2014-06-10

序数

物の順序を表す数。
1,2,3,4~

当たり前のようなになっている連番認識だが、
それって本当に連番管理されていているのか?
ということが現代社会になっている。

例えば、
同時に大量なデータ受信したときの優先度
複数の作業を行うときの処理の順番
能力主義とされる場合の優秀な人材ランキング

本来ならば
一定のルールに対して、その序数的順番が振られるが、
その一定のルールが、人間としてできないことが多い。
出来ない理由は
・目視、可視化できないくらいの高速、マイクロの差異
・複雑な依存関係からどこがどこに影響するかの因果把握
そして
・人間としての好き嫌い、自己判断による社会的地位の脅威
が挙げられる。

順番通りにすべきだが、
人間というものは、
自分の思っている順番こそという思い込みや
その順番にせざる負えない社会制度がある以上
正しい序数管理は無理といえる。

2014-06-09

運営

団体などの機能を発揮させることができるように、組織をまとめて動かしていくこと。
では、
経営
運用
との違いは?

日本語においては、ニュアンスの違い、
文脈上、なんとなくで使わることになると思う。

基本的に、営利、非営利、であっても
組織を機能として動かすことは、
人の運営であり
財の経営であり
仕事の運用であるからだ。

人、金、物、の管理は
人間社会が存在する以上永久な課題だ。
貨幣ない社会という発想もあるが、
金というのは、交渉をスムーズにする手段であり、
組織を回すのはその交渉そのものといえる。

運営、経営、運用は
一言でいえば、他人との交渉を上手く方向づけていること。
その一言で言いきれよう。

2014-06-06

大胆

思い切りよくやってのけること。
しかし、世間ではやり過ぎといわれる。

この世は何をやっても批判される。
繊細に行動するれば、意味が無い。
適切に行なっても、もっと効果的にできる
大胆にやれば、やり過ぎだ。
実に他人の評価は馬鹿らしい。

でもそこを逆手にとって、
自分の管轄下にはその逆を感じ取ってほしく思う。

どんな行動にも意味がある。
そして、その勢いの強弱でどうなっていたかの考察を教えてやることだ、
大胆な行動に批判することは実に愚かだ。
だって、大胆な鼓動も出来ない愚民がやらないことを正当化させるだけの
実に非生産性なことだからだ。

2014-06-05

雛壇

雛祭りに、雛人形や調度品などを並べて飾る壇。
一番上が、お内裏様とお雛様。
それから、下位に行けば行くほど身分が低くなる。

しかし、時代は変わり、雛壇の意味が全く変わっている。
映画館の席
集合写真の台座
そして、
芸人が座る大道具
となっている。

核家族、集合住宅住まい、習慣の非継承から
雛祭で雛壇をだす家庭が激減しているので
子供によっては雛壇という存在すら知らない家もあるそうだ。

だから、雛壇の定義も崩れ
お内裏様ではなく、
一番下の手前が一番重要な席となっている。

映画館においても、プレミアシートがそこだったり
集合写真の中心人物の位置
雛壇芸人で人気のある人の席

は一番手前の席だから。

時代は変わる、これもその一つかもしれない。
ゆくゆくは
雛壇というものを飾る奇妙な行為
お内裏様って誰?
となっていくのかなあ。

2014-06-04

猟奇

奇怪・異常なものに強く興味をひかれ、それを捜し求めること。
現代社会では、殺人事件の接頭語のように使われる。
が、
そもそも、猟奇って定義自体おかしいのではと思う。

殺人と行為自身、それだけで既に猟奇的という言うべきだろう。
それをあえて、猟奇的とつけること、
それを猟奇とするかしないかの明確な判断がないといえるのに、

また、考えてみれば、個性、価値の多様化で
他人の嗜好を認める認めないすら、
勝手に思い込んでいる時代なのだから、
他人がすべて、猟奇と感じるかもしれない。

例えば、
小魚の踊り食いをする人を
「生き物を丸呑みするなんて猟奇的」
と言い出す人間がいて、
その人間はステーキをレアで食べている。

踊り食いをする人からすれば
「血が滴るような肉を食べるほうが猟奇的」
と反論することもある。

第三者からすれば
ただの食事、調理の問題だと流す事もあれば
そんな食べ方すべて猟奇的だと言い切って騒ぐ人もいるし
その騒いでいる人に対して、また、必要以上に騒ぐなんて、狂っている、猟奇だ。
とまで派生する。

つまりは
自分からみて他人はすべて猟奇とみなせてしまうそんな社会なのであると。

2014-06-03

公準

一般には,証明はされないが,証明の前提として要請される基礎的な命題。
、、なんと曖昧な言葉なんだろう。
この言葉を使うのは、、経済学の世界くらいだろう。
それゆえ、、公準という言葉自体、
社会として認めてもいないかもしれない。

そう考えると、
日本語の熟語の中でどれくらいが使われているいるのか、
いや、どれだけ使われずに消えていくかのことをまとめて
’公準’化させてもいいのでは?

2014-06-02

住民

そこに住んでいる人々、、
僕が思うに住民って概念が狂っていると思う。

一般的な学生、社会人の生活の多くは
校舎
職場
であり、住んでいると言われる場所、住所は
衣食住の拠点といわれるが、そこに時間的に長くいたりしない。
ある意味、
純粋に住んでいるのは、通勤通学先と言えないか?

そして、気になるのはその地域への自治だ。
ただ寝ているだけのところに納税、選挙権を持っているが
実際に改善されてほしいのは勤め先の方ではないだろうか?

とりわけ納税は
納税している企業より
住んでいる人のほうが、納税額以上に受益を得ているのではないか?
受益者負担が間違ってきている。

この矛盾にそろそろ気づくべきで
社会制度の根幹がすでに変わっているので
仕組みもそれにあわせるべきと考えることを
これからの政治制度の検討ではないだろうか?

自己権利だけの政権奪取、分党とかはもうどうでもいいので。