2025-02-28

症例

病気の症状の実例。
人間、、、いや生物はいろいろな健康障害が出てくる。
それに対して、いろいろな医療的な処置が行われてきた。
それにより、どんどん症例が蓄積されている。
思うに、症例に残るのは医療機関がそれを病と認めたものであり
最近はどんどん拡大している。

~体調が悪い
~お腹が痛い
に対して、昭和時代は
「寝れば治る」
「体調管理が悪い」
って自己責任だったのに、
今ではすぐに医療機関に行けってなっている。
国民皆保険の日本において
なんでもすぐに医療機関に出向き
症例を残すような活動は
健康管理にはいいけど、、、財政悪化がどんどん進まない?
自己責任をどこまで社会、国家が受け持つの?

健康管理について見直すべきでは?
生産性、納税に見合う社会保障であるべきでは?

2025-02-27

打明

打ち明ける、、仲良くなる。
相手に対して行う行為であるが
相手から
「もっと打ち明けてよ」って言われるが
それに対して、自分なりに砕けると
「失礼だ」
「ハラスメントです」
って言われるこの時代。

仲良くするのは難しい社会になっている。
今の時代
自分の価値観で何を言っても良くなっているのは
ある意味、社会として破綻しているのでは思ってしまう。

2025-02-26

文面

書き記された文章(特に手紙の文章)からうかがわれる趣旨。
多くの人が勘違いしているのは、
書いた本人の意図≠読み取り側の理解ということだ。
自分ではこういう意味で書いたと思っていても
そう受け取れていないのであれば
その内容は読み手の理解が正になるのだが
その理解をチカラで押し通すことが最近多いなあ。
表現力を高める方向が圧力、武力になっているのは
いかがなものか?!

2025-02-25

無聊

たいくつということ
「無聊を 託 ( かこ ) つ」という表現で
することがないとなる。

日ごろ忙しい、需要がある人がたまたま空き時間がある
に対して
全く、仕事がなくて時間が余っている
ともに、、退屈になるが無聊は上記の意味である。
聊が、つかのまって意味だから。

退屈はいつも充実しているからこそであり
毎日が退屈っていうことはある意味
存在価値がないに等しいのだろうな


2025-02-21

切替

続いているものやつながっているものを切って、別のものに変えること
新しいことをはじめる=切り替えるともいえる。
なので、新しいことへの関心と同時に
今まで行っていたことを辞めるという覚悟が必要となるが
いかんせん、人間はその覚悟が弱い。
そのため、切り替えているのに、切り替わっていないことに
負担、負債とみなして被害者みたいなことを言い出す。
それは覚悟への処理ができていない過失なのに。
なんだろうな、この人間の業は。

2025-02-20

鼻詰

鼻中隔が大きく彎曲していたり、
鼻中隔の外側にある下鼻甲介が分厚いことなどによって
空気の通り道が極端に狭くなっている状態

ある意味、風邪の症状。
幼い時に鼻水をすすっていたが
それにより風邪が悪化していたと諭されて
今ではすぐに鼻をかむようにしている。
おかげで風邪の悪化はなくなったかもしれないが
おもいっきりかむのでいつも鼻血が出ていて
その血栓で鼻が詰まっているような。

何が体にいいのかわからなくなっている。

2025-02-19

別称

別の呼び名。異称
同じ存在なのに別の呼称を持つことは
それなりの歴史背景を感じる。
~チカラを持つ別々のエリアが対立している
~違うモノだったのに、政治的に統一された
~多様性がありすぎてもう別のモノになりつつある状況
などなど

呼称は1人ではなく複数人の共通認識のうえに成り立つ。
勝手に呼ぶわけにいかないのだが
最近の個人主義の流れで
勝手に言い出し、それがわからないと
「そんなことも知らないの」
「これからこう呼ぶの!」
って言い出す輩が多いのは今の傾向か、
それとも人間の性か?