目に見えない形而上の事象の蓄積はどうやって測れるものか?
目に見える存在は、測定単位基準である程度、客観的に測ることはできる。
そして、その蓄積量については、
どれだけ、市場、社会から自分の分と切り離して所有しているかを
推し量ることもできる。
しかし、形而上のもの、技術、知識、のようなものの蓄積表現は
目に見える形而下の存在と全く逆の論理になる。
測定基準がないから、蓄積量もわからない
蓄積量は社会から切り離しているというより、社会に貢献していることにつながる。
組織として
技術力、知識量、等を対外的に誇れるようになるためには
自薦ではなく、他薦という、自分らではない人たちからの評価が
ある意味、組織としての蓄積量の評価になるといえる。
そのためには、
自分たちの形而上への取り組みを
体系だてて、各位が理解して
そして、外部の人間に対して、
各位が組織として定まった手順、説明を展開できるようになっていることと思う。
その枠組みがあるからこそ、枠組みだけに
’こぼれない’のではないかって心身ともに感じる。
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