2018-11-16

慢心

心の中で自分のことを自慢すること。おごり高ぶる心。
人間というものは本当に身勝手なものだ。
自信を持っている人に対して「慢心していて怪しい」
不安を抱えている人に対して「安心して任せられない」
と言い出す。
僕からすれば、他人なんてそんなもの。
信じるのは人ではなく結果であり、その結果で人の存在など、、

2018-11-15

塵芥

なんて読むか?
チリアクタ?ジンカイ?
どっちも正解。
つまり、3つの表記が日本にはあるといえる。
そのうえ、trushという英語表記も平気で使うし、
それをカタカナでトラッシュっとか言い出す。
一つの意味なのに何種類も言い回しがある。

そして、この意味が、、価値のないもの、ごみという意味。
何とも難しいなあ、日本語。

2018-11-14

出世

世間に出て、人に知られるよい地位・身分になること。
現在、出世をしたがらない若者、、いや社会人が増えていると言われる。
給料UPより責任を持つことのリスクが大きいとか言われているが、、
いろいろな視点から考えてほしい。
~いろいろなものが無料化している市場において高額所得が必要か?
~一人だけ出世するとSNSでたたかれるリスク
~そもそも出世するために気に食わない人間に頭を下げる必要が
なんていろいろと出世する意味がないと思われる。
かくゆう自分として、出世することで得られるものがないから
独立している訳であって、、現代社会、、、いや組織行動そのものの意義が問われているからこそ、出世というものに価値がなくなっていると言える。

2018-11-13

献身

一身をささげること。自分の利益をかえりみずつくすこと。自己犠牲。
日本の道徳的価値観では美徳だが、グローバル、経済視点だとそれは愚行になりやすい。でも考えようによっては道徳的にも愚行ともいえる。
献身的に相手に捧げてしまう行為はその相手以外の存在からすれば、その献身のために当人の存在が蔑ろされてしまうと関係性、利害関係が壊れてしまうのでとても容認できない無責任なことになる。そして、捧げている相手とそれ以外の存在が無関係、むしろ敵対であればあるほどそれは心的に嫌な状態になる。
現代社会、自分のおもう美徳が必ずしも他人に敬意をもって受け入れられるとは限らない。

2018-11-12

高揚

精神や気分などが高まること。また、高めること。
人それぞれ、高揚するかどうかのポイントは異なる。
しかし現代人は共感を他人に求めるので、その高揚をいかに伝えるか、感じるかが問われている。なんか、、面倒な時代と感じるとともに、バカらしく感じる。
個人主義のくせに、他人の高揚に共感しないとならないって精神的おかしくなりやすい環境すぎないか?

2018-11-09

衝撃

突き当たって激しく打つこと。
物理的、精神的にも使われる。
ただ、衝撃かどうかは相対的な感覚になる。
日常的、常習的になっていれば、その状態はなんの変哲もないことだが、
あまり経験したことがない状態でその状態になると、衝撃感を味わう。
ということは、衝撃というものは他人と共感できないといえる。
自分が衝撃的だったと語ったところで相手には響かないと思うべきだと言える。

2018-11-08

外販

会社などを訪問して商品を売ること
自社用で開発、使用しているものを
「これはいいものだから売ろう」
という発想で外販をしたがる企業が多い。
しかし、それは自社視点。
自社って他社、市場において付加価値がある特別なことをしているから
存在しているのであって、その行為が他社と共通しているかどうかは?

だから、他社要件について理解できなかったり
理解できてもその要件を実現させるために機能改修を行うと
機能連携が狂ったり、改悪になったりする。

はっきり言おう、自社要件を他社に売るのではなく
他社から欲しいとなるまで売ろうとするなっと。
売ろうとすれば、それは足元を見られる。
買おうとすれば、相手は我慢、制約を受け入れるだろうから。