2015-06-09

葛籠

漢字で書くと難しいが
これは、舌切り雀に出てくる つづら である。

葛のつるや竹で編んだ箱のことだが、
それを見ると思う。
昔の人は、学はないかもしれないが
器用でかつ才能に長けていると感じた。

だって、この葛籠を各家庭で編んでいたのだから、
現代人では到底無理なことを平然とやっていたと見受けられる。

情報化社会
生産の効率化で
人は知識、考え方のレベルは高度化したが、
モノづくり、手作業においては
日本人は退化したのではないかと思ってしまう。

2015-06-08

怨望

うらみに思うこと。
妬んで、相手を追い落とそうとすること。
噂によると、福沢諭吉翁が勝手に作った造語らしいが、
今では一般語なのかもしれない。

日本の価値観ならば
怨望を抱くくらいなら、
それ以上に、自分を磨き追い抜けばいいと言い出す。

しかしだ、
会社、経済、、、そして政治をみても
怨望のよる足の引っ張り合いしかない。
それが人間の本質だと思う。

怨望を持つなっていう胡散臭い言いようはやめて
怨望を他人に抱かせる、もしくはその怨望を認め、相手を追い落とす策の一つに
価値観のある副産物を求めるような指導こそ、現代人として人間味のなる指導ではないかと
強く思っている。

boys be envy

少年よ、怨望に向き合え。

2015-06-05

業務

日常継続して行われる職業上の仕事。

でも、本来の意味は
カルマの務め、
カルマとは行為で生じる罪悪のことであり、
業務とは
自らの行いで生じる罪への務めと読めてしまう。

なんか、悲しいな。
仕事をすることって。
まー、経済という概念ないときに生まれた言葉、業務というものであり
一概に発祥起源に合わせた理解でなくてもいいのだけど。

2015-06-04

品定

人や物の優劣やよしあしなどを批評し判定すること。
ある意味、上から目線である。

品定めができることは供給過多の状態といえ、
ある種、飽和な経済、社会状態といえる。

しかし、この品定めの感覚が現在、悪い方向に向かっていると思っている。
品定めできる立場ではない人間が分をわきまえず
品定めをしていることが目立つ。

「これで嫌だ、もっといいものをもっと安く」
「自分はこんな地位のはずはない、もっと好待遇であるべき」

という事象が目立つ。
自己主張の本質、品定めのTPOをわからずに
この手の事象が目立つことは
あり得ない供給の要請
必要としない需要の容認
という市場経済が成り立たない結果がおき
経済をゆがめているということになっている。

~人手が少ない
~価格が見合わない

などいろいろ言われているが
そもそも市場が成り立っている条件が狂っているのではないかと常に思ってしまう。

2015-06-03

始末

 物事の始めと終わり。始めから終わりまでの細かい事情、または成り行き。いきさつ。
ある物事の最終的な状況。特に、よくない結果。
基本、滅却に該当する用例で使われるものといえる。
ある意味、自分でまいた種の刈り取りという意味であろうか?

外国語によっては、単語に性差があるように
日本語も同じような意味に対して、陰陽が見え隠れする。
この始末などは意味合いからすれば、陰に属するような。

その点について、なかなか言及されないのは
日本人の感覚が鈍感なのか、それを理解することができないのか?
まー、こういう言語学はなかなかフォーカスされないから
実際には誰かが研究していたかもしれないのだが。

2015-06-02

片付

物を、適当な場所にきちんと入れ納める。

この言葉の定義を理解すると、
部屋が荷物であふれているということは
狭義の意味では、片付けができないのではない。
だって、入れ納めるところがないのに手に入れていることであり
片付けと関係がないないといえる。

現代日本人は
都合のいいように言葉を変えていることが
よしとしながら、それでいて正しい日本語とか言い出すが、
この片付けのような使いかたを異化させたまま使い続けることが
元来の意味を分からずに、おかしく伝播していくことになることが
正しい日本語とは程遠いということが今の日本人には
そもそも、正しい日本人という定義もないのだから、
この混沌としたことが日本と定義できるのではないか。

2015-06-01

賞味

食べ物のおいしさをよく味わって食べること。
賞味期限とは
劣化が比較的遅い食料品を包装状態のまま所定の環境に置いた状態で、
製造者が安全性や味・風味等の全ての品質が維持されると保証する期限を示す日時であり、

賞味を本当に考えたら、新鮮なものほうがおいしいはずだから
製造年月日であるべきだが、
アメリカに脅されてこうなっている日本の弱さを感じる。

基地問題、貿易摩擦とか
いろいろとアメリカとはやられ放題のような気がする。
それなりの理由があるからこそだと思うが
言われるがままではなく、
こっちのほうが優位を示して支配的にならない限りは何やってもダメだと思う。

そう考えると、
食の味など本当の意味での本質取り戻すためには
やはり、武力とか力が必要だと思うなあ。