2017-08-23

返討

かたきを討とうとして、逆に相手に討たれること。
転じて、攻めてきた相手を逆に倒してしまう場合に使うことが多い。
そして、バカな社会になっているので、返討になるとそれがいじめになることが多い。

自分の得意分野と思って相手を見下した態度で接してくる相手に対して
それ以上、その間違いを指摘すると
「バカにするな!」
「いじめではないか!」
と平気で言いだし、挙句のはてに、ハラスメントにまで派生させようとする。

現代人よ。
謙虚を美徳と思い出せ、
そして、調子に乗るな、無能な輩。
かなりアホすぎる社会になり果ててしまっていることに怒りを感じる。

2017-08-22

機雷

水中に設置されて艦船が接近、
または接触したとき、自動または遠隔操作により爆発する水中兵器。
平和な日本ではそんなものを目にしない?
いえいえ、、その辺にいますよ。

道の真ん中で
ハイヒールでふらふらした
スマホを片手に
周りをみない女

近寄ってみなさい。
触れば、痴漢呼ばわり
勝手に倒れれば、障害を受けたと訴え
注意すれば、名誉棄損と騒ぐ。

現在の日本の法律ではこの機雷の行為を撤去できないのですから。
近寄らないほうが身のためですよ。
だって、機雷ですもの。

なる気はないが、僕が為政者になるなら、
そういう機雷を撤去、しいては抹殺できる
掃海艇権限を持たせる官吏を新設したいものだが、
この日本の愚かな政治ではそんなことを判断できる気概もない体制なので
まずは我が身ですな。

2017-08-21

暴君

暴虐な、人民を苦しめる君主。
比喩的に、気ままにふるまう横暴な人。
現代日本人は島国かつ平和ボケしているので、
暴君と聞くと悪いイメージがあるかもしれないが、
他国と陸で接している王国では、
国であることを維持しないと王として存在意義を失われかねない。
国王、国をもつからこそ、国を維持するために
内政的にクーデターで内乱を起こさないように、国民が服従するような圧政を
外政的に侵略者を残虐的に陥れ、二度と侵略させないようにさせる。

そんなことしてまで、国を守りたいか?って日本人はいうが、
国を企業に変えてみよう。
ほら、多くの上場大手企業は自社を守るためにとんでもないことをしてきたし、
それでいろいろ物議を醸しだしているではないか?
今、ニュースになっているのは氷山のほんの一角でしかなく、
もっと恐ろしいことが平気でそれも公然とされていることにも、
日本人は目を向けるべきだといえる。

暴君であること、それが悪いと思っていること自体
歴史、社会、そして自分の身の回りを全く見ていない証拠ではないだろうか?

2017-08-18

天祐

思いがけない幸運、天の助けのこと。
最近というか、この言葉を聞いたことがないといえる。
それは言葉が難しい以前に、
思いがけないことが起きりづらい社会になっているからだろう。
もしも、天祐がその人に発生した場合、
その因果調査だけでなく、それだけで犯罪とみなされることが平気でありうる。
財布を拾った、、それは警察に届けないと窃盗罪
宝を掘り当てた、それは地主だけではなく、国庫に返納する義務
と何から何につけて、理由づけて天祐を認めない社会になっている。

天祐と思われることがすべて否定される社会
それが因果応報、成果主義となっているだけに、
ある意味、奇跡とか起きないほうがぬか喜びにならなくていいという社会。
いいか悪いあるが、いざ自分ならそう思うが、
他人が何も努力、因果なく幸運を得ている姿を許さないあなたがいることもお忘れなく。

2017-08-17

盛付

食べ物を器にもりつけること。
貧乏症をここでカミングアウトすることになりかねないが
できるだけ盛り付けることはしないほうがいいが
経済的、そして環境的に正しいと思ってしまう。

盛り付けるこということは
器を移すということであり、少なからず食材が失われる。
みじん切りにした食材はフライパンに残ったままとか
なべ底の残りかすはそのまま廃棄、
皿に盛ることで、ソースが残ってしまう。

お米一粒にも百姓の魂が宿ると言い聞かされてきた農家の血もあり
少しでも食材を食べることが、ご馳走様に通じると思うだけに
盛り付けて、分ける行為はどうなんだろうと思う。
衛生的とかマナー見た目などいろいろと意見はあるが
本来、動物として、他の生き物の命を奪った以上、
食材と化したものを残さず口に入れることが
生き物としてのあるべき姿ではないだろうか?

2017-08-16

珍稀

珍しくまれである。
珍しいという表現にも、希少という意味があるので
とてもレアケースになっている。

さて、重要な論点はこの珍稀への認識である。
とてもレアなものだから、全体最適から無視してしまうのか
それとも、珍稀でも発生した以上、それを考慮すべきか?

高度成長期の日本、、いやリーマンショック直前までと言っていいと思うが
全体最適、多数見解が正義であり、珍稀なものはオミット、、見て見ぬふり
強いて、なかったことにしてしまう傾向が強かった。
それを取り扱うより、全体利益を目指すことが社会貢献につながるからだと
思われていたからだ。

しかし、現代日本では珍稀であることを無視することがシャレにならない。
リーマンショック後に利益の源泉が、全体ではなく、特化型になったこと
そして、SNSの登場で、ちょっとでも不具合なことが珍稀で発生したならば
簡単に拡散かつ意図しない方向で悪名化されてしまうからだ。

全体最適の社会性を尊んできた日本人文化、
若者世代のSNSで珍稀なことがあるとそれを自己本位で拡散させている。
これが日本人の新しい価値観になるか、それとも今までの価値観のもとに
こ若者世代の発想を一過性、もしくは悪徳として排斥するか、
いつもの神瞰的に日本を見ていきたいものだ。

2017-08-15

情況

状況と情況
同音異句なのか、それとも同じなのか?
わかりづらい。
辞書レベルでは
「状況=外から見たありさま」
「情況=物事の動きゆく様子」
となっていたり、
情況は情という言葉から、心情などを含めてありさまとなっている。

、、、、これらの説明って、ある言葉との論理矛盾を起こしている。
情報 である。
情報とは、データ、インフォメーションであり、
一時の断面かつ客観的定数的なものであるので、
心情などは反映されない。

日本語、、いや外来語から作られた明治の文豪たちの限界が来ているのだろう。
情報の情に情はないのに、情況の情には情を勘案するとは
論理性のない言語の所以もここからも読み取れる。