2016-06-30

酒屋

お酒を売っている店。
現代、酒屋自体は激減、、ほとんどなくなった。
免許制の廃止によるコンビニやスーパーの台頭。
そして、酒屋といえば、居座れる酒屋、居酒屋がメインになってきている。
お酒を飲むという行為は人類にとって切っても切れない。
その酒を商品として扱う酒屋
その酒をサービスとして扱う居酒屋、
今のでなくても人間は商品からサービスにシフトしてきたんだなあって思う。

2016-06-29

烏賊

あの10本足の白いイカである。
タコもそうだが、このイカを食べようとした人には頭が下がる。
何も知らなければ、食べられるものだろうか?
確かに食べてみればとてもうまいものだが、そのうまいを知るために
どれだけの勇気があったのだろうか?

人間初めてを行う人はすごい。
それをまねる人は本当に楽な行為だ。
コロンブスの卵というのだが、
初めての行為をもっと評価するようにしないと
コピーするだけの無価値な人間がどんどん増えるだけで
社会として、面白くないよ。

2016-06-28

出願

願い出ること。願書を出すこと。
願いということから、必ずしも成就するとは限らないといえる。
現代社会は出願について忘れていることが多い。
自分の願いが通って当然という風潮が強い。
高度成長期の日本までは願いが叶うかどうかわからない、思い通りにならなかった。
だからこそ、願ったときに嬉しさ、それをまた味わいたくて努力、我慢を心得ていた。
それがなくなったから、、
なんでも叶うが、喜びを知らないのと
なかなか叶わない願いが叶ううれしさ、
どっちが人間として充実した人生だろうか?
今の社会は本当に幸せか??

2016-06-27

離脱

UKのEU離脱が決まった。
その事実に対して日本で思うのは
日本のマスコミおよび経済界がいかに一方的な視点で報道していたかということだ。
エコノミストは、自分周りの意見ばかりだから、ほぼ全員が残留と表明していた。
そして、マスコミ報道は離脱派の意見を奇異な意見のように扱ってきた。
しかし、それは全くの逆になった。
確かに離脱をすれば、経済的、社会的にデメリットがあるかもしれない。
しかしだ、今の生活、感情的にもう許せない、
耐えられない状況になっている庶民が実に多いことがわかる。
民主主義は一人一票であり、経済単位、金銭ではカウントではないことを
証明する結果に感じてきた。
でも、、この結果、、歴史的に見て帝国主義、ファシズムの始まりに感じる。
同時期に同じような選挙で過激な発言をしている人が
国家主席になろうとしている大国があるだけに、、

2016-06-24

臨界

原子炉で,核分裂が持続的に進行しはじめる境目。
ということは、原子力という概念がないときにはこの言葉はなかったか
今までとは違った使い方をしていたといえる。
日本語はある意味、開国後、福沢諭吉や西周によって翻訳されるという意味で
作られた言葉が多い。
正しい日本語って本当はありえないと思ってしまう。
だって、どんどん作られているのだから。

2016-06-23

荒波

激しく強い勢いで立つ、または打ちかかる波。
今は、そのさまを人生に見立てて使うことが多い。
人生の苦行を立ちふさがる大波に見立てて使うのだが、
そもそも、人生の大波ってなんだろうね。
多くの場合、波のようでそれは自分以外の他人なんだよね。
人間にストレス与えるものは、波ではなく人間、人間が生み出したものでしかない。
人生の荒波とは、、、、他人との抗争そのものではないかって言えるなあ。

2016-06-22

芝居

演劇、演技のこと。
もともとは、猿楽等の芸能を寺社の境内で行った際、
観客は芝生に座って鑑賞していたことから、
見物席や観客を指して「芝居」と呼んでいた。
それが観客から演目そのものに、転化したどころか、
演ずるこという行為から、虚偽、、嘘の行為まで芝居というようになっている。

お芝居という表現はもはや、本来の意味から離れ
嘘をつくという言葉になっているのは、、、全く持って
外国人には理解できないだろうな。
いやはや、これもまた日本語の難しさ、、いや愚かしさと感じてしまう。

2016-06-21

鉄道

等間隔に設置された2本の鉄製の軌条(レール)またはそれに代わる物を案内路として
車輪を有する車両が走行する交通機関。

日本人ほど、鉄道が好きな国民はいないと思う。
それは鉄道マニアという狭義の意味ではなく
鉄道網
鉄道搭乗率
駅の間隔
定時発着
どれをとっても、身近なものになっている。
地方によっては、自動車というが基本的には鉄道の駅を中心に
繁華街が出来ていることが多い。
日本人は鉄道を前提に生活、、文化を形成していると言い切れるだろう。
ある意味、日本人は鉄道が具現化した存在ではないかって思ってしまう。

2016-06-20

注釈

既述の文章や専門用語についての補足・説明・解説のこと。
原本ありきで、それを注釈でまとめた書籍を起こすと
ある意味、同人誌に近いというべきだろうか?
同人誌レベルでは、名著になることはなく、その時代の人々に
名著をわかりやすく伝えるものになってくることが多い。
そして、注釈は意味を限定させ、そして注釈者の見解を織り込むことになるので
わかりやすいというより、原本を利用した自己主張になっていたりする。
そう考えると原本と注釈書は別の書籍になりかねないのだが、
なかなかそうはみなされず、、注釈が原本の意味とされて間違った見解が広がる。
だから思う、注釈書ではわからない、原本の真意をちゃんと把握しないとならない。
そう、真実は常に一つ、でもそれをどうとらえるかは個々人に委ねられている。
真実を知らずに注釈で議論したがる世間が実に怖いといえるようなこの時代に
強く原本回帰を求めたいものだ。

2016-06-17

熱唱

熱をこめて歌うこと。また、その歌い方。
実はこれって近代語で、歌謡曲が流行るまで使われることはなかった。
人間の人生視点でみれば、昔からあるような言葉でも
実際問題、その時の技術、風土、文化により
生まれた言葉が当たり前のようになっている。

そもそも、歌は吟じるものだったのだが、、
今では茶化すネタとして吟じるといわれているのは、、、悲しい。

2016-06-16

改訂

主に文章について述べ方、また、述べてある内容を、直し改めること。
改訂と改定、、現代人は区別せず使っているどころか
間違っていても押し切ってしまい、それが正しくなる日本語。
~正しい言葉を使おう
~言葉は常に変わっていく
どっちが正しいのかなあ、、
僕からすれば、正解がないこの社会って社会なの?しかもう思わないけどね。

2016-06-15

破竹

竹が最初の一節を割るとあとは一気に割れるさま。
破竹の勢いとは、一気に押し寄せることをいう。
竹は直線的にイメージをもつ。
伸びる方向、
繊維
そして、使い方。

それゆえ、竹は人間の生活に良く活用されてきた植物といえる。
しかし、現代では、、ほぼプラスチックに置き換わっている。
直線的で活用しやすいものから、、
なんか人間もその竹の性質から離れてしまったような。
プラスチックの攻勢の勢いはまさに破竹の勢いで、、皮肉なものだなあ。

2016-06-14

納期

商品等を納入する期限。
日本のビジネスを見て感じるのは、、、
納期より品質を重視する傾向といえる。
日本の価値観では、
品質の悪いものを納期に渡したら、自社の価値が下がるという。
それっておかしくないか?

納期は契約書に書いている。
しかし、品質については、、定性評価なところもある。
契約書に書いているほうが重要であるのは、、いわずものがな。
その納期に間に合わないで品質って言い張るのはおかしい。
引き渡していないのではないか!
そして、日本人は抗弁が下手だから品質に逃げている、そう
品質で逃げているだけだ。

欧米企業を学んだのは、
納期重視それ引き渡したものが不良品でも受け取らせればいい。
そして、その不良品に文句をつけてきたら、
相手がこちらの営業妨害をしているとして訴えることが
あるべき抗弁とされていた。
契約書を守る、そして、お金をもらうために、自分を守る。
それがあるべき姿で、品質はその副次、、いやスコープにも上がらないこともある。
それだけ、納期というものが重要だと強く感じた。

日本のビジネス、、なぜグローバルに合わないか、、
それは思い込みとバカ見たいな自己満足、、
それに価値があると思うおかしな国民性といえる。

2016-06-13

畑違

人材抜擢のときに、畑違いと評価することがあるが、
抜擢である以上、畑違いになるべきである。
畑違いだと、経験がない、その部門に慣れていないとか言い出す。
それが不安というが、、、その発想が腐っている。
畑違いを受け入れざる負えないということは
今までの経験
その部門の馴れ合い
が問題視されているからであり、
それが不安という発想からして、すでに終わっているといえる。
だいたい、畑違いを受け入れざる負えないところまでになっている組織の自覚がないことが根本的に、、不安の対象であり、問題点への意識がおかしいといえる。

そもそも、畑違いなど考えることが社会をおかしくしていると思う。

2016-06-10

綺麗

よごれ・余計なものがない様子。
その状態を求めたがることはわかるが、
そんな無垢な状態はありえない。
何かしら汚れている。
とりわけ、正しさなんてものは、
汚れの上に成り立っているので
綺麗ごとを胸を張って主張する人間はどれだけ世間知らずなんだろうって思う。
こういう人間が事実を目の当たりにしたときに
堕ちる、つまり暴走することが社会の大きな歪みといえるが
それをなかなか社会は認めないのはバカとしか言いようがない。

2016-06-09

裁決

行政庁の法律上の争訟に対する裁断行為。
国際法的に国家間の訴訟を結論を出しても、
そもそも、自分の国を裁く権利などどこにもないと言い出す国が多い。
そして、その発想が個々人も口にするようになってきた。
死刑廃止、囚人の人権などを許すような強制力のないこの世の中、
裁決を効率よく、そして秩序を回復するのは、、
悪いが、人の命の生贄が必要に感じてならない。
人のために死ぬことは名誉である価値観がまかり通るのなら、
尚更、死刑、殺戮に価値があると感じてしまう。

2016-06-08

眩暈

目が回るようなくらくらとした感覚。
実際にそうなったときは、眩暈とは言わずに救急車だと思う、
多くの場合は、相手の発言から、どうしようもないときにこういう発言をする。
言われるほうに責めを感じる昨今だが
実際問題、言っているほうの狭い考えに固執していることが多い。
眩暈がするという発言をする前に
自分自身の視野、思考の狭さを目の当たりにした
眩暈を感じるべきと思うことなあ。

2016-06-07

目抜

目貫の事。目釘のことで柄そのものでは無く、
刀が柄から抜けないように留めている釘の様なパーツ。
これが折れると刃が柄から抜けますので、
大事なことと、柄の真中にあり目立つところから、
中心となる通りを目抜き通りと言うようになった。

そんなこと、誰がわかって使っているだろうか?
目抜き通りって漢字すら変わっているのに、、
もはや語源のかけらもない。
いやはや、日本語は本当にわかりづらい。

2016-06-06

洋装

 西洋風の服装をすること。
というが、現代社会で洋装ではない衣装を着ていることのほうが少ない。
日本なのに、正装の前提が洋装であることに
なんかおかしさを感じる。
和装がすでに和装ではなくなって久しいが
そこは、現政権は、取り戻さないのか?

2016-06-03

雨上

雨が止んでからの少しの間のこと。
この状況ですごいのは、大気にごみがない状態。
空気が澄んでいる状態。
そう考えると、雨って、大規模な空気清浄器なのかもなんて思う。
考えようによっては自然界の機能を家電化しているだけなのかなあ?

2016-06-02

応答

問いや話しかけに答えること。
一見すると、普通に感じるが、
現代社会では、応答が実に難しい。
聞いていることとその答えが違うことが多い。
そのことに関して
「何を答えているんだ!」
とかいうが、
「質問内容が意味不明」
ってことが多いことに多く人は気づいていても口にできない状況になっている。

これこそ、僕はパワハラの真骨頂ではないかと思う。
問題、答えられない側ではなく
問いかける側の質問能力が極めて問題なのだが、
それを指摘すると、問いかけられている以上の問題になってしまうからね。。

2016-06-01

除菌

病原性や有害性を有する糸状菌、細菌、ウイルスなどの微生物を寄せ付けなくさせる。
衛生面でいえば、あるべきカタチで
清潔であることは、精神、社会的にも快適といえる。

しかし、菌は自然界では普通に存在し
それへの個人の耐菌が免疫力となり、
予防接種などはその発想で行われていた。
しかし、除菌から殺菌、滅菌になるようになったと同時
免疫力が弱い人間を守るために、予防接種を中止し始めた。

これって正しい方向だろうか、、
養殖より天然が高いということは
免疫力のない人間は自然児より価値が低くあるべきなのだが、、
現社会の価値観は本当にいい加減すぎると思えてならない。