懇切丁寧にと用例が多い。
でも思うに、いくら懇切丁寧に説明しても
わからない輩には無理で「わからない」って言い出す。
こちらからすれば、
ただ「わからない」という言わず
「どこがどう理解できないのか」を相手に伝えるために
教育を受けているのでは?
こういう輩は野放しにせず
義務教育でこういうことに気づけない人間を
オミットすることが社会全体の向上にならないか
個人、人権を守るためには他の個人を守るために
邪魔を消すのもまた権利では??
よく人間が安易に使ってしまう '熟語'をタイトルを挙げて、 その熟語に対して、 辞書的に意味、 現社会において意味が改悪されつつある事実、 について CEOとして、 自分の経験則として、 の見解を論じようと思う。
相場がどんどん下落する中で、あえて買いを入れる、
もしくは相場がどんどん上昇する中で、あえて売り建てる取引
証券用語だったが、今では
あえて社会の流れと逆の行動すること に使ったりする。
逆張りと言われることの多くは成功事例の後付けだ。
もしくはその結果を目指しての自分の行動への言い訳だったりと。
普通は失敗、損をすることが見えているが
そうではないということを狙っている。
基本、失敗することになり、やっぱりとなるが
まれに逆張が当たると、、、、
それを誇張し、そしてそれに続こうとする。
それって、かけ事じゃん!
なんだかんだで、人間はギャンブル嗜好なんだな。
物を買い取る値段や、商品を仕入れたときの値段、
または商売で品を仕入れたときの元値
~ネットによる全国規模の値下げ合戦
~転売による希少品の高価格化
すでに定価の買値が破綻している。
これって、、、、あるべきカタチではないだろうか!
需要と供給が成り立っている自由市場の理想形では?
転売を不当というが
みんなが統一価格で誰でも手に入れられるって
破綻した社会主義の発想ではないか!
そもそも、転売って卸業そのものではないか!
同じことをしているのに、こっちはいいけど、あっちはダメって。
転売での買値統制ではなく
~大量供給体制の早期構築
~欲しい人を見極めて売る販売チャネルの構築
~転売だろうがどうしても買いたい、売りたいのマッチングの正当性
を取引の仕組みで徹底すべきではないか。
欲しいものが思う価格で買えずそれを転売者に八つ当たり
ってある意味、自由主義批判そのもので危険な発想では?