2019-03-22

素封

大金持ち。
この意味は
素とはむなしい、封とは領地
むなしい領地と直訳になるが、それがお金持ちと意味になる。
なんと難しい言葉だろうか!
領地はないけど、家、、つまり繁栄しているからそういう意味になるらしい。
と考えると、現代社会はほぼ素封家を増やす社会構造になっているなあ。
領地
物理支配権として土地と捉えれば
それさえも金融商品になっている昨今。
別の視点、人的支配領域と捉えれば
名ばかり管理、ハラスメント訴えの日常化
から支配という概念が社会から消えてきている。

素封家が増える社会、、本当にいいのだろうか?
実支配なき統治って秩序を失うし、
素封家という言葉の真意も土地なしと皮肉での表現が語源でもあるだけに。

2019-03-20

組閣

内閣を組織すること。
要するに、行政執行機関における人選である。
そして、どこの国でもそうだが
組閣を行う行政機関のトップは直接間接で有権者に選ばれた人間だが
組閣という行政運用における人事権はそのトップに任されている。
考え方によっては
製作実施の内容が具体的であればあるほど、
有権者も誰に任せたいか選びやすいと思うかもしれないし、
そういうことを口にする人間どもも多い。
しかしだ、行政などの実務実行において重要なのは専門性ではなく
指揮命令に忠実かつ思いが通じやすいことだ。
考えてほしい、いくら優秀な人でも初対面であるよりは長く付き合っている人のほうがいい。まして、短時間で結果を求められることが多いこの結果社会なので。
となると、能力主義と言いながらもチャンスを得られるのは、やはりコネと人間関係なんだろうなと。

2019-03-19

野心

分を越える(ように見える)大きな望み・たくらみ。
でも、、英語だとambitious。
「少年を大志を抱け、Boys, be ambitious.」
大志と野心は違う。それが日本語がグローバルにならない要因だ。
実態が同じもの、、つまり、今の自分を越えたところに思いをはせるという概念に
善悪の概念をつけて区別したがる。
善は大志、悪は野心。
でもそれって、ただの偏見では?
当人は今の世界をよくするために政治家になりたいと大志を抱いても
他人から自分の立場をわからない野心を抱きやがって言われることは
どっちが善なのか?
今まで、画一的教育指導で、ほば多くの国民が共感していた道徳観が
個人主義で通じなくなっていることに対して、あまりに社会が無知すぎる。
道徳観を取り戻したいなら、個人主義を否定しろ。
個人主義を押し通すなら、善悪の概念を強要するな。
曖昧なことに寛容というバカな日本人感覚が世界的に受け入れられないところまで来ているのだから。

2019-03-18

冒険

危ないことを押し切って行うこと。成功のおぼつかないことをあえて行うこと。
この言葉の定義は、最近のもののようだ。
戦後から平成になるまでの間、平和が浸透した日本において
戦争もの、戦いもののメディア作品は社会的に認められないものだったが
人間は別途刺激が欲しいもので、その結果。冒険という言葉で彩られた
アドベンチャー作品が娯楽を席捲していたものだ。
未知へのチャレンジ、想像を超える脅威に挑むことが人間はわくわくしたものだ。
それがある種の日本の高度成長の心の支えだったのは?と思うこともある。
現代社会、冒険という作品メディアの凋落どころか、
上記のように冒険をリスクとしか思わない傾向に日本の成長はあるだろうか?

2019-03-15

介入

事件・問題などに割り込むこと。事件に強(し)いてかかわること。
経験上、意思をもって介入してくる輩がくるとかえって問題が大きくなる。
介入する以上何かの結論を目指すのだが、すでに問題に当たっている人がすでに対応していることがおおくそれとぶつかることになりやすい。
そもそも、介入すると表現をした時点でネガティブな扱いなんだよね。

2019-03-14

学校

日本人の学校感覚をみなすべきと思っている。

学校で得られるものはなんだろうか?
学力、社会生活の準備というが
それらは学校から学ぶものだろうか?

専門性の乏しい教員から学ぶより
受験の目的にあった教え方を行う予備校講師のほうが効率的である。
まして、予備校講師は市場にもまれているので
必死さが学校教員と雲泥の差がある。

そして、社会生活の準備というが
社会生活で経験しなくてもいいいじめがいつまでも続く。
いじめがなくならないのではなく
学校制度がある以上いじめは発生するという当然に結論になぜならないのか?
本当にバカらしい。
そして、学校制度がある以上
いじめの被害者が加害者を訴えても
学校という環境から加害者もまた生徒として守る立場を尊重するので
加害者を犯罪者扱いしないことも弊害以外なにものでもない。

明治政府によって発令された教育勅語。
平成も終わる今、
もう廃止すべきだと思う。

学校がなくなり、社会性がない人間が多くなるという懸念より
学校という無駄な時間といらぬ被害、加害者になりやすい環境にさらされることの危険性を
もっと真剣に理解すべきだ。

現に公立学校で起きている問題は私学では起きない事実。
それをなぜかを考えればおのずと理解できると思うが
それもわからないほど現代人のレベルが落ちてしまっているようでもあるが

2019-03-13

真水

混じり気のない水、転じて
政府が景気対策のために投じる公共事業費のうち、
その年度に実際に支出されて GNP 拡大に寄与する部分。
それも転じて、大きな組織で効果が数字として捉えること。
実際に定義できる内容ではない俗語に化している。
真水という純粋な水という意味なのに、俗で穢れた表現でいいのか?!!