2022-12-29

冗費

無駄遣い。
冗の字はなくてもいい。遊びのある意味。
さて、、冗は本当に無駄だろうか?
冗と予備、冗の安全係数は違うというが、
基本、同じもの、冗長性でしかない。
それを無駄とコストカットとか言い出す現代社会。
それゆえ、余裕がないし、緊急対応できない。
また、その冗長があるので、少しは無理をしてきても
余裕があるという思いで、その無理が投資にもなったはず。

本当に現代社会は餓鬼界だ。
今の私欲のために、出せ出せと食いつくし
それがなくなると他人からもせっつく。
~無駄なコストだ
~もっと自分たちに
じゃないだろう。
こういう餓鬼駆除をしないと未来はないのでは?

~余裕をもって、これを持っていきなさい
~少ないけど、どうぞ
と言い、それを謙虚に受け取る気持ちは
もう自発から無理で強制させるべき時代では!
と強く思うし、そうすべき思う次第。

2022-12-28

序論

どんなことを問題として取り上げるのかを具体的に 述べる部分。
日本語ではこの序論から結論までがまどろっこしいと言われる。
しかし、あまりにも端折って書くと
~何を言いたいのか、
~それがなんでそうなるのか?
が相手に伝わらない。

なかなか難しいことだが、
それを何度も行い、そして相手ごとにカスタマイズできる幅をもつことが
成長ではないかな?

それゆえ、論述という道は、いつまでも序論を繰り返すという
思いがあることがうまくなるコツかもね。

2022-12-27

雑務

こまごました種々の事務。
何をもって雑務か?
それを雑務と言うのか?
いろいろと思う。
その認識をしている以上、業務の効率化などできるわけがない。
雑務と認識している業務が
どの活動から発生して、次のどんな業務、結果に反映されるのか?
それを意識しないから雑務という言い方になる。

まじめに多いなあ、雑務と言う輩。
雑務以上にそういう認識をしている愚者をどうやって切り捨てるか?
これは雑務?
いや業務効率化、機能最適化、コストカットにおける
最良施策といえるのだがね。

2022-12-26

太甚

読みも意味も分かりづらい。
甚という字から甚だしいという強調意は感じるのだが、
太いの意味がつながらない。

読みは タイジン。
意味は 物事の程度のはなはだしいさま
となる。
ほぼ古文の世界の言葉で私生活では使えないものになっている。

日本語、漢字圏の特徴として音が同じで表記、意味が全く異なる言葉が多い。
対して、ラテン語圏は26字アルファベットの並びで構成するので
音、表記が同じでも一つの言葉に複数の意味、多義語が多い。
そんな言語差ゆえに、なかなか漢字圏が英語を理解できないのもなんとなく
わかるし、そして、価値観も合わない前提を踏まえるべきかなあって思う。
無理に合わせようとするから、おかしなことが社会現象として起きるよね。
儒教精神VS個人主義なのに、、両立とかいう教育破綻が。

2022-12-23

自活

他人の援助や保護を受けず、自分の力で生活をささえていくこと。
就活、終活、婚活、妊活、
とか新しい活はどんどん生まれるのに
もともとあった自活は使わず、自立って言うのは?
なんなんだろう。

でもよくよく考えれば、なかなか自活しない人が多くなってきた。
核家族と言われてきたが
実家から通う、結婚しても実家の近くとか
まー社会的に自活するには所得の再分配が偏っているから
こうなってしまうのだろうけどね。

なかなか自活ができない社会ってどうなんだろうね。

2022-12-22

寒心

きもをひやすこと。おそれてぞっとすること。
今ではゾッとする という表現に置き換わっている。
寒心、、音がカンシンだけに
関心
感心
と同音だと心の状態がどういう意味か分からなくなってしまうため。
漢字自体はいろいろな意味を持てるが
漢字自身の発音のバリエーションがないだけに
同音異義が多く、間違えてしまうリスクは漢字の性か。

2022-12-21

揚揚

得意げな様子。
意気揚々などで使われる。
でも、、意気揚々は別の言葉でも同じだったりする。
アゲアゲ という表現。
揚揚の訓読みがあげあげであり、語源は同じなんだろうな。
表現が変わっても、心情は同じことは
人の表現が豊かになったのか、それとも狂いだしたのかは
後世の評価か。

2022-12-20

科料

1000円以上1万円未満の金員を支払わせる刑罰
刑法17条に規定されている。罰金よりも軽い刑。
科(とが)に対する金額。

科と言う字は多義語すぎる。
科目
科学
科料
と一定の意味が想像つきにくい。
しかし、、一言でいえる、、科とは区切り、位置の意味。
・・・に属するという意味。
その域をそう呼称するという意味。
位置、地位を暗喩でモノ、人を刺すのが言語の特性。
それゆえ、科にはいろいろな意味が出てしまっている。
直接表現をこうやってわざとわかりにくくすることで
強調、格式、したがることは人間の本能かもしれない。

2022-12-19

問合

抱えている問題、悩みを対処できるところに教えを乞うこと。
現代人の勘違いが甚だしいのは
その事象を起しているのは自分であって、問い合わせ先ではないこと。
~製品が悪い
~よくわからない
~壊れた
と被害者面をするが
~買ったのはお前だろう
~読んで理解できないのはお前の脳みそだろう
~使い方が悪かったのでは
という前提を忘れている。

まずは自分の状況を説明してから、
問い合わせ先にいろいろな観点でみてもらおう。
自分は悪くないという前提で相手に接しても
相手はあなたのことを知る由もないのに、文句を言われているんだよ。
もし、その立場が自分だったら、、、
あーーーだから、最近の仕事が続かないんだろうな。
自分は誰にでも文句を言っていいはずなのに、
文句をいわれるなんて耐えられない、、こんな社会なんて、、っていう。

そういう人間を一層することをしたり、
見せしめすることが刑法の法的効果なのに、
なかなか機能しなくなっているは、法治国家破綻ですかねえ。


2022-12-16

迷彩

敵の目を欺くためのカモフラージュ技術の1つで、
表面に塗装や染色などされた模様。
でも、この柄の服をおしゃれって言って街中で来ている人いるよね。
逆に目立つので迷彩柄ではなく、迷惑柄では?
おしゃれを奇抜というか奇行というか相手のことを考えない
TPOという為政者視点では愚行に感じられないのだが、
それを容認できるかどうかもまた治世を試されるものか??

2022-12-15

千万

1000  10000 のこと。
日本語と英語だと数え方が違う。
日本は万を基軸にしている
一、十、百、千、万 で
万を万集めると億、
億を万集めると兆
になる。

対して、欧米は
one ,ten ,hundred ,thousand で
thousand が thousand で million
thousand が million で billion
1,000
1,000,000
1,000,000,000
でこのカンマの位置で区切るところでもわかる。

10進法の数字の数え方でも言語の違いを感じる。
ちなみに、、フランスでは 90 を
quatre-vingt-dix   4x20+10 って表す。
なんか詩的だ。

2022-12-14

ト書

脚本で、俳優のしぐさなどを指示した部分。
つまりは台詞ではないアクション指示。
趣味の世界、、そしてビジネスでもだが、脚本を書いたりする。
頭の中の具現化、打ち合わせなどのシミュレーションで。
この思考のせいで、だいたいの行動予測ができる。
行動予測のおかげで、言動がわかる。
そう言動、台詞とト書がね。

その発言をするときにどういう行動があったか、
その発言をしたからこそ、衝動で動かざるおえないとか
いろいろと見えてくる。
言動一致なんだなあって思う一方、
こいつ、言っていることとやっていることがあっていないな
つまり、、つかえない、存在が無駄なんだよなって思うばかり。

2022-12-13

固執

自分の意見などを、あくまでも主張しつづけること。
これをどう受け取るか?
信念を曲げない
我を通す
といろいろな正負それぞれの受け取り方になる。
まーーいることなんだが
客観、身近ではない人には信念の人となるが
主観、身近だと我を通す存在になるだろう。

基本人間は自分中心。
自分自身の思いというものに固執しているからこそ
他人という存在がその存在、思惑に固執していることを
すべて受け入れることは無理な話さ。

2022-12-12

差別

特定の集団に所属する個人やある属性を有する個人に対して、
その所属や属性を理由にして特別な扱いをする行為

今の問題になっているのは、、LGBTだと思うが
この差別感、神瞰する僕からすると人間の愚行を感じてならない。
同性愛について、何度も何度も禁忌と解禁を繰り返す。
レオナルドダビンチのときはオープンなのに、
多くのキリスト教宗派では禁忌にしてきた。
それが日本ににもわたり、男色が前提だった大名たちであったが、
イエズス会のザビエルがこの男色について、
「恥ずべき罪」と庇護している大内義隆を糾弾している。
その流れで、昭和期まで日本はLGBTをオカマとか侮蔑した表現で見下していた。
それが今では、そのキリスト教も認め、その流れでまた認めていない日本を
バカにしている欧米の文化。

差別して糾弾するのは人間の権力志向の現れ、
正しさなんかないのに、自分の差別が正しいという論理をかざす。
本当に人間というモノは。。。
そうだな、30年経つと
LGBTを認めたために人口が激減しているという論理で
総否定するだろうな。もう僕の天眼でも見えているだけに。。


2022-12-09

表敬

敬意を表すこと。
これって現代社会は形式化していないか?
個人主義を強く言い出す輩は
他人に敬意を、リスペクトしているという発言。
でも思った、表敬って相手が敬意を示してくれているとされる必要があり
それを認識できる表現になっているか?って疑問を感じる。

僕が最近思っているのは敬意は親しみやすさに負けている。
今時点での真の意味での敬意は畏敬のような気がする。
やはり、自由すぎる人間たちに必要なのは畏れと悟ってならない。
もっと、他人を畏れさせる緊張感が必要なんだろうな。

心魂

たましいのこと。。
魂ってなんだ?という問いを考えてみよう。
人間と言う存在を物質的と捉えれば
血肉皮骨などや内臓物で構成されている。
なら、、、それらのものを全部組み合わさったら人間動き出すのか?
否、集まっても動かない。
フランケンシュタイン博士みたいに、電気ショックで人造人間をつくることも
実際は難しいのでは?

つまり、、その構成要素以上に
それを機能させる見えない何かの存在ではないだろうか?

別にこれって人間など生物の存在だけでなく身近にないか?

例えば、、
いろいろな資料、材料、マニュアルを一通り集めて他人に渡して、
「すべて渡したんだから、早く作り上げろ」
っていう丸投げのクズたち、、、
お前たちの発想は、、魂の有様がわからない以上に
お前たちの魂そのものを抜き取るべき存在と理解すべきだなあ。

2022-12-08

禁欲

生物(動物)が本能的に感じるであろう様々な欲求・欲望を、理性で抑えること
社会性をもつ人間がそれを備えているからこそ、という。
そえゆえ、宗教上の教義としても求められる。

でもこれ正しいのか?
禁欲であったら、経済発展どころか子孫繁栄もなくなるのでは?
欲があるからこそ、生物は進化する事実をなぜ軽視する?!
環境に準拠することとは、地球の摂理、弱肉強食に従うことではないか?
根本を見定めると、、人間の行いってそう正しくないでは
と思うのは神瞰たる視点だからか?

2022-12-07

声掛

声を掛けること
現代日本社会における
声掛が狂い出した。

~挨拶を子供にすること
~返事をしない子供を近隣の人が叱ること
この声掛が悪いとみなされる。
顔見知りのはずなのに
それが社会性を失うのに
自分の子供可愛さが暴走している。
そのくせ
子供に優しい社会とかのたまい、
自分たちを特別に扱うことを求めるのはどういうことか!
そんな一族はもう排除要件のはず

また危険回避のために
注意を促すと
その行為が相手から危険を受けたと言い出す
そうなると注意をしたくなる
その結果、事故を起こした場合
なんで危険と諭さなかったと他人に責任をなすりつける
どうしようもない

やはり無駄にバカな人口が増えすぎたので
人口を淘汰すべきではないかなあ

2022-12-06

獣性

獣類の性質。また、人間が持っている、肉体的欲望などの動物的な性質
社会性をもった人間は獣性を抑止できていると思われているが、
自分たちが社会性の象徴と思いあがっている欧米価値観の
自己主張ってどう考えても、獣性そのもので野蛮そのものに感じる。
社会性と獣性を共存しているようない方をしている欧米価値観で
自分たちの優位性を保とうとする自己保身の表れでもう終わっていると
神瞰している。

そろそろ、この獣性がもとによる欧米価値観の破綻が
すでに始まっているが、そろそろ地位の逆転がおきるとも見えているがね。

2022-12-05

物無

何もないこと。
自分では当たり前にあるものが無い。
この事実に現代人は
「なぜないの!」
言うどころか、怒り出す。
場合によっては、それで責任放棄までしたがる。
無いのだからない。
それがない前提でどうにかするしかない。
だから、作り出したり、
代替を思考する。
でもないということから、
これは言わなくてはならない。
「前提条件、想定よりマイナススタートでしたから予定が狂っています」と
そうしないと、この状況が相手にどれだけ大変を理解できないどころか
今後もこの苦労を前提に言ってくるからだ。
上述の
「なぜないの!」
の発言はこの繰り返しが積み重なっての発言でもある。

物無の社会問題は
あるものがないということによる計画の再立案から考え行動のし直し
以上に
ないことが当たり前になっている側への
こちらが頑張っていることを理解させることが重要だ。

現代人は自分の当たり前を都合のいいほうに理解するからこそ
抗議、怒りが芽生えるのだから。

2022-12-02

急峻

山や坂などの傾斜が急でけわしいこと。そういう所。
急峻な崖 なんて用例で使う。
都市部において、急峻なところは極めて少ない。
そこで事故が起きると
生物的、本来性で言えば危険を冒してまでそこにいたほうが悪い
となるはずが
そういう場所とわかっていたのに
なぜ安全対策をしていなかったと言い出す始末。
危険なものを危険視する生存本能が薄れ
他人に責任転嫁し、逆にスリル味わうことを求めた輩が
生存競争に残る必要があるだろうか?

2022-12-01

水掛

水を掛けること。
でも、現代社会では実際に水を掛けることより
水掛け論という、互いに譲らない意見のぶつかり合いを刺すことが多い。
ここに2つの疑問に答えたい。

なぜ水掛け論というか?
狂言の『水掛聟(みずかけむこ)』に由来している。
詳細は検索してくれればいいが、劇のクライマックスで
口論で意見を言うたびに、水を相手にかけ続ける場面がある。

なぜ水掛け論が現代社会に多いのか?
バカな価値観、個人尊重と議論推進がこうなっている。
個人尊重=利己主義=他人軽視
議論=自己正当=他人批判
が自分が絶対を導き、それを他人に強制する。
でもその他人もまた自分が絶対を持ち続ければ
結果は水掛け論になるだけ。

まー今の社会、水掛け論と何も決まらない方向ゆえに
失われたn年を言い続けることになる。
決まる=他人の犠牲 を正当化できる昭和的思考に戻らないと
この国際社会では太刀打ちできないだろうな。