2016-12-09

投了

ゲームにおいて、不利な方が負けを認め、
本来の対戦終了となる条件が成立するよりも前にゲームを終えること。

最近、無駄に粘ることを良しとする機運がある。
しかし、潔く散る美学が日本にはある。
自分の引際を見据えて行動する。
自分が身を引くことで、相手を立てる譲歩の姿勢。

投了を素直にできる人間、、
まじめに本当に減ってきている。
散る美学をもう少しまじめに教育できないものか?
現代社会。

2016-12-08

単語

意味の一まとまりを表し、構文上の働きをもつものとしての、極小とされる単位。
日本の試験問題の多くは単語を知っているかで合格してしまう。
しかし、その単語を覚えることが社会で役に立つといえるだろうか?
単語を知っていることは手段であり、その手段は必ずしも有益とは限らず、
むしろ、、ってこともある。

例えば、自分が知っている単語を前提に相手に話しかけると
何をいっているのかわからないって言われてしまう。
言うほうも不快だし、言われる側も
「そんなことも知らないで、よく生きて入れたものだ」
とバカにした発言をして互いに不快になる。

その単語を言わなけばよかったのに、、ということがある。
現代社会は自分の知識をひけらかすことは能力ではない
コミュニケーション障害者と見なされることが多い。
キーワードが実はNGワード。その理解を忘れずにいよう。

2016-12-07

等価

物の値段、価値が同一であること。
市場経済ゆえに、価格は需要と供給で決まり、等価になる。
全くもって嘘といえる。
基本的に供給側に価格決定権があり、
需要側はそれを認め支払だけである。
だから、供給側が頑なであれば、結果、供給側、需要側がともに破綻、
それが不況といえる。現代はその真っただ中にいる。
供給側が妥協すれば、それで需要側が買うというが
その分、家計に入ってくる収入も下がるということを忘れてはならない。

基本、等価というものはなく、
民衆に支配的な価格を強制できるものが
それを等価と言い出すだけといえる。
平等、需給、なんて概念、理想でしかないことを
なぜか経済学の勉強で真理を伝えないのは、、、ある意味、歪んでいると思う。

2016-12-06

世直

世の悪い状態を改造すること。
この発想が、どんどん社会が悪くなるということを僕は悟っている。
世の中の悪いことって、その人にとって都合の悪いこと
つまり主観的な発想であり、他人からすればそれを悪いことということ自体
悪いことって言われるのが、現代社会。

正義のヒーローと思って
一人で世直しをしている人って
他人からすれば、ただのテロリストだということ
社会の人たちわかっているのかなあ。
テロリストの多くがこの発想ということをちゃんとわからせる
教育ができていない日本って平和ボケなんだろうなあ。

2016-12-05

余談

本筋からはずれた、ほかの話。
持論だが、余談を制するもの、ビジネスを制す。
確かにビジネスにおいて本筋ではない話はビジネスを成り立たせない。
しかし、ビジネスって一つではないし、一つを終わらせた後、
次々と付加価値を生み出していかないとならない。
そのヒントや次の種って本来のビジネスの本筋ではないところから見出すものといえる。
確かに、本筋を見誤って現在のビジネスをマイナスにすることは変だが
ちょっと脱線しても次のビジネスを見つけることができないようでは
一流のビジネスマンとはいえない。
え?、、そんな営業的なことをする必要がない。
そういう人間が社畜負債になっていくことがよくわかるポイントいえる。

2016-12-02

思惑

意図。
辞書的にはそうだが、
概ねの意味は、、肚づもり。
秘めた自我と考えるべきだろう。

思惑なく、相手と対峙する交渉は交渉ではなくただのおしゃべりだ。
「腹を割って話せば通じる」
とか真顔で言いバカが多すぎる。
対面して話すときは、バカみたいに手の内を話すことに
何の意味があるのか、、まじめに人間関係を理解していないのは
現代人の情報公開が当然と思う勘違いではないだろうか?
人の思惑なんてわからせてはならない情報のはずだからだ。

2016-12-01

寸借

わずかな金を借りること。
また、少しの間だけ借りること。
これこそ、人とのもめごとの温床と思ってならない。

借りた側は借りたの範疇と思っていないが
貸した側は貸したという事実を回数レベルでカウントしている。
だから、寸借レベルはどうでもいいと言い出す借りた側の発言が
貸した側からすれば、とんでもない発言に感じる。
そして、
「アイツは器が小さい」VS「ひとのものを泥棒する認識」
で言い争い、そして大きな確執になる。

貸すくらいなら、あげてしまえ。
そして、些細なものでも相手から受けたらその恩などを忘れないようにする。
簡単なようで、多くの庶民がなんとできないものかって
つくづく庶民の対人認識の甘さを嘆きたくなる。