2019-09-30

達成

目的の物事をし遂げること。
これは自分側の視点として成り立つもの。
ということは、、そう自分と同じ視点に立たない者からすれば、
何もしていないとみなされることもある。
政治家の成果のアピール。
一般庶民からすれば、、当然のこと。
もっとできるのにやっていないと言われかねない。
身の回りなどでは
「文化祭を成功させて」
とかいっているが、どこをもって成功、失敗?
僕からすれば文化祭という概念そのものが失敗、、
学生の本分として達成を妨げているのでは?って感じる。

達成しているかどうか、自己満足である。
この一言に限る。

2019-09-27

士魂

武士の精神。
配当令が発布、四民平等が宣言された今でも
武士にあこがれる日本人は多い。
平清盛以降、長く日本を支配してきた武士。
日本の有史の半分は武士に支配されたと言える。
ある意味、日本は軍事国家だったのでは?
いや今でも軍事国家であるべきなのに
専守防衛って言っていることのほうがおかしいって思うのは
他人からすれば軍国主義者と映ってしまうのか?
でも実際問題、軍事なくて国家的優位性は示せないのに、、、

2019-09-26

徳用

用いて利益の多いこと。値段の安い割に役に立つこと。
今の日本のデフレ経済。
安くていいものが評価される。
でも、高級品が大安売りされているものをあえて買うものか?
また、自分の自信作が安く売られる続けていることにやりがいを感じるのか?
現代人は自分は高く、他人は安く見下しているといえる。
でも相手を評価するときに多くの支払いをすることが一番の評価そして
経済活性化につながらないか?って思う。

2019-09-25

逃道

逃げて行く道、転じて責任をのがれる手段。
適性なやり方にも逃道を用意する。
それは違法、悪用の温床でしかない。
適性な方法ができない者への弱者救済といいながら
それは悪人幇助になる。
どうも、自分がやっていることが正しいというが
悪行、その助けになっていることを微塵に感じない人間が多くないか?

2019-09-24

席亭

寄席の経営者。席の亭主の略。
噺家、芸人の芸を披露する場所としての寄席。
そこを経営するということはある意味文化を支えているといえる。
多くの場合、席亭はなかなか儲からない。
寄席は公演の場であるとともに、新人発掘、そして育成の場でもある。
稽古と本番は違うというが、芸事の多くは一席、一席が修行でもあり
その場をどこに求めるか。それにこたえるのが席亭となる。
経営と文化育成の両立、現代社会では難しい。
しかし、席亭の意気込みなくて文化奨励なんてできるものだろうか?
僕もいつかは席亭とて文化、社会貢献に関わりたいと思うようになってきたなあ。

2019-09-20

手掛

器具などの手をかける所。
しかし、これが動詞化すると 手掛ける となり
モノを作り出すという意味に代わる。
器具に触るということは、別の新しい生産、創造物を生み出すという意味だろうな。

大名が腰元に手掛ける、、、
江戸の価値観からすれば、人権もないから
この言葉の意味を通っているか、、、

2019-09-19

目元

目のあたり。また、目の外見上の感じ。
「目元が涼しい」という表現があるが、どういう目元を指すか?
言語として表現できるか?
これは目のあたりが厚ぼったくなく、すっと切れ長であることを指す。
厚ぼったさの’アツ’を’暑さ’にかけているようである。
人の外見表現は暗喩と皮肉に満ちているけど、、なんかねえ。

2019-09-18

出勤

仕事をするために勤務先に出ること。
この考え方そのものを変えていかないと
社会インフラが改変されない。
出勤を前提するから、
・始業時間がある
・朝のラッシュがある
・人が集まる出勤場が必要になる
・通勤時間が必要になる
・出勤することに価値を感じる存在が未だにいる
これらは社会悪になっている。
仕事をするという概念ではなく、生産性、付加価値の提供
自らを動くことによる発生する物理エネルギーを効率化
いつでも稼働できればそこに始業はない
とすれば、出勤に価値はないはず。

そのうえ、出勤も観光もというバカな政策を掲げる日本において
交通渋滞、交通トラブルが頻繁に起きている。
ここを改善させるためには、外来からくる人間をきせいするよりも
国内生産性に寄与する存在への稼働変革を行うべきだろう。
そこを見据えて、稼働条件を改善すべきと当社では考えていたし
出勤する意義のもとに指導はしている。

2019-09-17

寒暖

暑い事と寒い事。
暑いこと、
暑い
暖かい
温かい
って表現があるが、この差は何度から?
漢字、言葉の成立より温度計による定量表現のほうが後で定義されたことを
考えると、温度表現を当てることのほうがおかしいことになる。
しかし、言葉の定義って後からみつかる科学的根拠に再定義されることって
多いよね。だからいくら今の定義を覚えても、、、って感じてしまう。

2019-09-13

日向

日光の当たっている場所
この漢字の向を なた と読むのは難しい
「日の方 (かた) 」の意からそうなるのだが、、
とても外人には理解できない。
言語の多くはこういう法則を超えた通例、誤用で成り立っていることが多い。
それって、今後台頭するAIには不向きな概念なのだが、、
こういう読み方の法則性がないものにAIはついていくのか?
それともこの用例を批判し、人間の行動を規制するようになるのか?
これからの人類史は見ものかも?

2019-09-12

我儘

自分の思うさまになること。自分の思いどおりにすること。
自己主張と我儘の境界線はどこだろうか?
そもそも日本において自己主張という概念はなくそれに近しいのは下知、、
つまり命令である。
封建、主従で自己を特定する社会構造だった日本に
欧米の自己主張なんてものを入れるから、、、、
下知でない目下のもの意見は、ただの我儘にか感じない。

現代日本人は日本古来の民族性を内在したまま
都合のいいように外来概念を口するから社会的におかしくなっているのでは?!

2019-09-11

常用

常に用いられること。
常用漢字というものがあり、
法令、公用文書、新聞、雑誌、放送など、一般の社会生活において、
現代の国語を書き表す場合の漢字使用の目安
をさす。

火炎と火焔は同じ意味で、焔が常用漢字ではないので、火炎になったそうだ。
でも、PC、スマートフォンの普及、手書き文書の激減から
常用漢字という概念、、、もっと言えば、常用の定義も考えなさないとならないのでは?

2019-09-10

恩情

目上の者が目下の者へかける、情けある心のこと。
でもこの発想はパワーハラスメントにつながるだろう。
部下をもっての行動が部下が気に食わない扱いとみなされると
特別に何かをされたとなり、ハラスメントになる。
人間は実に醜い。
特別扱いについて
+になるものは当然として
-になるものはハラスメントに訴える。
逆に特別扱いされないことにも
+になるのならば、みんなと同じというが
ーに感じると、差別されていると言い出す。
人間の子の思いこそ、マーケティングそのものであり
そこが商機とはわかっているが
これを知れば知るほど、、人間嫌いは進むなあ。

2019-09-09

通底

表面上異なって見える事柄や思想などが、根底において通ずるところをもつこと。
別の言葉で言えば、芯が通っているがあたる。
その言葉らが使われるのは事後評価になる。
結果、それを維持、貫くことがいい方向にでればこの評価だが、
時代の潮流、衰退の根源になってしまうと、頑固、抵抗勢力にみなされる。
自分が信じる古来からのものをどう思いを持つか?
個々の信念はその後の成否で変わるものである。

2019-09-06

田畑

畑と田んぼ。
日本における最小単位のプラント。
プラント?日本語に訳せないと思われるが、、、あえて訳せば生産土壌。
価値を生む出すエリアって感じかな。
日本人は田畑を軸に成り立った農耕民族。
根本的に田畑、、つまり土地への執着が強い。
田畑があれば生きている、、土地さえあればという思い。
土着思想を意識すると何となく、外国人との価値観の違いを理解できるなあ。

2019-09-05

国際

複数の国家に関係していること。世界的であること。
国際の際の字は
もう少しで別の物になる、その物のすぐそば。すれすれのところ。
つまり、それぞれが触れ合うくらいのところにあるという意味。
国と国とが触れ合うような関係、状態という。
学際、交際、などにも際の字は使われている。
交流があるところだとはいえる。
国際感覚があるという表現はそうなんだと思うが
国際であることが果たしていいことなのか?って僕は感じるのは異常なことかなあ?

2019-09-04

非凡

凡人ではないこと。
では凡人とは何だろうか?
一般に定義している凡人という存在を満たしている人間はまずいない。
なぜそういう定義になっているか?
それは定量的平均値で考えているからであるが、
現在の貧富差、身体的個人差から考えると
中間の存在はある意味、最小値になりやすい。
でも定量計算ではそこが平均になるからだ。

平均値=凡人 という発想は
全国民総中流家庭という昭和の認識である、
これは日本におけるファクトフルネスではないだろうか?
ある意味、凡人でないことが普通であることにどれだけが日本人が気づいているのか?

2019-09-03

潮時

潮の満ち引きが起こる時刻、転じて
物事をするのに、一番よいおり。チャンス。
ではなく、引き際だと思っている。
人生において、いろいろな出会い別れがある。
多くの場合は、偶然、突発で発生することが多い。
だから、事前準備などができないこともある。
しかし、潮時、、引き際は自発的にできるし、その準備や心情を把握できる。
ビジネスにおいて、ずるずる行い結果、生産性なく
そして互いに不利益関係になることも多い。
対して、スパッと関係を切れるものではない、、、という。
しかし、関係をスパッと切ることのほうが互いのため
一時の感情や事情でそれ以降苦労するのはどうだろうか?
僕のビジネスは引き際を考えて動く。
とりわけ、自分の思う提供価値である供給評価と
相手の支払い価値である需要評価に乖離やその評価への手当てを考えなくなった
ところといは早々に手を引く。
それでは信頼関係が、、、とかいうが
評価が間違ったままであると、それが定常化、前提になり
相対評価が失墜する市場価値を考えたら、信頼とはなんだろうか?って思うだけに。
ある意味、価値が一番最高点が潮時であり、それ以降はないから
引き際とまで言えるだろう。

2019-09-02

鮭児

ロシアのアムール川生まれの卵巣や精巣が未成熟の若い鮭で
脂肪率が通常の2倍以上、20~30%もあるもの。
滅多に水揚げできず、幻の鮭とされる。
僕が鮭児を知ったのは、社会人になって築地の場内の寿司屋で一貫食べたときだ。
それまで、鮭児なんて存在、それがどんな味かもわからないが
一貫だけあるのでどうぞって言われて食して驚いた。
今思うと、何も知らないからこそ驚くということもある。
今では、書籍ではなくインターネットで情報が簡単に取れる。
そして、その味も知りたければ、
金と情報があれば水揚げ時点からの情報で追えて食することができる。
情報過多の今、その味わいは情報としてすでに味わっているから
驚きも想定の範囲内になるだろう。

僕が初めて食したときの感動はもう若い世代に伝えたくても伝わらない
状況なんだろうな。