2020-12-02

善良

善良な市民、、という言葉がある。
現代日本において、多くの人が自分はその範疇だと思い込んでいる。
しかし、
どこが善良か!
どこが市民か!
って見下してしまう。
市民という名詞にかかる善良とは庶民が思っている思い込みのいい悪いではない。
市民の定義は政治的主体性の構成員である。
ただ成人して選挙権を与えられた庶民ではない。
その定義における善良とは国家、治安に貢献していることである。
権利を主張したり国家から搾取するだけの存在は善良とはいい難い。
国家貢献のために自ら行為、権利を提供することがない現代
において市民はいるだろうか?

ただ、王権神授説に基づく市民であれば
王は神に国家安泰のために、民を生贄にすることは
国家貢献している市民だったりすることも過去にあり、
この考え方もまた現代庶民にはわからないだけに善良さの理解は難しい。

0 件のコメント:

コメントを投稿