2021-09-21

無縁

縁が無いこと。ゆかり・関係が無いこと。
因果律、説明責任という概念がある以上、
無縁であると言い切ることは無理と思っている。
なぜなら、縁があるから多くの人はその事実と紐づける。
無縁かどうか、受け取る側の思いでしかない。
説明を求められて
「関係ありません」
「全くノータッチです」
という発言は説明になっていない。
この手の説明に対して
「××の観点で○○の行動にでた」
「意識をしていないわけではないが、判断基準は別に△△で」
というべきなのに。。

説明を求めるくせに
他人からの説明をマスコミの多くが
上記をしていないことに報道、放送のクズさを感じてしまう。

2021-09-17

就社

会社に勤務すること。 その会社に新しく勤め始めること。
日本では就職=就社の一般概念のままなのに
非正規雇用が進んでいる。
なんか異常だなあ。
職に就くという概念はすでに崩壊している。
そもそも職業選択の自由であり
技術の専門化、行動細分化が進んでいる昨今。
職という概念に固執し続けると付加価値が見いだせず
市場評価は下がるはずなのだが、、
就社に守られて自分の価値が高いと錯覚し続ける。
いったいいつまで日本は正規雇用主義と能力主義という
歪んだアサインを続けるのだろうか?

2021-09-16

恩顧

情けをかける、よく面倒をみること。
「恩顧を被る」
「恩顧に報いる」
という表現がある。
現代社会、恩顧を感じているだろうか?
自分はされて当然だ
他人は自分に奉仕するものだ
という認識、行動が多すぎる。
恩顧かそうではないかとを分けることはあまり好ましくないが
軸として思うのは、対価だろう。
十分な対価を支払っていれば、恩顧を受けたと認識しなくても、、
と思うが、現代人が十分な対価を支払っていると思えない。
その結果、他人との接し方が攻撃的、無感情、、希薄な関係になる。
この先にある個人自分主義の末路がどうなるのか?
ちょっと実験的にこの社会を神瞰していこうっと。

2021-09-15

害獣

人間活動に害をもたらす哺乳類に属する動物一般。
実際に起きた事実。
ある地域だと猫の足が切られるという事件が起きた。
飼い主は地域住民に対して、損害賠償を訴えた。
しかし、その地域は古くからの農業エリア。
農作物で生計を立てている。
その農作物、農地を荒らす動物の足を切ることは
地域の風習だった。
新興住宅として引っ越してきたその住民にとっては
農作物<愛猫の自由を訴え
「命のほうが重要、そんなに重要なら農作物を守らないほうが悪い」
と主張を続けた。
その結果、、、、、まーーこれ以上は触れないほうがいい。

この話の一番の害獣は、、、人間そのものってことだね。

2021-09-14

混迷

道理に暗くて、分別の定まらないこと
混乱して、分別に迷うこと。複雑に入りまじって、見通しがつかないこと
意識はあるが、外部からの刺激に反応しない状態

漢字も混迷、昏迷と複数ある。

昏迷という熟語自体がすでに昏迷しているのか??

2021-09-13

熟度

果実などの熟し具合、転じて人間の熟練度。
役割分担、最適化と熟度はねじれの位置にあると思って
神瞰に人間をみている。

配置する人間は
効率化、コストの問題で少ない人数で役割分担をさせていく。
対して、そこを使う顧客側は
自分の効率化の発想で、ワンストップで終わらせたいから
役割分担など関係なくすべてを丸投げしたいし
その担当がいなくても同じことができる人がすぐにいるべきと考える。
そして、配置される側の人間は
自己実現、体調管理のために自分の興味のある仕事をしたい
もしくは自分のやるべき仕事ではないと思い出す。

熟度の高さは
配置する側:役割分担の選択肢
顧客   :自分のためになんでもできること
担当当人 :自己実現の手段
と全く違う価値観なんだから、
能力主義、スキルアップなど
現時点の社会制度では破綻していると言わざる負えないのでは?

2021-09-10

増床

床面積をふやすこと、
今はベッド数をふやすこと、の意味だメインか。
増床を口にするときに本当に多くの庶民は面積論、2次元でしか語らない。
面積が増えるということは
その分の機材、保全などの機器だけでなく
それを扱える人材が必要になる。
多くの問題はその人材である。
ただ、人を入れるだけでは広いエリアをただ混乱させることになる。
また集められた人々はそれまでのやり方や各地の特殊性で
行動所作の微々たる違いから他人へのストレスを感じ
これまで通りのパフォーマンスを出せないことがあり、
そこにまた、増床を口にするバカがクレームをつける。

「口を出す前にまず手を動かせ」
という日本の慣用的な表現が、説明責任で影を潜めているが
この言葉こそ、本来のあるべき指摘では?
「だまって働け」
「何もできないなら口をだすな」
の昭和的統制が今、求められているのでは?