ふしあわせ。不遇。境遇の変化の激しいこと。
漢字をここで読めば、奇妙なことが数々と。となる。
日本人の価値観として、
平常、日常が幸せであり、異常、奇妙な経験は不幸とみなさなれてきた。
それゆえ、数奇とはマイナスイメージなのだが、
昨今の個人主義、核家族化、グローバルな価値観により
日常という概念定義ができなくなっている。
果たして、数奇とは不幸と位置付けていいのだろうか?
他人からすれば不幸でも、当人からすれば日常、変化のない人生ほど不幸なものはないと思うのであれば、数奇のほうが幸福といえるのでは?
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