悪事の報いとして自然に来る禍
でもさーこれって
庶民が自分にとって都合の悪い、気に食わない人が
失態、失敗することを望み、喜ぶことで
その心根自体が七つの大罪の<嫉み>であり
神に罰されない?
天罰は下るものではなく、下すものになることが
あるべき姿ではないか?
自助努力の表れのはず
現代社会は報復を禁止している。
それは勝った側の一方的な言い分であり
それに従うことがいいだろうか?
今の中東の戦争もそうだし、
日本とて戦敗責任を未だに言われることへ
大きく抗うことにできずいる。
何度もここで書いているが
「勝てば官軍」
「勝者が歴史を作る、改竄する」
ので、今の敗戦国、非武装がいいという洗脳に
いつまでも従うことへの開放はできないものか。
「力が支配するとが正しいか?」とバカが言う。
正しいから今アメリカに従っているのでは?
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