2016-04-11

常世

永久に変わらない神域。
死後の世界でもあり、黄泉もそこにあるとされる。

現世と対になる言葉だと思うが、
現世が永遠ではないということではないような気がする。
つまり、人の命は短いが、現世はずっと続いているといえる。

哲学的だが、死という一瞬を永遠と考える仏教的思想の常世という概念。
現代社会ではそういう考え方、思考はなかなか受け付けられなくなったが
それが、心の余裕をなくした、乾いた社会に感じてならない。

2016-04-08

錯視

視覚に関する錯覚のことである。
視覚といいながら、脳内補完でそう見えてしまうものであり、
目のせいというより、脳の生理的な、社会生活のための変換である。
そう見えないと社会的にきついから、そう見えてしまう。
錯覚を起こしているのは、、脳や目なのか?社会そのものか?
なんか人間の性を感じるね。

2016-04-07

難解

わかりにくいこと。
これは読み手、受け手ではなく、
書き手、送り手の問題である。

難解ということは相手のことを考えていない証拠。
相手を意識ないで表現することになんの意味があるのだろう?

でも、結構現代社会ってこの傾向が高いよね。
自分を分からないほうが悪い論理、、社会全体として難解ですねえ。

2016-04-06

湯浴

湯にはいって、体を暖め、また洗うこと。
シャワーが一般的になってきた、現代日本の入浴習慣。
しかし、湯浴みに対しては恒久的に評価されている。
湯治や半身浴など、いつの時代も湯浴みを求めている。

温泉や銭湯で成り立っている日本文化。
湯浴み、それ自身がある意味、日本文化そのものかもしれない。

2016-04-05

老化

生物学的には時間の経過とともに生物の個体に起こる変化。
成長と老化は違うというが、どこの起点で老化というのだろうか?
退化が進化の一部であると同様に
老化も成長の一部と僕は考える。

成長を望むが、老化を嫌う。
ではどれをもって老化と思うのか?
それはある意味、主観と思い込み
それを老化と見なすかどうかは個人の判断だといえる。

老化というものを意識しすぎることがある意味、
老化そのものではないかと考えてしまう。

2016-04-04

点描

線を使わず、点の集まりで絵を描く技法。
点描画といえば、スーラなどの新印象派があげられるが、、
実際問題、現代人が目にしている画はすべて点描といいきれる。

デジタルの画像は画素による点描であり、
ドットプリンターで印刷されているものもまた点描である。
点描の点が裸眼では認識できないくらい細かくなっているからこそ
意識しないが、目に映るものはすべて点描といえる。

もしかしたらだが、網膜に映っている映像情報も情報というレベルで
点描で認識しているかもしれない。

物事は点の塊で形成されている?
まーー、だからといって、点と思い込んでいる汚れの塊に固執する輩が
平然と生きているのはどうかなあって思うなあ。

2016-04-01

妖刀

妖気を帯びた刀。
科学的には、ただの刀だが、その過程でそう言われる。
ちょっと待てよ。

そもそも、刀って基本、人を斬るもの。
それだけで妖気を帯びていないか?
聖剣
破邪の剣
とは中二病的に神聖化して武器をとらえるが、、
殺人凶器には変わりない。

刀に憧れ、そして忌み嫌う。
人間の殺人衝動とその反省の具象化って思うのは
哲学的なのかなあ。