受験や資格試験の過去問題解説や問題集において
「この問題は良問です」
と表記されているものがある。
この表記の基準が僕にはかなり不可解に思える。
基本、出題者と模範回答者は別人格であり、
出題者の意図と模範回答者の気持ちは通じることはない、、
通じてしまったら、それこそ癒着賄賂につながる。
一度大学の教授に聞いたのだが
入試問題について、
学校や予備校の講師たちが
「○○について理解しているかどうかを問う問題なので、出題者の意図を汲み取って、、」
という説明をしているが
当の大学の出題検討している人たちは
広報レベルではそれなりに考えて発言するが
問題作成の時には
「こんなことを知っていて当然、ちゃんと勉強して来い」
という発想であり、出題者の意図というレベルは
回答、解説者の自分の正当性の言い訳に過ぎないとのことだった。
僕の思いとして
問題に良し悪しはないと思う。
出題された以上、それに対して答えるだけである。
いろいろと憶測を練って考えていることは、、、
基本的に目的を異化していることになる。
ひとつ言いたいのは
良問を解くことは目的ではなく
出てきた結果を得ること、合格することであればよく
その問題がいい問題だったということにこだわるのは
その先の目的を見失っている証拠である。
資格が持っているに越したことは無いが
それを持つこと
問題の良し悪しを語ることが
ゴールになっているのはいかがなものか?
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