2023-01-31

葱塩

ねぎと塩をまぜたもの。
シンプルな調味料。
葱油などは中華料理で使われているように、
葱は万国で使われている香味野菜。
それと同じく万国の調味料である塩と混ぜる。

なんかどこの国もありそうだが
日本のものとはちょっと違う調理をしたり、用途も違ったり。
グローバル化というが、
同じものであっても地域によって活用やマッチングが異なる。
ということは、、
グローバル化と言って、無理に合わせる現代人の感覚は間違いで
葱塩のような利用を徹底することのほうが真の意味でのグローバル、、
そもそもグローバルである必要が日本人に必要か?
欲しいモノを探し、奪うのではだめなのか?
建前での大義に疑問しか感じない。
、、、葱塩をつかった料理を食べると思う。

2023-01-30

印刷

インキによって紙などの媒体に文字や絵、写真などの画像を再現すること。
活版印刷が登場して以来、書籍、雑誌、新聞などにより
情報産業が発展し、、その情報があるから、産業革命が広がったともいえる。
情報があるから、その情報をもとに取引や判断材料が生まれた行動が広がった。
今、印刷行為が衰退する方向である。
電子化を多くの人が推奨することは、今に始まったものではない。
業務のペーパーレスなんて、今から20年以上前からその活動をしていた。
それでも、印刷はなくならなかった。
しかし、各国が印刷否定、つまり公文書の電子化に踏み切った。
これが大きな衰退になる。
なぜなら、馬車がなくなったのは、
各国の自動車にむけての道路法を整備したからだ。
それにより、馬が道路で走れなくなった。

今回の電子法で、真面目に印刷はなくなるだろう。
そんなわけないというが、馬車がなくなるなんて
当時は誰も思っていなかった。
しかし、自動車というものでしか道路が走れなくなったからこそ
今の人が、馬が道路を走っていたの?って言い出すようになっている。
今後、本棚というものがアンティークになるだろうな。
馬と同じように立場を失ったレコードの蓄音機のように。

2023-01-27

軍備

国を守るため、または戦争をするために
必要な兵員・兵器・軍事施設などをそろえること

現時点、防衛費の件でもめている。
でも論点は、僕からすればただの税金問題でしかない。
軍備は絶対なくてはならない。
できれば、最強の装備を持つことが最高の平和ともいえる。
国を個人として擬人化して考えてほしい。
喧嘩をするとき、絶対に勝てない相手にわざわざ喧嘩を仕掛けない。
逆に言えば、勝てると思って喧嘩を仕掛けてくる。
悲しいのは仕掛けられて勝てないときに
人間という生物は勝つまで戦争したがる。
負けるわけにはいかない、負けられないという思いに駆られるからだ。
過去の日本、今のロシアを見ればわかるだろう。

圧倒的に戦争を仕掛けられない軍備があれば
戦争を仕掛けられないという発想が人間の本質を見抜いた対応であり、
今の日本国憲法、そしてアメリカ依存
あるべき姿とは全く言えないのだが、
発想が太平翼賛会のままの現日本人には理解できないか、、

2023-01-26

雅称

風雅な呼び方・名前。
が、それが雅かどうか、以前にそれが雅称かどうかもわからないのが今だろう。
日本を大和もしくは扶桑
富士を芙蓉
ということが雅称っていうこともなかなか伝わらない。
日本文化の直接、そのものを指すことが失礼だからこその表現
天皇も、
立派な門構えに座する人、、
御門
帝(みかどと呼ぼう)
につながる。
こういう発想だが、
直接にこだわる欧米文化に抵触した
日本の古きよき、消えていく習慣なのか?

2023-01-25

可哀

同情の気持ちが起こるさま。
かわいそう
っていう表現。

この言葉、、一言、無責任。
その言葉を使う人は何もできないくせに自己主張をしたいから使う。
可哀そうというなら、自らの行動をしてその状況をかえるかというと
自分は高みの見物で、第三者がやるべきだという発言。
この言葉を使っている輩をみると無能のバカ主張って思ってしまう。

2023-01-24

算額

神社や寺院に奉納された和算の絵馬。
江戸時代に大きなブームになり
現代人でも簡単に解けない数学の問題が多くの自社に残っている。
上記でブームと書いたが
この手の頭を使うブームは日本人の気質で定期的に起きる。
近年で言えば
・頭の体操
・脳トレ
など定期的に頭を使うムーブメントがこの国では起きやすい。
そこが勤勉かつ優秀な人材を創出してきたのかもしれない。
今後もまたこの手のブームが起きればと思うが
それ以上に他国の学習意欲が高まっているので
相対的には、、日本の学力は、、
そもそも、、、学力が「ガクチカ」となっていることに
違和感がありありだよ、、現代社会。
そんな言葉、グローバルで通用するかよ。
ボランティアでも競技活動でもないものに力を入れていたって、
それで評価するって。
算額絵馬の裏側の解説の内容のように
納得する論証が出来ることが本当の意味で使える学力じゃないか?

2023-01-23

教化

人を教え、よい影響を与えて善に導くこと。
教えるの定義について思う。
相手の知らないことについて、その人がこれから生きていくうえで
利益になるように伝え、記憶させることということ以外に言いようがないはず。
それなのに、、教義とか教育として
善 という概念をを入れたがる。
その 善 の定義はなんだ?
いいこと、、、、
何に対してどういいのか?
何と比べて、どれくらいいいのか?
全く、「教え」 られないのに強制させる、、
それは洗脳という悪いことではないのか!

いいこと というものが曖昧なために
いいこと を追求すると、、
自分の行動はすべていいこと
他人はすべて悪いこと
にしか落ち着かない事実に庶民は気づいているのか?
どうも、、教 と言う概念がおかしくなっている社会に感じる。