2018-12-28

殺人

殺人とは人を殺すこと、すなわち人間の生命を絶つことである。
殺人はその行為をするだけで罪になる。
それって現代人の思い込み、洗脳である。
考えてほしい。
~殺人犯に対して、遺族が死刑を求めること
~凶悪犯が射殺すべきと言い出すこと
など、殺意をもった発言は殺人行為、殺人幇助行為ではないだろうか?
でもその発言はなぜか正当とみなされること。
この事実をおかしいと思わないことからして、価値観の洗脳を感じてならない。

殺人が本当に悪いことか?
既存の思い込みを排して考えてみると
特定の人間がいなくなり社会がよくなることは死刑を求めることからわかるように
殺人の効能もある。
そして、殺人が蔓延する社会になることで
「もしかしたら、殺されるかもしれないから相手に気を付けよう」
という社会モラル回復が図れるし
多くなりすぎた人口の抑制、そして、
過剰となって需要とそれに応える人手不足の解消になるともいえる。

現在、犯罪が明確な法源がないまま裁かれることが多くなってきている。
殺人という行為についてもそろそろ破綻するだろうなって僕は感じている。
自分で自分を守るために、相手を殺すことが当然になることはそう遠くないのではないか?これは人間の歴史を神瞰してみればそろそろの周期だともいえるだけに。


2018-12-27

脱退

属している組織から抜けること。
大きな団体に属することが正だったのか?
そもそも、大きな団体ってその中の有力者の思うがままになっているのでは?
個人の尊厳、そして個人として独立して行動できることで日常生活がみたされるようになっている昨今。団体に属する必要がなるのか?
脱退という行動をとると、約束が守れないと後ろ指さされることになると言われるが、属して迎合、服従することが個人の尊厳を抑止するのであれば、脱退するほうが正しいといえる。
現代人、組織、団体に属することが正ではないことにそろそろ気づかないとその組織、団体から虐げられている事実認識、そして未来の可能性も失うのでは?

2018-12-26

寸暇

わずかのひま。
「寸暇も惜しまず」としてちょっとした時間も有効活用する諺である。
しかし、この諺は過去にしないとならない。
働き方改革という概念における生産性は寸暇を惜しむのではなく、
少しの行為で高い生産性をだし、後は休むことが主是といえる。
そうなると、寸暇という概念があってはならない。
もっとも、生産という概念も対価を得られることと読み替えるべきであり、
それを実現させるには払う側も相手に寸暇を惜しまず働いていることを評価しないことが求められるのだが、、、、
現代日本では無理だろうな。寸暇を惜しまずということ自体が美徳である以上、そうではない行為は安く観る傾向である以上、働き方改革などは実現できないといえるな。

2018-12-25

戯曲

演劇の上演のために執筆された脚本や、上演台本のかたちで執筆された文学作品。
言葉の発生、語源をたどれば、演劇とは舞台でしか行われないもの。
それを観客と上演の別離が映画
それを時間とも別離をしたものが映像作品
といえる。

戯曲の作家は劇作家と言われていたが、今では
原作者
脚本家
シナリオライター
監督
といろいろな言い方、分業になっている。
でも考えてほしい。
いろいろな呼び名、分業したとしても本質は同じ目的に進めることを求められる。
、、、、なんか肩書だけで目的を失った行動をしている人たちがメディアで語っていると腹正しく感じる。

そして、技術の進化で
コンピュータが編集、カメラワーク、音響効果を行うだけでなく
CGや音声ソフトの普及で、役者すらいらなくなっている。
つまり、分業をしなくてもひとりでも戯曲を作ることができるといえる。
そうなると、、人手不足なのに、無駄な存在が偉そうに居座っている今の事実
どうかも自然淘汰が必要ではないかって思ってならない。

2018-12-21

板挟

対立する二者の間に立ってどちらに付くこともできず、苦しむこと。
ビジネスは板挟みである。
顧客要望とコスト
既存関係と新規開拓
など、どっちも成立しないとならないというミッション。
、、、、、でも、これって日本的なビジネス、、、そして古い考え方だよね。
選択と集中という言葉が流行っていた。
選択とは、、一方を捨てることなのだが、
流行っていたという一過性だっただめに、未だに日本は転換できていないことが多く、
まーー、選択と集中と言いながら、その行為と今までのしがらみの板挟のままだったんだろうな。

2018-12-20

鵜飼

鵜(ウ)を使ってアユなどを獲る、漁法のひとつで
ウののどには紐が巻かれており、
ある大きさ以上のアユは完全に飲み込むことができなくなっており、
鵜匠はそれを吐き出させて漁獲とする。

人手不足の昨今、
丸投げしておいて
相談しても
「それはお前の責任だ」
とされてできるだけ一人で行い、結果をだそうとすると
「なぜみんなで確認する行為はしない」
と言い出す輩が多い。

つまり、手柄の横取りをレビューというかたちで
行おうとする行為の蔓延が多すぎる。
責任を負わすが結果は取り上げられる。
これでは鵜飼の鵜だな。
そりゃー、人はやる気をなくすわな。


2018-12-19

悪気

相手をおとしいれたり傷つけたりしようという気持。悪意。
「別に悪気があって言っている訳ではない」
というが、それ自体もう問題だろう。
相手にそう思わせる発言しなくてはならない状況。
そして、自分の発言の責任をこの言葉で吐き捨てること自体。
その関係はすでに悪いと言える。
だいたい、悪気って感覚を持つこと自体、
反省前提と思うが、反省しない、相手にそうさせようという関係は
すでに悪気ではなく悪化だろうに。

2018-12-18

正体

そのもののほんとうの姿。
現代社会において、正体を隠すことができるスキルはかなり高等だと思う。
個人情報保護とかいうが、保護を訴えるようになったことは簡単に個人情報を得られるから法規制されているだけで、やる気になれば個人情報など簡単に手に入る。
その簡単さからも自分の本当の姿を隠すことができるのであれば、もっとも、その正体そのものが本当に正体なのかも疑わせることができるのえあれば、その人の存在はミステリアス、もしくはアンノウンとなる。
正体がわからないからこそ、その存在への警戒、敬意を持たれることがある意味、身の安全になるのではないかって思うこともあるなあ。

2018-12-17

簡便

簡単で便利なこと。
世の中が進化すればするほど、いろいろなことが複雑になる。
対して、人民はどんどん楽なほうを求めてくる。
だから、複雑を楽にさせるビジネスが登場することがあるのだが、
そのビジネスもまた複雑とか高いとか言い出して
どんどん簡便かつ安価なサービスが登場している。

でも、なぜそれが簡便なのか、そして安いのかの理由がわからないままだと
破綻するのではないか、、、いや、すでにそうなっているのではないかなあ?
好況なのに、全く実感のない人々、そして人手不足なのに、全然儲かっていない。
ある意味、簡便なことの理由を得ることがが最も複雑なのかもしれない。

2018-12-14

事故

思いがけず起こった悪いできごと。
現代社会においては交通事故があげられるが、
ちょっと考えてほしい。
昭和初期、高度成長期のとき、交通事故死は頻繁だった。
そしてマスメディアもテレビが流行り出したくらいだったので
交通事故を起こしても、何十人規模の死傷者を出さない限りは
地方新聞の隅っこに事故死を扱うくらいだった。
しかし、現在は自動車の安全性の向上そして、メディア技術の進化で
ひとりを事故死させただけで、全国ネットに名前が広がる。
命は尊いというのはいいが、
加害者になった者は一生このニュースを背負った生き地獄になる。
まして、殺したくて殺したわけでなく、
無謀運転をした結果死んだ輩に巻き込まれての加害者になるケースを
身内にいるだけに、、、

事故、、、被害者の命を尊ぶばかりで
その被害者が本当に正しいのか?
死ねば善人に扱われるこの社会を僕は好きになれない。

2018-12-13

運営

団体などの機能を発揮させることができるように、組織をまとめて動かしていくこと。
運営と経営との違いは?なかなか日本人には難しいようだが、
運営はその組織の動き、プロセス重視
経営はその経済的結果重視する。
運営力、経営力を別々に評価できない日本では理解は難しいだろうね。

2018-12-12

解消

従来あった関係・取決め・組織などがなくなること。また、そのようにすること。
指導が虐待
叱責が体罰
注意が煽り
とみなされる現代社会で、他人に関わる必要があるだろうか?
AIやRPAの発展は人手不足解消ではなく
人間関係解消のものである事実に気づかないと。

2018-12-11

幾分

いくつかに分けたうちの一部分。
感性な表現であり、それぞれの価値観で変わる。
人によっては、
全部でない以上は幾分
半分以上は大半、それ以下は幾分
1割以下は幾分
と言いかねない。
感性的な、、つまり定性的な量表現って曖昧で
感性、感情をくすぐり、諍いをおこしやすいんだろうな。

2018-12-10

育成

立派に育て上げること。
人手不足、それを一過性に考えるから現代日本は失敗している。
考えてほしい。
一昔前の医師不足という現象はその数年前に医学生枠を削減させた結果だ。
そのうえ、その医師不足に向けて有望な医学生を採用するようにした結果が
今の医学部受験の優遇処置につながっている。
医師不足にならないように、長期でかつ確実に自分の大学と連携できる医師を
育てたいからだ。

今の社会に起きている人手不足も同じことになりやすいかも?
出来る人材がいないから育成する方向に舵を切り、企業として育成を始めるが
その育成結果が自社がコストを支払って育てたのに、別の会社に転籍されては
と思うことは当然になる。

社会的育成、、自社の発展のための育成
育成を行う側の立場、育成を受ける側の理解が
かみ合わない以上難しいかな?

でもさーー、人生って日々成長であるべきで
教え方によってはずっと師事関係は続くので、転職とか考えなくてもよくなることあるのでは?

2018-12-07

見処

見る価値のあるところ。 今後を期待できる優れた点。将来性。
思うに、見せたい側の見処であるアピールポイントと
見ている側の評価ポイントって一致するだろうか?
価値の多様化、個人主義になっているので
自分の見処の押し売りとそれを否定しがる応酬になっている。
何をもって見処か、逆に相手が求めているものは、、
考えれば考えるほど、外しているような現代社会。
それって需要供給が成り立たないようになっていないかなあ?

2018-12-06

例示

例として示すこと。

人間具体的なものであればあるほど実感して理解できるが、
具体的あればあるほどその具体例そのものとしか理解できず
応用がきかなくなる。
物事を抽象化して、汎用的に理解しようとする意識、試みを
他人がしないという事実に気づいたのは高校生になってからだ。
だって、高校の勉強なんか、暗記すれば高得点という
理解ではなく記憶の世界で評価されることばかりだったので
勉強する気が失せてしまったのだから。

そもそも勉強するって、例示をもとに応用できるように
自分の中で抽象化させることだと悟っているのだが、
その事実を否定する現代教育とそれに学力、学歴が伴ってしまったことにより
日本の知力水準の低下になぜ日本人はわからないのか、、、
そうか、、評価されて現在教育を考えているとされる人たちがこの程度だからなのか。

2018-12-05

近郊

都市にごく近い郊外。
どこまでが近郊なのか、、それはそれぞれの主観であり、
他人には認めがたい価値観になりやすい。
「自分の住まいは近郊なので」
「あの田舎が近郊かよ」
で口論ばかり、、、自分の家が都会でありたいという思いは
日本人、、とりわけサラリーマンの思い。
しかし、だったら、、近郊ではなく都市に住めばいいのに。
でもそれができない日本の土地事情となっている。
近郊の概念が残り続ける以上、
日本のテレワークが進んでいないと思ってしまうことは
庶民は理解できるかなあ。

2018-12-04

目覚

睡眠から覚醒すること。
今の自分は目覚まし時計を使わないでも起きられる。
というか、目覚まし時計をセットすると気になって寝付けない。
でも思う。
おきることを意識して、眠りが浅いがちゃんと起きられること
熟睡をして健康であるが、起きられないこと
どっちが正しい生き方?
バカは、熟睡してすっきり起きられることがいいという。
、、、そんな理想的な状態が現代社会であり得るのか?

2018-12-03

転売

一方から買った物を、更に他に売り渡すこと。
個人転売行為が違法、、、でもオークションはOK。
うーん、日本の商法制度がわからん。
はっきり言えば、卸、GMSって転売そのものなのに、
言い訳して転売ではないとか言っていること自体からしてもう破滅的発想だ。

はっきり言おう。
商売とは転売することだ。
需要低いところから安価で仕入れて、需要の高いところに高価で売る。
その行為にやれ違法だ、個人が参入するなとかバカらしい論理をぶつけること自体。
既得権益にまみれた闇そのものが日本の市場そのものではないかって思ってしまう。