2018-06-22

均整

つりあいがとれ整っていること。
バランスがいいとされる。比較的好意的に受け取られる言葉になっている。
ということは、無難にほめていない、使えない存在と思われているとも言える。
能力や個性とは、ある部分がずば抜けていることであり、それって均整とは言えない状態である。その均整が取れていない状態を求める機運がある現代において均整ということは価値があるのだろうか?
されど、時代は流転する。これだけ能力、個性によってハチャメチャになってしまった現代社会、均整のとれた無難な存在のほうがある種、うまく立ち回ることができる時代になりつつあるのかな?

2018-06-21

憶測

いいかげんな推測をすること。あて推量。
実は多くの人が見過ごしているが、憶測=嘘ということ。
当人としては、自分の持っている知識や情報で述べているので
嘘をついている自覚がないが、それを聞いた側がそれを事実と信じてしまうことが嘘の始まり。嘘とは真実ではないことを真実としてしまうことであり、真実ではない自分の思い描いた持論をが他人に伝わることで嘘は成立してしまう。
現代社会、この手の嘘、虚偽による事件が絶えない。
誰も嘘をついていない、自分の意見を述べただけ、、
そもそも、意見を述べるという自己主張は嘘でしかないということを
義務教育レベルから徹底的に教えるべきだよ、この日本という国家は。

2018-06-20

対等

地位・力量などが相手と優劣がなく、同じ程度であること。
現代人の多くが社会がこうなることを目指しているが、それって社会ではなく混沌である自覚はあるのか?混沌状態がやばいから社会を作ったという事実を忘れていないか?
社会的秩序を保つことは、人間を階層化、役割を持たせることが重要である。高度になればなるほど、同じ階層、役割を持つものは存在しなくなる。自分は自分しかいないという発想もそこから生まれるし、それゆえ機能的な個性の尊重と逆に機能的にかぶっている非効率的と批判される。

僕の神瞰で現代社会ををのぞくと
~対等ということで言うことを聞かない上下関係
~同じ部署に複数人管理職がいて、それぞれが「無駄なことが多い」と口にしている
と対等という発想が生み出した社会悪ばかりに見えてしまう。

2018-06-19

搭載

艦船・飛行機・貨車などに、人員・資材を積み込むこと。
転じて、機械本体にその部品として組み込むこと。 
最近は部品というより、動く機能があるかないかに転じてきている。
この言葉の意味の転じ方を見ると、形而下から形而上に向かい徐々に進化しているから見受けられる。
「何が入っているか」から、
「何をするものが入っているか」というになり、
「何ができるようになっているか」になっている。
より有用性に言及していることから、意味昇華されているなあって感じる。

2018-06-18

謳歌

声をそろえてほめたたえること。
転じて、自分の恵まれた境遇などを、他人にはばからず言動に表すこと。
「うたう」という行為は幸福の象徴かもしれない。
歌うことができるだけの余裕や歌うことで不幸を忘れさせてくれる。
歌の力というべきか、、
でも、僕は思う。
上記のように歌うことは「他人にはばからず」という表現があるように
基本自分中心の行為でしかない。つまり、歌っている、謳歌している人間に対して
他人は幸福を感じることは少ない。歌っている人間と親近感がなければないほど、
その行為に対して、不快さを感じるのが人間の本性だと言える。
そこにより、他人は不快さから相手の幸福を妬む、嫉むことになり、
幸福な状態から不幸に落とされるような行為を受けかねない。
歌い、謳歌する行動は自分の内に秘めるだけであまり表に出すべきではないと思うが、現代人は感情をそのまま表し、他人の妬み、嫉みを真っ向から向き合い、、結果コミュニケーション障害を生み出していることになんと自覚のないことか、、、

2018-06-15

干天

久しく降雨がなく日照りが続くこと。
現代、異常気象という発言が目立つ。
しかし、それは誤りだと言えないか?
干天という言葉や飢饉という事象が過去にあった。
それで多くの人間の命が失われた。
日照りの害は昔からあった。それも大量な命が奪われるくらいの。

現代では熱中症で倒れる人が毎年いる。
それを異常気象というのは?
過去の気象データがないだけであって、もともと日本の気象は
今とあまり変わっていないのでは?むしろ昔のほうがひどかったのでは?

科学技術を信じて、科学が捉えていることのみで発言、判断するのは
現代人の悪いところと言わざる負えないね。

2018-06-14

世代

次の世代の子を作るまでの周期または期間、同時期に存在する同系統の機械の型。
世代という言葉を使う理由は周りから見たら同じものに対して仕切り、区別をすることで
アイデンティティを示そうとしている意思、意図を感じる。
そもそも、世代という概念があると言うことは同種のものがあふれて、没個性、コモディティー化されている状態と言える。それゆえ、価値が見いだせないからこそ、自発的、内発的に世代という表現で自己の優位性を示そうとしている。

でもね。それってスペック表記でしかない。
だから、バカなものが
「新しいスマホとの違いについて性能、スペックを細かい文字で書いても自分ら世代には伝わらない、もっとどんなことができるか示すべきだ」
というお前らの世代ってなんだよ。作っている側の人間どどう違うかわからない、、もっとも発言レベルからして、世代という次元が違うかもしれないがね。