2020-04-03

此岸

この世。現世(げんぜ)。
反対語は彼岸(ひがん)お彼岸で有名な表現。
此岸と彼岸、しがんとひがん、
江戸っ子には発言できないのかな?
もう江戸っ子っていえる人も少ないから問題ないのか。。

2020-04-02

貸付

約束手形や借用金証書をとって資金を貸したり、
損料・使用料・期間などを定め、物品や権利を貸したりすること。
所有から使用にかわる消費価値観。
使用とはある意味、一時占有、、貸付を得てているということになる。
最近の人はちょっとだけ使うだけに消費して
所有を好まないとか言い出している。
それが新しい消費だと言い出す。
ということは、、経済活動が縮小することを認めるということだ。
例を挙げれば、
300万の自動車を買わずに
1万円で一日のレンタカーを数回すればいいとなると、
消費額は下手すると100分の一になる。
レンタカー企業が車を買うことでそれなりの数は売れると言い出すかもしれないが
それでも、個々が車を所有するより額は著しく下がっているだろう。
貸付で回す経済に果たして、日本の経済モデルが満足するのかなあ?

2020-04-01

寸分

ごくわずかなこと。
寸というのは日本古来の単位。
その単位をもう使わず、今では日本はメートル法。
メートルという横文字に違和感なく対応し
今ではメートルという言葉が一般的になった。
こういうところも日本のカタカナ、外国基準への対応の良さか。
カタカナが多いと言われる日本語の会話だが
そもそも外国からの言葉に寛容なのだから、仕方ないのでは?

2020-03-31

渾然

別々のものが一つにとけあって、差別のないさま。
では混じるの混で、混然のほうが漢字として合っているのでは?
実は同じようで、コントンという言葉は
混沌、渾沌と二つの表記が認められている。
今の漢字変換では渾然一体となるが、言葉の推移、変化では
混然一体になることも不思議でもない。
まー渾然一体という表現が使われず
マージ、ハイブリッドっと言い出しているから変わることはないだろうけどね。

2020-03-30

野味

野性味。
品種改良せずに自生している動植物の味。
なんか、健康的とか勘違いしているのでは?

最近やっと謎が解けた。
幼少期に食べて以来、ニラ玉で吐いた。
また、そのからみか野菜嫌いでもあった。
ただのニラ、卵なのに、、、
大人になって食べてみるとなんて事のない普通の味でむしろ、、
っで、老婆になった母が一言
「今の市販されている野菜は何一つえぐみというものがない
 実家の野菜なんて、えぐみを処理しないと食べられたものではない
 また、卵も無精卵は食べやすいねえ、変な触感や」
、、、、
そういうこと。
自分にニラ玉や野菜を食べさせたのは、母の実家の農家。
祖父母、曾祖母からすれば、日ごろ食べているものだが、
僕にとってはとてもきついものである。
今は市販するために品種改良や出荷時のチェックで
食べやすいものしか食卓には上らない。
見た目は同じでも野味がするものはとても食べられたものではない。
食べたことがない人にはわからないだろうし、
まして、それが普通と思っている祖父母たちからすれば
市販の野菜の味を知らないに等しいだけに、、
そう、今の食事に上がっている生鮮食品は生=野味どころか
ある意味、遺伝子操作、加工食品そのものといえるんだろうな。

2020-03-27

採択

ある意見・案などを、よいものとして選び取ること。
文章的にはそういうが採択の真意は
一番否定的な意見がないものにしたということである。
僕から言わせてもらえれば
4択という4つから選ぶという発想は
いいものを1つ選ぶのではなく
ダメなものを3つ作り出すことである。
それが採択を検討するということ。
そんなことはない!
ちゃんといいものを選んでいるんだ!
と言い訳を言い出すが、
いいものということは相対的に他のものは劣っているということになる
事実に気づいているのかなあ?
無自覚な人ほど、検討理由が他人に納得させられないで
いろいろと揉めていることを目の当たりにしていないか??

2020-03-26

細心

細かい所までよく気をつける、綿密な心・やりかた。
~細心にこだわる、
~細心にまでチェックして、、
というのは、たいてい既存概念への固執であり、
ブレイクスルーを求められる現場ではただの阻害要因にしかならない。
気づいてほしいのだが、
細かいところにこだわり続ければ続けるほど
新しい概念や根本的な失陥に気づけなくなる。
そして、他人はその細かさを求めていないことのほうが多い。
細心の注意をすべきはあくまでも自己満足でしかないのだ。

2020-03-25

平準

平らにすること。平らなこと。
物理的に平らにすることより、全体を平均値に近づける意味合いが多い。
ただこの平準発想、これから通じるだろうか?
求められるのはとびぬけた才能となる。
現代社会の事なかれ主義前提の平準発想できたこの日本。
とびぬけた才能者に向かって他の評価軸で平準でできていないことを
指摘することを管理としてきた管理体制。
平準を根拠に自分の優位性をだして管理をしてきたが
それでは才が伸びないと認めだしてきた今
もはや平準の効能は皆無という前提で新しい管理をどうするのかなあ、庶民は。

2020-03-24

多幸

非常に幸福なこと。よいことが多くあること。
と漢字の文字そのものの意味の時もあれば
医療関係では
本人や周囲の客観的状況にそぐわず、内容のない爽快な気分の状態。
老年性認知症や薬物中毒・神経疾患などにみられることも多幸を使う。

一見すると、医療関係の使い方は全く逆の意味に感じられる。
しかし、「お前幸せそうだなあ」って表現を使うときはどうだろうか?
意味合いとして、褒めるより見下し、侮蔑の意味を込めて使うことになり、
医療関係の用例もそっちの意味合いである。

そもそも幸福を感じられる状態って、異常な状態ということ。
人生なんて生き地獄、必死に生きて抜いた様を後世で
あの頃は幸せだったと思い出すことはあったとしても
今が幸せと語っているときはある意味危ない証拠ではないだろうか?

2020-03-23

悔恨

後悔し残念に思うこと。くやむこと。
僕は思う。悔恨無くして成長なし。
効率化とか無理させない活動を推奨しすぎて
何も考えない輩、出来ないことを他人ごとにして努力や工夫をしない輩ばかりだ。
社会発展のためには、根本を知り、
その根本をいろいろと試行錯誤、失敗を繰り返すことから
いろいろなブレイクスルーが起きたりするものなのに、、
なんか発展性のない環境だこと、、

2020-03-19

瞑想

心を静めて神に祈ったり、何かに心を集中させること
心を静めて無心になること、
目を閉じて深く静かに思いをめぐらすこと
用は、ひとり動かずに特定なことを意識し続けること。
現代社会はとかく、他人や他の存在とつながっていないといけないとなる。
それが社会だといういいだす。
しかし、個々がそれぞれ、新しいアイデア、気持ちをリフレッシュさせることで
社会全体が発展していく。
どうも一緒に行うことでそれができると勘違いしている人が多い。
そういう人ほど全くのノーアイデア、無責任、他力本願なこと。
瞑想行為により、今の自分、身の回りに環境、進むべき方向性などを
客観視することなどで違った発想がでてくるのではないか?
考え方や気持ちの入れ替えは、自己でするもの。
他人と一緒にできると思い込んでいることは瞑想の反対の妄想だ。

2020-03-18

焼魚

魚を焼いた料理。
僕の好物であり、いたってシンプルかつ奥深い。
肉と違い、下手に下味をつけずに、、いやつけないほうが
本来かつその塩味を味わえる。
ただ焼くだけで料理ではないという見解もある。
その身の新鮮さ、焼き加減で総合的良しあしを判断できると思うが
こういう話をしても興味のない味バカにはわかるまいって思うしかない。
SNSに映えるもの、、それで成り立ってきている現在の飲食業。
味わえないバカ舌に食の未来を託せようか?!

2020-03-17

果敢

決断力に富み、大胆なこと。
最近、果敢という表現だけでなく、そういう人を見ないなあ。
確かにニュースに出ているリーダー、トップクラスは果敢だろうが
それって果敢というより、裏での合議が垣間見れる。
果敢であることがワンマンとなる現代社会。
そう行動することでSNSで叩かれて委縮する、させるのはどうかなあって思うなあ。
果敢な自己責任を行動結果であり、過程、振る舞いは責任、批判対象ではないのでは?

2020-03-16

違法

法に背くこと。
それは罰せられる対象になるのだが、
違法行為をした側よりさせた側のほうが悪いのに
結果、強いられさせられたもののみ罰せられる。
させた側は手を染めていないからいくらでも言い訳
「こういう意味で指示していない」
「そもそも自分たちは何もやっていない」
「自分たちを罰せる法はない」
とのたまうことを目にする。
法は何のためにあるのか?
そこを考えると、
既存法より自ら信念に基づく自然法、良心の赴くままにすべきではないかと思う。
それが混沌、chaos、無政府状態になってしまうというが
今がすでにそうなっていると気づかないのか?!

2020-03-13

物件

物品。品物。物品などの動産のほか、土地・建物などの不動産についてもいう。
物、商品と物件の違いは?
日本人は現物主義、ここが大きな認識の齟齬になっている。
外国、欧米系の価値観では物は物、権利は権利と考えている。
だから、物は物だがそのものには
~所有権
~占有権
~貸借権
などの複数の権利が存在する。
それぞれの権利を取引することを物件と考えている。
たぶん、物件の件と権利の権は音が同じで当て字違いのレベルではという話。
一つの物に複数の権利関係は日本人は嫌がる傾向にあるが
欧米社会では寄ってたかってそこを取りたがり、
その価値観を国際基準にして、日本をはじめ多くの国は迎合している。
果たして、それでいいのかなあ?

2020-03-12

変種

普通のものと違っている。
同種の人の集団の中で、普通の人とは違った特色や経歴をもつ人。異色の人。
普通とは何か?
普通=無価値、無能ではないのか?
普通を中心に考えてきた現代社会において
相手を変わり種と言い出して蔑んできたことから全く逆の価値観でないと
新しい企画は出てこないのでは?

2020-03-11

発奮

これから大いに励もうと精神をふるいおこすこと。
なかなか発奮するような活動が少ないなあ。
それは自分の感受性が鈍化したのか?
それとも社会全体として企画が面白くなくなった?
と思う。
IT技術の発展で情報過多で
新しく知り、経験することへの喜びが薄れている。
これにより、冒険心、好奇心をそいでいるのではって感じることもあり
やる気を起こさせるのには情報は邪魔と感じることもある。
それって、自己批判にもつながるけどね。

2020-03-10

運航

船や航空機が決まった航路を進むこと。
対して、電車とバスには運航という言葉を使わず、運行となる。
違いは路が整備されているかのようだ。
陸海空において、領土にあたる陸は整備しやすいが
海空はなかなか難しい。そして領土と違い領空、領海はいつも曖昧でもめる。
運航の航の字は命がけの意味もあるようで、そのくらいの覚悟が必要ということか、、


2020-03-09

信心

信仰心。また、信仰して祈ること。
信仰の自由は万国で許されている。
対して、他人の信仰を否定する権限も否定されていない。
だから、自分の信仰が正しく、他人の信仰は違うということが
見解として起こりやすい。
それが現代社会の根本的な善悪の観点と言い切れる。
何をもって正しいのか?
それは自分の信じるものから得た価値観なのだが、
それに相いれないものは正しくない=悪になってしまう。
でもそれは他人からすれば、全く同じく相手をみなす。
正義のためという言葉、ただの信心のエゴでしか過ぎないことに
まだ庶民は理解していないのでは?
正しさなんてものはない、ただ自分のこそと思うエゴの強さが
社会を席巻しているだけということを。

2020-03-06

休校

学校保健安全法(昭和33年法律第56号、旧称・学校保健法)に基づき、
学校の設置者が感染症の予防上必要があるときに、
臨時に学校の全部あるいは一部の授業を取りやめること。

これって、
感染症の予防上必要と言いながら
学生生徒への責任を学校側とらなくなることって言えないか?
つまり、一定時間、空間に押し込めている学校という箍を外して、
社会に学生生徒を放し飼いにするということでは?
学校いないから余計感染症になりやすいところに出かけるのでは?
どうも今の施策に懐疑的になるなあ?


2020-03-05

言及

その事柄に言い及ぶこと。
問題について言及すると言いながら、何を言っているのかわからない人が多すぎる。
問題の本質
問題への解決策
問題を起こしたことへの言い訳
問題への個人的見解
言えば言うほど、混乱させることが言及といえるのか??

2020-03-04

引籠

仕事や学校に行けず家に籠り、
家族以外とほとんど交流がない人の状況を指す。
社会として、こういう状態の人をやめさせようとしてきた。
そして、そういう人を卑下しても来た。
そうしたら、現在起きている新型コロナで
日本中総引籠りを推奨する事態に。
これは呪いか、はたまた、人間のあるべき姿の末路か、、、

2020-03-03

発熱

病気や疾患に伴う症状の一つ。
自己防衛として、体温をあげて病原菌に対抗している。
ある意味、免疫を発動させているので疾病状態ではないのでは?
と思うが、発熱があること自体が病気とみなされる。
まー、それにより、休養をさせてくれるのであればいいが
今の社会では、仕事に穴をあけて、、いわれることもあるから
なんか解せない思いもある。

2020-03-02

顧客

自社の商品やサービスを販売する対象のこと。
っと、辞書にあるが使えない辞書ばかりだな。
顧客の顧とは、かえりみる、、つまり贔屓、再買することであり
一般消費ではなく、定期購買、リピーターのことである。
お客様は神さま、お客さまは平等ってバカみたいなマーケティングではなく
必要としてくれている人の声を反映することが最優先させるべきだ。
そのためには、一般消費者を切ることが最優先。
古今東西、一般消費者をシャットアウトすることで成り立っているのが
一般消費者側が値を釣り上げてくるになることが実質ブランドではないか!
現代日本の価値観が根本的狂っていることをまともに公言できないからこそ
この凋落ぶりがいつまでも続く。
顧客志向は神様志向ではなく、資源の再分配そのものって気づくべきだ。

2020-02-28

趣旨

ある目的で行う物事のねらいである中心的なおもむき。趣意。
高度化する社会構造、ビジネススキーム。
それに対応しているつもりで全くできていない庶民。
それゆえ、趣旨が狂っていることに気づかない。
いや、その程度の庶民レベルの趣旨が当然になっている。
報告書、、
事象を正しく示して、再発防止や今後の方向性の一助になることが趣旨なはず。
しかし、今の実態は
~フォーマットどおりに書かれているか
~てにをはが正しいか
~○○さんの思う結論になっているか
と確認ばかり
、、それって趣旨なのか?バカらしい。

2020-02-27

席替

定常的に座席配置と構成人員が決定されている集団において、
その座席の順番を変更することである。
常に決まっている組織構成上で数少ないリフレッシュのポイントなのだが
席替したときに近隣者の無能、失敗への引責を求めるのはどうだろうか?
たまたま近くに座っただけなのに、
「なぜ助けないのか」
「隣なんでしょ」
と無責任に言い出すのは日本独特の悪徳に感じてしまう。
そのくせ、成果は当人に帰属するくせに、、


2020-02-26

天気

ある時刻もしくは一定の期間の、地表に影響をもたらす大気の状態。
難しく言えばこうだが、口語レベルだと
外が晴れ、曇り、雨、雪どれなのか、、という意味と
晴れであることを指す。
天気にあたる英語は、weather と Sunny と二つある。
これは日本語の特徴だと思う。
全体意義と代表意義を持つ単語というもの。
他には
御飯 は meal と rice
などが挙げられる。
英語の多義語と同じようにこういう意味を持つ日本単語は
外国人には難しいんだろうな。

2020-02-25

電源

電力供給の源、またはそれから供給される電力そのもの。
電化製品をなくして現代生活は成り立たない。
いや、電化製品を使うことが生活と言い切れるのでは。
電力供給をいかに行うかが今の電化製品の永遠の命題
→高出力から家庭電源レベルに省力化
→コンセントから距離をとれる電力コード
→電池によるコンセントから脱却
→充電池による高出力でもワイアレス
とどんどん進化している。
これからもどんどん電源からの進化が進むだろうが
近い将来
エリア内ワイアレス供給ができるようになれば
電源という概念もなくなるか、、、

2020-02-21

歓談

うちとけた楽しい話し合い。気持よく心を割って話し合うこと。
飲みニケーションといわれるものにおいて
もっとも期待と効用を求められることであり、
人間が楽しいと思う時間である。
うちとけるということは互いの存在を互いに認めあうことであり
自己存在の肯定を実感できることが楽しさということが
既読スルーの反対意義で理解できる。
でも自己存在の肯定っていろいろな意味で怖い一面もあるというのは
やはり僕が社会を穿っているからなのかなあ?

2020-02-20

倦怠

物事に飽きて嫌になること。
年のせいにするのは無責任な証拠なのだが
自己責任の人生から考えると倦怠期になっていることは否定できない。
自分としては新しいこと興味のあることを模索しているが
前に行ったような
結局は先が見えている感が否めない。
それでももがくことが人生の醍醐味かもそれないが
ちょっともがくことすら倦怠を示してしまう

2020-02-19

卓上

机・テーブルなどの上。
そもそも卓とはどういう意味か?
卓とは英語のtableと同義である。
ではtableとは?
table と disk との違いは?
答えは、、table とは縦X横のフラットであること。
食卓、麻雀卓、はフラットな一面であるが、
学習机や作業台は面を持つが機能的な傾きを持ったりしている。
卓上とはそのフラットな面の上において使えるという意味である。
そして、IT経験者なら気づいていると思うが
データの格納先をtableというのも、縦X横 
つまり二次元アドレス管理をしているからだということなのだが、
どれだけ知っていたかなあ?

2020-02-18

遠隔

遠くへだたっていること。
・東京一極集中による物価高騰
・通勤による感染、痴漢被害
など、人が集まることで起きる問題。
それに対して
・5Gなど通信の高速化
・テレワークを推奨する社会価値観の変化
・業務のアウトプットがもはや物理納品ではない
・通販の発達で商品購買がどこでもできる
ことから、個人が現場にいる必要はない。

これから遠隔操作を旨とした生活を考えるべきと言われている。
当社はもともと通勤概念がないままに操業したから
こう考えることに違和感はない、、、いや違和感を感じる。
遠隔操作が目的ではない、目的は脱人間と接触だと考えている。
最終的には人間を感じさせないことがあるべき姿と思っている。
人間という物理存在に固執しているからイノベーションしないとまで
掲げていることが最近の当社のビジネスモットーかな?

2020-02-17

操業

機械などを動かして作業をすること。
産業革命以降、マニュファクチャリングから機械化された生産活動。
今では機械なしに生産活動はないと言えよう。
業務=操業となっている。
この機械化により、
マニュファクチャリングで培われた専門工たちの仕事を失ったと言われる。
そして専門工の技術継承がなくなり、人間の技術が退化したともいわれる。
この考え方はAIにも言われ、危機を感じる技術者、職人がいる。
しかし、現在の半導体製造、人間の手が触れることのほうがおかしい。
そこに専門工の技術ではなく、その機器を設計する科学技術の発展こそであり、
人間個々の技巧にこだわるのはいかがなものか?

2020-02-14

滋味

栄養があって味のいいこと。
転じて
豊かで深い精神的な味わい。
なかなか他者と共感しづらい表現と僕は感じている。
その食材の味と栄養を等しく評価できないものだ。
現代社会は脂質、糖質、甘味、塩味、辛味、をすべて否定する帰着ばかりだから。
その味を褒めれば褒めるほど、他者は対抗表現や嫌気を出しかねない。
その味わいで得られる栄養価も、他者にとっては取りすぎと思うことばかり。
同じように、精神表現においても
良かれと思う表現は他者には嫌味や軽蔑に感じ取られることも多い。
自分らしさと言えば言うほど、自己中心主義をひた走るコミュニケーション障害者
になるだけである。

滋味であることは自分の中にとどめておくべきかなあ。
まーそもそも他人と共感していること自体、滋味ではないと思うことが
僕自身の滋味の極めでもあるがね。

2020-02-13

童好

子供好き。
一見、好感が持てるように感じられるが現代社会では悪徳になりやすい。
他人の子供に優しくするとそれはロリコン、児童誘拐犯扱い
自分の子供本位で行動するとモンスターペアレント
と社会にとってあり得ない価値観になる。
ここに挙げている表現を極端と思っている方。
あなたが他人からそう思われていることの自覚がないだけと思うべきだ。
社会は他人にはそういう眼差しで見ている。
僕自身、子供に興味がないというより、自分の獣性に従っているようだ。
小動物や動物の幼体には一族性というか家長的父性で守りたいと思うが
その個体が大きくなると縄張り争いの対象と感じることが人間だけでなく
動物すべてに感じる。
知的に振舞うようにしているようで、僕自身のマインドはワイルドなんだなあ。

2020-02-12

旅行

よその土地へ行くこと。たび。
モノ消費からコト消費になり、
思い出、経験に支出を回すことが当たり前になりつつある。
昭和世代の価値観、消えるものより残るものの発想は過去の価値観になっている。
たしかに経験を積むこととしては旅行などはいいものと言える。
いいだけに、自分としてはその経験の目的を定義してからでないと
行動しない、できない性分である。
だから、ただ行きたいではなく、
5W3Hが成り立っていないと行動しないことが多い。
それでは経験できないのでは?
と言われるが、旅行に出かけて必ずしも楽しい経験、勉強になる経験とは限らない。
~時間の無駄
~二度と行きたくない
~あの人の見たくない一面が出た
とか、知らなければよかったことも旅行には現れることを
軽視しないことはこれも僕の嫌な性分なのか、それとも天賦の才か。

2020-02-10

欺瞞

人の目をごまかし、だますこと。
頭の体操をしよう。
~真実をいうことは正しい。
~嘘をつくことは罰せられる。
これは子供のころから言われている当たり前のことのレベルである。
ではこの前提で
「バカにバカって言ってなんで怒られる」
「私はバカではないから、名誉棄損だ」
ということが社会でまかり通っている。
バカはバカでしかない、真実だ!
そのバカは自分ではバカではないっていうことは嘘をついているではないか!
どうも社会ルールが

2020-02-07

拉麺

言わずもがな、ラーメン。
これってもう日本食になっている。
カレーもまた同じ。
元は中国、インドから入ってきた食事だったのだが、
日本人用に試行錯誤されもはやそれは本場とは全く違う日本の味になっている。
まー、、肉じゃがとて、元はビーフシチューをもう一度食べたいと思った
東郷平八郎が艦内料理長に作らせたという都市伝説?もあるくらいなので
日本ナイズされることもわかる。

拉麺にはじまる日本人の味覚は
他国を受け付けないのか?
それとも美食への探求なのか?


2020-02-06

通牒

書面で通知すること。また、その書面。
最後通牒という言葉で使うくらいしかない。
そもそも、牒の字が律令制度に時から使われている言葉であり
行政用語だったようだ。
しかし、最近の行政はカタカナ語ばかりだから
こういう文字はもう使わないんだろうな、、、
逆に何百年はこのカタカナ語もそうなるかも、、

2020-02-05

正鵠

弓の的の中心にある黒点。
転じて、本題、本質、要点という核心の意味になっている。
正鵠を得るという表現は脳裏にイメージできるけど
音で、セイコクヲイルという言葉が耳に入るだろうか?
日本語として意味があっても、最近はカタカナ言葉を覚えるほうが多い。
正しい日本語という言葉もあるが、
正しい日本というものは、時代の優勢国の意向に従うことと言え、
今までは中国語に倣い漢字、
今は欧米つまり英語に倣いカタカナ語
ということが正鵠を得た表現なのかもね。

2020-02-04

鬱滞

血流などが静脈内などに停滞した状態。
鬱病といい、この鬱(うつ)の字は常用漢字ではないが使われることが多いのでは?
こういう漢字は代替漢字、略漢字になるはずなのに、そうならないのはなぜ?
それだけ漢字を使わなくなったってことでもあるのかなあ?

2020-02-03

入試

学校が志願者の中から入学を許可するために課す試験のことである。
そもそも現代社会の教育について懐疑的であるが、
現代の入試については根本的に間違っている。
この入試があるからこそ、
身分差そしてそれ以降人間の学習力の低下につながっていると思う。

入試で求められているものは
その後の人生で役に立たない文字列を瞬間記憶させるという
本当にバカなスキルでしかない。
考えてみればおかしいだろう。
スマートフォンで調べられることをテストしていて、
スマートフォンで調べた受験生を罰するが
その4年後、社会人になったらスマートフォンで調べていないことを罰せられる。
瞬間記憶を1~3月の間に発揮して
その後の人生が決まるのに、その瞬間記憶はその後の人生では
役に立たないことのほうが多いというバカらしさを感じる。

これだけ通信技術が発達したのだから、
講義ごとに
~その講義前に、講義を聞くために体系的な理解があるかの確認
~その講義後に、講義内容を理解しているかの確認
で受講完了とさせればいいものを。


2020-01-31

親切

思いやりが深く、ねんごろなこと。
好意をもって人のためにあれこれと計ってやること。
辞書の意味ではこうなのだが、、、
昨日駅で遭遇したのだが、
見ず知らずの人が
「お金がないから家に帰れない、貸してくれ」
と話しかけてきたから
「駅員に話せば?」
と答えたら
「親切ではない人だ、なんて社会だ」
と言い放たれた。

借りて返す気がない人間に何をもって親切にすればいいのか?
最悪、「親切な奴がバカなんだよ!」って開き直るから
そういう行動をしているお前が社会から親切さを無くしているんだよ。
日本は元来に真摯に悩んでいるのであれば、助けたいと思う社会だったんだよ。
親切にされた人がその恩義をまた他人を助けることの循環があったんだ。
親切されて当然ではなく、して当然だった日本なのに、
相手の思いを踏みにじることがこういう社会になっている、、、
いや僕が思うにこれこそグローバル化だと思う。
無駄に自己主義な外国文化を取り込むから、、、こうなる。
見てみたまえ、グローバルを強要してきたアメリカが
移民排斥をしている事実に、だまされ続けられていることに気づけ、日本。

2020-01-30

練度

訓練を積み重ねて得られる、熟練の程度。
これって人間のスキルなのだが、
効率化、電脳化を前面に出れば練度は否定されているに等しい。
ただ、人間のスキル評価って練度、、try & error で得られるのだが
もうすでに人間そのものの評価制度そのものが変わっている、、、破綻しているのでは?

2020-01-29

渾身

からだ全体。満身。
多くの場合、力いっぱい、自分のできる限界という意味で使う。
渾身を込めることは是か非か。
いつも全力投球で活動すべきと評価するか?
力を出し切って後続活動に支障をきたさないようにペースを保つべきか?
現代社会の個々の価値観の相異、そしてそこが評価の不満になると感じる。

2020-01-28

粗食

粗末な食物しかとらないこと。
これは美徳か貧しさか?
粗食という言葉は
貧困な時には貧しさを象徴。
飽食のときには、健康志向の現れに使われる。
なんか都合よく言っているが
食いたいときに食えることこそ、生物の幸福ではないだろうか?
そこを人間が否定し始めた段階で人間自身の自然界への冒涜
そして絶滅の兆しに感じるのは考えすぎ??


2020-01-27

気概

困難にも屈しない強い意気。気骨。はり。
やる気と言われ、昭和日本までは称賛されていたが、
個人主義、効率活動、働き方改革、により
やる気で時間を浪費すること意味を見出せないし
それをしているのでは、させられているということになっている。
やる気を示して行動していることに無駄はあるのか?
それが効率的でないという自覚があるから
効率的ということに恩恵、ありがたみを感じるものであって、
当たり前になっていることに何の感情もないどころか
それが存在しないことに怒りを他者にぶつけることになることに
社会悪を感じてならない。

気概を持ち、非効率なことも経験することが
モノの本質、ありがたみ、強いては人生の有意義を感じられるのでは?
効率化してありがたみを感じない人間を多くして
その先に何をさせるのだろうか?この社会は??

2020-01-24

開発

土地・鉱産物・水力などの天然資源を活用して、
農場・工場・住宅などをつくり、その地域の産業や交通を盛んにすること。
新しい技術や製品を実用化すること。
知恵や能力などを導きだし、活用させること。

開発の意味はいろいろとある。
今までにないものを表に出すという表現なので多義語になりやすい。
なので、その行為が開発と言われたとしても本当に開発なのか?
疑いたくなる。

これだけグローバルな社会。
見たことがないといってもどこかであるかもって思うものを
開発したって言えるかどうか?
言い切ってしまうことにもまたいろいろと問題がある。
開発という言葉に難しさを感じるのは僕くらいなのか??!

2020-01-23

善人

善良な人。
善とは何だろうか?哲学的になるが、
結論からすれば、悪であること。
善とは一方的信念、妄想であり他人からすればそれは悪そのものである。
法話的に解けば
鎌倉幕府の圧政を断罪した日蓮上人として善人と扱われている。
しかし、法と秩序を守ることこそ善の統治と考える鎌倉幕府からすれば悪である。
何をもって善なのかは、その立場によって変わるし、
善というものを掲げる人を近くで見ると
異常な狂信者、悪の権化に感じるのは僕だけではないだろうか?!

2020-01-22

素養

平素の修養によって身につけた教養や技術。
現代社会でこれを求めていいのか悪いのか?
素養がない相手にはいちいち前提から説明をしなくてはならないので
時間がもったいない。
しかし、素養がないと蔑むと、ハラスメントで訴えられる。
でも、ビジネスの世界というか、あるべき世界では
素養がない時点でビジネスかた退場させられることも多い。
だから、日々勉強これにありって思うが、、
知らないことで他人に怒りだす姿勢を容認する現代日本は
どうも落ちぶれていく姿そのもののような。

2020-01-21

肝心

とりわけ大切であること。
西洋医学がまだ浸透していない日本ではキモ、肝臓が一番重要な臓器とされてきた。
そして、魂というか人間たらしめるものは心で考えるとしていた。
つまり、心臓という臓器の心の意味は後付けに近いいうべきである。
肉体の中心、肝、人間の精神の拠り所としての心、その二つが一番という意味で
肝心という言葉になっている。
肝心なこと、肝心要と使われてきたが、最近聞かないなあ。
それは西洋医学の普及のせいか?
いや、肝心なものの定義が損なわれている昨今だからこそ、
つかわなくなったのか?
それとも、肝も心も人間たらしめるものではなく、
すでに肉体を逸脱した電脳を認め始めたから、、なんてね。

2020-01-20

使熟

読みとしては、つかいこなす。
あるモノを十分に活用できている状態をいう。
僕にとって現代人は本当に愚行極まりない。
無知な者が一定の理解で使っているレベルを基軸に
それより出来ないものを不器用、
そして、それ以上にいろいろと活用しているものをマニア、オタクと卑下する。
無知な発想を基準に他人に無礼な発言を容認するのはどうだろうか?
特に現代日本でのこの発想が
モノづくり能力の低下、生産性の欠如の日本を生み出したのでは?

うわべだけの機能理解でモノを使い、
また新しい機能のうわべだけで買い替える。
経済循環的にはいいかもしれないが、それを買う購買力があるのか
そしてその機能をうわべだけでなく
使いこなすことで本当は得られる生産性見合い結果に目をつぶることは?
いろいろと現代人の買い物価値観に疑問を感じてしまう。

2020-01-17

雑学

興味本位で面白さを重視しているため、
ひとつひとつは意味的なまとまりをもった知識であるが、
集められた知識はお互いに関連性が希薄な事柄で、
全体としてみて系統立っていないものを指す。

確かにそうだが、
雑学知識なくただ自分の得意な専門的なことを一方的話している人間が多すぎる。
専門となると、ちょっとでも違う領域、方向性だと拒否反応を起こすこともしばしば。
話すこと、ビジネスをするということは相手ありきで自分の独り舞台では
結果にならないという自覚がない。
雑学はある意味、相手、自分の得意なことではないことが多い。
しかし、互いに得意ではないということが共通点になり、共感性を得やすい。
そのために雑学の会話は本題と違っても会話をスムーズにさせる潤滑剤になる。

雑学を蓄えて、会話をうまく進める。
その意味で僕はいろいろと蓄えていたら、
雑学からその分野が得意になったり
雑学の話をしすぎて本来の会話内容がおろそかになったり
とまー弊害はあるけど、
雑学のおかげで会話を続けられるというに関してはなかなかの自覚はある。

2020-01-16

民放

民間放送(みんかんほうそう)の略で
民間の資本によって設立された放送事業者によって行われる放送のこと。
現在、「テレビがつまらない」って言われている。
これって日本の民放ビジネスモデルの崩壊っていうことだといえる。
日本の民放とりわけ地上波放送は
世界で稀に見る受益者負担ではないビジネスモデルである。
テレビ画面は広告塔と位置付けて
スポンサー企業からそのテレビコンテンツの制作費を出させ
その合間にCMを入れることで成り立っている。
視聴者からすれば、無料でテレビコンテンツが観れていたという
恩恵がwin-win-winとされてきた。

しかし、これは放送局、企業、視聴者の思いがづれ始めると取り返しがつかない。
視聴者:みたいコンテンツがないので観ない
企業 :視聴者が観ないのならば広告塔の機能がないので支払わない
放送局:金がないから、いいコンテンツを作れない
の悪循環に入ると抜け出せない。
今はある意味、その入り口に日本の民放は立っている。
そして、これから受益者負担の価値観が認められたり、
観たい視聴者と作る放送局が直接成約することがグローバル的、DX的に
容易になったので、企業の広告塔の意味合いはなくなっていくだろう。
そうなると、日本における民放という概念はなくなるだろう。

思うに日本の民放ビジネスモデルはおかしかった。
一方的な放送局の価値観に企業、視聴者も従ってきたが
双方向で視聴者からの見解を言えるようなDXの進化は
放送倫理を再認識させて、そもそも放送局の思い込みが
狂っていたって証明させているだけのような。



2020-01-15

補正

補って、ぐあいの悪い所を直すこと。
補っているということは主従で言えば、従側である。
しかし、現代社会はどうだろうか?
本来あるべき正常に合わせるために補正している行為こそが主になり
~この補正になぜ周りが合わせないのだ
~そもそも正常では動かないからこそ補正しているのであって、補正こそ正常であるべき
という見解が跋扈している。

距離感で例えるなら
はじめは正常への方向性に対して、たった1°のづれのつもりだった。
1mでは、d=1*sin1°=1*0.0175=0.0175(m)
1kmでは、17.5(m)
10kmでは、175(m)
100kmでは、1,750(m)
もづれてくる。1kmも離れると
すでに100kmの進んできた実績から
自分たちのほうが正しいとなるのが人間の性なんだろうな。

常に正しいほうに修正するとしても補正したことが正解と思っている以上
正常への回帰は無理ということが人間社会なんだろうな。


2020-01-14

予測

一般に、あるデータに基づいて、
未来における実現すると考えられる特定の変数の値を想定すること。
「未来予測に基づいてリスク回避しよう」
ということは論理矛盾していると気づくだろうか?
もし予測どおりリスク回避できていたら、
そのとき言われるのは
「未来予測通りにならなかったな」
予測が否定される。
だって、リスク回避されたのリスクそのものが
わからない状況になっているので、当事者としては目の当たりしていないのだから
それは当たっていないということになる。
逆にリスク回避をしたいのに、予測通りになった場合は
リスク回避しても無駄なことだったのに、
「未来予測したのに、なぜリスク回避できなかったんだ」
と罵られる。

予測することは損でしかない。
それに気づかずに、毎年あたらない予測にお金をかけたり
胸を張って計算されたビジネスということに
非科学的な占いビジネスと何が違うのか?問いたい。

2020-01-10

公正

かたよりがなく正当なこと。
はっきりしていて正しいこと。

~公正な判断をしてほしい
~公正な裁判を行ってほしい
って発言する人間の言う公正とは
自分に都合のいい、恣意的利己主義なことであり、
自分に都合の悪いことを不正と騒ぐ。
そう、公正という人ほど公正とはかけ離れている事実が人間社会の本質だ。
そもそも、公正なんてものはない。
その時の政治権力、民意、に左右されるものであり、
ある意味、左右されている現時点のトレンドが公正となり、
自己中心的な価値観はこの定義からは不正と言えるのではないだろうか?!

2020-01-09

習慣

ある事が繰り返し行われた結果、その事がしきたりになること。
いわゆるルーティン。
ルーティンを軽んじなかれ。
ルーティンは知らず知らずに効率化、最適化された動作になっている。
そして、その行為を好き嫌いなく行うことをしないとなんか気持ち悪くなる。
このブログとて、文章が苦手だったから始めたようなもの。
うまくなったかどうか別として
書くことで他人でガタガタ言われる筋合いはないっていう自信にはなっている。
それが習慣の結果かな?

2020-01-08

国内

自国内での見解。
日本では日本国土内は範疇となる。
グローバル化している昨今、他者比較をするどころか
日本国内においても、アメリカ、中国基準の見解を押し通す輩が多い。
しかし、日本語、英語、中国語に
「郷に入っては郷に従え」
When in Rome、do as the Romans do.
『入郷而従郷、入俗而随俗』
という諺がそれぞれの母国語にある。
その諺通りにふるまうべきであり、
日本では日本の法律に従うべきだし、地域ルールを尊重すべきである。
もしできないのであれば、出国すべきもしくは国土民と接するべきではない。
そもそも、自国民でありながら、出国もせずに文句を言っている輩は
罰するか死するべきと思うことは社会秩序を重んじると言えないのはなぜか?
って国民に問いたい。

2020-01-07

理論

個々ばらばらの事柄を法則的・統一的に説明するため、
また認識を発展させるために、筋道をつけて組み立てたもの。

理論は理論であって実践しているものではない。
ビジネスにおいても
PDCA(OODA)
R.A.P.I.D
など新たな行動理論がWEBや書面を騒がすが
その理論を理論のまま、偉そうに語っていることに意味を感じない。
自己ではその理論を理解して
その理論をテンプレートにして、実践を行い
その結果でもって、実は理論を応用しましたということが
本当の理論の理解、伝播になるのでは?
書籍を読むことが多い時期だっただけに
読めば読むほど、理論の虚しさに感じてしまった。

2020-01-06

賽銭

神仏に参詣(さんけい)してあげる金。
現在、賽銭の電子通貨について無礼と声を上げる輩の存在が目に障る。
言い分として、そんな不浄な賽銭で神仏に失礼ではないかっと。
バカか、、、
そもそも、賽銭という行為自体が不浄であった。
本来なら、五穀豊穣の結果して青果、穀物を供物をささげていたが
社会構造の変化で農家ではないものや供物の物理的大きさや賞味期限から
供物ではないものをささげることに変わり、砂糖などがその例であった。
その後、、商業、市場の発達から人間の手で汚れた不浄な存在であるが、
汎用性の高いことで通貨を賽銭ということで認めて今に至る。
賽銭も不浄であるが、価値観が変わってきた一環である。
そうなると、電子通貨もあるべき姿である。
現状がそのものが不浄である事実に気づかず
自分が理解できないものを不浄として
紙に成り代わり失礼と言う発言、そのモノが不遜の極みではないだろうか。