2019-05-23

半端

 あるまとまった量・数がそろっていないこと。また、そのさまや、そのもの。
どっちつかずであること。また、そのさま。
 気のきかないこと。また、そのさま。

意味定義も半端な内容だこと。
しかし、半端とはどういう状態なんだろうか?
自分からすれば完成と思っていても、他人からすれば半端ってみなされたり
こんな半端なことがまかり通るのかって思うことが当然のようになっている。
価値の多様化が半端という状態をより半端にさせているのかねえ。

2019-05-22

資料

それを使って何事かをする、もとになるもの。
つまり、資料は目的ではなく手段、それも一過性の暫定物。
その認識があるかないか、、
資料作りを目的しているどころか
その資料の質ばかりに目を向けること
資料の中身がおかしくなって、求めるべき目的を見失っている
ことが実に多いこの社会。
それでいいのかなあ?

2019-05-21

憲法

国家から国民を守る最高法規

なら、なぜ国民は国家に属するのか?
なぜ国家という形態を生み出したのか?

実はここがゆがみ始めている。
国家により国民は生命保証、社会保障を得てきた。
だから国家という形態を意思したいのだが、
国家規模が大きくなると、個々人の尊厳を踏みにじることもたびたび起きる。
そこに向けての憲法であった。

しかし、国家の存在ってなんだろう?
国家より経済規模の大きな国際大企業も存在するし
その企業が雇用や社会福祉を行っているエリアもある。
そして、その企業が行うことが社会貢献になっているのであれば
そもそも国家というものの存在が形骸化してしまう。

GAFA、、それにへの国家課税論。
国家が生み出す経済循環や社会貢献度の軸でみたら
GAFAのほうが価値が高いとなる。
もはや、国家、、それに対する憲法なんてものは意味をなさないかも?

2019-05-20

自浄

川や海、大気などが、みずからの働きだけで汚れを取り去ること。
転じて、人間世界の不正へ人間同士をどう改善していくか?

不正を見たとき、
社会道徳ではそれを止めるように教育してきた。
しかし、それを行うと
「お前に言われる必要はない」
「あなた、何様!私が悪いわけない」
と言い出すどころか、不正を止めようとした側が
名誉棄損や暴行罪で問われるとなる。
そうならないように、公権力、公安の力を使ってしても
僕や周りの経験では全く機能していない、
問題がなかったことにする保身的なクズが公安にいるため
社会改善にならない。
どうしようもないと思うようだが、
デジタルの進化はすごいねえ。
その行為、音声を撮ってしまい、
それを恣意的に流せば後は社会の自浄作用が働くと来ている。
まーその自浄作用が適切かどうかは別として
それ相当の報いが与えられる。
そこが現代社会の新しい自浄的道徳心なのかなあ。

そう考えると、そこに個人情報やらプライバシーとかで
映像、音声を加工するマスコミの行動って
ただの社会的不正そのものに成り下がっているとなぜ庶民はわからないのか?
わかっているから、旧来のマスメディアがビジネス的には破綻しているのか?

2019-05-17

専門

 限られた分野の学問や職業にもっぱら従事すること。
ビジネスや顧客志向はどんどん特化、深化される。
そうなった場合、その分野の専門の知識と見解が必要になる。
だから、専門家の存在が必要になるとされるが
なかなかその専門家が見つからない。

、、、そりゃーそうだ。
特化、深化すればするほど、その間口は狭くなる。
狭くなった間口にピンポイントでの確認などない。
そして、その間口の狭さについて
専門家という存在は井の中の蛙大海を知らずなので
「自分に適した内容でないと対応しない」
と平気で上段に構えている。
もし間口を広げるとしたら、その間口まで自分の理解を戻して
再び特化、深化を深めなくてはならず、そんな時間はないと言い張る。

専門性、、、
必要なようで、使えない社会悪になっているのだが
そこを逃げ口に好きなことだけ行うクズがどんどん増えているなあ。

2019-05-16

逆走

順路と逆に進む行為。
人通りを考えれば当たり前のことだし
これが交通ルールの基礎だと思う。
しかし、これすら、いやこれを根本的に理解できない輩が実に多い。
~「自分が進んでいるのだから邪魔しないで」
~「どんな進み方したっていいじゃない」
~「前方不注意でしょ、そっちが」
って、当然のように言い出す存在を容認している。
そのうえ、交通警察のレベル低く、
交通事故になっていないものには関心なく
「互いに譲り合って進むべきです」
と他人事のように扱う。

こうやって、社会秩序は崩壊していくんだろうな。

2019-05-15

蒲鉾

練り製品の一つ。
あれ?漢字では蒲の鉾。なのに、、
もともとは、魚などの白身を棒の先につけて焼いた姿。
植物の蒲のようで鉾のようでもあったからであった。
しかし、同じ材料で板のうえに盛って、それを蒸すパターンがあり、
そのほうが保存、そして味も好かれた。
後から出てきたその食材は、板蒲鉾と言われたが、
メインがこっちになったので、板蒲鉾が略された蒲鉾になった。

これも、日本語らしく略された結果、
元来の意味が上書きされるパターンだね。
携帯って聞いて携帯するモノはなに?って聞き返せないようにね。