2025-07-09

就眠

眠りにはいること。また、眠っていること。
夏は本当に寝付けない。
就眠時間が少ないと集中力、、僕の場合は企画を表現構成に持っていくチカラが
出ずに悶々としてしまう。
寝なくても、行動はできるが脳が初期化できてないと
なかなか新しい組み合わせが思いつかないのは、、
ある意味、自分の付加価値を下げているような気がする。
とはいえ、どうすれば、就眠できるかのアイデアもなかなかでない
悪循環、、、

2025-07-08

限度

それ以上はこえられないという(程度の)境め。
基本、定量的な基準を持っているものだが
多く場合は、感情の訂正補正される。
~今回は特別
~それは限度でなくてもダメだろう
という限度設定側の裁量が加えられることばかり。
そもそも、限度の目的は当人側のリスクヘッジ。
自分たちが利益が守られるなら
限度なんてものはあってないもの。
でも、それでは周りに依怙贔屓って言われかねないから
建前で限度を表明している。
これが今の社会なんだろうな。

2025-07-07

特効

特定の状況で特に効果を発揮する。
熟語というより、略語。
近代語といえる。

近代の効率化、パフォーマンス化において
なんでも短く、即対応が求められている。
長い時間、長文な説明は嫌われ、
すぐ、わかりやすい効果がでないとならない。

でも、この発想って、麻薬的じゃない?
結果、その場しのぎ、常用、依存になりやすい。

現代人の精神って麻薬的な疾患を感じてしまう。

2025-07-04

概算

 おおよその見積りをすること。精密にではなく、ざっと出す計算
この数字で動く場合のリスクが多すぎる社会になっている。

概算なんだから、ぶれて当たり前と思う
概算から大きく変わるわけがないと思う
の対立がずっと続く。

物価上昇を前提にしている社会において
概算から数字があがるのは必然に感じるが
超規模案件において
今の価格帯で未来の概算なのに、
今の価格帯前提で発注するしてくるのは
自分たちの価値が上がらないと思っていることと
変わらないのだが、、、

そして、ねちねちと
概算からオーバーすると
概算の算出が下手、無能と言い出すし
逆に概算より少なく抑えた場合は
もっと安くできなかったのか言い出す。

ぼったくりされたくない思いはわかるが
概算に対して、市場動向、その価値を意識しないで
文句ばかりを言うのはビジネスとしてどうかな?

2025-07-03

露見

秘密や悪事があらわれること。ばれること。
現代社会は秘匿と暴露のいたちごっこになっている。
暴露と露見がほぼ同義になってしまっている。
自発的は露見、
意図的にさせられるのが暴露なんだが
現代社会は何を持って露見、暴露なのか?
ひと昔前は
~名札
~連絡網
~電話帳
で個人情報は公開されていた
その公開でもって社会の一員認識だったはず。
しかし、今は秘匿にさせることが当然になり
その情報を公開することが露見、暴露になりつつある。

でも、、僕からすれば公開=社会への歩み寄りであり
それを秘匿して露見することが社会的制裁などに発展する
社会を庶民は舐めていないか?って思ってしまう。

2025-07-02

逕路

道、特にこみち。
道になるためには
その動線を誰かが使った経緯
その先に何があるか明確になっている
ことが必要である。
ただ、空間が開いている=道とは言えない。

アントニオ猪木の言葉が引用した
清沢哲夫の詩の「この道を行けばどうなるものか~」
にあるように、道になるかはその人が進んだ経緯がないとね。
逕路は誰にも知られていないかもしれないが
道である以上、誰かが通ったんだろうな。

2025-07-01

周遊

あちこちを旅行してまわること。
旅の醍醐味。
行きたいところに思いのまま訪れる。

しかし、個々が好きなように訪問するから
オーバーツーリズムを起こしやすい。
観光立国を目指した日本の末路。

ふと思いだすのはツアー旅行。
旅行会社が用意した計画的、効率的なプラン
団体行動になるまとまった行動
予定された食事を定刻に出される

今思えば、観光地のことも考えた効率的な活動だった思う。
確かに、決まりきったルートに満足できないという声があるが
愚民の満足より、多くの庶民に効率的な経験をさせることが
どれだけ最大多数の最大幸福なんだろうな