恩ってなんだろうね。
恩を感じるのは主体、自分であるはずと同時に
恩を感じさせるのもまた行い手である自分である。
大したことでもないのに、
恩を感じていただけることにまた相手への畏敬を感じることもあるが
最近は自分では恩を感じることも他人が当然と思うことが多くなっている。
それは能力主義、自己主張、自己救済を前面に出している結果か?
自分が自分がという前提は、他人など他人など、、という思いの裏返し
他人に恩を感じない仕組みのような。
まーそれもそれで人間社会の科学実験の結果かな?
よく人間が安易に使ってしまう '熟語'をタイトルを挙げて、 その熟語に対して、 辞書的に意味、 現社会において意味が改悪されつつある事実、 について CEOとして、 自分の経験則として、 の見解を論じようと思う。
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