ある事についてもっている考え、それをあらわすこと。
ここに示すように、この雑記は僕の意見そのものだろう。
自分自身を他人に示すことは、
自分の言葉、考えをまとめた意見そのものだと考える。
つまり、意見なくして、存在なし。
異論ないまま、他人に同意するということ重要だが、
なぜ同意するのか、
その根拠たる意見を自分なりにまとめておくことが重要である。
古来日本は
「男はだまっていても伝わる。」
「背中で語る。」
この表現が大和男子の理想とされていた。
意見を持たずに黙々と、、
それは、田畑やひとつの技巧に特化した、
他人の力を必要としない生業なら成立するが、
現代の商法の下の企業体に属する社会人では成り立たない。
他人との情報共有が必須条件であるからだ。
だから、会社の生産性に比例して、
自分の意見をもって説明する能力が問われている。
アカウンタビリティー、その能力が培われて、
個々人が意見をもって企業体の活動にあたることが
概ね国際企業としても渡り合えると僕は考えている。
今は、意見のほうが企業活動より大きいとしても、、、
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