2018-07-20

存分

物事を思いどおりにすること。
満足のゆくまですること。また、そのさま。
社会制度がある人間界において、存分という行為は特別に許された状態である。
その存分のために、誰か他人が不利益を被ることになる。
あるときは親であり、あるときは管理者だったり。
存分とはある意味、特定の庇護下で許された贅沢な環境である。
しかし、現代人はこの点をわすれ、自己主張のもとに
存分=当然の権利となっている。
当然、他人との軋轢が起きるのは必須であり、もめごとが絶えない。
このように社会制度があるのに、個人主義を認めすぎて
結果的にchaosになっている事実にいつ人間は気づくのか??


2018-07-19

随分

程度が(それ相応に)著しいこと。
ちょっとこの文字には気になることがある。
随という漢字について、
多くの日本人は「遣隋使」から中国の過去の国家名と連想する。
しかし、随という一字には
「気まま」「成り行きにまかせる」
という意味がある。
となると随分、随所という言葉に内在する「多い、かけ離れた」という表現につながるのか?
自分が管理統制できない、自然の流れ、他人の動きは自分の想定を超えることになる。
それはある意味、計れるものではないという意味での随という意味に読み取れる。

漢字の語用は経緯などからいろいろと推測しないとならないから難しい。
これが日本語の難しさではあるが、だからこそ、アナグラムという
見ただけで連想できるという発想は日本人の漢字からの感性ではないかと思うなあ。

2018-07-18

擾乱

安寧が破れるほど(多人数が)入り乱れ騒ぐこと。
また、(たきつけて)乱し騒がすこと。
擾乱という言葉は全く使われなくなったといえるが、
ビジネス、新サービスの提供は擾乱状態だといえる。
~同じようなサービスが乱立
~ある企業から独立して別の立場でサービスを立ち上げ
~淘汰されてビジネス、サービスが衰退
現在のビジネス環境は入り乱れているといえる。

人間って面白いもので、自分がこの混乱した状態の当事者でいると
とても嫌がるが、そこから安全な立場、時代だとそれを競い合ったいい状況と言い出す。
今のビジネス環境も消費者側からすれば、よいものが安くなる好ましい状態という。
そして、擾乱の典型例は戦国時代、幕末動乱期なのだが、
現代人はその期間を好んでならない。
もし当事者だったら、いつ殺されるかわからない状況なのに、、

2018-07-17

愛想

人に寄せる愛情・好意。
しかし、「愛想笑い」「愛想がいい」という表現は
表面的な感情表現で本心とはかけ離れている意味をもつ。
人間の本質から言ってできるだけ他人から自分に対しては
敵意を向けないように、、というより自分の邪魔にならないように扱おうとする。
だから手っ取り早いのは、
こちらから敵意を示さない行為を行うことが社会的条理化されている。
されど最近は、自分中心な発想で愛想どころか他人の上下に関係なく
自分本位の敵意をむき出しにして、それが指摘されるとハラスメントと騒ぐのが多い。
愛想を示さず、敵意を示している輩は攻撃されるのは当然なのに
ハラスメントと騒ぐのはバカとしかいいようがないのに、なぜそれがまかり通るのか?
本当に現代社会って愚かにしか思えない。

2018-07-13

書取

書きとること
読み上げられた語句・文章をそのとおりに正しく書き写すこと
仮名書きで示されたものを漢字で正しく書くこと
今では漢字の書き取り試験ということばでしか、書取という言葉は使わない。
そのうえ、ここに記しているのもキーボードと変換ソフトを使っているので
ローマ字入力を漢字変換するのは僕ではなく、ディバイス側である。
漢字の書き取りという行為、いつまで残るのか?
逆に漢字を書くという行為はIT化、グローバル化の現代、近世においていつまで必須なのか?今後の日本語文化はそろそろ分岐点を迎えることになるのかな?


2018-07-12

仲介

商学用語では取引が行われる際に、
売り手と買い手の間に入って話をまとめて契約を成立できるようにすること。
現代社会において仲介業の存在が難しい立ち位置になっている。
インターネット普及、電子取引の安全性などから、
生産者と消費者がダイレクトで売買が容易にできるようになった。
それゆえ、卸の存在が中間マージンの搾取者とみなされた時期など経て、現在は在庫管理や物流統制などのビジネスモデルを変えてきた。卸業の業態というものが変わってきてしまった。
卸はモノの仲介業。対してコトの仲介業が今、これから問題になるだろう。
形而上で見えない、触れない、コトという存在における仲介。
存在しない対象に存在しない付加価値をつけることに、支払い先が納得するかどうかの説得力、立証力が求められる。
そして、消費者の発言力がSNSで高まっている昨今では、
仲介者という存在は
消費者からすれば、売り手側の一味
生産者からすれば、買い手側の代表窓口
とみなされて、矛先の対象になりやすい。
仲間とみなされて仲間ではない孤独感に耐えられるかが、
仲介を生業する者には問われるといえる。

2018-07-11

電化

鉄道路線の動力を電気に転換すること。今では人手の自動化はほぼ電化とみなされる。
電気なくして現代生活は成り立たない。
産業革命以降、石炭、ガス、石油などの直の火力動力より
電気は直接、火が身近になく動力を得られる安全性、効率性から
今のインフラが成り立っている。
電化製品というように、基本電気を動力とすることが大前提になっている。
たぶん、一世紀以上は電気を前提にした社会だと思う。
ただし、いつかは電気に代わるものが人類の動力になると思う。
そのとき、ここまで普及した電化の社会インフラはどうなるか?
なんて考えるのは、夢想の世界なのかな?


2018-07-10

不正

正しくないこと。正義・正当・正直でないこと。
では、正しいことは何だろうか?
権力など力のあるものから支配的に強制されることが正しいのが現代社会であり、その認識もハラスメント論理などで崩壊している。
つまりは自分こそ正しく、それに合わないものが悪い、不正ということになっている。
他人を自分の価値観で不正と騒ぐとその行為に対しても名誉棄損などで不正と逆に騒ぐ。
また技術、風習、文化の違いで今まで不正だったものが正しくなったりする。
正しさ、不正についてはあまり他人にぶつけるものではなく、個々人の矜持にすべきだと思うなあ。

2018-07-09

共感

他人の考え・主張に、全くそうだと感ずること。
現代における共感って自分からキック、主体的にいいことを言うことに対して共感されることはなく、それには対しては反感、批判ばかりになる。そして悲しいことに、反感、批判に人間は共感することが多くなっている。
また、キック、主体的になった側も共感を受ける場合も悲しいことに、反感、批判への対応が上手い場合に共感される。

コンピュータゲームではないけどクリティカルヒットは評価されず、カウンターに対して共感という評価する社会のようだ。先の先という自発的な行動より、後の先のように受け身の姿勢を良しとするのは現代、日本の固有価値観なのかねえ。

2018-07-06

便宜

都合のよいこと。よい機会。
とはいえ、「便宜を図る」という言葉が通例であるように、便宜は意図的に作られるものであり、都合がいいのではなく、都合を合わせてもらっているということ。
最近不思議に思うのだが、コミュニケーションができていて、今後の社会貢献や経済活動を効率化させるために、便宜を図っていることに対して、コミュニケーションができてない輩から、「癒着だ」「公正ではない」と騒ぐのはどうだろうか?
コミュニケーションが重要といいながら、その結果を批判する社会ってバカなの?

2018-07-05

愁眉

うれいを含んだまゆ。心配顔。
だからこの状態から解放されて安心することは
「愁眉を開く」という。
僕はいい言葉だと思うが、たぶん、その愁眉の元凶であった張本人は愁眉という言葉も知らないだろう。それだけ、現代人は博識を失っている。テストに出る問題のみの理解と自分たちの作り出した新しい表現に使っている現代社会だからだ。
現代社会を否定することは反体制と言われるが、否定しよりよくしていることが社会貢献という考え方には行きつかないのか?
まさに現代社会に愁眉を集めてしまうねえ。

2018-07-04

緻密

細かい所まで行きとどいていること。
頭がいい人ほど、緻密に物事を進める。それにより、失敗、手戻りがなくなるから正しいとされていた。僕からいえば、されていた、、つまり過去と言いたい。
考えてほしい。緻密な検討を他人から指示されたとき、人はそれを受け入れるだろうか?そしてその時の失敗を自分のせいと認めたり、その失敗を糧に成長するだろうか?
人は自分で考えて、そして失敗をして、その失敗から新たなものを学ぶ。この工程を他人任せにしてしまうと成長もモチベーションもなくなる。それは人として生きがいをなくている状態といえる。
現実問題、緻密な計画ほど実行されない。少しでも手戻りが発生するとその手戻りの原因ばかりの追究で、本来行うべき活動を忘れがちになってしまうのは、みなさんよく見ている活動だろう。それでどれだけの人間が仕事に嫌気をさしたり、ストレスをかんじているかは言わずもがな。
頭のいい人、それが考える緻密なもの、、必ずしも他人にとっていいもではないんだよね。

2018-07-03

機械

定義的には外力に抵抗できる物体を組み合わせ、動力によって一定の運動を起こし、その結果、有用な仕事をするもの。
設計通りの働きをするように人間が作り出した(物質の組合せによる)装置。
となっている。
しかし、現在、機械はすでに概念化している。
~機械的に行う
~機械処理
というように、言われたことをそのまま遂行できることを指すようになった。
人の動作より正確かつ精巧になった機械の動きに対して、人間の存在意義は機械を作る、動かすではなく、何を機械にさせるかという’機械’を使う’機会’作りになりつつある。
考えてみればアベコベだ。人手が足りなくて機械を使って楽しようという要求だったものがこの機械を使うためにはどうすればいいかを考えることが人間の価値になるとは。
これがSF小説にあった、機械に支配された社会なのかもしれない。

2018-07-02

奇異

普通と特に様子が変わっていること。
~価値観の多様化
~カスタマイズと言われる個人仕様にしやすい商法、商品
~個人主義の尊重
ということから、普通の概念が崩れている。
僕からみて面白いのは、
自分自身が奇異な状態になっているとしてもそれはおかしくないとしながら、他人が自分の思う普通と違う場合は、それを奇異と騒ぎ立ている。
個人主義の尊重は個人の行動の自由を認めるのではなく、自分が他人を責めたてることも個人主義の一部と思っていることが現代社会に多々見受けられる。
奇異の普通の概念が自分の思い込みになっている現代の状況、、歴史的にみて統制の効いていない奇異な時代と後世から言われるのだろうな。