2010-11-25

温情

現代社会においては、スキをみせることと言い切れる。
相手のことを思い、
もし自分がされたらうれしいと思い、
温情をかけるのだが、その行為に対して、多くの庶民は
されて当然と思いになっている。

これは老若男女関係なくそう感じている節がみえる。
そんなぎすぎすした社会ではない!
っとと思っていればいるほど多くの人は傷つくし、
思っている人ほど、当然と思っていることが多い。

考えてみれば、温情行為自身、
立場の強い方から、弱い方への譲歩であり、
平等認識の強い社会では成り立たない。

温情をかけるという行為は
かけられたと認めたくない認識を触発していたり、
そもそもそれは温情ではないと立場を下と認めない憤りを誘発している
ことにもなる。

そこまで、論理だてて考えていることは稀だろうが、
温情を温情と受け取れていない社会になっているのは事実だ。

僕は不平等、差別がある社会でも構わないと思う。
それゆえに、身分の責任、敬意、温情という
人としての社会構成の思いやりが有意義になると確信しているからだ。

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