日本人は力量を間違えやすい。
例えば、
槍の扱いがとてもうまい人を戦上手というが、戦争は槍では戦略、戦術の世界
優秀な営業マンが必ず優秀な経営者とは限らない
どぶ板選挙活動で当選したからと言って、画期的な政治、改革はむしろできない
日本人の大きな間違いは
積み上げをすれば、キャリアできるという発想が正しいと思っていることだ。
今までの国としての成長経験が右肩上がりゆえに
なんでも経験して、一流になっていくステップアップ論理が成り立ってきたが、
これだけ専門的になってきた行動技術社会ではそれでは力量を図れない。
外国の経営者にたたき上げが少なく、他企業からくる者が多いのは
経営者というスキルあってのこと。
その会社の業務は業務であって経営ではないからだ。
皮肉なことを言えば
自由と平等な国、アメリカの娯楽映画のサクセスストーリーに
努力をする作品はひとつもないどころか、
努力をして見返そうとする人間はむしろ敵キャラ。
ディバイン、天性でそうなる定めのものが主人公であり、
誰でもなれるものではないという傾向である。
力量は努力ではなく、生まれ育ちできまるものであり、
努力は既存秩序への抵抗、批判なのが
悲しいかな、、、実質国際基準だったりするのである。
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