共同の目的のために行動をともにする誓いを結ぶこと。また、その組織。
という言葉の定義の裏腹に、
同じような組織体連盟が多数存在すること事実にどう思う。
大きいところでは、経団連と新経団連とか
身近では、PTAと保護者会
など。
一見すると、
共同の目的のために行動をともにするのだから、
一緒にやればいいのではないかっと思ってしまう。
実はここが人間というものの性である。
共同の目的 という真の意味は
あいつと一緒にやりたくない
自分の主張が通らない時点で目的と外れている
というポイントがある。
連盟における共同の目的とは
根本的に、自分が生き抜くための条件であり
達成することなどどうでもいいということが事実である。
それゆえ、同じような連盟が多く立ちあがり、
聞こえがいい、共同の目的からしたら、
そんな連盟の乱立では難しいということも
そもそも、共通の目的という建前でしかないという人間の性からすれば、
いたし方ないとしかいいようがない。
そんな建前と本音が、人が結ぶ連盟なのだから。
2014-07-30
奨学
学問や学術研究を奨励すること。
僕は奨学行為と奨学金は同じ言葉にしないほうがいいと考える。
奨学という行為に対して
研究開発
公共、公立学習施設設置
はあるべきだが、
現代の奨学金は
学問や学術研究というより、
就職予備軍への貸付に成り果てているし
それについて、返済できないことを恥じないような輩が
学問や学術研究を奨励を受けた人間のすることか!と思ってならない。
経済的に苦しくて、学ぶことができない。
その人たちに救いの手
そんなで救われる輩など、たかが知れている。
有能で未来ある者は経済に関係なく才能を発揮しているし、
そうでなくても一旗揚げる覚悟の輩は
自己努力で学問ではなく、実技、技術を身に着ける。
天は助くる者を助く
奨学金目当て者をそう思い込むのは愚かとしか言いようがない。
僕は奨学行為と奨学金は同じ言葉にしないほうがいいと考える。
奨学という行為に対して
研究開発
公共、公立学習施設設置
はあるべきだが、
現代の奨学金は
学問や学術研究というより、
就職予備軍への貸付に成り果てているし
それについて、返済できないことを恥じないような輩が
学問や学術研究を奨励を受けた人間のすることか!と思ってならない。
経済的に苦しくて、学ぶことができない。
その人たちに救いの手
そんなで救われる輩など、たかが知れている。
有能で未来ある者は経済に関係なく才能を発揮しているし、
そうでなくても一旗揚げる覚悟の輩は
自己努力で学問ではなく、実技、技術を身に着ける。
天は助くる者を助く
奨学金目当て者をそう思い込むのは愚かとしか言いようがない。
2014-07-29
特典
特別に与えられる恩典。
現代社会はこの特典で問題がおきている。
市場において
特定の購買条件を満たすと特典がつくこと、
販売促進、つまりプロモーションとして常套だが、
その条件を満たさせないで、特典がもらえない人が
「そんな条件がおかしい、私にもあたえるべきだ!」
と平気で主張する。
将来的な潜在需要を掘り起こすために
その主張に答えてしまうと
わざわざ条件を満たすためにアクションした人から
「なのために、条件を満たしてきたと思っているのだ」
と既存の支持層離れを起こしてしまう。
僕は思う。
どんどん特典での付加価値をつけるべきであり、
そして、条件を満たさない意見を切り捨てるべきだ。
特典のためにいろいろと支出することは無駄遣いではなく
市場活性化である事実をもっと理解するべきだし、
条件を満たさないで騒ぐことは
重要と供給論理に従わない愚かない意見で
恥じるべきということを強く躾なくてはならない。
主張すれば通る甘い社会ではなく、
対価を支払う、そのためにも労働して収支をあげることが
健全な社会であることをもっと、現代人に思いなさせないと
これからの経済社会は成り立たないといえるのだから。
現代社会はこの特典で問題がおきている。
市場において
特定の購買条件を満たすと特典がつくこと、
販売促進、つまりプロモーションとして常套だが、
その条件を満たさせないで、特典がもらえない人が
「そんな条件がおかしい、私にもあたえるべきだ!」
と平気で主張する。
将来的な潜在需要を掘り起こすために
その主張に答えてしまうと
わざわざ条件を満たすためにアクションした人から
「なのために、条件を満たしてきたと思っているのだ」
と既存の支持層離れを起こしてしまう。
僕は思う。
どんどん特典での付加価値をつけるべきであり、
そして、条件を満たさない意見を切り捨てるべきだ。
特典のためにいろいろと支出することは無駄遣いではなく
市場活性化である事実をもっと理解するべきだし、
条件を満たさないで騒ぐことは
重要と供給論理に従わない愚かない意見で
恥じるべきということを強く躾なくてはならない。
主張すれば通る甘い社会ではなく、
対価を支払う、そのためにも労働して収支をあげることが
健全な社会であることをもっと、現代人に思いなさせないと
これからの経済社会は成り立たないといえるのだから。
2014-07-28
無恥
恥を恥と思わないこと。
この考え方自体、
グローバルでは鎖国的な発想となっている。
例えば
欧米人のように馴れ馴れしい、厚かましいことを
日本人は恥に思う。
また、
中国の品質管理について、
加工業者として、恥かしくないのか!とかいう。
しかし、
それは思い込み、
日本人のその恥ずかしさの発想自体が
国際感覚として、恥ずかしくないのか!
って言われかねない。
また、日本人同士でも
私のそんなことをするなんて、恥知らず。
あんな価値観でよく恥ずかしくなく生きているなあ
って互いに言い出す。
日本人の恥の感覚、、
もしかしたら、根深い恐ろしい問題かも??
この考え方自体、
グローバルでは鎖国的な発想となっている。
例えば
欧米人のように馴れ馴れしい、厚かましいことを
日本人は恥に思う。
また、
中国の品質管理について、
加工業者として、恥かしくないのか!とかいう。
しかし、
それは思い込み、
日本人のその恥ずかしさの発想自体が
国際感覚として、恥ずかしくないのか!
って言われかねない。
また、日本人同士でも
私のそんなことをするなんて、恥知らず。
あんな価値観でよく恥ずかしくなく生きているなあ
って互いに言い出す。
日本人の恥の感覚、、
もしかしたら、根深い恐ろしい問題かも??
2014-07-25
陪審
民間から無作為で選ばれた陪審員(ばいしんいん)が、刑事訴訟や民事訴訟の審理に参加し、
裁判官の加わらない評議によって事実認定と法の適用を行う司法制度
裁判員裁判
僕はこの制度発足から、バカだと思っていて
結果今予想通りの結果になりつつある。
控訴、上告されて、裁判員裁判の結果がどんどん覆ってきている。
裁判員裁判の結果に比例してどんどん増えている。
そんなの当たり前だ。
裁判員というから話だからおかしくなる。
これをあなたの仕事と置き換えよう。
今まで努力や資格試験によって身につけてきたやり方、ノウハウで仕事が効率化されてきた。
そこに、国の命令で
「これから無資格の人が君の仕事を行う。」
となって、やってきた。
あなたが今までやってきたことが通じず、
感情に任せて判断されてしまう。
それにより、いらぬ作業、ありえない結果による対応でてんてこ舞い。
その上、その結果について、上位機関は今までどおりであれば
その行為そのものを否定するだろう。
なんのために今まで培ってきたノウハウか!
プロを馬鹿にするな!
ってね。
プロ意識を持つということは上記になるという結果でもある。
その上、司法は
法の番人
三審制
身分が憲法で保証されている
ということから、素人が出てくることを認めていないことが容易に理解できよう。
三権分立
でも、裁判員裁判を、行政、立法、司法を強制した。
根本的に考え方腐っているということをなぜ、現代人はわからないのかなあ。
裁判官の加わらない評議によって事実認定と法の適用を行う司法制度
裁判員裁判
僕はこの制度発足から、バカだと思っていて
結果今予想通りの結果になりつつある。
控訴、上告されて、裁判員裁判の結果がどんどん覆ってきている。
裁判員裁判の結果に比例してどんどん増えている。
そんなの当たり前だ。
裁判員というから話だからおかしくなる。
これをあなたの仕事と置き換えよう。
今まで努力や資格試験によって身につけてきたやり方、ノウハウで仕事が効率化されてきた。
そこに、国の命令で
「これから無資格の人が君の仕事を行う。」
となって、やってきた。
あなたが今までやってきたことが通じず、
感情に任せて判断されてしまう。
それにより、いらぬ作業、ありえない結果による対応でてんてこ舞い。
その上、その結果について、上位機関は今までどおりであれば
その行為そのものを否定するだろう。
なんのために今まで培ってきたノウハウか!
プロを馬鹿にするな!
ってね。
プロ意識を持つということは上記になるという結果でもある。
その上、司法は
法の番人
三審制
身分が憲法で保証されている
ということから、素人が出てくることを認めていないことが容易に理解できよう。
三権分立
でも、裁判員裁判を、行政、立法、司法を強制した。
根本的に考え方腐っているということをなぜ、現代人はわからないのかなあ。
2014-07-24
仮説
真偽はともかくとして、何らかの現象や法則性を説明するのに役立つ命題。
最近、仮説&検証という言葉がちやほやされていた。
僕からすれば、それは昔からの研究開発以外何者でもないと確信している。
仮説検証って結構都合がいい。
それを行っている人はその検証結果に
◯ならば、「仮説は正しかった」
☓ならば、「なぜダメか分かった」
と言い張る。
しかし、それは当事者の言い分であり、
その仮説検証を観ている側からすれば
◯ならば、「そんなわかりきったをなぜわざわざ行う」
☓ならば、「無駄な時間を使いやがって」
となる。
仮説検証を行う場合
それを誰からも邪魔されない権限と予算が必要であり
景気が良くなっているからと言って、、
いや、景気が良くなっているからこそ、
そういう訳のわからないところにリソース配分することはできなくなっているといえる。
結局、仮説検証行為と言われることも
それはだたトップダウンでの研究開発費にすぎない。
現場サイドの思いではないという事実を常に意識しなくてならないといえる。
最近、仮説&検証という言葉がちやほやされていた。
僕からすれば、それは昔からの研究開発以外何者でもないと確信している。
仮説検証って結構都合がいい。
それを行っている人はその検証結果に
◯ならば、「仮説は正しかった」
☓ならば、「なぜダメか分かった」
と言い張る。
しかし、それは当事者の言い分であり、
その仮説検証を観ている側からすれば
◯ならば、「そんなわかりきったをなぜわざわざ行う」
☓ならば、「無駄な時間を使いやがって」
となる。
仮説検証を行う場合
それを誰からも邪魔されない権限と予算が必要であり
景気が良くなっているからと言って、、
いや、景気が良くなっているからこそ、
そういう訳のわからないところにリソース配分することはできなくなっているといえる。
結局、仮説検証行為と言われることも
それはだたトップダウンでの研究開発費にすぎない。
現場サイドの思いではないという事実を常に意識しなくてならないといえる。
2014-07-23
既読
僕はSNS系に触れないようにしているが、
既読についてはいろいろと物議があるようだ。
しかし、面白いのは
そんな既読に目くじら立ている輩ほど
業務上の日報、週報のレベルが低く、
それに対しての提出先の既読への興味が無いときている。
相手に読んでもらいその反応を知るターゲットが間違っているとか
言いようがない。
その進化の先かどうかわからないが
SNSでビジネスをする企業にも関わってきたが
僕は経営者、先見性のある人間として
断言できるのは、
そのやり方は永続性、コミットメントが見いだせない。
既読やいいね!に拘束力が成り立たないし、
電子立証が当分認められないこのご時世において
そうさせるわけにはいかないだろう。
既読という概念の
読んでもらえないか側に力を持たせることがおかしい。
むしろ、読まずにはいられない状況づくりに気を回すべきということを理解すべきだ。
既読についてはいろいろと物議があるようだ。
しかし、面白いのは
そんな既読に目くじら立ている輩ほど
業務上の日報、週報のレベルが低く、
それに対しての提出先の既読への興味が無いときている。
相手に読んでもらいその反応を知るターゲットが間違っているとか
言いようがない。
その進化の先かどうかわからないが
SNSでビジネスをする企業にも関わってきたが
僕は経営者、先見性のある人間として
断言できるのは、
そのやり方は永続性、コミットメントが見いだせない。
既読やいいね!に拘束力が成り立たないし、
電子立証が当分認められないこのご時世において
そうさせるわけにはいかないだろう。
既読という概念の
読んでもらえないか側に力を持たせることがおかしい。
むしろ、読まずにはいられない状況づくりに気を回すべきということを理解すべきだ。
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