2019-03-14

学校

日本人の学校感覚をみなすべきと思っている。

学校で得られるものはなんだろうか?
学力、社会生活の準備というが
それらは学校から学ぶものだろうか?

専門性の乏しい教員から学ぶより
受験の目的にあった教え方を行う予備校講師のほうが効率的である。
まして、予備校講師は市場にもまれているので
必死さが学校教員と雲泥の差がある。

そして、社会生活の準備というが
社会生活で経験しなくてもいいいじめがいつまでも続く。
いじめがなくならないのではなく
学校制度がある以上いじめは発生するという当然に結論になぜならないのか?
本当にバカらしい。
そして、学校制度がある以上
いじめの被害者が加害者を訴えても
学校という環境から加害者もまた生徒として守る立場を尊重するので
加害者を犯罪者扱いしないことも弊害以外なにものでもない。

明治政府によって発令された教育勅語。
平成も終わる今、
もう廃止すべきだと思う。

学校がなくなり、社会性がない人間が多くなるという懸念より
学校という無駄な時間といらぬ被害、加害者になりやすい環境にさらされることの危険性を
もっと真剣に理解すべきだ。

現に公立学校で起きている問題は私学では起きない事実。
それをなぜかを考えればおのずと理解できると思うが
それもわからないほど現代人のレベルが落ちてしまっているようでもあるが

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