに対して
自分のマイナスをわかっていないとして周りを批判すること
自分のプラス感情を批判されたことでまた周りを批判すること
がある意味、名誉棄損の源泉ではないかって思う。
人の明暗、それが社会を悪化させることになるのかなあ?

2019-06-18

会得

物事の意味、本質などを理解し悟ること。
漢字と意味が全くつながらないイメージがする。
こういう場合の多くは、仏教由来であり、これもそれにあたる。
会という意味は、仏の恩恵に会える、、ということなるし
得とは意味は、スキルにより人生が得になるという発想。

仏教観由来だと、仏が主体で人間が客体になるので
こういう視点で仏教由来の漢字を読むとなんとなく理解できるかな?

2019-06-17

炭酸

水に二酸化炭素を溶解(炭酸飽和)させていること。
二酸化炭素は呼吸によって取り入れられた酸素の代わりに排出する老廃物に近い。
ある意味、不要な物なのだが、その水溶体である炭酸は飲んでも、肌に触れても効果的言われる。二酸化炭素って人体に必要、不要?


2019-06-14

協働

複数の主体が、何らかの目標を共有し、ともに力を合わせて活動すること。
協働を行うにはそれぞれの役割とそれぞれの価値が定義されている前提である。
ただ集まって何かやれってという発想の現代日本のビジネスの仕方
それ自体おかしいというか、減点評価されるべきだが
そこの認識が薄いどころか、なぜ間違っているかわからない輩が多い。
まーこれから個々人が自分の役割を定義し売り込めないと
生き残れないのだからその発想者は自然淘汰されていくのかなあ?

2019-06-13

見込

将来についての期待できる予想。
見込を元にして、いろいろな計画を行うことが多い現代社会。
その確実と思われる予測は
ある意味当たり前の計算と言わる一方、何が起こるかわからないので
その期待値を信じるほうが悪いともされる。
見えない将来をいろいろな角度で予測し
それを積み上げて計画しているだけに、
その予測との乖離がいろいろなところに弊害がおきていないか?

2019-06-12

経費

物事を行うのに必要な費用。

経費削減。
削減すべき経費とそうすべきではない経費ってどう判断するか?
ある人は、
高価な設備だというが、その設備があるから信用されて受注がある
別の人は、
無能な役員報酬だというと、経営判断で解雇になる
また次の人は
使えない社員は一律、、と言い出すと、大量離職で倒産する

どれも簡単に削減できないのである。
経費削減を口するところは至ってすでに破綻している。
もう破綻しているから、一から作り直すのは削減ではない。
また破綻していないところは削減ではなく積極投資をする。

つまり、経費削減という概念自体
営利組織としてあり得ない発想ってなぜ気づかないのか?

2019-06-11

独歩

ひとりで歩くこと。ひとりあるき。
転じて
自力で事をなすこと。
それも転じて
他に並ぶものがないほどすぐれていること。

物の捉え方なのだが、集団で行動するより個々で物事を進めたほうが
結果、実績になることが多い。
しかし、現代社会、とりわけ日本社会は集団の結束を求めたがる。
集まって傷をなめ合うより、孤高に生きていくほうがいろいろな意味で
かっこよく自己責任だと思うのだが、この価値観になぜ認められない?

2019-06-10

健常

障害者・病者に対していわれる表現で、
特定の慢性疾患を抱えておらず、日常生活行動にも支障のない状態。
とかく、現代社会は健常者に冷たい。
というか、何かにつけて自分を健常外におき
健常者に強いる傾向が強い。
幼齢、高齢、慢性疾患、精神不安定ということで
健常者から配慮をもらう。

しかしだ。
健常者の社会貢献、、多くは納税があるからこそ
その障害への庇護認定も成り立つわけであって、
健常者が少なるとその庇護や保障も無くなるわけである。
と考えると、健常者ありき、健常者至上認識しないと自分たちが存在できなくなるのだが
この僕の正論がまかり通るときには、自分の高齢化してしまい、
健常者の庇護下、、でも、至上主義が台頭していれば、、
結局、いつまでたっても現代社会から虐げられるのかなあって思ってしまう。
つまりは、社会制度自体、、意味がないって思うことばかりだ。

2019-06-07

渇望

のどのかわいた人が水をほしがるように、心から願望すること。待ちこがれること。
何でも手に入りやすいこの時代。
渇望する気持ちって伝わらないんだろうな。
欲望は宗教上悪徳とされるが、
渇望しそこに向かっていく推進力とそれを手に入れた達成感は人として当然の快楽と生きる糧ではないかって思う。
逆に、渇望することを失っている今の社会ってある意味、解脱状態なのかもしれないが、、、、つまらなく、くだらない社会に感じるのはおかしいことか?!

2019-06-06

金運

お金にまつわる運勢。
現代社会、金運ってなんだろうか?
基本、社会人は収支があからさまに見えている人ばかりではないだろうか?
給料と月々の支出もある程度予測がつくはずであり、
運の要素って限りなくゼロと思うのだが、、
僕の価値観外には
~ギャンブル
~衝動買い
を不確定要素として考えている人がいて
その人は金運頼みという話を聞く。
、、、それって自己抑制、リスクヘッジができない愚者ではないのか?!
って言い切ってしまうのも、僕の冷たさかもしれない。

しかし、運勢のせいにして、自分の怠慢を他者に正当化させることは
周りの人からすればいい迷惑なことは事実であり、その理解のなさは愚さだと言えよう。

2019-06-05

稀少

希少については書いたが、あえて稀少をここにあげる。
稀はまれ、偶然、奇跡の意味であり、そうめったにないという言葉。
ある種、オンリーワンに通じる。
ビジネスはナンバーワン、オンリーワンを目指すと言われるが
ナンバーワン、オンリーワン、ともに僕の中では区別はない。
その存在が稀少だからこそ
ナンバーワンの評価、オンリーワンの価値が認められているのではないかっと。
稀(まれ)であることは、相対評価に見えて、実は絶対評価というポイントはお気づきか?オンリーワンというものは比較対象をオミットした結果であり、比べるものがないのではなく、比べることをさせないことがその真意である。

オンリーワンを目指すというよりは、他者から自分を比較対象にさせない洗脳的行為をどう行うかがポイントであると言える。

2019-06-04

訴求

宣伝・広告などによって買い手の欲求にはたらきかけることが現在の主な意味だがあえて、訴え続けることを挙げたい。
訴求することは、社会的に負け組の続ける活動っと言い切りたい。
つまり、それでしか自分を正当化できないそこにすがっているだけ、と言える。
この意見をひどいと酷評する庶民どもに言いたい。
僕の過去の経験で訴求を言い続けてまともに扱われたことなどない。そして、それを認めさせるために別で努力し、結果、そしてそれなりの地位に立ち、その訴求に言及すれば、「そんなどうでもいいことなど今更、言ってどうする、これ以上まだ社会から奪いたいのか」など、成功のやっかみのようなことを言われてきた。
勝てば官軍、そして、社会は弱者には冷たく、勝者の足を引っ張る愚民の集まりと悟ることで訴求のあるべき姿を感じている。
訴求、、それを誰に求めるか、、公権力?、他人?結局役にも立たない、、自分でどうにか他人に仕返しをする環境を作り実行することだ。それが実現化という者ともいえるがね。

2019-06-03

裁判

社会関係における利害の衝突や紛争を解決・調整するために、
一定の権威を持つ第三者が下す拘束力のある判定。

はっきり言おう、
もはや裁判という概念は成り立たないと認めるべきだ。
裁判の判事も人間であり、第三者、権威というものはどこかに帰属するわけで
その帰属先に何かしらの配慮がないと権威が維持できない。
そして、判決に対して、納得できない場合は従わなくても構わない風潮は
むかしからあり、その結果は常に武力衝突だ。
どうも、平和とか裁判でっていうが、その結果がうまくいったことがないと感じる。
うまく決着したという建前と裏腹に疑念と暗躍を目にしている僕からすれば、それなら武力決着のほうがはっきりするのでは?って考えてしまう。

裁判、曖昧かつ恣意的な判断でふつふつと蠢く感情といつ内乱につながるかわからない状況より、一戦交えて屈服させることのほうが歴史的に有意義なのではって思うが、こういう後世の歴史観からの判断は現代人には無理なのかなあ。。

2019-05-31

使慣

使い慣れる。
その行為、行動が当たり前になること。
一見すると、とても普通なことだが、これには悪意が内在する。
使い慣れる、それがあって当たり前になると
ないとき、使えない状況時に人は他者にできないことを責める。
本来なら与えてもらう恩恵がいつの間にか義務、役務になっているからだ。
電気を使える権利から、停電になった責任を説いたり
無償で提供されている恩恵に、使い勝手が悪いから直る責任があるなどと言い出す。
人間自分の置かれている立場、得ている権利の源泉、法源を今一度みなすべきだ。
使い慣れているからこそ、その恩恵の意味を感じるべきだと思ってしまう。

あなたが当たり前と思ったり、憤っていることって根拠がおかしくないか?!っと。

2019-05-30

成約

契約が成り立つこと。また、成り立った契約のこと。
成約した時点で時はフィックスする。
それが契約主義なのだ。
しかし、現代人は
~時代は変わっているのに、その内容では意味がない
~契約したんだから、今の求めているものを提供しろ
と悪ぶれずに平気で言い出す輩が多い。
未来予測、社会潮流を考えて成約していないほうが悪いし
その成約までに履行義務者は準備、成約後にはその提供に向けて活動しているのだ。
どうも、自分はいい、他人はダメということが自己主張と勘違いしている輩が多い社会になっていることにかなりの危さを感じている。
もともと、現代社会は破綻しているのだが、この認識観の中にいると他人と関わりを持つということは損でしかないなあ。

2019-05-29

深夜

真夜中、
基本、現代人は時計に支配されて行動している。
だから、22時から05時台は深夜扱いとみなすと
その時計に従った労働基準法で定めた定義になっている。
今、24時間稼働が問題になっている。
24時間労働に耐えられないコンビニエンス従事者の訴え。
対して、人によっては深夜に明かりがついていることがいいと言い出す。
それがお客の声という。
でもおかしくないか?深夜に明かりがついているが
その明かりに見合う支払いをしていないことが多い。
コンビニエンスは慈善活動ではなくビジネスだ。
深夜稼働は労働基準法に従うそれなりのコストがかかる。
ビジネスは需要と供給があって初めて成り立つ。
深夜稼働を求める声があるのであれば、
それ相当の商機、利益がないとならない。
他人に善意に甘え、当然と思うことを顧客の声とか言い出す現代社会は
本当に市場経済なんだろうか?


2019-05-28

病魔

病気を起こさせる悪神。また、病気のこと。
病気を予防するということはわかるが
僕が思うに事故と病魔にかかるは同じだと感じる。
いくら健康に気を付けている人でも病魔に蝕まれることが多い。
いや、逆に健康を意識している人ほど、その健康と違うところで病魔にかかったりする。
健康ということで騒げば騒ぐほど、神経質、ストレスが病魔を呼ぶのでは?って思ったりする。

2019-05-27

努力

目標を掲げ、そこに到達するために邁進すること。
現代社会の結果主義において
努力は評価対象から外れている。
できるだけ、効率化に基づき結果を出せばいい。

極論で言ってしまえば
大会で優勝を狙いたいのなら
評価委員を買収して、優勝というステータスを手にいればいい。
その結果に向って、習練すること自体時間の無駄になってきている。
仮に、時間を使ってこの結果を手に入れたとしても
やれ、そこまでして行うべきものか?
やれ、結局、何かを使ったに決まっている
と庶民に要らぬことを言われるだけでもあり、その抗弁の時間もまた無駄である。

悲しいかな、この事実は
平成以降の若者の中では疑いのない認識なのだが
戦後、昭和の価値観ではそれを道徳心で否定している。
現時点、未だ昭和の価値観が権力を占めているので
努力への否定はできない。
しかし、この先、数十年後には努力という価値観はなくなるといえるだろう。
???
アスリートなどが行っている練習は努力ではないのか!
って言い張るが、それは努力ではなく
計画計算(プログラム)に基づいた
人体改造手法(インプットファンクション)を
生体力学(フィジカル)の乗っ取って施していてるのであり
それを努力と言ってしまうと、計算結果の確からしさを否定してしまう
高度技術発展への弊害でしかないという視点に変えていくべきだろうな。

2019-05-24

邪魔

妨げること。また、妨げとなるもの。
現代における邪魔とは、、基本他人の存在以外何物でもない。
そして、主観的感覚である邪魔の対義語は、迷惑ともいえる。
自分にとって邪魔と思うことは
そう邪魔と思われている側からすると、迷惑でありまた邪魔である。

「自分の意思を貫こうとしているのに、邪魔をされてきた。」
と発言する人の周りは
「自分勝手で迷惑な存在でしかない」
と捉えられる。

個人主義が横行している現代社会
どれだけ邪魔と迷惑が蔓延しているのだろうか?

2019-05-23

半端

 あるまとまった量・数がそろっていないこと。また、そのさまや、そのもの。
どっちつかずであること。また、そのさま。
 気のきかないこと。また、そのさま。

意味定義も半端な内容だこと。
しかし、半端とはどういう状態なんだろうか?
自分からすれば完成と思っていても、他人からすれば半端ってみなされたり
こんな半端なことがまかり通るのかって思うことが当然のようになっている。
価値の多様化が半端という状態をより半端にさせているのかねえ。

2019-05-22

資料

それを使って何事かをする、もとになるもの。
つまり、資料は目的ではなく手段、それも一過性の暫定物。
その認識があるかないか、、
資料作りを目的しているどころか
その資料の質ばかりに目を向けること
資料の中身がおかしくなって、求めるべき目的を見失っている
ことが実に多いこの社会。
それでいいのかなあ?

2019-05-21

憲法

国家から国民を守る最高法規

なら、なぜ国民は国家に属するのか?
なぜ国家という形態を生み出したのか?

実はここがゆがみ始めている。
国家により国民は生命保証、社会保障を得てきた。
だから国家という形態を意思したいのだが、
国家規模が大きくなると、個々人の尊厳を踏みにじることもたびたび起きる。
そこに向けての憲法であった。

しかし、国家の存在ってなんだろう?
国家より経済規模の大きな国際大企業も存在するし
その企業が雇用や社会福祉を行っているエリアもある。
そして、その企業が行うことが社会貢献になっているのであれば
そもそも国家というものの存在が形骸化してしまう。

GAFA、、それにへの国家課税論。
国家が生み出す経済循環や社会貢献度の軸でみたら
GAFAのほうが価値が高いとなる。
もはや、国家、、それに対する憲法なんてものは意味をなさないかも?

2019-05-20

自浄

川や海、大気などが、みずからの働きだけで汚れを取り去ること。
転じて、人間世界の不正へ人間同士をどう改善していくか?

不正を見たとき、
社会道徳ではそれを止めるように教育してきた。
しかし、それを行うと
「お前に言われる必要はない」
「あなた、何様!私が悪いわけない」
と言い出すどころか、不正を止めようとした側が
名誉棄損や暴行罪で問われるとなる。
そうならないように、公権力、公安の力を使ってしても
僕や周りの経験では全く機能していない、
問題がなかったことにする保身的なクズが公安にいるため
社会改善にならない。
どうしようもないと思うようだが、
デジタルの進化はすごいねえ。
その行為、音声を撮ってしまい、
それを恣意的に流せば後は社会の自浄作用が働くと来ている。
まーその自浄作用が適切かどうかは別として
それ相当の報いが与えられる。
そこが現代社会の新しい自浄的道徳心なのかなあ。

そう考えると、そこに個人情報やらプライバシーとかで
映像、音声を加工するマスコミの行動って
ただの社会的不正そのものに成り下がっているとなぜ庶民はわからないのか?
わかっているから、旧来のマスメディアがビジネス的には破綻しているのか?

2019-05-17

専門

 限られた分野の学問や職業にもっぱら従事すること。
ビジネスや顧客志向はどんどん特化、深化される。
そうなった場合、その分野の専門の知識と見解が必要になる。
だから、専門家の存在が必要になるとされるが
なかなかその専門家が見つからない。

、、、そりゃーそうだ。
特化、深化すればするほど、その間口は狭くなる。
狭くなった間口にピンポイントでの確認などない。
そして、その間口の狭さについて
専門家という存在は井の中の蛙大海を知らずなので
「自分に適した内容でないと対応しない」
と平気で上段に構えている。
もし間口を広げるとしたら、その間口まで自分の理解を戻して
再び特化、深化を深めなくてはならず、そんな時間はないと言い張る。

専門性、、、
必要なようで、使えない社会悪になっているのだが
そこを逃げ口に好きなことだけ行うクズがどんどん増えているなあ。

2019-05-16

逆走

順路と逆に進む行為。
人通りを考えれば当たり前のことだし
これが交通ルールの基礎だと思う。
しかし、これすら、いやこれを根本的に理解できない輩が実に多い。
~「自分が進んでいるのだから邪魔しないで」
~「どんな進み方したっていいじゃない」
~「前方不注意でしょ、そっちが」
って、当然のように言い出す存在を容認している。
そのうえ、交通警察のレベル低く、
交通事故になっていないものには関心なく
「互いに譲り合って進むべきです」
と他人事のように扱う。

こうやって、社会秩序は崩壊していくんだろうな。

2019-05-15

蒲鉾

練り製品の一つ。
あれ?漢字では蒲の鉾。なのに、、
もともとは、魚などの白身を棒の先につけて焼いた姿。
植物の蒲のようで鉾のようでもあったからであった。
しかし、同じ材料で板のうえに盛って、それを蒸すパターンがあり、
そのほうが保存、そして味も好かれた。
後から出てきたその食材は、板蒲鉾と言われたが、
メインがこっちになったので、板蒲鉾が略された蒲鉾になった。

これも、日本語らしく略された結果、
元来の意味が上書きされるパターンだね。
携帯って聞いて携帯するモノはなに?って聞き返せないようにね。

2019-05-14

消耗

使って減らすこと。また、使って減ること。使い果たすこと。
質量保存の法則、等価交換の原理から
何かを得たがための代償として、消耗がある。
つまり、消耗とは目的と等価と考えるべきだろう。
だから思う、ダイエットのためにカロリーを消耗させる、、
なんか目的が間違っていないか?
ダイエットすら目的ではなく手段だし、
そのためにカロリーを消耗させるのであればそもそも論からして、、
どうも最近の健康、ダイエットの発想が消耗促進なことが
地球規模、歴史的視点からすると狂気の沙汰に感じてしまう。

2019-05-13

贅沢

実際の生活が必要とする以上の、分に過ぎた消費。
この言葉には現代人が理解しなくてはならない要素が多い。

一つは儒教、清貧前提であり、経済循環を認めない発想であること。
つまり、お金を使うことを罪悪とみなしていることがあり、
経済循環を景気とみなす現代社会とはずれていること。
二つ目は、贅沢という概念は相対的であるということ。
5年、いや1年前には贅沢と思われていたものが今では日常品になっていることも多い。

贅沢という概念、、というか贅沢って使わなくなるのかなあこの言葉。

2019-05-10

募集

広く呼びかけて必要な人や物を集めること。
これってかなり他力本願な活動。
現代社会では他力本願ではなく、自分が動かないと結果がでないことが多い。
だからだと思う。
バイト募集ということで他力本願で行うから
バイトテロのようなことが起き、雇わなかければよかったとなるのでは?
募集で集めるのは目的ではなく、手段であり
集めた以上、自分がその対象者にアクションをして選んだという自主的な活動で
結果につなげなくてはならないはずだ。

2019-05-09

木綿

英語で言えば、cotton、ワタのことだ。

しかし、この漢字で、ゆう と読む。
それは、
古来日本において、ワタが渡来していないときに
木綿を 楮 つまり木の皮を繊維状にして編み上げた布を ゆう と呼んでいたことに由来しているからだ。

日本語は渡来物に現在物を置き換えてしまうことが多い。
この木綿やカルタなど、本来日本固有のものを置き換えて呼称する。
それは、同義とみなし自文化への取り込みを促進させる優位性と
自文化そのものを忘れてしまうアイデンティティのなさでもあるが。

2019-05-08

独言

相手がいないのに、言葉を発していること。
この独り言への認識概念が破綻している。

相手とは?
物理的、生物的、可視的
という次元レベルで定義があいまい、
~電話先
~ディバイスのチャットボット機能の音声認識
~脳内アイドル

そして、その言葉を発することに
~自分の声以外は雑音としか見なさい個人主義
~思考を発声を使って五感で感じるスタイル
など、それぞれに思い込みが許されることになっている。

独り言を発することが
自己満足
他者への悪影響
とそれぞれが思い込みで他者へ干渉する現代社会。

、、、、、もう、社会などどうでもよくなっているのかなあ?
現代社会は。

2019-05-07

観光

楽しみを目的とする旅行。
観光立国 日本 と言い出している。
うーーん、そう言ってしまうと成長はない。
観光で稼ぐ国とは、先人たちが築きあげた遺産で食べ始めること。
つまり、付加価値を生み出さずに、遺産と言う利子で食いつなぐこと。
そうなったらおしまいだ。
アメリカが観光を前面に押し出しているだろうか?
エジプトがピラミッド以外で高度な付加価値を生み出しているだろうか?
もう少し、日本の政治施策を真面目に考えろよ。

2019-04-26

学業

勉強をすること。学問をすること。
学業が人生において役に立つか?
義務教育がある日本においてはなかなか実感できないと思う。
高校生の数学や物理、漢文などは
実生活では役に立たないと言われる。
その行為自身はそうかもしれないが
難題、回答を導く活動、、それが学業なのだが、
それを実演できる環境はなかなかない。
それを当たり前のように享受、、いや環境があっても
それを拒否、居眠りできることは学びたくても学べないところにいる人たちからすれば贅沢な話のだが、日本人は気づかないんだろうな、一生。

2019-04-25

文人

詩文・書画など、風雅の道に心をよせている人。または、文事をもって仕える人。
つまりに文字に関わる人間のことである。
人間と文字は切って切り離せない。
人間という種とは?というと文字を持つと答えても間違いではない。
文字というもの
読み書きできることで他者と認識の共有できる存在は他では難しい。
音は音
映像は映像
と別のものであるが、それを文字という概念で共通化させているのだから。
まーー、多くの現代人はこういう認識なく、会話、メールをしているが
それはとても行動な技術である。
確かに高度な技術ではあるが、その技術が当たり前に備わっていると思っている割にはなかなか伝わらない。そのことへの自覚と向上させる研鑽が現代人は足りないような。だからこれ以上の進化ができていないのでは?人間は。

2019-04-24

渇番

番号がなくなること。
ITデジタル化が進むと連番でユニークにさせる番号が
取引(トランザクション)の制御単位になる。
取引が盛況になればなるほど、その番号が採番されて、
指定した桁数の範囲をこえてしまい、渇番してしまう。

多くの場合は、サイクリックすることで
1に戻り、連動するデータをシステムからアーカイブすることになるが
なんでもITデジタル化する現代社会、新しいことに飛びつくが
それ以降のこと、今後の保守にはあまり関心がないことが目に付く。

よくあるサービス終了のなかには
そういう渇番に対応するくらいなら別のサービスで
より儲けようと姿勢も垣間見れ、、
デジタルデータが浪費されているなあって思うことばかり。
無尽蔵のようなものの代表がデータのようだが
なんかこの状況に大きな瑕疵、危機が隠れていると見えるのは
僕の杞憂か天眼か。

2019-04-23

提供

相手に役立つように、差し出すこと。

ITデジタルのデリバリービジネスにおいて
提供開始は一番重要なことだが、
そのフェイズゲート、リリースクライテリアが変わってきた。

Windowsまでのパッケージ販売であれば
製品という要素から
いかにいいものを出せるか、その基準に合わないもの
提供しないし、一度でも提供してしまえば
その製品の売れ行きが決まる大きな話だった。
ゆえに生産、販売の中止が控えていた。

しかし、現代のインターネット常時接続時代だと
製品からサービスとなるため、知的財産、先手の概念から
速めにリリースすること、そして不具合をいかに早く、頻度よく対応できるかが
そのサービスの価値になる。
はっきり言えば、どんなものでも出せばいい。それに食いついてくれることが重要だから。
そして、控えているのは出した以上、永続的なサービス提供を求められるかだ
そのサービス提供の仕方がブランド力になるからだ。

納得のいくものまで出さないから
早く出して、そしてその運用保守をしつづけるに変わってきたが
デリバリーを行う、作り手には何も変わりなく
ただただ仕様にあわせて隷属し続けることであり、
そこをどう変えていくは、業種、業態、属する企業ではなく
技術者当人の生き方であることも変わっていないのだがね。
技術者も自分のスキルをどう’提供する’かなのだから。

2019-04-22

朝食

朝に摂る食事のことである。
朝餉(あさげ)、朝飯(あさめし)、朝御飯(あさごはん)。
英語ではbreakfast 意味は断食(fast)を破る(break)こと。

個人的な思いなのだが、飲食店で行わていている
朝定食、モーニングサービス、モーニングビュッフェ、
を夜にしてくれないかなあ。
僕は一日1回しか食事をしない。多くは夜なのだが
世間のモーニングメニューの内容のほうが夜のメニューより食欲をそそる。
確かに、モーニングメニューのほうがコスト高かもしれないが、
夜のメニューではあまり食が進まない者が多く
今では徹夜してモーニングを食べてからひと眠りの生活にあこがれてしまう。


2019-04-19

野営

野外に陣営を張ること。
野外にテントを張って宿泊すること。また、その陣営。
つまり、キャンプのこと。
野営というとカッコ悪いのか、なんでも横文字にしたがる現代日本。
別にやっていること、やっている人は日本古来の飯盒炊飯だったりと。
どうも、日本人って言葉からはいるよね。

2019-04-18

緊迫

情勢がひどくさしせまること。
個人というより、組織団体に向けて使われることになる。
日本って国は面白いというか狂っているというか
世界的にこんなに緊迫しているのに、それをあまり自覚していない。
達観している、動じないっていうのであれば、
鈍感で動き方がわからない鈍重な存在かもしれない。
逆にあまりに緊迫した情勢に反応するとバカのように扱われることのほうが多い。
こういう国家って過去に多かったなあ、、そして植民地化されて亡国になったような。

2019-04-17

夜間

日没から日の出までの時間というべきだろうか?
今、24時間営業店舗の問題が取りざたされている。
コンビニが大きな話題だが、飲食店などもその問題を抱えている。
24時間、、つまり夜間営業について問題視している。
でも考えてほしいが、
夜間を夜間時間帯という特別視を強いているのは労働法の規定である。
逆に夜間が定常という概念のビジネスを認めるべきでは?
夜間しか開かない店舗、夜間しか売らない品目という概念を
もっと広げ、24時間営業ではなく、24時間のうち特定の時間しか開かないという
概念やビジネスモデルをもっと認め、規制撤廃すればいいのでは?
そもそも24時間などでの人手不足の考え方のほうが問題であり、
強制労働の徹底、安易な需要対応を認めないほうに法整備しろよって思ってならない。


2019-04-16

容喙

横から差し出ぐちをすること。
自己責任の仕事において、なぜレビューという容喙があるのか?
レビューは容喙ではなく、要望、、もっと言えばレビューをした以上
おこなった側の責任になるべきなのに、ただ容喙しているだけ。
最近の人手不足はこの容喙だけを行う人間の増加にあるのでは?

2019-04-15

未来

これから来る時。
未来志向とかいうと、プラス志向でかんがえるべきと言い出す。
未来に可能性と希望を持つ。
その考え方、いい加減にしろ!
未来は現在の延長でしかない、今からおきることの続きが必ずいいことになる
という根拠のない幻想はその幻想がかなわなかったときの絶望感が
かえってマイナスにならないか?
これから、AIや量子コンピュータの登場である程度
予測、予期された日々しか来なくなる。
その予期された、計画された行動に幻想を抱くより
行動をどう楽しむかに時間、思慮をさくべきなのだが、
未だに夢を見せようとする教育、指導はいかかがなものか?

2019-04-12

並行

並んで進むこと。
並行と平行、ちゃんと使い分けていますか?
平行は決して交わらないという意味。話が平行線だ。という意味は正しい。
しかし、
「平行稼働」
とか言っていることが多い。
同時に動かしている、、、、あ!それも正しい。
決して交わることのできないから平行稼働なんだ。
並行ではないってわかって言っているんだろうね。

2019-04-11

入舞

 物事の終わり。
漢字の文字からとても読み取れない意味に感じてしまう。
語源は世阿弥の言葉、老いの入舞から、老いてなお最後の創造的活動を
さしたことをいう。
まだまだと言われるかもしれないが、
自分がビジネスマンとしての入舞を意識している。
そこから逆日程的に今どんな仕事をすべきかって
自分にはっぱをかけるような思いをもって生きている。
ただ一日を過ごすのもある意味重要だが、
人生の入舞を意識することがある種の潔さと僕は感じ
ふと三省する。

2019-04-10

訳有

理由だあるからこそ、、という意味。
ちょっと思ったのは、リーズナブルな価格を日本人は相対安価に感じている。
でも、リーズナブル=reasonable であり、
合理的、理にかなっているとかいうが要は訳有価格なのでは?
リーズナブルな商品にも品質、返品を求めることに何か違和感を感じる。
どんどん安く、そしてどんどん製造物責任を求めることは
経済的に苦しくなるだけでは?

2019-04-09

定額

一定期間(年、月、日など)あたり一定価格で
いくらでもサービスを供用する課金システム
今ビジネスモデルで流行っているサブスクリプション。
でも、ちょっと考えてほしい。
そもそもサラリーマンってサブスクリプションだったのでは?
視点を企業にすれば、基本給というサブスクリプション契約をしているつもりだった。
それが残業代、特殊スキルがオプション料金になり使いづらくなったので
時間清算契約ととらえることができないか?
それにより、家計が苦しくなっているのだが、、
このサブスクリプションブーム、、たぶん、今の日本経済のように
技術、社会的成熟度でオプション化を選び破綻するだろうな。
定額制ってそのビジネス、サービスを流行らせるためにはいいけど、
一種の過渡期対応とみなすべきなのでは?

2019-04-08

改竄

文書、記録等の全部又は一部が、
本来なされるべきでない時期に、
本来なされるべきでない形式や内容などに変更されること。

システム化、デジタル化が進んでいるので
改竄する行為ができない、難しくなってきている。
だからと言って改竄がなくなるか?
そうではなく、むしろ悪質、権力的に改竄を行おうとしてきている。
そして、それを改竄と認めない力まで発動されはじめている。
デジタル化の大きなポイントは更新スタンプが明確に残ることだ。
それをログとして改竄していない立証根拠になる。

しかし、だからこそ始まるのが、、
デジタル化のせいで本当の更新でできていないと言い出すことである。
~本来ならばすでに確認が終わっていたのに、更新が間に合っていない
~入力する内容要素が足りないの立証しづらい
~そもそも、デジタル化では人間の交渉の真意を残せない
とか言い出す。そして、本来あるべきデータに後で更新するべきだと言い出す。
「これは正しい修正であり、改竄ではない。」
この発想こそ、改竄であるということは人間には本能的に理解できないんだろうな。

2019-04-05

健全

片寄らず堅実なさま。あぶなげなく確かなさま。
健全という言葉もまた主観的な表現でしかない。
自分が健全と思っていても、他人が不快感をもつとそれは健全と言えない。
しかし、その不快感を持つことへ自分の思い込みの健全で批判することも多々見られる。
個人主義、能力主義である以上、それは片寄っていると言えないか?
すでに社会が片寄っているのだから、健全なんてことはありえないのでは?

2019-04-04

作品

製作したもの。特に、芸術活動による製作物。

余暇が来るたびに頭によぎる
「今のままではいけない」
「何か生産的、創造的な活動をしないと精神、経済的に苦しくなる」
「言われたことに応えて、対価をもらうビジネスモデルからの離れないと年齢、これからの時代的に、、」
と恐怖感に苛まれる。

自分が他者に求められて対価をもらえるのは
相手の基準に合わせられるからこそである。
しかし、その基準にいつまで自分の年齢的限界、社会のビジネスモデルの限界に
堪えられようか?
今すぐにでも、もうダメと評価されても不思議ではない時代だ。

それゆえ、
自分から新しい価値、、作品というものを提供し
それを幾ばくかの人が享受、対価支払いをしてくれることが
人としての喜びになると思ってしまう。

そこに自分のビジネス、活動をシフトしていくことへもがいて
もう10年近くなる、そろそろ本格的にそのビジネス、作品作りを本務にしたいものだ。
その一環がこのブログ群の更新かもしれないが。。。

2019-04-03

遠雷

遠くの方で鳴っている雷。実は夏の季語である。
夏の季語なのか?
そう感じることが多い、、というか自分はそう感じていた。
その理由はある意味なるほどだった。
自分の職場、自宅が比較的高層階に位置しているので
雷の発生が窓越しからよく見える。
雷は必ずしも夏だけではなく、晩春~秋口まで結構の期間発生を目にする。

江戸時代の日本であれば、薄雲の空に雷雲が光れば、
照明家電がないのだから、その明るさを遠くに感じ遠雷を思ったはず。
しかし、戦後は照明機器が深夜煌々と照らす社会なので
雷の輝きを地上で確認することは難しかった。
そして、今は高層ビルディングの台頭で、雲目線で雷をみることになり、
遠雷を再認識できるのだが、、、それは僕がそれなりの環境にいるからだと
ご指摘も受けよう。遠雷という表現ひとつで人のライフサイクルが見えるとはね。

2019-04-02

底上

最低水準をひきあげること。
人手不足なのに、即応な成果が求められるからこそ、
人材の底上げを行う活動を重視しないとならない。
僕は当面の納期を無視してでも底上げを行う経営、管理判断をしている。
なぜなら、
付け焼刃で導入した人が出す結果によって、
そのリカバリー工数とそれをさせられた人材のモチベーションが下がりまくるからだ。
そうなると、虻蜂取らずではないが、顧客信頼と作業者マインド両方を失うことにつながり、全く持って損でしかない。
しかし現代社会は、その付け焼刃が当然であり、怒る顧客が悪い、やる気ならない担当者が悪いにいうだけでそうした当人が反省しないどころか、その判断した当人を責めるとハラスメントになるのだから、いかにバカな社会になっていることか。

ちょっと工夫、苦労した伝えることは
教える側の教えるスキル向上と
そうしてくれている姿勢が担当者への好感度
につながる発想がなぜ芽生えないのか?!

2019-04-01

方便

仏教で、人を真の教えに導くための仮の手段。
本日更新ということもあり、有名な「嘘も方便」をネタにしたい。
現代において、嘘は嘘だろうか?
高速化した情報が飛び交う現代では
今知っている情報と数分、数秒後の情報はUPDATEされている。
すると、今知っている情報をもとに発言した時点で過去、、つまり真実ではない、
嘘の情報を流したことみなされることになる。
当人は正しいと思っていることも、他人、社会からは嘘とみなされることになる。
そして、最悪なのは嘘だと断定し続けることで徹底すべき社会姿勢を貫かず
過去の古い間違った情報を流した者を擁護する行動を起こすから
間違っているのか、正しいのか、全くわからない状況になって
何が正確な情報なのか、分かりづらいといえる。

また高度技術、複雑な事情を聴いて
理解できないほうが悪いのではなく、
それをわかりやすいように伝えないほうが悪いとなる以上、
詳細に伝えてもどうせわかるわけないからある種の方便として
適当に言えばいいとなりかねない。
それゆえに、、正確ではない嘘に近い情報で済まそうと言う思いもでてきている。

嘘も方便、、、、
それが方便なのかどうかは、
その内容が真意かどうか当人が自分で理解することしかない。
情報社会だからこそ、知っているではなく、
情報処理する能力があなたの人生のウソ発見器と言えよう。


2019-03-29

写本

書き写した本。また、本を書き写すこと。
中世まで当たり前のようにされていた写本。
それにより、知識が世の中に広く広がる行為であった。
しかし、産業革命後だと、欧米とアジアでは逆の価値観になった。
欧米では産業革命以降の活版印刷の登場で
写本が知的活動から商業行為になった。
それに伴い、知的財産という概念が生まれ、写本は窃盗という罪になった。
対してアジア、とりわけ仏教圏では
正本を写本、写経すること、行為そのものに価値が生まれてきた。
日本でも写経から派生した習字という
写本の一部の文字を書き写す行為を良しとしている。
そして、きれいに文字で書かれたものが写本される対象になることは
誉であるのがアジアの価値観でもある。

欧米とアジアとの価値観の違いは
今では欧米のほうが正しく、知的財産権と騒いでいる。
しかし、この先、、いつまで欧米の価値観が通じるだろうか?
なんか、、写本のいきさつを知るだけに、、
知的財産権そのものの将来が危うく感じることがある。

2019-03-28

造反

身内や仲間をうらぎること。また、たてついたり、反乱を起こしたりすること。
何をもって造反か?
今までの悪事をしてきた慣習に反することが造反になったり
押さえつけられてきた人間が意思を持つことも造反になる。
造反という言葉自体、
上から目線、既得権益の保守を正しいとみなす文化、価値傾向がに感じる。
この言葉自体の衰退するということが
社会の進化となるとともに、もう二度と
団結に価値を求めてはならないと分岐点になると感じる。

2019-03-27

諭旨

趣旨をさとし告げること。言い聞かせること。
諭旨解雇、諭旨退職、諭旨免官など、相手の地位をなくさせるときに使う。
現在の使い方としては、一応当人に説明のうえ、身を引かせたという意味で使う。
懲戒より緩いとされるが、扱いとして権威の下で裁決。
諭旨も懲戒も基本、すでに結果は決まっている。
それを言われる当人が納得しているか、抗おうと思うかだけである。
個人主義やら働き方ならで正当な理由をいわなくてはならない社会だが、
正当性かどうかは言われる当人の思い込みでしかなく、
それがどうであれ、結果を押し通す力、それが権力、武力、財力がないと
現代社会ではなかなか生きづらく、ネットなどで吊し上げになってしまう。
だからだといる。個人主義になればなるほど他人を圧する力が求められるゆえ、
いろいろな意味での貧富の差がどんどん広がるのではっと悟ってしまう。

2019-03-26

論点

議論の中心となる問題点。
ビジネス書や自己啓発本などに書いている論点整理の重要性。
そして、論点すり替えに惑わされるなって書いてある。
だからこそ、言おう。
論点のすり替えと思うこと自体、自己本位な発想であるということ。
自分が思っていることが正当、本質と思っているものでも
価値観や思想が違う他人からすれば、論じるべきことではないと思うことが多い。
そんな馬鹿なこんな重要な話だぞって思っていてもだ。
例えば、
あなたは人類の将来についてを論点と思っても、
相手は未来に自分は存在しないのにそんな無駄な論点より、明日の夕飯が重要だ。
人の命の尊さを語っても、戦争時には自分自身を守るためにどう相手を殺すかである。
極論とかいうが、人間個々人の考えそのものが他人からすれば個人の発想という
極論でしかない。
どうも、公明正大に自分が正しいと言い張る性悪なバカが多くて困る。
基本的に人間の性悪の自覚をもっていかに自分の見解を通すかの策を練ることが社会活動ではないのか?その手段として、互いに共感できそうなポイントを論点というカタチで使うべきなのに。

2019-03-25

研修

執務能力を高めるため特別に学習すること。

「バイトテロがあったので、バイトの研修を行います。」
バカか。
そういう研修を行ったときに真面目に参加する人間はそもそもテロ行為を行わない。
逆になぜバカなテロ野郎の失態のために、
自分たちはこんな研修を行わなくてはならないのか!
って、企業に不信感を募らせるだけである。
それでまた優秀な人材が離職してしまうという結果しか生まない。

基本、人間を信じるな。
「人を見たら泥棒と思え」
という格言があることを人間は忘れて、絆とかいうから裏切られる。
人を信じないなんてという人はひどい。
これもまたバカ丸出しだ。
信じない、、だからこそ裏切られるという感覚も起きない。
そして信じないからこそ、リスクを最小限にするための行動
敬語、敬意、譲歩を導けるのである。

平成以前くらいの社会と現代社会において
何がよくなり
何が失われた
を考えれば、なるほどって僕は簡単にわかるのだが
やはり現代人はそのあたりの感覚すら失ってしまっているようだ。

2019-03-22

素封

大金持ち。
この意味は
素とはむなしい、封とは領地
むなしい領地と直訳になるが、それがお金持ちと意味になる。
なんと難しい言葉だろうか!
領地はないけど、家、、つまり繁栄しているからそういう意味になるらしい。
と考えると、現代社会はほぼ素封家を増やす社会構造になっているなあ。
領地
物理支配権として土地と捉えれば
それさえも金融商品になっている昨今。
別の視点、人的支配領域と捉えれば
名ばかり管理、ハラスメント訴えの日常化
から支配という概念が社会から消えてきている。

素封家が増える社会、、本当にいいのだろうか?
実支配なき統治って秩序を失うし、
素封家という言葉の真意も土地なしと皮肉での表現が語源でもあるだけに。

2019-03-20

組閣

内閣を組織すること。
要するに、行政執行機関における人選である。
そして、どこの国でもそうだが
組閣を行う行政機関のトップは直接間接で有権者に選ばれた人間だが
組閣という行政運用における人事権はそのトップに任されている。
考え方によっては
製作実施の内容が具体的であればあるほど、
有権者も誰に任せたいか選びやすいと思うかもしれないし、
そういうことを口にする人間どもも多い。
しかしだ、行政などの実務実行において重要なのは専門性ではなく
指揮命令に忠実かつ思いが通じやすいことだ。
考えてほしい、いくら優秀な人でも初対面であるよりは長く付き合っている人のほうがいい。まして、短時間で結果を求められることが多いこの結果社会なので。
となると、能力主義と言いながらもチャンスを得られるのは、やはりコネと人間関係なんだろうなと。

2019-03-19

野心

分を越える(ように見える)大きな望み・たくらみ。
でも、、英語だとambitious。
「少年を大志を抱け、Boys, be ambitious.」
大志と野心は違う。それが日本語がグローバルにならない要因だ。
実態が同じもの、、つまり、今の自分を越えたところに思いをはせるという概念に
善悪の概念をつけて区別したがる。
善は大志、悪は野心。
でもそれって、ただの偏見では?
当人は今の世界をよくするために政治家になりたいと大志を抱いても
他人から自分の立場をわからない野心を抱きやがって言われることは
どっちが善なのか?
今まで、画一的教育指導で、ほば多くの国民が共感していた道徳観が
個人主義で通じなくなっていることに対して、あまりに社会が無知すぎる。
道徳観を取り戻したいなら、個人主義を否定しろ。
個人主義を押し通すなら、善悪の概念を強要するな。
曖昧なことに寛容というバカな日本人感覚が世界的に受け入れられないところまで来ているのだから。

2019-03-18

冒険

危ないことを押し切って行うこと。成功のおぼつかないことをあえて行うこと。
この言葉の定義は、最近のもののようだ。
戦後から平成になるまでの間、平和が浸透した日本において
戦争もの、戦いもののメディア作品は社会的に認められないものだったが
人間は別途刺激が欲しいもので、その結果。冒険という言葉で彩られた
アドベンチャー作品が娯楽を席捲していたものだ。
未知へのチャレンジ、想像を超える脅威に挑むことが人間はわくわくしたものだ。
それがある種の日本の高度成長の心の支えだったのは?と思うこともある。
現代社会、冒険という作品メディアの凋落どころか、
上記のように冒険をリスクとしか思わない傾向に日本の成長はあるだろうか?

2019-03-15

介入

事件・問題などに割り込むこと。事件に強(し)いてかかわること。
経験上、意思をもって介入してくる輩がくるとかえって問題が大きくなる。
介入する以上何かの結論を目指すのだが、すでに問題に当たっている人がすでに対応していることがおおくそれとぶつかることになりやすい。
そもそも、介入すると表現をした時点でネガティブな扱いなんだよね。

2019-03-14

学校

日本人の学校感覚をみなすべきと思っている。

学校で得られるものはなんだろうか?
学力、社会生活の準備というが
それらは学校から学ぶものだろうか?

専門性の乏しい教員から学ぶより
受験の目的にあった教え方を行う予備校講師のほうが効率的である。
まして、予備校講師は市場にもまれているので
必死さが学校教員と雲泥の差がある。

そして、社会生活の準備というが
社会生活で経験しなくてもいいいじめがいつまでも続く。
いじめがなくならないのではなく
学校制度がある以上いじめは発生するという当然に結論になぜならないのか?
本当にバカらしい。
そして、学校制度がある以上
いじめの被害者が加害者を訴えても
学校という環境から加害者もまた生徒として守る立場を尊重するので
加害者を犯罪者扱いしないことも弊害以外なにものでもない。

明治政府によって発令された教育勅語。
平成も終わる今、
もう廃止すべきだと思う。

学校がなくなり、社会性がない人間が多くなるという懸念より
学校という無駄な時間といらぬ被害、加害者になりやすい環境にさらされることの危険性を
もっと真剣に理解すべきだ。

現に公立学校で起きている問題は私学では起きない事実。
それをなぜかを考えればおのずと理解できると思うが
それもわからないほど現代人のレベルが落ちてしまっているようでもあるが

2019-03-13

真水

混じり気のない水、転じて
政府が景気対策のために投じる公共事業費のうち、
その年度に実際に支出されて GNP 拡大に寄与する部分。
それも転じて、大きな組織で効果が数字として捉えること。
実際に定義できる内容ではない俗語に化している。
真水という純粋な水という意味なのに、俗で穢れた表現でいいのか?!!

2019-03-12

踏襲

それまでのやり方を受け継いで、その通りにやること。
とはいえ、行っている人間の人間関係や技術、環境が変わっているのだから
踏襲ということはありえない。はっきり言えば、踏襲すると言い放って
他者からの不安を一掃させるおまじないでしかないと感じてしまうのだが
多くにひとはこのおまじないを信じて嫌な思いを繰り返す。
踏襲するということをある意味、現行維持がゴールであって
今までの行ってきたことをより改善していくという話ではないことを
もっと意識して他者と接するべきなんだろうな。

2019-03-11

蜜柑

みかんである。
日本人ならほぼみかんという単語で共通した果物を連想できるほど、知名度がある。
でも、みかんは日本の果物でしかない。
だから、みかんをorangeって訳すことがあるが意味合いが通じないことが多い。
それは逐語訳の意味だけでなく
~旬
~味わい
~食べられているシチュエーション
が日本すぎるくらいの扱いをうけているだけに、外国人には通じない。

英語などの外国語ができる人ほど
日本語の意味を中途半端に伝えることが目立つ。
考えてみれば、ニンジャ、ゲイシャ、スシって
日本を理解しきれていない通訳が訳した結果が今に至るのだから
これは日本のグローバル化への障壁、命題かもね。

2019-03-08

手配

仕事などの段取りをつけること。手くばり。準備。
ビジネスとして発注、オーダーされてから行うことはまず手配だろう。
モノ、人を手配しないとビジネスとして結果がだせない。
しかしだ。現時点、その手配ができない。
人手不足、品質の劣化、顧客クレーム対応などなど。
だからプラットフォームやサブスクリプションなどで
特定の手配活動をしないビジネスが増えている。
確かにその発想による対応はビジネスとしてある種の選択だが、
それはゼロサムそしてすたれやすい。
なぜなら、画一的なサービスに人は飽きやすい。
また個別発注の手配が全盛期になると感じ、今の活動を粛々と準備あてようっと。

2019-03-07

無人

人の存在がないこと。
ある意味、現代のブームといえる。
人手不足による無人対応の需要が高いとか
何処でも行ける、見えるようになったからこそ、無人島のような人が介していない場所が観光名所になる。
、、、、人との絆とか言いながら、無人を求めるなんて、
現代人ってどこまで異常な感覚なんだろうか?

2019-03-06

末梢

すえ。末端。特に、物事の重要でない細部。
とは言ってられない。
抹消とされていた事象、データに目を向けることで
大局を見出すことにつながるのがビッグデータ、
そしてAIなどのデータサイエンスの世界。
大局を見据えてとか言い出していたが
実際問題は個々の些細な事象をすべて理解したうえで考える時代になっている。
抹消という概念にこだわることで対局がとか言っていた旧世代とのジェネレーションギャップは余計大きくなるんだろうな。

2019-03-05

旋風

渦巻き状の風。竜巻より小規模のものをいう。つむじ風。つじ風が転じて、
社会の反響を呼ぶような突発的な出来事となっている。
些細なことでも旋風になりやすいネット社会。
ということはある程度たつとその旋風はただの一過性の旋風にすぎないと思われやすいともいえる。
そう考えると、現代社会の多くのことは一過性の流行り病のことばかりで騒いでいるだけではないだろうかって思うことばかりだ。
逆に、身を入れて取り組む必要があることってなんだろうか?

2019-03-04

当然

述べる事柄が、だれが考えてもそうであるはずだという意を表す時に使う語。
この考え方がもう当然ではなく、当然という発想が社会問題だといえる。
自分たちの価値観を当然とすると、そうでない価値観の人たちとしては異常のはず。
当然という思いを異常とみなされると自分の認識、存在価値の否定に感じるのでそれを攻撃とみなして価値観違いを否定する。
これだけ、多種民族を認め、個人主義を尊重すると認めた以上、
当然とかルールなど通じるわけないことが’当然ではなくこと’を認めず、
’当然’がわからない他者を攻撃することが’当然’になっていることは
社会としてもう破綻状態なのでは?

2019-03-01

据置

固定して動かさないさま。
じっとしていることに価値があるといえる。
何もしない、何も触れない
シングルモルトのような状態に価値がある。
とかく、現代社会は流動であることが正しいとされるし
それが経済を回している。
しかし、動かない、不動である据置がかえって普遍的な価値軸を生み出しているのかもしれない。
まー流動性が活発だからこそ目立つ価値ではあるが。

2019-02-28

買足

買って不足分を補う。
モノが溢れている日本において買い足すタイミングについていろいろと思惑を感じる。
適正在庫の発想だと必要以上に買い足すことは過剰在庫になり、倉庫管理、負債計上になりかねない。
買い足すことは悪い部類とみなされてきた。
しかし、2010年以降の自然災害により、
危険回避、物流麻痺を鑑みて、在庫を多めに持つことを推奨する潮流も感じる。

これは企業レベルの問題だけでなく
個々人、家計の買い足しにも言及できる。
~まだ在庫があるが、今後値上がりするかもしれないので、今のうちに買っておく
~商品ライフサイクルから考えて、この商品は今しか買えないので買いだめ
という言葉が平気で言われるようになっている。
それにより、長期保存による品質劣化、時世的に商品価値がなくなるものが起きやすい一面はあるが
経済活動を活発にしているという側面では買い足しもある意味、重要な購買促進活動かな?

2019-02-27

出汁

昆布や鰹節などの食品を煮て出した汁。
味噌汁は出汁を取って作ることが当たり前になりつつある現代。
戦後の農家育ちに母は味噌汁が好きではない。
料理が嫌い、不得意ではないそうだが、味噌汁は作るのも飲むの好きではないと。
どうやら、味噌汁というより出汁を取ることが嫌いなようだ。
食糧不足の時期に、時間をかけて出汁をとるより、
しっかりした味のものをすぐに口にできればいいわけで
そこまでして時間をかけることに価値を感じないらしい。
そして味噌汁も一汁三菜というより、ある種の調味料のように考えているようで、
わざわざ味噌を溶かす必要もないのではという思いであるらしい。
飽食になっている日本、
出汁にこだわることもわかるが
現代人の味覚、、僕からすればそう繊細ではないくせに出汁を求めているのでは?
なら母のように味、食べ応えにこだわるほうが出汁うんぬんより納得性がある。
おいしいかどうかを本当にわかって出汁を感じているなら、
あえて出汁を使わないほうがいいという判断ができるはずなのに、
そうでもない輩が多すぎる。

2019-02-26

水利

水上運送の便利。
そして、
田畑の灌漑 (かんがい) や飲用・消火などに水を利用すること。

利用目的が異なっても水を使って利を得ることには変わりない。
人間は水を吸収するだけでなく、動力、高熱、洗浄などありとあらえる行為に利用する。
水を制するものが人間を制すると言い切ってもいいだろう。
日本はいろいろな意味で水に恵まれている、、というか恵まれるような環境するための労力は惜しまない民族だ。
なんか、外国から天然水を買っているがそもそも、日本の水そのもののほうが成分、製法そして、用途において高技術だと思っている。

そろそろ、日本として、水をより高度な使い方、売買の道具として
市場を席捲すべきと思ってならない。僕も水ビジネスへの関与を高め始めているだけに。

2019-02-25

醜聞

ある人についての、聞き苦しいうわさ。スキャンダル。
現代人はこの文字を汚らわしいと思いながら、この内容を好んで知りたがる。
美談より他人を不幸を蜜の味に感じる。噂から始まり、他人の弱みについて付け入ることが日常茶飯事になっている。
人はきれいごとを口にするが、現実を正しく伝えることは概ね醜聞なことばかりだ。
逆に醜聞がない人が現れると、その人の醜聞を探し始めることばかりに情報収集活動が行われ始まる。
鶏卵論ではないが、
醜聞を聞いても動じない民衆の心変わりが先か
醜聞を得る行為が恥ずべき行為と思うが先か
どうかでより高次元に人の心は進化するだろうが、
この概念は人間の本能そのものともいえるので永遠に達成できないだろうな。

2019-02-22

物書

文章を書くこと。また、それを職業とする人。
文章で他者に伝えることで対価をもらう。
基本、ビジネスってそういうものではないだろうか?
物を取り扱う生産者であっても
納品書、品物の説明書を添えないと対価に変わらない。
サービス業も
相手に説明する文章、
サービスを受領することに合意してもらった検収がないと
対価にならない。

物書きとは、生産物が文章そのものということなのだが、
その文章って作文とどう違うか?
それが対価になる文章として価値があるのか?
このブログをもう10年も更新しているが
対価を得れるほどのものではないと思っているので単なる作文の認識だ。
対して、大した文章でもないのに生業にしている人をみると
それで稼ぐって恥ずかしくないのかって思ってしまうのは
僕が自他ともにストイックなだけなのか?

2019-02-21

記聞

聞いた事を書くこと。
これが実に危ないことになる。
聞いた内容をそのまま文字に起こしてもダメ
加工してもダメ

そのまま文字に起こすと、緩急、喜怒哀楽、本気、冗談の区別がつかないといわれる。
上記を意識して、それなりに加工するとそのままを伝えていないといわれる。

基本、人間の記聞など意味がない。
僕からすれば議事録とかいうものでさえも価値がないと思っている。
どんなに適切に書いても、
「そういったつもりはない」
「書いてある内容が正しいわけがない」
と平気で言い出すことが許される社会、ビジネスが蔓延しているのに
わざわざ意味のない記聞を残すことを義務づけることに
疑問を感じない風潮って、、本当に日本の価値の凋落を感じてやまない。

2019-02-20

採算

収支を計算してみること。
どこをもって採算にあうというか。

Amazonって今では高収益企業だが
つい五年前までは将来優良株と言われる赤字企業だったことを
知っている人が少なすぎる。
先見性というか、長期投資というか
この企業における採算ってなんだろうか?
いろいろと今までの計算式に見合わない時代になってきたんだろうな。

2019-02-19

接客

客をもてなすこと。
現代日本では対面販売活動と言っていい。
ビジネスに関わる僕としてはこの接客が一番の問題と感じる。
人手不足の原因であり、そして企業ブランドを簡単に貶める原因でもある。
顧客から
「接客がなっていない」
「なんだこの従業員は」
接客を行っている従業員は
「客からのクレームに耐えられない」
「こんな職場とは思わなかった」
となる。
接客から始まる従業員の使い方。
現在の雇用制度そのものを考え直し始める時期と思って
僕は経営実験をしているところでもある。

2019-02-18

安物

安価で手に入るもの。
安いものは長期利用だと壊れるので高いほうがとかいうあなた。
そもそもあなた自身が人として価値が安いんですよ。
考えてほしい。
高い買い物をしたら、それだけの出費だから丁寧に扱うし手入れもするだろう。
逆に安い物はまた買い替えられると思って乱暴にそして汚れ、痛んでも放置するだろう。
現代日本の商材において機能、素体において根本的に違うというのは、それは人間側の気持ではないだろうか?
金にいとめをつけず、どんな商品で平等に適当に扱っている僕の視点からすれば
高くて丈夫というものでも壊れ、とても安いものがもう何十年も愛用になっている。
僕自身の扱い方の問題であって、品質、ブランドはあまりと思ってしまう。
でも人は
「こんな高級なものを乱暴に扱うなんて」
「安いからこわれてしまうんだ」
って、思い込み甚だしい発言ばかりで、それを口にされても面倒な輩って思うばかりだ。

2019-02-15

諜報

相手の情勢などを秘密に探って知らせる活動。それで伝えられた報告。
日本人の価値観では、卑怯、汚い行為となっているが、
これが日本が外国に負ける大きな要因だ。

情報を得るためには、卑怯とかいうほうがおかしい。
情報とはそもそも、オープンなものなど情報としての価値が低い。
相手が隠しているもの、相手が嫌がるものほど価値ある情報である。
それをどうにか手に入れることは評価されるものであり、
それを卑怯と言っていることはバカげている。
そんなバカげている日本人の価値観、グローバルという意味を理解せずに
今に至るのは、、悲しいはなしだ。

2019-02-14

鎖国

江戸幕府がとった対外政策、、、、政策だったのか?
結果的に外国と付き合わなくなっただけ?
鎖国を政策として行ったのではなく、
国民気質として外国人、異文化を取り込めないことをなぜ認めない?

留学生、外国人社長、国内生産モデル
これらの言葉から未だ鎖国文化のままではないか!
普通に国籍の違う人が当たり前になる日本になんか
なれるわけがないことに気づかないのか?

僕の天眼では、
外国人労働者の受け入れを期に暗黙的、そしてすぐに公然と
「日本人であること」が重視されると思う。
いい意味では、外国人をもてなすのは日本人であるべきという付加価値
悪い意味では、他の日本人従業員のモチベーション維持のため、慣習を維持する
といろいろと企業論理、倫理感でそうなるだろうな。

、、、いいんじゃないの!
日本という国は特別な価値観でそこに入ること自体プレミアな国ということを
グローバルで意識づけることで、高級志向、高い治安が維持できることは
国力的に何か問題でもあるのか?

2019-02-13

調理

食材を加工し、料理を作る過程あるいは行為。
調理に対して、飽食日本人は大きく勘違いしていることがある。
調理はおいしくすることではなく、食べられるようにすることだ。
目的を勘違いしすぎである。
それにより、おかしな発言をしているのが耳障りだ。
「こんな調理ではおいしくない」
、、、、おいしくするのは別の問題だ。

郷土料理について考えてほしい。今となってはおいしいと思われているが
ほぼ飢えをしのぐために行われた調理の結果だ。
~青物がない冬、野菜類を食べるために煮込んだ鍋やホウトウなど
~腐ってしまわないように乾燥やあえて乳酸発酵させたもの
~そのまま食べると毒やえぐみが強いので、解体や他の食材と掛け合わせ
など、そのままでは食べられないものを調理という活動で食べられるようにしてきた。
今のようになんでも食べられるから、調理の意味を見失っていることは
過去からすれば、極楽のような生活なのだろうな。

食べ物への感謝というより
飢えずに生き抜く調理を行ってきた先人たちへの感謝といえるのでは?

2019-02-12

血筋

血のつながり。血統。また、血縁。
現代社会は世襲や親族経営に対して批判的だ。
それは個人の努力ではないからだと、大義名分を掲げる。
バカらしい。
債権の引継ぎを否定するが、債務は継承させようとしている。
債務といっても、金銭だけではない。
「あの人、、○○の生まれなんですって」
「親はあんなことしたのに、よく平気で」
「子供をどう教育したら、あんな風になるのか」
と当人に関わる親族から社会的負債を継承してしまう。

この社会、
儲かっている人から権利を奪い
失敗した人間には関わる人間へ負債を押し付ける
ことを無意識に実行しているのに、
平気で大義名分を掲げ自分の行動を反省しない。
まったく神瞰視をする僕からすれば気持ち悪いなあ。

2019-02-08

実害

実際の損害。実質的な損害。
被ると言う概念では他人が思うものと自分が思うものが違うと揉める要素といえる。
大概、自己本位の現代人は
自分の実害は殊更に騒ぐが他人の実害にはどうでもいい。
それゆえ、他人への感心が薄れていると感じる。
対して、自分を見ていない他人に憤りを感じやすい。
自己主張を容認したことこそ、
コミュニケーション不足、障害を産み出したと感じてしまう。
僕からすれば、自己主張、個人主義を認めていること自体
社会への実害ではないかと。

2019-02-07

費用

そのことのために必要なお金。 
会社経営では資産、負債、費用、収益の会計視点でとらえる。
ある会社の従業員が外部ベンダーに向かって
「うちの会社の無駄遣い」
って口にした。
、、、、でも、、そう言っているお前も費用そのもので無駄ではないか?
文句を言う前に収益にかえろって経営視点も他人を見てしまうのも
職業病かなあ??

2019-02-06

迷惑

他人のことで、煩わしくいやな目にあうこと。
迷惑=自己主張 となったのは平成からだろうか?
「他人に迷惑をかけないような生き方をしろ」
と教えられてきた世代の最後の世代かもしれない。
そうなると、現代社会って。
なんか損している気がしてならない。
いっそのこと、、、、
こういう感情が今の煽り運転につながってしまうのかなあ?
なんかいろいろと感じるなあ。

2019-02-05

右筆

中世・近世に置かれた武家の秘書役を行う文官のこと。
今でいうところの文書事務官僚。文官としての右腕ということだろうか?
誤解されてもいいという思いで書くが、
文書作りがうまい、成果物がしっかりしているという人はあまり企画、応用力がないと判断ししている。だからといって、その嫌悪、劣評価を与えるのではなく、その仕事をこなしてほしいと思うばかりだ。
しかし、現代社会は文書、成果物ができる人は企画、応用力もあるに違いないって思い込んで過度な期待をしていることが実に多い。
そんなことないことは歴史が物語っている、、、いや、庶民は教科書にある稀な天才もしくは歪められた人物像でしか歴史を見ていないからそう思い込んでしまう。
どうも他人への期待が高く、自分への評価は甘い庶民に踊らされた右筆系の人たちは自分およびその組織、そして社会をダメにしていく傾向があるなあ。
日本人のこの偏見どうにかならんものか?

2019-02-04

画鋲

掲示物を壁面に固定する際などに使われる、金属・プラスチックなどの頭部に、
鋭い針を取り付けた器具。
技術、社会の発展から消えていくことになりそうなものといえる。
技術面においては、
掲示物、、情報をマスに伝えるものが壁紙、大型な貼り紙ポスターでは
掲載させる場所の確保
雨風による劣化
時期を見ての撤去
などの活動をより効率化させるために、電子配信化がすすんでいる。
わざわざ、そして訴求効果の薄い掲示方法と技術的にはみなされ始めている。
社会面においては、やはり安全性だろう。
展示する平面媒体を目線にあげるために画鋲を使って壁に貼り付ける。
それって
平面媒体の隅
壁そのもの
そして、画鋲が外れたときに人体へ
傷つけることになる。
これは関わっている人間が望んでいるというより、必要悪とみなしていたものだった。
でも、必要悪はやはり悪でだいたいできるのであれば。
今まで社会貢献していたものが廃れることにいろいろと思いがあると思うが
戦後のヒロポンとて、当時はそれなりに評価されていたが、今では規制品とされる。
社会発展は今までのお世話になった価値への批判は必ず起こるものと思うべきだな。


2019-02-01

生憎

それをしようとするのに、都合の悪い状態にあること。ぐあいが悪いこと。
漢字だけを見るとこの意味にはなかなか思い至らない。
というより、この漢字で生憎ということもIMEでないと気づかないかもしれない。
しかし、あいにくって表現はよくよく使う。
それは都合が悪いというより、完璧ではないけどという画竜点睛的な表現で
今が及第点であることを示すと気に使うような、、、
なんか庶民のこの使い方、漢字のように’生’意気で’憎’たらしい。

2019-01-31

神官

国家の官吏として、何らかの神に仕える、
または神を祀る施設に奉職する者のことである。
現代国家では神官はいないと日本人は思っているかもしれないが、
回教を崇拝する国家などは神官は当然の国家公務員扱いだ。
どうも、日本人は宗教というものの認識、尊厳が弱い。
神を信じない者は信頼できないとグローバルな価値観があることにも狭量だ。
こんなマインドで外国人労働を受け入れて大丈夫か?
逆にこのマインドで欧米ではない神官のいる国家でうまく立ち居振る舞いできるのか?

2019-01-30

水菓

果物のこと。
この熟語って面白く、菓子って言葉はもともと果物のことだった。
果物=甘い物から、砂糖などの甘味をつけた食物を総称して菓子というようになった。
ではもともとの果物は菓子と言えなくなくなったので、水分をもつ菓子、、水菓子、水菓と呼称している。
本来の意味が広義になり、もともとの意味を明確化させるために新しい呼称を与えること、人間が他人、社会とのコミュニケーションを行う言語ではよくあることだが、それゆえ、コミュニケーションが悪くなる原因でもあるなあ。

2019-01-29

妖怪

日本で伝承される民間信仰において、人間の理解を超える奇怪で異常な現象や、あるいはそれらを起こす、不可思議な力を持つ非日常的・非科学的な存在。
昭和の時代、妖怪をモチーフにしたメディア作品は恐怖を煽るものだった。人間ではどうしようもない、人間が抗うことができないものへの恐れ、哀れみを表現していた。
戦争の爪痕、人間の残忍さを暗喩させていたと思う。
しかし、平成になってからの妖怪を登場させるメディア作品に恐怖を煽るものが減った。というより現代人の愚かさや忘れていしまった道徳を妖怪が再考させるものが実に多くなっている。
妖怪ってものは、ある意味人間の写し鏡かもしれない。
残忍さの投影だったものが、今では人間らしさを人間に教えるための存在になっている。人間ではない存在を通じて人間らしさを考えさせられるようになっていることに悲しさとそして畏敬を妖怪に感じてしまうのは僕自身の人外性ゆえか。

2019-01-28

骨抜

文字通りの魚・鳥などの料理で、骨を抜き去ることから転じて節操や気骨をなくさせることや計画・案などから肝心の部分を抜き去り、内容のないものにすることが今の意味になっている。
でも思う、骨って何だろう。
現代社会では価値観、集団的方向性が人によってバラバラであり、そのうえ他人の価値観を否定するもできれば、その否定への抗弁もできるので統一が図れることがない。だから自分の思う骨は他人にとっては些末なものとみなされてしまうことも多々ある。
自分にとっての骨を押し通して和を乱すか、それもポリシーないように思われてしまうか、どっちにしても現代社会、何が正解がわからないからこそ、必ず他者から批判、避難は回避できないんだろうな。

2019-01-25

札付

悪評が知れ渡っていること。
この認識って前近代的と感じないか?
テレビの普及で、法を犯したものは全国区で顔をさらされるどころか
近年のネット普及で、
疑わしいだけでも悪者呼ばわりして、素性や顔写真が世界中に配信されてしまう。
個人情報なんて有ったものではないって思う人が多いかもしれない。
でもね。テレビ普及で報道されても数日後にそのニュースがあったことなど誰も覚えていない。
さらされるネットの情報が膨大すぎて、その個人情報すら他者には相手にされない。
情報があればあるほど、人間は興味を示さなくなるものだ。

札付きの悪というレベルで悪名を届かせたとしても
一地域、一知人の間のローカルな情報でしかないものを
全国区、世界中に配信したところで、インパクトなんかない。
札付きという表現、ただの名札ワッペンに過ぎない評価でしかないね。

2019-01-24

雑記

一般には他人が読んでも構わない程度の個人の感想や意見などを記載する。
ノート、メモに当たるもの。
現在、ITディバイスのコモディティーにより筆記用具がなくても雑記できるようになっている。そして、情報配信の容易化により、SNSで雑記を簡単に公開できるようになってもいる。
ちょっと思うが、雑記をする目的ってどうなの?
一定の考えの結果を表し、その考えを他人にも自分自身の目に公開することでよりよい見解を得るためではないかと思っている。だから、あまりにも無知、無責任な雑記ってそれこそ公開すべきではないと思うし、それ炎上するからと言い出すのは、どうなんだろう?

2019-01-23

敗戦

戦争に負けること。
世界中、平和と言いながら戦争をしたがる事実をどう考えるか?!
戦争をさせないという戦勝国の論理は負けた国を永遠に敗戦国と言い続けることを許すことに感じてならない。戦争を知らない世代は、戦争に苦しさを知らないというが、それは敗戦の経験であり、日清、日露のときの日本は今のアメリカのように勝てば官軍の価値観でなぜ戦わないのかって言っていたと聞いている。
21世紀になっても、敗戦国、戦犯国と言われ続ける日本。
この認識を回復させることがないと国際的な発言権を得られないだろう。
戦争反対っていうことでバカにされ続けること、、本当に容認し続けるべきか?
それにより血が流れる、、でも血以上の苦しさから解放されるのではって本気で思うこともある。

2019-01-22

人助

他人を助けること。
僕はつくづく思う。人助けなんかするものではなく、
自分に都合のいい行為を行えばいい。
~なんて非人道的な意見なんだ!
って言われるかもしれない。
しかしだ。
困っている現代人はその原因と支援結果を理解できない。
~困っているのは自分のせいではない
~他人が助けるのは当たり前
と思い込んいる輩に人助けを行ったとき、
感謝を受けるどころか
~なんであれを助けない
~人助けするならここまでやるべきだ
~人助けをすると言ったのに、それだけか
って支援を受ける側として信じられない発言ばかりをし始める。
やっても文句言われるなら、損しないしないほうがましだ。
この考え方、、結構賛同を受けている。
そもそも、この国は社会主義ではなく、資本市場主義だ。
タダで偉そうにサービスをもらえるという福祉が成り立っていることがおかしい。
それなりの金を支払ってサービスを購買しろ。
それでこそ、win win の対等の関係であり、人助けに価値が成り立つのだから。

2019-01-21

補助

不足しているところを補い助けること。また、その助けとなるもの。
だから主が存在しての副の存在である。
しかし、どうも社会、ビジネスでその概念が壊れているような。
時短
効率化
IT活用
コンサルティング
AI導入
などは、主たるものが何であり、その目的達成のために使われる手段のはず。
でも、その補助たる活動がビジネスと考えて、補助をメインにした表記や活動広告がやたらと溢れている。
何が補助で、その補助のおかげでどれだけ主が利を得たかを考えないどころか、補助ばかりの効能を争う発言が多いのはどうだろうか?

2019-01-18

倫理

人間生活の秩序つまり人倫の中で踏み行うべき規範の筋道(の立て方)。
日本においては、日本人としての規範であることを理解しないとならない。
これから、外国人労働者を受け入れる。
頭数、仕事の役割、で考えているが、倫理観は大丈夫なのか?
倫理観は各国どころではなく地域、生まれによって異なる。
だから、
当人の当たり前が他人の非常識
当人の些細が他人の逆鱗
なんてことはざらにある。

倫理観は治安に影響することなど、僕の神瞰から当然だが
たぶん、これからの倫理観で国内外で大きな事件、国際問題が多発、深刻化するだろうな。

2019-01-17

毒蛇

毒を持った蛇。
毒を持った危険な動物という認識かもしれない。
しかし、それって人間視点であって
蛇からすれば人間だって同じではないか!って思うかもしれない。

蛇には口腔、胃袋の概念がない。
人間なら口腔には唾液、胃袋に胃酸がある。
唾液、胃酸って食物を消化させやすくする酵素であり、
肉などがそれに触れれば、溶け出す。。。。
それって、、、、つまり蛇の毒そのものである。

蛇は消化酵素を食べる前から捕食する対象にかけているだけである。
それにより、いざ丸呑みしたときの消化を促進させることができるから
蛇とて丸呑みした瞬間は無防備であり、そこの状態を捕食しようとする
猛禽や大型爬虫類もいるらしいので、できるだけ早く消化させたいのである。

蛇が危険というが
蛇という動物の生態からしてそれが捕食の方法ということも
理解してあげてはどうだろうか???
だから、蛇の捕食対象になるような行動をしないようにするのが
最良の行動選択だと思うがね。

2019-01-16

運行

 電車やバスなどが決まった路線をたどって行くこと。
日本の公共交通機関は路線どおりに走るどころか、定時運行ができている。
これって、日本にいると当たり前だが外国に行くとそう上手くいっているところは少ない。この定時運行は、国民性、設備機器の点検、運行管理システムの徹底など複数の高度条件が相まって実現されている。これって日本らしさとしてもっと押し出してもいいのでは?

2019-01-15

道筋

どの道を行くかという通る筋。転じて、物事がたどる筋みち。
お決まりのパターンというべきか、それになることが約束されたことといえる。
しかし現代において、自分が思っている道筋どおりになることはあるだろうか?
予想外の他人の動き、考え方、価値観や風習の違いなどが許される、、認めざる負えない状態ではそう簡単に道筋どおりとはいかない。むしろ、道筋通りにしろっていうことがハラスメントになりかねないのでは、、道筋どおり思い通りにならない社会になったのかな?

2019-01-11

道半

志や目標がまだ達成されていないこと
というならば、志や目的の具体的な設定はされているのだろうか?
定量的とか数字にすべきと口にして、
ゴール設定を数字に変えたしまった時点で
道や目的が異化されてしまったのではないかと感じてしまう。
僕から言わせてもらえれば、これに違和感を感じずに行動している人が
人ではないただのヒューマノイドというオブジェクトに思えてしまう。
志とか目標というものは手の届かない、数字では表せれないもの、イデアの概念として扱えずに
ただリアリズムで置き換えている現代にブレイクスルーや斬新な変革など起こりようがないと
結論づけることになぜ批判されてしまうのか?
現代社会の愚かしさに呆れるともに、人間という存在そのものの変革は自発的にはできないんだろうなって
こともわかってしまった。

2019-01-10

浅薄

知識や考えが、浅く薄っぺらなこと。浅はかなこと。
現代人は悲しいかな、自分が浅薄であることに気づかないどころか
浅はかさを正しい、それを否定されると名誉棄損とまで言い出すから話にならない。
現代社会はリアルな裸の王様。
恥ずかしい人生を他人から否定されるとその否定を否定で打ち消すことで自己を保つ。
物語、裸の王様はひとりしかないいないから物語だが、、
全員裸の王様の現代の有様。
自分自身が浅薄でることを自覚して他人の知識を借りようとしない姿勢では
この社会に未来はないだろうな。

2019-01-09

暖冬

平年(1981 - 2010年の平均)に比べて気温の高い冬のこと。
この定義も確実ではなく、過去数年と比べて暖冬であると言われたりする。
となると、、過去に暖冬が続けばだんだん暖冬である感覚は薄れていく。
暖冬らしさは緩和されるのだが、、、そうではない。
気温という定量的な基準があるのだが、寒風の強さ、乾燥度合いなどが重なって
暖かいかどうか人間の定性的な判断で話されることになる。
そもそも暖冬であるかどうかについては、
現代社会では会話のネタでしかないといえる。

2019-01-08

擁立

支持し擁護して位につかせること。もり立てること。
相手を応援しているように感じるが、
実際問題その人を利用して自分たちの利をとる行為と言えよう。
古今東西、擁立と言う発想の多くはそう行っている人の黒幕がうかがえる。
逆に考えれば、、擁立という言葉を使うと言うことは上記の意味がある前提ということを
気づかずに使っているのではって思うなあ

2019-01-07

造家

今では使われなくなった、、建築の古語。
現代建築の始祖たる伊東忠太が大型建物(寺社、仏閣、高層建造物)を建てるのは
家ではなく、築きあげるという観点からarchitecture を建築と訳したことに由来する。
、、と考えると、築城という言葉は?いつできた?
そして、増家という言葉もIMEで変換されない昨今、
熟語の有効性はいつからいつまで?なんて考えてしまう。
このブログもそろそろ熟語数的に、、いやまだまだかな?

2019-01-04

話合

話し合うこと。談合。相談。
2019年、世界全体が話し合いという概念が通じなくなると考えて行動する。
話し合いで解決する。
その幻想にすがる時代は終わったといえないか?
ミクロでみれば、言葉で話せばわかるというが、
暴力をふるった、、どころか
暴力を振るわせるようなことをさせたと、
言葉による暴力、そして自分を正当化させるためならば
法律、暴力関係ないしの人間関係が顕著になってきている。

そして、マクロでは国家間が口頭、書面で交わした内容などどうでもいい
自分たちの主張が正当だと言い切ることが当然になってきている。
これにより、重要なのは平和を訴える思いではなく
今そこにあるチカラが重要になっている。

話せばわかるではなく、話すことで相手を倒すことを自覚しないと
生きていけないサバイバルな時代になった、、いや戻ったと思うべきだろう。
オリンピック、万博に向けて前向きに思いをはせる日本人の思いと裏腹に
一触即発な社会、人間関係が表に出てきたことを直視しないと心待ちのイベントが
迎えられるかどうかすれ危ういと思ってしまう。