解っていないいない不安要素が明確なこと。
尊敬してやまない僕の親方の意見は
「わかるところは後回し、もしくは任せた輩が助けを求めたときに
行えばいい。その方が自分の価値を高めてくれるぞ。
今やることは、わからない事象をいかにわかりやすく切り崩していくかだ。」
多くの人間は解らないところを後回しにして
出来るところだけをやるようにする。
現在の日本の教育の典型例だといえる。
しかし、ビジネスの社会においては解らないことを後回しにすることは
問題を先送りしているだけで、時の利益損失になったりするだけでなく、
解っているから行った行為も解らなかったことが解析されると
影響を受けて手直しをすることになり、返って工数が発生してしまう。
それに、社会人としての成長、ステップアップと口にしながら
解っていることばかり行っていることは論理矛盾ではないのか?
解らないことに挑み、克服することがステップアップだろう。
解らないということに対して、
アプローチを複数、効果的な汎用性のあるものを
どれだけ持っているか、それがポテンシャルといわれるものではないだろうか。
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