2015-04-30

嫌疑

疑わしいこと。特に、犯罪の事実があるのではないかという疑い。

法格言では
「疑わしきは罰せず」
だが、現代社会には全く逆だ。

疑わしいものは、とにかく犯罪者に追い込め。
民意、マスコミがヤッケになって
人を追い込む社会になっている。

やたら純潔を目指したいのか、
少しでも嫌疑がかかるとどうしても犯罪者にしたいようだ。

でも、そういう気持ち、
そして、性風俗の乱れからして、
他人に嫌疑をかける民衆側こそ、
不純で嫌疑対象そのもの感じてならない。

2015-04-28

忍耐

苦難などをこらえること。
今自分が置かれている苦しい状態に対して
忍耐が必要なのか
それとも、離脱すべきか、
多くの人は選択に迫られている。

僕が人間を俯瞰すると面白く、
多くの人間が賭け事を否定する割に
人生の多くを忍耐という大きな賭けに出る。

なぜ忍耐が大きな賭けというか、
はっきり言おう、忍耐の結果良くなることなど、
万馬券に等しい。それだけレアケースなのである。
でも、そんな万馬券を得た喜びを夢見て人は忍耐を続ける。
僕からすれば、なんとも滑稽なことでしかない。

忍耐など多くは、誰の失敗をそのまま続けているだけである。
耐えて得られるものなど、本来はなく、
早く現状復帰か、もしくは早期離脱しないと、結局破綻、
良くても本来得られるべき結果の数分の一だけだろう。

そこにたまたま時代というか、たなぼた別の要素で好機が重なると
あたかも忍耐の結果とか言い出す。
そんなわけない。

もっと言えば、
忍耐をさせている時点で計画していること自体が無駄だったといえるのだから。

本当に、冷静に、ドライに事実を捉えろ。
仕方ない、やるしかないという愚かさを正当化することに
何も価値がないということを自覚してほしいものだ。

2015-04-27

厭世

世の中をいやなもの、人生を価値のないものと思うこと。

これをマイナス思考というバカな人間が本当に多い。
これをマイナス思考として、今をプラス思考と思うということは
バカの極みだろう。

今が嫌だから、変変えていこう。
人生なんて価値がないから、価値のあるものを考えよう。
それでもだめなら、社会を巻き込んで、、
これが人間の進化そのものである。

これがない社会なんて会ってないようなもの。

悲観すること、それに対峙し、新たな発想に進むことを
その前提に厭世がなくてはならない。

今を満足することをプラス思考、
みんなと仲良くすることもよき考え方、
それって
イソップ童話のアリとキリギリスのキリギリスそのものではないか!
それでは良くないって教えてきたわりには気づかないのか
現在日本人は、、

2015-04-24

穹窿

大空
円天井
弓なりの屋根

発想的に、天動説前提の言葉なのだが
人によっては、抒情的に伝わるかもしれない。

言葉の発生と科学の発達で
言葉の発生原因が科学的に否定された言葉のひとつといえる。

科学による自然法則の正しさと
日本語、言語の意味深い使われ方と
人間を両方を得ようとして、、、結局、言葉の乱れ、衰退が起きていると僕は思っている。

正しい言葉、、
しかし、科学と用法の多様化に
正しさが優位でいられることは難しい。

結局、、、穹窿という言葉、そしてその意味は無くなっている行くだろうなあ。

2015-04-23

開墾

山野を切り開いて農耕できる田畑にすること。
僕の祖父は、開墾して自分の畑と田んぼを作ったそうだ。
それは大変だったと聞いている。
大変だと思う。

だって、それは肉体労働付きのベンチャー経営だったのだからと
今の思う。

利益が出るまで何年かかるか、
田畑が収穫できるのは一年後という一回だけに
それもどれだけ取れるかわからないのに、、、

起業家魂とかいうけど
日本人古来の
開墾魂こそがベンチャー魂と感じてならない。

2015-04-22

謝恩

受けた恩に対する感謝の気持ちを表すこと。
口で言うほど、現代社会は謝恩を意識しているのだろうか?

恩義というものをどう感じるのか。
恩を施す側
恩を受ける側
の認識が噛み合っているだろうか?

全く恩を感じない、、つまり自分はされて当然というおごり
自分の存在が他人にとって恩を施す存在と疑わない輩

謝恩を意識している古風、礼節を重んじる存在が
ただバカをみると姿を見ると、
往年の大魔神のようにすべてを破壊したくなるのは僕が人と感覚が乖離しているからか??

2015-04-21

高騰

物価などがひどく上がること。
このひどくという言葉がある意味くせもの。

100円のものが150円になれば、
ある人からすれば、それはただの50円の値上げでしかないが
他の人からすれば、それは50%の値の高騰で死活問題と捉える。

高騰の基準はある意味、個々人の思いの世界であり、
自分の資産における支払う額の大きさ、比率でその価格の高騰と読む。

それゆえ、現代社会。
価値の多様化で、なにかにつけて価格の高騰と言い出す始末。

高騰とか言われると価格をつける側は
悪いことをしているように感じるが
実際問題、それだけ資産、富を蓄積してまで、
まだまだ支出を下げようとしている人のために
新たな収支を得られない人を多く作っている悪循環に感じてならない。

2015-04-20

遊学

故郷を離れ、よその土地や国へ行って勉学すること。

日本における海外留学、、
僕からすれば、それは遊学ではないかと。
でも、実際は学することを留めているから、留学には変わりないか。

正しい日本語を使えずに
海外で思い込みを習って
それ胸をはって輸入してくるから
僕からすれば、海外留学、遊学は
麻薬の密輸とあまり変わらんがね。

まー、僕に役に立つかどうかの基準が僕の中では絶対だけにね。

2015-04-17

帆立

ほたて貝のこと。

僕からすれば、帆立貝について、多くの人は無知だと思う。

~なぜ帆立というかというと、
  引き潮時に上貝を開けて呼吸する仕草を
  なぜか勘違いして、その上貝を開け、風を受けて移動する貝だからその名がついた

~食用で食べているのは、その帆を開閉させる貝柱のところである意味足の筋肉だけ日本は食している

~欧州では、その貝殻のほうが価値を持っていた

など、挙げれば枚挙にいとまがないのである。

僕からすれば
呼称している対象物が
なぜその呼称なのか。
そして、実態はどういうものかを最近の人は全く興味を示さない。

「知らなくてもいい」
「どうせネットに書いてある」

という発想が多すぎる。

そのくせ、
今の帆立だって上記から、食用のポイントなどで
大きな課題が再認識されたとしたら

「今まで気づかずに食べていたではないか!」
「ちゃんと説明しろ!」

と言い出す始末。

僕みたいにすべてのことに興味を持ち考えろとは庶民に言わないが
考えないなら、、事実受け入れ、諦めろと心から言いたい。
庶民が騒いでも、今の日本では何もならないってもう気づいてほしいよ。
ただうるさいだけ、気が散るから。
騒ぐ前に、考えろって。

2015-04-16

何時

「いつかは、、、、」
という言葉をかけられた時、
僕はその真意に気づく。

その何時かというものは、
その声をかけられた人がいなくなった時に
そのいつかの言葉に先にあったものが実現する。
つまり、実現を願っている当人はその念願にありつけないということを。

人間を俯瞰すると思う。
「いつかは、、」
なんて発現する輩は
具体性の時の概念で、現状維持を願っている。
その現状維持の根拠がその声をかけているその人の存在であるからだ。
その人がいる以上は、いつかなんてことは起きない。

そして、その声をかけられた人が諸事情でいなくなると
現状維持ができないからはじめて、いつかの先のことを現実的に行うものである。
いつかはなんて、甘い言葉に踊らされていると気づくと
本当に人間という存在に嫌気が差してならない。

そして、いつかと発していた輩は決まって
「もう少し頑張っていたら、その実現に関われたのに、、」
と追い打ちのような表現を口にするからなおさらだ。

2015-04-15

来世

魂が経験する次の人生、あるいは世界のこと。
うーーん、宗教的にはそう考えるが
僕の視点からすると、
人口は増え続けている。
となると、人間という生命体の中で循環流転の転生しているとは
一概にいえないといえる。
命というカテゴリからすれば、
人間から動物、虫、微生物、植物になることもあれば
逆に人間になるものをあるのでは?

そう考えると人間から人間に転生できる来世なんていうものは
ある種の博打的な発想でしかなく、なんか考えるだけバカらしくないかって思う。

来世を考えるからこそ、
今の人生を捨て鉢になるのであれば、
それは人として間違っているともいえ、
なんか来世、転生観は納得できない。

2015-04-14

裏切

約束や同盟関係を捨て相手に寝返る等の行為や、
想像とは違った、もしくは期待はずれな事象に対し用いられる言葉。

これって、社会生活を向上、改善の結果の必要悪と人間はどうして理解できないのだろう。
社会生活とは約束の関係である。
そして、向上、改善とは、現状の変革をもたらす。
約束とは、約束した時点の条件で行われるものであり
向上、改善とは、未来、新しい条件の登場である。

向上、改善を享受しようとしているものからすれば
約束はただの足かせに感じる。ある意味それは悪である。
しかし、約束をした側からすれば、その条件にあわせて
現状を保っているのであり、それを悪といわれることがおかしい。

それゆえ、
自分の思いに忠実すぎる、欲望が強い側から相手を裏切りと呼ぶ。
「より良い方向に行こうとしているのに、それを邪魔するのなんて、なんて裏切り行為だ」
「ちゃんと約束したのに、一方的にその条件を反故にするなんて、裏切りではないか!」
そう、どっちも他人を裏切り者と思う。

どっちの主張も社会生活には必要として
契約、規約という行為を定めてきたのだが、
どうも、最近の現代はその契約、規約も
自分の好き勝手に解釈、民意とかいう言葉でおかしくさせてきているようで、、
裏切りという概念がもうあってはならないのでは?

2015-04-13

経過

ある時間内の物事の進行・変化のぐあい。成り行き。
始まりでもなく、終わりでもないタイミング。

経過をどう捉えるか、
それにより、結果が変わることは多い。
とはいえ、経過に口出しすることが正しいとはとても言えないともいえるのだが。

結果を意識して、経過をどう捉えるか。
結果が必ずしも明確ではないときもあり、
意識できないと言われることもある。

とはいえ、経過を観る以上をそれなりの観点を持っているべきであり
その観点をあとづけのように言い出すことほど
結果を悪くするものだ。

経過ど見る、見守ることのうまさが
管理能力の一つとも言えることを多くの人はもう少し理解すべきだと思うがね。

2015-04-10

探究

知識を論証すること、
疑念を解消すること、
ないしは問題解決をすることという目的のある思考過程のこと

探究することが人間の成長、進化そのものである。
しかし、その探究が人間の社会性を否定し、秩序を崩壊させることにもなり
諸刃の刃になりかねない。

あることの探究は
他人の精神的よりどころ、他人の信仰の対象を否定する。
その行為は、当人からすれば仕方ないですまされるが
他人からすればとんでもないことをしてくれたと激昂を招く。

どっちが正しいか、
それでも地球は回っている、
ガリレオは後になってその探究の正しさが評価されたが、
生前その正しさは否定されて、異端としてのレッテルを
張られたつらい人生だったのだから、正しいとは言えない。

人の探究心、社会との調和は難しいといえよう。

2015-04-09

天秤

てこの原理を使って、モノの重さをはかるもの。
しかし、今では天秤という言葉は
ものの重さをはかる計測器から、
条件、概念を比べるという形而上の存在になっている。

形而下であれば、定量的な数字のレベルかつその重力という根拠で
どっちが重いと言い切れる単純さ、明確さがある。
しかし、形而上の天秤
「どっちが重要か天秤にかけないとならない」
という発言の天秤は、、その発言時点で
天秤のはかりとしての機能は使われてない。

それぞれの思い込み、恣意、そして好き嫌いという定性的な要素が
入ってくるので、万人受けする答えは無理である。

天秤という言葉、
適正にはかるものという存在から
はかれないものの例えと化してしまったことは
何かむなしく感じる。

2015-04-08

颯爽

人の姿や態度・行動がきりっとして、見る人にさわやかな印象を与えるさま。
言葉として知っていても、なかなか使えないし、
何よりこの言葉を手で書けるかどうかも不安な言葉。
颯爽な行動が取れる人は
絶対颯爽という言葉を書けないだろうあ。
まー書けたら、颯爽のイメージに合わないともいえる。

言葉って使う人、使われる人でイメージがあるように感じてならないし、
だからこそ、他人に伝わらないって思っている。
言葉のイメージだけでは他人に伝わらないことをここから感じている僕の思いもまた
他人に通じないこともまたわかっているがね。

2015-04-07

太子

古代中国の、天子や諸侯の世継ぎのこと。
でもあまり、太子という言葉使わないだろう。
太子といえば、聖徳太子となってしまうし、
太子の字だけを見たら、、明太子と思われてしまう。

太子と同じような意味では
御曹司が挙げられる。

社長や役員の息子のことをさすが
本来は、源氏棟梁の息子であり
平家宗家の息子は公達だったのだが、、

太子、公達が残らず
御曹司が現代でも使われているのは
江戸時代、源氏と名乗る、徳川家の影響を強く感じる。

まーそこまで考える輩は僕くらいだろうがね。

2015-04-06

常連

よく買ってくれたり、利用してくれたりする、事業主にとってありがたい客のことであり、
店としてありがたい存在のはず。
だから、ご贔屓にしてもらうようにしないとならない。

しかし、僕にはトラウマとそして現代社会の問題を感じてならない。
若かりし頃、コンビニの数が少ないうえ、
そのコンビニにしかないものを毎日買いに行った。
そのとき、心無いバイトか若い定員だがどうでもいい輩に
「また買いに来たんですか」
と言われた。
その発言で、僕はその店に二度と行かなくなった。
そして、その店は地元で初めてつぶれたコンビニになった。

現代ビジネスは
接客を軽んじすぎている。
自分本位なバイトを接客に使うから
常連になる可能性を無くしてしまう。

常連になるには、いろいろと要素があるが
接客、営業がキーになることをもっと考えてビジネスをすべきと
思うが、なかなか現代経営者は気づいてないようにみえる。
わかっているといっている輩ほどわかっていないから、どうしようもないがね。

2015-04-03

欠乏

乏しいこと。不足すること。
日本人の多くは、欠乏と感じることが多い。
だから、より安いもの、より機能に富んだものを欲する。

欠乏感があるからこそ、
その欠乏に対して、
その範囲内で何とかやりくりする管理運営力
その欠乏自体に対して発想を欠乏そのものをなくそうとするアイデア技術力
が生まれてくる。

日本人はその欠乏からの管理運営力はすごく高いと思う。
やりくりという言葉からそのイメージが広く広がっていることがわかる。
でも逆にいうと、欠乏しないとその能力が発揮されないし
範囲そのものをブレイクスルーさせるアイデア技術力はなかなか出てこない。

欠乏に対して、今の認識でいることが日本人のアイデンティティーなのか
それとも非国際的思考なのか、なかなか考えさせられることではないか!

2015-04-02

廉価

値段が安いこと。安い値段。また、安いさま。
廉価という言葉の前提に
それより、価格の高い存在がしなくてはならない。
相対的の意味で、廉価が成り立つ。

現代日本人の多くは安いものを好む。
でもそれって、安くあっても、本質が担保されている前提が
日本では成り立っているからであり、
その安いとされるものが求めるものの廉価という認識が当然だからである。

しかし、世界的そしてビジネス的に考えれば
安かろう、悪かろう、ということ以上
安いものを買ったために、かえってその安いものが起こした問題を回復させるために
コストがかかってしまうことが多い。

安いという言葉に飛びつくのはある意味
日本が国際化の波に飲まれて、、いや国際化できない理由かもしれない。

2015-04-01

渇望

のどが渇いたとき水を欲するように、心から望むこと。切望。熱望。
この言葉って切実に伝わってくる感じがある。
人間は本能に近い思いはどインパクトが強い。
それだけ訴えるものがあるからだ。
しかし、現代社会は論理、モラル、とかで
人間の本能を押さえつけることを行ってきている。
その状況下で、いろいろ訴えるのだから、、
他人にはなかなか伝わらず、コミュニケーションが成り立たないとか言っている。

発想が逆で
もっと本能的に、
渇きに水を求めるように
情念、殺意をむき出しにすることこそ
真の意味で、他人、いや他の生物と意思疎通、、という
命のやり取りが成り立つ。
命の代償がないこと自体が自然界ではおかしいということを
再度人間は知るべきだといえるだけに。